いまさらながらカーラ・ボノフを気に入る
いまさらながらですが、カーラ・ボノフを気に入ってます。YouTubeであらためて多くの曲を聴けるようになったからとも思いますが、70年代後半に活躍したカーラ・ボノフを気に入ってどうなるのかと思ったりしますが(笑)。むかし気に入った歌手とか曲があったとしても、ラジオ依存で、アルバムでも買わないかぎり、なかなか好みの曲を探すことがむずかしかったということもありますね。
カーラ・ボノフはたぶん『TROUBLE AGAIN』しか知らない人がほとんどだと思いますし、リンダロンシュタットに曲を提供した人くらいの印象しかないと思います。70年代に人気だったウェスト・コースト・ロックのひとりといわれれば、たしかに私はこのあたりの人たちのかぼそいバラードが忘れられないくらい好きだったりします。J.D.サウザーとかジェームス・テイラーとか一曲しか知らない曲がなくても、強烈に印象に残っていたりします。
静謐さや孤独感、寂寥感、かぼそさというものが、私の好みの核に響いてくるのかなと思ったりします。よろしければ、YouTubeでいまではすっかり忘れられたカーラ・ボノフ、および周辺のウェストコーストサウンド周辺の歌声を聴いてみてください。
【2008/10/4】 YouTubeは時間がたつごとに動画が見れなくなりますので、ご了解ください。
▼カーラ・ボノフ
Standing Right Next To Me Karla Bonoff
この甘さとウェディング・ソングのような曲で気に入ったのでしょうね。
The Water Is Wide(Traditional)with lyrics-Karla Bonoff
アイルランド民謡ですが、このような寂しい曲にはぴったりの声だと思います。
Lose Again(with lyrics)-Karla Bonoff
寂しい曲にはカーラ・ボノフの声がひきたちますね。
Karla Bonoff - Wild Heart of the Young
静謐さと孤独感が感じられる曲ですね。
Goodbye My Friend(with lyrics)-Karla Bonoff
同じ曲を歌っていてもリンダ・ロンシュタットはべつのよさがあると思います。静謐さ、かぼそさ、孤独。あえて曲のサビや盛り上がりをつくらない曲の渋みといったらいいのでしょうか。
Goodbye My Friend Linda Ronstad
リンダ・ロンシュタットは声のハリと盛り上がりがいいですね。
TROUBLE AGAIN / KARLA BONOFF
カーラ・ボノフで知っているとしたらたぶんこの曲ですね。リンダ・ロンシュタットのほうが印象があると思いますが。
All My Life - Karla Bonoff
こちらはリンダ・ロンシュタットとアーロン・ネヴィルのデュエットには負けていると思いますが。
Aaron Neville and Linda Ronstad - All My Life
▼J.D.サウザー
J.D. SOUTHER - YOU'RE ONLY LONELY
この曲は忘れられない名曲ですね。
Her Town Too_James Taylor & J.D.Souther
この一曲で、J.D.サウザーもジェームス・テイラーも忘れられないアーティストになりました。
THE LAST IN LOVE J.D.Souther
この曲のせつなさとさびしさの陶酔感はたまらないと思います。イチオシの曲。
James Taylor - You've Got A Friend
キャロル・キングよりジェームス・テイラーの唄のほうがいいかも。
▼イーグルス
The Eagles & Linda Ronstadt -Desperado
リンダ・ロンシュタットがイーグルスを従えての『デスペラード』です。
EAGLES Desperado
イーグルスの『ならず者』。
Eagles - I Can't Tell You Why
「どうしていえない」って青春時代に悩むものですね。
THE EAGLES one of these nights
不穏な雰囲気がシブイですね。
TEQUILA SUNRISE EAGLES
どことなくあきらめを感じさせる曲がいいですね。
Take It Easy- The Eagles
カントリーっぽさもイーグルスのよさですね。
Eagles Best Of My Love
あきらめとのんびりさがイーグルスのよさなんでしょうかね。
the eagles- new kid in town
のんびりした気分にさせてくれますね。
The Eagles - Hotel California
イーグルスといえばこの曲ですね。
▼ベストアルバム等






