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04 05
2008

風景写真

ことしも名もなき桜が咲きましたね



 ことしも長く厳しい冬の後に、待ち遠しかった桜の咲く季節がようやくやってきましたね。冬の寒さが厳しければ厳しいほど、あたたかい春の到来をつげる桜の開花は心を喜ばせてくれますね。

 ことしもやみくもに桜の咲く場所にバイクを走らせて写真を撮影してきました。人ごみや宴会の多い名所の桜は興ざめですから、緑を背景に栄える桜を見つけたかったです。漠然と奈良を目指していたのですが届かず、だいたいは大阪の南河内あたりで撮りました。つたない写真ですが、春の爽やかさを味わってもらえれば幸いです。


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 先週撮ったのですが、やみくもにバイクで走っていたら、みごとなしだれ桜を和泉市で発見しました。ちょうどこの下に小川が流れていて、しだれ桜はどこまでも垂れ下がることになって、その大きさがまた美しさを増していました。まったくの住宅街にある名もなき美しき桜です。

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 これは太子町の二子塚古墳に咲く桜ですね。日本初の女帝である推古天皇の古墳の向かいにあり、もしくは本人の墓ともいわれています。地元の女の子たちが「だるまさんが転んだ」をやっていました。死者の成分で大きくなった桜がまいとし春に咲き、その下で子どもたちが鬼ごっこをする――永遠の自然のサイクルがまいとしおこなわれているわけですね。

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 太子町の山の斜面に新しくつくられる公園に桜が植えられていました。この斜面には何年か後には満開の桜が一面に咲くことになるのでしょう。そのときの私はどのような気持ちでこの桜を見ることになるのでしょうか。

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 仁徳稜の南につれそうようにある履仲天皇稜にならび咲く桜です。できれば後円墳を納められるような場所があればよかったのですが。

11 18
2007

風景写真

浜寺の砂浜をかえせ



 泉州にそだった者として一度は公共の電波でいいたかったことがある。「浜寺の砂浜をかえせ」だ。そのころから考えると電波ではなくて、このようなネットができたのは信じられないことだ。

 子どものころ海の近くに育っておきながら、どこまでいっても「海」はなかった。海があるはずのところには臨海工業地帯があり、煙突や石油コンビナートがあり、海はどこにもなかった。

 歴史をたどれば浜寺公園には海水浴場が昭和36年まであったということではないか。明治には東洋一の海水浴場と謳われるほどの規模をほこり、大浜には水族館や内国博覧会がひらかれ、阪急の宝塚に対抗するように少女歌劇がつくられ、浜寺には芦屋とならぶ高級住宅地が造成されたそうだ。

 戦後33年の10年ほどは浜寺公園をアメリカ軍が住宅地にし、日本人は立ち入り禁止になり、かれらの海水浴場となった。その記憶を払拭するように沖に臨海工業地帯が埋め立てられて、かつての海水浴場は姿を消したのである。

 こんにちの工業地帯や公園の景観からとうじのリゾートの繁栄ぶりをうかがい知ることはまず不可能である。せいぜい高級住宅地の名残や大きなプールがのこるくらいである。地元の人間もそんな過去があったなんて信じられないだろう。海水浴場は二色の浜や磯ノ浦、神戸の須磨までいかなければ、ないのである。

 かつての「白砂青松」とよばれた浜寺の絶景をかえてほしいものである。
 
 おほともの高師濱の松が根を 枕きぬれど家し 偲ばゆ    (万葉集 置始東人)
 
 沖つ浪 高師濱の浜松の 名にこそ君を待ち渡りつれ   (古今和歌集 紀貫之)

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こんにちの浜寺運河の姿です。運河のむこうには臨海工業地帯があり、一般人にはまったく関係のない土地がひろがります。「海」はどこまでいってもありません。

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かつてここには広大な砂浜があったのでしょう。せめてこんなコンクリ護岸より、泳げなくてもいいから砂浜にもどしてもらいたいものです。大阪の人間は海や海水浴場を抹殺したくてたまらなかったのでしょうか。自然や景観を憎悪・嫌悪したのでしょうか。それとも戦後のアメリカ軍への記憶でしょうか。