▼おすすめサイト
ノンストップチューブ ユーチューブを連続再生できるから気に入っているのですが、私のネットの回線が遅いためよくつまるので残念です。
「古典的ギャンブル転落男」と「現代のドヤ」
ミナミで放火による個室ビデオ店の火災がおこり、15人の死者が出る惨事がおこった。私もついこないだツーリングでネットカフェの深夜パックに泊まったし、あのミナミの一角は近くのブックオフに寄ったり、千日前のジュンク堂にいくためにひそかにバイクを駐車させるところであったりした。
そんなところで寝ているときに死んでしまったら、たまらないと思う。こんかいの教訓で逃げ場所のないような個室店は泊まるべきではないと思うし、消防局責任うんぬんより、市場主義を信じるのなら客がそのような場所をボイコットすることで淘汰をうながすべきなんだろう。
犯人は衝動的に死のうとして火を放ったそうだ。二児の子どもをもうけたが離婚してギャンブルや借金で転落する「古典的ギャンブル転落男」の様相をなしてきた。
いぜん犯罪をおこすような者はよくギャンブルによって借金を増やし、転落してゆく「古典的な転落男」の物語に回収されていた。ギャンブルが好きで身をもちくずしたのような前後関係の物語で語られたりしたが、それはぎゃくではないかと思う。なにかうまくいかないことやつらいことがあったりして、ギャンブルに慰めや安らぎをもとめるようになって、身をもちくずしたのではないかと思う。どちらかというと、社会からはじかれたり、社会的にそぐわなかったりした者が、結果的に慰めを求めざるを得なかったのがギャンブルなのであって、それは原因ではないと思う。
つまりは社会は本人の転落の理由をギャンブルや節操のなさにその自己責任を圧しつけたいのである。ギャンブルや賭け事にのめりこみ、堅実さや勤勉さが足りないから、転落して犯罪を犯したのだという教訓物語、あるいは納得させられる物語をわれわれは受けてきたわけである。
なにかひとつ腑に落ちないことを感じる。社会がそのような隘路にその人たちを追いこんだのではないと思うのである。あるいは社会がその人たちに満足や安心、安寧を提供できなかったために、かれらはギャンブルに慰めをもとめて、もともとすべり始めていた転落の道を加速させただけではないのかと思うのである。社会が目をつぶりたがっているのは、転落した人たちを救えなかった、または崖から突き落としたのはわれわれであるということではないのだろうか。
ギャンブルをやらないから私はその内情をよくわからないのだが、賭け事から得られる感情というのは、「勝利」や「優秀さ」、「実力」といった自我の誇りや自信ではないかと思うのである。社会ではそのような自負がなかなか得られない、または得る場所がないということで、商業はそのような自負を与えてくれるゲームを用意するのである。社会で得られないのなら、勝利や誇りを与えてくれるゲームにハマってしまうのは、人間のサガというものではないのか。そもそも消費や商業というものは、そういう得られない誇りや自負を補填するために存在するのであって、経済はそのような欠落や補償を得るために回っていると考えたほうがいいと思う。ギャンブラーは商売の補償物語にかんたんにだまされたり、ハマったりする人であると思う。
ギャンブル転落物語が隠したいもの、思考停止したいものとは、勝利や優秀さを得られる社会のぎゃくのこと――屈辱や蔑視、自信喪失を与えつづける社会やわれわれ自身の暴力ではないかと思うのである。かれに誇りや自信を奪うものをあたえつづけ、つき落とし、蹂躙し、自滅させるような態度をとってきたのは、社会やわれわれ自身ではないのか。転落男の物語は社会のそのような問題を隠蔽して、その男の自己責任に転倒するような構造がひそんでいる。私たちは男を蹴り落とした自分の足を見ないふりをするのである。転落男はギャンブルによってその蹴りつけた足を隠蔽してくれるのである。
犯人が死にたいと思って火をつけた場所は個室ビデオ店である。おそらく多重債務から逃れるために低価格の宿に泊まったのだろう。こういう個室ビデオ店とかネットカフェは表向きの用途はビデオやネットの鑑賞という目的にしているが、宿泊施設としての様相をどんどん呈している。日本の宿泊施設や賃貸物件はかなり高いと思うのだが、このような鑑賞施設がどんどん宿泊施設にスライドするというのは、この宿泊・賃貸価格の異常な高価格ゆえなのだろう。1500円で泊まれる宿というのはドヤでもないそうだ。かつての日雇い労働者のドヤは外国旅行者の安宿として変貌していっているそうである。
ネットカフェは日雇い労働者や住所に困窮した人たちの避難場所であるという物語がまことひそやかに語られる。1500円で30日泊まると4万5千円になるから、安いアパートに住めないこともない。日雇いならそれだけのまとまった金もないということも考えられるが。
新しい業態が出てくるとニュースやマスコミはそのマイナス面に喰らいつく。広告業ではないから、そのような面にしかつながりを見出せないのである。
個室やとなりの人の無関心、非知、マンガやネットにもくもくと向かう姿というのはいっしゅ異様であり、現代社会の姿を象徴したものだといえるだろう。そういう社会の姿を私たちは目指すものとして、選んできたのである。ビデオやネットに集中していて、火事に巻き込まれ、知らないあいだに死んでしまっていたかもしれないというのが、われわれの社会のこんにちの姿なんだろう。
ギャンブル転落男はそのような孤独な空間で、まわりの人も巻きぞえにして死のうとしたのである。古典的な転落男は、新しくはじまってきた派遣労働者が転落するような孤独な世界に絶望してもろとも死んでしまおうとしたのかもしれない。かれはだれも相手にしてくれない孤独な空間の中で――奇行や友だちを得ようとした行いからもだれかに相手にしてもらいたかったことがわかるのだが――ますます孤独を深める空間の中で焦燥感をもっと駆り立てられたのかもしれない。社会はネットカフェのような孤独な空間にますますなりつつある。かれが絶望したような社会の新しい波を、私たちはなんの手も打てずにすべり落ちているように思えてならない。
『47都道府県うんちく事典』 八幡 和郎
![]() | 47都道府県うんちく事典―県の由来からお国自慢まで (PHP文庫) (1998/12) 八幡 和郎 商品詳細を見る |
いまの日本では外国を知っていることはメジャーになる条件だが、地方の事情に通じていることは何ら求められていない。
著者の言葉だが、まったくそうだろう。他県のことをよく知っていたり、じっさいに行ったことのある人は旅行好きな人やビジネス関係の人でないとあまりいなかったりするかもしれない。他県に行くことはなんらハクをつけることでも、自慢になることでもない。自分の育った土地で働けばなさおら他県のことは知らない。
人が遠い土地に関心を向けるのは観光であるか、魅力的な消費ができるかくらいでしかないのではないか。そのようなピンポイントなまなざしだけしか他県を見ず、おおよそ他県を知らない。先にかかげた外国との見聞とはエラい違いである。電車や車ですぐに行けるということがますます他県をエアポケットなものにしてしまうのだろう。
私なんか大阪で育ち、働いているし、旅行も好きでなかったということで、日本のよその土地に行きたいとかほとんど思ってこなかった。他県や地方がどうなっているなんかまるで知らなかったし、それでなんの支障も、恥も感じなかった。あんがい、こういう人も多いのではないかと思う。人びとはメディアの情報に満足しているし、メディアに閉じこもることも多くなったし、観光以外に興味も向けず、他県のことなんか知ろうともしないのではないかと思う。
ようやく自然の風景を見たいがために地方に出かけるようになり、地方の事情を知りたいと思うようになったのだが、学校を出た人の中でそのような社会科的な興味をいだく人はどのくらいいるというのだろうか。観光と消費だけで日本の他県やよその土地は見られているように思う。関心の範囲とはそのようなものであると思うが、日本人でありながら日本の地方を知らないというのが実情ではないだろうか。
消費に関心を向ければ東京や都市にしか興味が向かわず、観光に興味を向けると観光地だけでその土地の人の暮らしや生活にはまったくまなざしを向けない。すっぽり抜け落ちるのはふつうの人の暮らしであったり、観光地ではない町並みや風景であったり、名物ではない産業や生業であったりする。こういうところにもっと興味をもってもいいのではないかと思う。でなければ、あまりにも日本というものを知らないということになってしまうのだと思う。まあ、それでなんの支障も問題もないのだけれど(笑)。
私がこの本を読んだのもせっかく旅行するのなら、その県や地方のことをもっと知りたいという観光のつながりでしかない。観光するのなら、ふつうの人々の暮らしや産業も知りたい、そのくらいのことである。観光地のピンポイント情報もいいが、もうすこし広く土地のことを知りたいということである。あの土地にこんな事情や産業があり、また歴史があり、人々の暮らしはどのようなものか、わかればもう少し楽しくなるのではないかと思うのである。そしてなぜ愛知県から秀吉や家康などの天下人が生まれたのかとか、なぜ福岡出身の芸能人が多いのかとか、なぜ明治維新は薩長土肥からおこったのかとかそういう謎解きができれば、興味はもっと広がると思うのである。消費と観光と情報化によって、他県や地方はエア・ポケットになっていると思うのである。
▼都道府県についての本