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大浜公園にはぽつんとサル山があります。「なんでこんなところに?」という思いがしますが、歴史をひもとけば、かつて東洋一の水族館があったということ。大阪港に似たような発想の水族館が90年に開館しましたが、かつてはここ大浜がそういう場所であったのです。いまは工業地帯の入り口にあるうら寂しい公園くらいにしか見えませんが。

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絵葉書に描かれた浜寺海水浴場の風景です。上の写真と比べられないほどの景観がひろがっていたのですね。

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こんなデッキのような施設があったのですね。「ブルジョアジー」観覧用だったのですかね。

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大浜の景観ですね。砂浜が大きくひろがり、たぶん右の堺港から帆船が船出していますね。淡路島と神戸の間、瀬戸内海をめざしているのでしょうか。

参考資料(ネットでかんたんに調べられる時代になりましたね。むかしはこんな資料はなかなか見つけられないものでしたが)

 浜寺物語
 南海電車で途中下車 浜寺公園駅

埋め立てられた土地
  


11 11
2007

風景写真

大正シーサイド・スカイロード、ワークマンタウン



 大阪市大正区は四方を海や運河に囲まれています。電車も環状線が一駅あるだけで、さながら陸の孤島といった感じです。私もめったに足をふみいれたことがなく、未知の島です。いまだに渡し舟が市民の足として利用されています。

 沖縄から移住した人が多く、町も工場と住居が渾然一体としています。私はこのような労働と住居が一体化した町のほうが魅力的に感じます。労働が住居から遠く離された郊外住宅は労働観を育てないと思います。工場街というのは汚らしく、閑散としており、ときには騒音や異臭がただよってきたりします。中は暗く、なにが蠢いているのかわからないといった感じもあったりします。が、それこそが人間の現実というもので、労働を隠した暮らしは子どもたちや私たちの現実認識を妨げるだけだと思います。

 運河や川にかけられた橋は船の航行条件のためにひたすら高くなっています。さながらスカイロードといった感があります。夜景もすばらしいのですが、どこの橋もそうですが、止まってながめられないのが残念ですね。


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このような渡し舟がいくつもあります。橋がかんたんにかけられる時代に渡し舟がいくつも残っているというのは驚きですね。でもそれがかえって、大きな特質になっていますね。

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このようなぐるぐる何重も回る道を通って橋は渡されています。そうとうの高度です。ぐるぐる回る上に高くて、けっこう楽しいです(笑)。千本松大橋だと思います。

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これは、尻無川新橋かな?からのすばらしい眺めです。さながらスカイロードといった感じですね。駐車スペースがないので観光スポットになれなくて残念ですね。徒歩ではのぽれますが。

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大正ドーム(京セラドーム)や弁天町ツインタワーのほうの眺めです。

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工場とマンションがとなりに立ち並んでいますね。マンションで育った子どもはこのような工場を見て労働観を育ててゆくと思います。私が育った郊外住宅では働く姿がなく、海の向こうの工業専用埋立地に追いやられていました。工場煤煙や騒音の対策だったと思うんですが、子どもが育つには悪効果の影響ももたらしたと思います。労働を隠蔽した社会になってしまいましたね。

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何本ものパイプがむきだしで並ぶ製綱所。強烈な外観は異彩を放っています。生業の風景は目に見えるところにあったほうがいい。

 chez-sugiさんの「散歩日和」のように町語りをしてみたいものですが、なにか私には町を詩情的に語るロマンや素質が欠けるな~と思いました。

大正区の地図


10 13
2007

風景写真

【注意 現在見られません】 江戸時代の写真が見られます。


 江戸時代の日本の写真を紹介しているサイトを見つけましたので、みなさんもごらんになってはいかがですか。大きな写真にとうじの日本の風景や人々が写されていて、なかなか感慨深いものがあります。なんだか外国の人たちみたいですね。このような写真がおおく公開されています。

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 ありがたいサイトなのですが、「こやなぎ名人の元気配信館」というサイトだと思われるのですが、どうもリンクや入り口がどこなのか見つかりません。アドレスをいじって、ようやくページを見つけました。江戸時代の日本の町並みや人をとくと見つめるのは、日本という国はほんらいどんな国でどんな人たちが住んでいたのか示唆してくれることでしょう。