湘南ホームレス〜文明のマキシマム化とミニマム化

きのう、ワイドショーで湘南ホームレスの特集をやっていた。湘南海岸の防風林に住みつき、畑を耕したり、魚を釣ったりして、自給自足に近い生活をしているホームレスが紹介されていた。リゾート・ホームレスといったらいいのか。TVは国有林の不法占有だといいたがっていたが、地元の人は放任や寛容のかまえのようである。
ホームレスといえば、ふつう繁華街や都市部の公園にたむろする人たちを思い浮かべがちだが、こういう自給自足型、自然派のホームレスもいるのかとおどろいた。アウトドア・タイプである。そういえば、旅行やアウトドアの延長として沖縄諸島や北海道のキャンプ場にながく暮らすキャンパーのような人たちもいる。旅行者なのか、ホーレレスなのか、いっぱんの市民なのか、アウトサイダーなのか、ここらへんになると境界はひじょうにあいまいになってくる。
このような生活スタイルはぎゃくに「まともな生活」をする人の負担や荷重を思い出させるものである。私たちは当たり前やふつうのものとして水道や電気、ガスが通った冷暖房完備の豪華な家に住みたがるが、維持費はなみたいていのものではない。はっきりいえば、これらの維持費のために働いているといって過言ではない。私たちは文明生活を維持するために働いている。
文明生活はもっと便利で豪華で人より優るものを求める。そしてどんどん金を稼いで働かなければならない。もっとほしいモノ、見せびらかしたいモノ、自慢にしたいモノが増えてくる。もっと稼がなければならない、儲けなければならないとなって、朝から晩まで働かなければならならい。文明というのはそのような他人がつくったサービスやモノを手に入れるためにますます働いて、お金を稼いで、もっと他人のサービスを手に入れたいというライフスタイルのことである。おかげで休む暇もなく働いて、人生を超特急のように過ごしてしまう生活を余儀なくさせてしまうのである。
ほんらい、どのような動物もホームレスである。無一文である。食べ物は成っているものや落ちているものを食べたり、あるいはほかの生き物をつかまえて食べる。人間も同じで、そのような地上の食べ物を無料で手に入れていた。食べ物や衣服、住居といったものは自給自足でなしとげ、ほかに頼らないでも生きてゆくことができた。交換したり、分業したり、お金で売買したりといったシステムが社会に浸透してから、人間は自分のための活動をひとつひとつ他人に売り払い、こんどは他人のための活動に日々を追われるようになった。企業組織に入るためには高度な知識や技能が必要になり、学習したり、人間関係を維持したり、人に承認してもらうといった高度な技能も幾何学的に必要になった。食べ物や住居は他人に頼らなければ手に入らなくなったのである。
文明の維持費はかなり高いのである。分業システムは便利で高度な技術を手に入れさせてはくれるのだが、維持費が高すぎる。組織や権力のあるものの権限や自由にふりまわされることも多い。かんたんに生活の糧を奪われたり、または追われたりする。仕事ばかりの毎日にいったいなんのために生きているのかわからなくなるときもある。
そういった「文明生活」からはじき出されたり、追い出されたり、または「あきらめたり」する人が、ホームレスになってゆくのだろう。さいしょは都市部で文明から離れられないホームレスが増えたのだが、どうもそれがつぎの段階であるあきらめを通り越した自給自足ホームレスにひろがっていったように思われる。文明からはじき出される、または文明をあきらめた人が、自給自足をめざしてゆくのだろう。まるで文明の歴史や栄枯盛衰を見ているかのようである。
いっぱんの市民からもアウトドアやキャンプ旅行のような趣味もひろがってくる。それは文明を離れる旅であり、文明を一時、都会においてきて、自然の暮らしにもどるひとつの試みである。自然の景観や自然の豊かさに一時的にもどろうという試みなのであるが、文明生活への疑問や不快さも、その動機にあるものだと思われる。文明生活からの一時的な逃避であり、隠遁である。このキャンプ生活が快適でながくそこに暮らしてしまえば、家のない人になり、ホームレスともつかない存在になってゆく。
文明はその装いや維持をどんどんマクシマム(最大・極大)にしてゆき、重荷や負荷もどんどん極大なものになってゆく。はじき出された人、あきらめた人は、文明のミニマム(最小、極小)で生きてゆこうとする。豪華な家や着飾った衣服、りっぱな門前や道路、そういったマクシマムな文明を維持できない、あきらめた人は、そこから放り出されて、自然の中でミニマムな生活を送る。
かつての日本は農漁業がさかんで、文明のマキシマムはそう高くはなかったと思われるし、自給自足と貨幣経済の壁はそう厚くはなかったと思われる。近代文明になってさまざまな分業体制、貨幣経済に巻き込まれるにしたがって、文明の維持費や労働力はかなり高くなっていったのである。
移動生活者や流浪者といった人たちは税収の不便から定住を強いられ、そして高度成長の繁栄のおかげで、どんどん都市化や文明化の波にのまれていった。そのような文明のマキシマム化が機能不全をおこし、貨幣経済からはじき飛ばされた人たちが過去の歴史に戻るかのように、都市型ホームレスから自給自足型ホームレスへと拡散をひろげていっているように思われるのである。文明生活の維持費や労働力はたまらないということなのである。
たぶんこれは近代化、工業化の疲れや停滞ということなのだろう。ここまで近代化でやってきたが、あまりにも重い荷物、労働を背負わされるだけではないのか、そういう徒労も感じられてきたのではないかと思う。もちろんこれからも大多数の人は商業化・工業化された貨幣経済を「スタンダード」、「まともな」ものとして生きてゆくのは当たり前のことである。しかし文明の重みに耐えかねていった人たちは自然の中に少しずつ戻ってゆきそうな気がする。いや、文明生活者はそういう安らかな夢は、休日や年金生活の中にしか求めてはならないのだろう。
▼ソーローあたりの本




アメリカ経済壊滅と衰退の坂道
さいきんビジネス書を読まないこともあって、経済について考える頭になっていない。私はテーマごとに本を読む好みがあって、そういう最中はほかのジャンルの思考力が極端に鈍る、というよりか興味をなくす。粘着力がないためにアメリカ金融危機についてねばりついて掘り下げることはできないのだが、ニュースやTVではアメリカの経済動向には注意している。
きょうニュースをみると「世界恐慌突入か」のような見出しが躍っている。ブッシュの出した金融安定化法案が下院で否決され、777ドルも株を下げた。アメリカは公的資金投入に猛反対する人が多く、なんで政府が民間企業を救済しなければならないのかと怒り心頭になっており、全体の危機を考えない自由主義の気骨を感じるけど、危うい人たちが多いと感じるのは日本的なのだろうか。
【米金融危機】NY株、777ドルの過去最大の下げ - MSN産経ニュース
米下院:世界金融恐慌に発展の懸念 安定化法案否決で − 毎日jp(毎日新聞)
米国発金融危機:欧州にも「飛び火」 B&B、デクシア…
こんかいの金融危機はサブプライムローンから端を発したわけだが、どうして日本がニ十年前ほどに犯した過ちと同じことをくりかえしてしまったのだろうと思う。不良債権の大きさがじょじょに知られ、証券大手や銀行大手がつぎつぎと経営危機をささやかれ、倒れてゆく。日本が目の前にブッ倒れていても、アメリカも同じブッ倒れ方をするのである。アメリカはたぶんに破滅願望のようなものが頭にもたげてきたのかもしれない。倒れたほうがラクだと思うような、世界のけん引役や警察の役割に疲れてきたのかもしれない。
サブプライムとか住宅・不動産のバブルというのは、製造業や工業での儲けが見込めなくなったとき、金余りが向かってしまう資産の運用先なのだろう。あまり儲けがなくなったきたから、土地や不動産、住宅ローンで儲けようということになるのだろうが、実体の経済の上昇はすでにその時点で終わっているのだろう。土地バブルというのはすでに好景気や実体経済の終焉時期なのだろう。
証券や銀行の業務というのはよくわからないというか、実感がない。業務や投資にかかわっていないと、いったいどういう仕組みや理由で儲かるのかすら、つかみづらい業界だと思う。株が上った下がった、円が上ったドルが下がったなど、頭で理解しても、現場でかかわっていないとよくわからないというのが私の実感である。
証券や銀行などの金融は製造業や商業、農業などの実体経済の霞や上澄みをすくうような業務であると思う。製造業や商業で余った金が運用先をもとめて、それらの上澄みや儲けをいくらかいただく。実体経済もそれらの投資や融資などに恩恵をこうむるわけだが、けっきょくは実体経済が離れてどんどん宙を舞ってゆくように感じられる。金融経済自体がもともとバブルという感じがする。製造や商業などの足のついた経済ではないのである。
サブプライムの証券化もひどいもので、ほかの金融商品に福袋のように組み込まれて、優良商品のような装いをほどこされて世界中にばらまかれた。リーマンが破綻したのに、危機がささやかれた保険大手のAIGが救済されたのは、ローンの保障保険(CDS)をおこなったからだとされる。ローンが焦げついても保障しますよとリスクの低減がおこなわれたため、世界中に絡まり絡まって、連鎖危機がおこる可能性があるからだといわれる。こんなリスク回避の保障はモラル・ハザードをひきおこすのではないかと思うのだが、サブプライムにしろ、今回の金融危機は常識的感覚の転倒が随所に見うけられる。焦げつく可能性のある融資やローンもすべて安心のあるリスクのない商品として売られるのである。それは不良品を優良品として売るようなものである。こんなモラル・ハザードの金融商品が世界じゅうにばらまかれたら、危機は深刻というものである。詐欺や犯罪と考えたほうがいいのではないだろうか。
1929年の世界大恐慌の恐怖というのものは世界に根強く、今世紀の経済というのはたえずこの恐怖の回避に向けられてきたと思う。アメリカの金融機関がおおく倒れようと、ヨーロッパやアジアの金融に飛び火しても、世界的な危機感の共有によって回避されるものだと思う。アメリカの公的資金投入の否決にはおどろいたが、危機の深刻さから投入せざるをえない事態に追い込まれるのだろう。
日本では91年のバブル崩壊から何年かもって97年に証券や銀行の大手が倒れた。失業者やホームレスがめだって増えたのはその後である。アメリカや世界の金融危機はのちにじわじわと世界を襲うだろう。世界的な不況は銀行という経済の血液を巻き込むことによって、ひきおこされてしまう。実体経済に影響が及ぶのは後々になるのだろうが、深刻な影響を目に見える形に残してゆくのだと思われる。
イランの大統領なんかは「米帝国の終わりは近い」などと宣告している。「資本主義の終わり」だという人もいる。まちがっても社会主義体制になんかならないだろうし、いまの福祉国家や市場主義社会であっても、ほとんど区別ができないくらい似たようなシステムになっている。現代の資本主義の代替策なんかほかにないのである。この制度がつづいてゆくしかないのである。
アメリカの覇権の終わりやドル覇権の終わりだともいわれる。世界の覇権はアメリカの前はイギリス、その前はオランダ、その前はポルトガル、スペインと100年周期でうつりかわっている。アメリカの落日が迫っていることは確実なのだろうが、日本はアメリカともに沈みそうな国であるし、中国もつぎの覇権をになうような近代国家にははなりえていないだろう。覇権の空白期にはいろいろな問題がおこるだろうし、世界は転落したり出口のない暗闇をさまような時期を迎えてしまうかもしれない。
なにより鉄道や車、家電製品のような近代科学技術のつぎにくるものがよく見えていない。それらが一巡してしまったら、つぎにめざすものがない。近代科学技術の踊り場を迎えているのであって、そのために世界はますます暗夜模索のようになってしまう。世界的な衰退期に入っていると見なしていいのだろう。これまでは近代の上昇の時期がながくつづいてきたわけであるが、長い停滞や衰退の時期に入ったと考えるべきなのだろう。先進国の出生率低下はその兆候なのだろう。衰退の坂道に生きる知恵、生き方、考え方、システムを備える必要があるのだと思う。衰退する社会であっても、生きられるよう社会を考えるべきなのだろう。栄華をほこった国や文明もいつかは衰えるときがくる。アメリカの衰退はなにをもたらすのだろうか。
▼読みたいけど金はなし。(オオカミ少年の予測は現実のものとなるのか)。