これが江戸だ!
 仙川 増上寺 東京タワー 東京湾

これが江戸だ! Part2
 勝海舟 外堀通り 文久 生麦

これが江戸だ! Part3
 旅行 楽しみ 江戸 江戸城

これが江戸だ! Part4 人力車 大森貝塚 明治 明治維新

これが江戸だ! Part5
 サンフランシスコ 伊藤博文 勝海舟 咸臨丸

これが江戸だ! Part6 大政奉還 尊皇攘夷 小石川 御三卿

これが江戸だ! Part7 井伊直弼 伊藤博文 公武合体 安藤信正

これが江戸だ! Part8 三宅坂 増上寺 尾張 憲政記念館

これが江戸だ! Part9 利根川 宿場町 東海道 中仙道

これが江戸だ! Part10 ものまね ヌード 写真 歌舞伎

これが江戸だ! Part11 隅田川 浜離宮 町娘 商人


むかしの働く人たちの画像も見つけましたので、ごらんください。

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炭坑で働く人たちは、蒸し暑いので、男も女も裸同然で働いた。女性の上半身が裸ですが、むかしの日本はけっこう熱帯地方のように裸でいることに罪や羞恥の意識をもたなかったようですね。いや、というか、それ以上に炭坑は苛酷な環境だったのでしょうね。

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マッチ工場で働く女工たち。日本の近代労働はおおくの女性、それも若い女性によってはじまったのですね。現代の専業主婦になる女性や、事務職のOLといったイメージとまたべつの女性たちがいたのですね。彼女たちは無法地帯のような過酷な労働に従事しました。

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「女工哀史」や「ああ、野麦峠」の舞台となった紡績工場で働く女工たち。長時間労働、劣悪な環境、脱走を防ぐ壁や宿舎、監獄でもあった工場。こんにちでもこのような状況は世界の工場といわれる中国や、あるいは私たちの身近にある工場でもおこっていることなのかもしれませんね。労働とはなんなのか、深く考えさせられる一枚ですね。

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イギリスかどこかヨーロッパの国で児童労働がおこなわれていた工場の写真ですね。学校にすべての子どもがいくという観念はさいきんになって芽生えたものですね。学校という無職期間はいろいろな問題がおこる現代、子どもたちにとって幸せなのか、不幸なのか、考えなくもありません。



幕末、江戸の写真集
幕末 写真の時代 第2版写真で見る江戸東京 (とんぼの本)幕末・明治古写真帖 愛蔵版保存版 古写真で見る江戸から東京へ

異国人の見た幕末・明治JAPAN 愛蔵版江戸時代おもしろビックリ商売図鑑―古写真と錦絵でよみがえる (別冊歴史読本 43)幕末・明治美人帖 (新人物文庫)幕末・明治のおもしろ写真 (コロナ・ブックス)

写真で見る幕末・明治F.ベアト写真集1

04 22
2007

風景写真

天理ダムにイノシシが。


 きのうバイクで奈良周辺を散策していたのですが、天理ダムの公園で一服しようとしたところ、いきなりイノシシが突進してきました(笑)。私はそのときブタとばかり思っていましたが、帰ってきて冷静になれば、これはイノシシではないかと気づきました。

CIMG000617.jpgひじょうに人なつっこい子どものイノシシで、イヌのように横になって腹をなでさせました。たぶんどこが飼われていたのか、それとも近所で飼っている人がいるのでしょうか。


CIMG000913.jpgペットボトルのミルクコーヒーをあげたら「もっとないのか」とかみつかれそうになり、恐ろしさを感じたので逃げてきました。そのときはまだブタだと思っていたので、ブタは食欲の亡者だと納得しました(笑)。私が去るのも気にせず、ペットボトルに無我夢中です。