『江戸300藩 県別うんちく話』 八幡 和郎
江戸300藩 県別うんちく話 (講談社プラスアルファ文庫)
八幡 和郎

こりゃ、ダメ。私の興味と好奇心の範囲ではカバーできなかった。旅行や地方にようやく興味が向いてきた私はなにか好奇心を駆りたてられる材料のようなものはないかとふと手にとってみたのだが、これは興味がはじめからある人向け。
NHK大河ドラマや歴史人物、城に興味がある人は観光風に楽しむことができる本になっている。NHK大河ドラマは私はほぼ見ないのだが、このドラマや歴史が好きな人は城の様子や藩の事情などがわかって楽しめるだろうが、私はそこまで興味や知識ももっていない。人物からの歴史や地方の興味という道筋をこの本はとっているわけだが、おおくの歴史ファンの人はそうだろうが、私は政治史的人物の興味は薄いから、社会科のような方面から興味を駆り立ててほしいと思うのである。
歴史へのメジャーな興味のもち方は、ドラマや小説で歴史人物に魅力を感じ、現地に観光旅行にいくといったふうに広がると思う。おおくの歴史人物に興味をもてば、おおくの地方にいきたくなり、城や城下町の舞台に感銘し、そして藩の事情はどのようなものだったのだろうという線になると思う。そのようなアプローチの結果に生まれたのがこの本のようである。観光や地方にこのように興味が広がるのは、歴史のひとつの醍醐味であろう。
私はそのような人物への興味が薄いから、ひたすら抽象的なアプローチで地方や旅行の好奇心をかりたてなければならない。だいたいは風景や景観のすばらしさで満足するのだが、歴史や時間の軸の興味ももちたい。宮本民俗学とか、宗教民俗学とか、景観論、歴史地理とのか方面からアプローチしようとするのだが、かなり拡散して抽象化してしまって、深く掘り下げられない。地方の歴史と旅行の興味が重なれば旅行はもっと楽しめると思うのだが。

なお、著者の八幡和郎は見覚えがある方もおられるだろうが、官僚バッシングが吹き荒れる中、97年に通産省を退官してTVに出ていた人である。官僚批判より、地方の歴史書をつぎつぎと出しているらしく、この人の興味の核心はほんとうは歴史だったのか、あるいは官僚批判の危険性を知ってしまったのだろうか。官僚批判の急先鋒として活躍した『お役所の掟』の宮本政於は、99年に51歳の若さで亡くなっている。官僚批判はだいぶ影をひそめたのだが、民主党の小沢一郎がひとり気を吐いているといった感じだ。ウォルフレンもがんばっているのだろうけど。官僚批判はどこにいってしまったのだろう。官僚を変えればダムが決壊するような日本の変化は生まれるのだろうか。
▼著者のサイト
八幡和郎のニュース解説「時事解説」
by G-Tools
『出身県でわかる人の性格』 岩中 祥史
出身県でわかる人の性格―県民性の研究 (新潮文庫 い 54-3)
岩中 祥史

いやはや、かなりおもしろかった。
県民性というのは、学問でいうと、社会学とか経済学とか、歴史学、地理学とかいろいろな要素が混濁して納入されており、複雑すぎて因果を証明できないから学問にならないというジャンルなんだろう。そういういろいろな香りが感じられて、さまざまな方向から興味をかりたてられて、おもしろかったと思う。もうすこしこの手の本を読んでみたいと思った。
数年前から県民性がブームであったようである。いまではTVで県民性の番組をやっている。こそばいような、気恥ずかしい感じもするし、かなり演技や枠の入った話ややりとりも聞かれるし、マユツバものであるとか、んなわけないとか、複雑な感情が入り乱れる番組であると思う。
だいたい県民性などという何十、何百万もの人を強引にひとつの性格類型に押し込めることなんてできないのである。まあ、たしかにひとつの県民の性格パターンのようなもの、似たような性格風土みたいなものはあるにしても、みんながみんな金太郎飴みたいなひとつの性格の金型などもっているわけなどないのだ。だからTVではことさらそういう枠やパターンを強調する言動が増えてしまって、まるでロボットのような役割をあてはめられて、気恥ずかしく感じられるし、個性的でなければならないTVタレントは、枠のなかで窮屈そうに県民の役割を演じているように見える。
へんにナルシシズムが満足させたられり、強調されたりして、気恥ずかしい。県やお国というのはどことなくナルシシズムが入っているものである。自慢や優越、または特徴がみんなの前で話されるわけだから、みょうにこそばくなる。自我というものはみんなで話題にされることを好み、認知をのぞむのだが、恥ずかしがる。このような羞恥とはなんなのだろうかと思う。うれしさと、価値がないという思いがゆれ動くからだろうか。自我は自分がいちばん価値があり意味があると思いたがり、しかし他人にとって自我は意味も価値もない存在である。その落差に私たちは人気や偉さを求め、他人にとって価値のない存在であるという恥ずかしさにゆれ動くのである。
県民性がブームになった経緯というのは私はよく知らない。どこから、いつ、どのように火がついたのだろう。日本全国の東京化=消費の魅力が落ちた、終焉したと感じられるようになったからだろうか。いぜんは日本には東京しかないようなメディアがめだったし、全国の地方は東京になろうとした。バブル経済が崩壊し、東京=消費は低迷し、辺境である沖縄からミュージシャンや俳優が押し寄せ、地方が舞台の映画やドラマが増え、あらためて日本には地方があったのだと気づかれたみたいだ。東京化によって隠されていた、私たちは地方や県によって違うのだということにあらためて気づいている最中ではないだろうか。
全国の県民性をならべると、バカにするとか、けなすことか、自分のところは強いんだとか、偉いんだとか、中心だとか、まるで差別や誹謗中傷の優劣感情まるだしになってくる。われわれはふつうそういう上下関係や優劣関係で人を見たり、他県をまなざしたりするのだが、マスコミのような公共な場でそれは少々ご法度である。個人的な蔑視や非難は容認されていても、公共の言論ではけっこう禁止コードすれすれになる。
この本はよく県民性を「暗い」とか、「影が薄い」とか、蔑視すれすれの言葉も平気ではいている(笑)。でもそうじゃなかったら、おもしろみもないし、ホンネも語れないというものである。暗いというのは雪のおおい東北に語られたり、山陰もどうように語られている。存在感の薄い県は笑ってしまうのだが、じじつ、他県にはまったく認知されていないこともおおいというものである。佐賀とか福井とか、鳥取、福島とか栃木とかいったいなにがあるんだろうくらいに印象の薄い県もあるのだが、まあそれすらも自県民にはギャグになってしまうというものなんだろう。
悲劇は中心的な県がとなりにある県である。東京のまわりにある県はどうしても東京と比べられてひときわ田舎の引き立て役になってバカにされるし、愛知のまわりの県は属国になってしまっているし、京都・大阪・兵庫には和歌山や奈良、滋賀の印象はどうしても薄くなってしまうし、九州の中心である福岡とか長崎のほかの県はイメージが薄れてしまう。近くのものほど比較対照の的になってしまうのだが、引き立て役になってしまった他県は悲劇である。埼玉は愛郷心がほぼないそうで、自分の住む場所から一刻も早く逃げ出したいと思っているのは悲劇だが、不謹慎にも笑ってしまう。
県民性というのはもちろんひとりひとり個性や性格が違うのはあたりまえなのであるが、ある程度の性格風土のようなものは認められると考えるべきなのだろう。著者の岩中祥史はたとえば海が近くにあるとか交易がさかんであるところにオープンで開放的な県民性がみとめられると見なしているし、山国や雪国には暗くて閉鎖的で、忍耐強いという県民性を見出している。風土や地理的条件が県民の性格をつくりだすと考えているようだ。たしかにというべきなんだろう。