▼イノシシ目撃情報 天理ダムの地図


04 15
2007

風景写真

燃える吉野の桜


ことしも吉野の桜を見にいってきました。すでに下千本の桜は散りかけで、どれが桜の木かわからないくらいでした。バイクで回ってみて、桜はあの吉野の周辺だけで、まわりはまったくふつうの緑の山であることを実感しました。それにしてもあの吉野山の斜面一面の桜はなんど見ても圧巻です。

CIMG000315.jpg 吉野山の斜面一面に桜が饗宴していて、これはすごいのひと言に尽きますね。ずっと見とれていたい景色ですね。


CIMG003711.jpgこの斜面を通るときはまるで燃える桜の海を渡っているような気分になります。いちばんきれいなところですね。吉野の蔵王堂などの全貌も見えますしね。


CIMG004411.jpgその斜面から見える吉野の遠景です。おおくは緑に囲まれています。いちばん遠くの稜線は葛城山と金剛山のつながりで、その手前が飛鳥などの奈良盆地南端、稜線の向こうが大阪平野になるわけですね。


CIMG002911.jpgことしも西行庵に桜の季節がめぐってきました。西行が生きていたころからおよそ800年くらいになりますね。たくさんの人が死に、多くの世代が入れ替わり、世の中が大きく変化していっても、この桜は咲きつづけるのでしょうね。

04 09
2007

風景写真

京都の桜を見てきました。


 大阪市の南に住む私にとって、京都はあまり近くありません。梅田からは30分ほどでいけますが、私の家からはのりつぎ二回、一時間半ほどはかかります。土地カンも桜の名所もよく知りません。いきあたりばったりに京都の桜を見てきました。ダダ込みを覚悟していたんですが、車の渋滞の中を原付で歩道にのりあげつつ(笑)、めぐってみました。

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 嵐山ですね。嵐山はこのひらかれた展望が気持ちいいのでしょうね。それと雅さを感じさせます。桜は向こう岸に並んでいて、ギャラリーがたくさんたむろしていました。車の渋滞と観光バスはすごかったですね。

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 平野神社の桜の饗宴もすごかったですね。写真が暗く写ってしまって、申し訳ないです。春のくもり空のせいか、桜の写真は難しいですね。

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 これはどこらへんだったでしょうか。銀閣寺の裏あたりだったでしょうか。川べりに咲く桜はきれいですね。

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 鴨川の上流のほうの桜です。鴨川は都心を流れていて、それでいて自然の景観を残しているところがすばらしいのでしょうね。大阪だったらコンクリで固めて、上に高速道路を走らせて、水は淀んで。。(笑)

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 哲学の道ですね。西田幾多郎が思索に歩いたということで名づけられたそうですね。桜がずっと並んでいて、人がいっぱい。落ち着いて思索できるどころじゃないですね。

12 25
2006

風景写真

大和川にダイブ~。ぽしゃん。


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 なぜか大和川にダイブした車が止まっておりました。どこへ行くつもりだったんでしょうか。007みたいに川を車で渡れると思ったんでしょうか。ここは土手が二段になったジョギング・ロードの下ですし、手前には橋がありますし、ヘンなところに落ちたものです。

04 22
2006

風景写真

ああ、日本の暮らし。


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こういう山を背景にわれわれ日本人の暮らしは何千年もつづいてきたのだと思います。都市に爆発的に住むようになったのは戦後の高度成長いこうだと思われます。たしか能勢あたりの風景だと思いますが、手前の家がわら葺屋根だったらもっと雰囲気が出たのにと思います。


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 山がほんのりと桜に染まっていました。兵庫県川西市あたりの山だったかな~。とちゅうに通った箕面の猿を撮りたかったのですが、日光の凶悪化する猿を思い出して、バイクを止めることができませんでした。

04 17
2006

風景写真

飛鳥の桜


 奈良の名所をバックに桜を撮りたかったのですが、もうほとんど散りかけで、ピークに撮れなかったのが残念です。飛鳥は緑の多い山里風景が魅力でもあるのですが、ぎゃくにかつての王朝の栄華との落差が驚かされます。

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 石舞台のまわりには華麗な桜がとりかこんでいます。
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 私としては石舞台の山側の景色のほうがよかったです。
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 神武天皇稜です。九州から大和入りした初代天皇ですが、実在が疑われています。

プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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