風土と交易が県民の性格をつくりだしてきたと考えるのは妥当である。とくに交易は土地の性格をつくりやすく、古代の九州や山陰は中国や朝鮮との交易で早くも開けてきて進取の精神はつちかわれただろうし、こんにちではぎゃくに太平洋工業ベルト地帯が繁栄しているように、交易が繁栄やオープンな性格をつくりだすのだろう。職業に性格が依存することもおおい。そのようないろいろな要素が県民性をつくりだすのだが、「どこそこの県の嫁をもらえ」と人々の口にのぼったように、あんがい県民性の性格というのは、ひとつの共通した類型が認められるといっていいのかもと思う。もちろん県民性にまったくあてはまらない人びともたくさんいるというのが事実なんだろうが。
いくつかの銘記しておきたい県民性を抜き書きしたいと思う。県民性をみているとけっこう人生訓というか、生き方が見出されて、興味深いと思うのである。
「働くことはつらいことだ」という質問がある。宮城県は全国で第四位だった。あくせくせずにのんびりと生きていくのがいちばんという考え方をしているにちがいない。そのため、負けることを悔しいとも思わない。
北隣の秋田県には、「嫁をもらうなら山形からもらえ」ということばがあるそうな。働き者で堅実、コツコツお金も貯めるので、夫にしてみれば大いに安心できるからだという。
いまでも東京都民のうち、他県出身者ではこの新潟県民がいちばん多い。長男以外は養えないということで、生活が苦しくなると、親も子どもたちをどんどん外に出した。銭湯、豆腐屋、米屋、看護婦。。
「今の生活に満足している人」の割合がなんと九割近くを占める。全国一。――福井県。
とにかくおとなしくじっとしているに限ると、どこへも行かず、何もせず、自然の流れのままに生きる。平々凡々たる人生こそベストと考える向きには、居心地がよさそうな県である。――岐阜県。
女性雑誌で新しい流行ファッションが紹介されると、名古屋-尾張の女性は、雑誌のページに掲載された商品そのものを買って身につける。自分なりにちょっとアレンジしてみるなどということは、思いも及ばない。
京都人は、曖昧なものの言い方、どちらともとれるような言い方、はぐらかすような言い方を多用するが、これは、いつなんどき権力者が変わるとも限らないのに、自分の考え方や行動パターンをはっきりさせてしまったら、生き延びていけないことがあるのを身にしみて知っているからである。
「大阪の食い倒れ、京の着倒れ」に対し、「奈良の寝倒れ」という言葉がある。何もせずに寝てばかりいて、あげくも身上をつぶすという意味なのだそうだ。
江戸時代、岡山県内の寺子屋数は長野県、山口県に次いで第三位、私塾となると第一位であった。
明治維新の立役者は薩長土肥であったという。辺境にあることがどのような影響を及ぼしたのかを理論的に解明するのはむずかしいが、端っこにいる人間というのは、いじけるか、いまに見ていろという反発心を抱くかのどちらかである。土佐はそもそもが流刑の地であった。反権力、反権威である。
この地特有の台風の襲来が宮崎県人の気風に強く影響していると指摘する人もいる。「自然の試練は、試練とならず、諦めと忍従、怠惰と投げやりに流れる。これにつづく自然の恵む復原は精励を必ずしも必要としないということを知る」。そうした生き方を「日向的台風メンタリティー」「日向ぼけ」と名づけている。
沖縄というところは、人があまりストレスを感じないような社会構造になっている。その一つが、「ユイマール」という地域共同体内相互扶助システムである。ユイマールのおかげで、仕事に就いていなくてもなんとか生き延びていくことができるし、乳飲み子をかかえて離婚しても、さほど困らないで済むようになっている。仕事をしないのは悪いことだという価値観が、本土では強い。沖縄ではそういうことにはならないのである。
いろいろな生き方や考え方、処し方があって、日本人は一枚岩的な生き方をしてきたのではなく、地方でだいぶ違った生き方をしてきたんだなとわかる。そういう価値観や生き方の違いを、昭和の東京時代は押し隠してきたのではないかと思う。東京の中央集権は画一化の時代だった。地方に目を向けると根強く多様性は育っており、こんにちいわれるような格差社会はこの地方の多様性に太刀打ちできないだろうと思ってしまうのである。モノサシを一本化してしまうのは東京のまなざしであり、そのモノサシで優位性を保持したい欲望が根底にあるだけなのだろう。
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天上なる清澄な天ノ川へ、天川村ツーリング
水の透明度になんども驚かされる天川村の天ノ川。思わず、「おお!」と感嘆してバイクをとめて、その水の清澄さに見入らざるをえません。川の水がこんなに澄んでいるなんて驚きのほかのなにものでもありません。
天川村は吉野よりはるかに下った奈良県の真ん中あたりにある村です。修験道の大峯奥駈道の基地となる村のようです。なんとなく大峯奥駈道に魅かれて、縦走したくなります。ハイキングや登山としてですが。
天川村にいくのに下市から、48号線洞川下市線をとおったのですが、荒れ果ていてて、車もほとんどとおらず、とんでもない見捨てられた道といった感じがして不安になりました。そのような山越えのあとの天川村の出現、人の暮らしがあるところにたどりつくことは、たまらない安心感をもたらすものだと実感しました。
言葉での表現はなんど語呂をかえて頭でめぐらせても、うまい表現が思いつきません。写真でお楽しみください。
▼天川村の周辺地図 クリックで動かしてみて山深さを味わってみてください。

天ノ川は思わず目を疑うほどの水のきれいさ、透明度を誇っています。バイクをとめて、なんども見入らざるをえません。こんなに水のきれいな川は、ほかに比肩しうるところがあるのでしょうか。

川の石や小石がなんの曇りもなく川床まで映っています。水の透明度はその水にふくまれる栄養度の少なさをあらわすといいますが、川の水がここまで澄むことかできるという驚きのほうが大きいですね。

すぐ向こうにダム湖があるために進入禁止となった砂浜ですが、たき火跡があるようにキャンプしたくなる場所ですね。「なんじゃ、こりゃあ!」と思わずうなってしまいますね(笑)。

川床の木を見てください。すこしの曇りもぼけることもなく、透明に映っていますね。この川の水がどんなに澄んでいるかおわかりになると思います。

緑色の渓流の深みほど、山を感じさせるものはありませんね。この水の深みの色はなんのだろうと思ってしまいますね。ただ、残念ながらここはダム湖になっていて、流れが止まっているのが惜しいですね。

巨岩がごろごろするみたらい渓谷。観光名所として下市駅からバスで75分もかかる秘境ですね。名水100選にえらばれた洞川湧水群も近くにあり、水の聖地ですね。

近代的なつり橋。コンクリートがななめにたわみながら、しっかりと立っていますね。このようなななめになっていても、ちゃんと支えられるのですね。

道すがら、「おお、温泉が。。、入りたい」と思っても、大阪から天川村まで三時間、夜の山間部を避ける帰りの三時間を計算するとのんびりもしていられません。私はなによりも、まっ暗な山道だけは避けたいですね(笑)。恐怖と不安と、視界の利かない恐れが押し寄せてきます。温泉なんて、家に帰ればシャワーを浴びれると思ってきた私にはその意味がよくわからなかったのですが、こういうロケーションや外での解放感を味わせてくれるものだと少しは見直してきました。

天ノ川ぞいは関西屈指のキャンプ場の集まりになっています。この澄んだ川のほとりで遊んでみたいとだれもが思うのでしょう。ログ風のバンガローが一万円程度とけっこうお高めです。泊まりたい気持ちを抑えつつ、大塔村からの北上をめざします。

天川村風景。天川村は大阪からだと、金剛山脈をこえて、吉野川沿いの下市、山上の吉野の町をへて、もうひと山こえた奥地いった感じしますね。それでも地図をみると、紀伊山地のまだ入り口のように思えますから、人界ではない地は紀伊山中にまだまだ奥深くひろがっているのですね。

天川村にいくのに洞川下市線、48号線をつかったら、荒れ果てた道をどんどん山の上にのぼっていきます。道はぼろぼろ、苔は生えているし、木の枝などがたくさん落ちています。見捨てられた、忘れ去られた道のようで、迷ったかなと思うほどでした。このカメラは暗さを拾わないのですこし残念ですね。しかも平日昼間だったので、自分の身にも重ねられて、不安はどんどん大きくなります。休日だったら人気のない寂しい道にはどんどん行きたくなるのですが、平日昼間は見捨てられる、寂れる気持ちがどんどん積み重なります。自分の弱さを感じました。

きのうの秋晴れから一転してきょうはいまにも雨の降りそうなどんよりしたくもり空で、いっそう不安をかき立てます。ひと気のない紀伊山脈がはるかに見渡されます。見捨てられた土地と、見捨てられた自分が重ねられて、不安になります。働いていて自由に休めない日々には、見捨てられた土地は心を癒すものであったのですが、仕事のないいまの私にはますます心を不安にさせてしまうというのは皮肉なことですね。人間というのはいつもいまと反対のことを求めてしまうのですが、その愚かさをいつでも客観視できるようにしたいですね。

人寂れた道の果てにあったトンネルというより、洞窟といってよいほどのトンネルは、背筋が寒くなるほど恐ろしい気持ちを味わいました(笑)。「ぎゃーあー」という感じで突き抜けざるを得なかったですね(笑)。

ようやくたどりついた洞川の町に山頭火のTシャツが売られていて、思わず「ほしい!」と思いました。「どうしやうもない私が歩いている」。山頭火的たそがれの人生は、どこかに心の慰めとしてとっておきたい薬箱といったらいいでしょうか。三千八百円と高いので見送りました。

洞川の龍泉寺にあった滝の行場。洞川や天川村は水のサンクチュアリですね。天上の水の聖域といったらいいんでしょうか、命の水を厳かに敬いたくなる場所ですね。

龍泉寺には大峯奥駈道の供養塔がたくさん建てられていました。それだけ命を失う人たちが多かったのでしょうか。あるいは奥駈道は死と再生のイニシエーションですから、死んだかつての自分に対する弔いなのだとしたら、喜ばしいことですね。吉野側が金剛界、熊野側が胎蔵界だそうですね。

秋分の日でしたが、飛鳥の石舞台裏の田園にいやに人がいました。赤い花のツヅジが観光名所になっているのでしょうか。日本人の原風景といったところなんでしょうか。

飛鳥を吉野のほうに下ると、このような綱がかかっていました。正月11日に女陰の綱と陰物の石が象徴的につかわれるそうです。飛鳥の下流ではかわりに男綱がかけられるそうです。性交が五穀豊穣や悪疫阻止の祈りにもちいられているのですね。

五條市の吉野川には上流の宮滝に匹敵するような岩場があるのですが、あまり知られた名所になっていないようですね。どうしてなんでしょう。

秋分の日の太陽が沈みます。秋分の日は真東に太陽がのぼり、真西に太陽がしずむ目安となるような日です。むかしの人は山や神社の定点観測でそれを知りました。これから冬に向かってどんどん寒くなったり、暗くなるのが早くなる季節の目安となるものです。ことしの収穫を祝って来年の豊作を祈る重要な折り返し地点でもありますね。季節の死と再生はむかしの人にとってとても重要なことだったのだと思います。それは性交による世界の死と再生に重ねられました。近代はこのような世界観を下卑たものとして隠してしまいましたが、性交こそが生命の豊穣を生み出してきたというのに狭い了見を感じます。












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