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11 08
2014

右傾化再考

ぱっとしない本だった――『日本人に生まれて、まあよかった』 平川 祐弘

4106105691日本人に生まれて、まあよかった (新潮新書)
平川 祐弘
新潮社 2014-05-16

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 あまりぱっとしない本だった。

 右翼とか保守のトンデモ主張ならおもしろいだろうと思ったのだが、中立の意見もあり、右翼的な考えもあり、どうも煮え切らなくてぐだぐだの読後感。

 比較文化史家で国際的にも教壇に立った人だということだが、わたしの読書の網にはひとつもかかってこなかった。著名な人? 梅棹忠夫ならとうぜん知っているのだが。

 基本的に保守・右翼系の陣営に立つようなのだが、中立の意見も多く、なにか隠していないかという気もした。そこはかと右翼的・国粋的な情緒をもっている人に思えたのだが。さらりとして流してしまう書評でよい。

 いちばんインパクトがあったのはパール・バックの『大地』の位置づけだ。中国の農民を描いたこの作が世界的なベストセラーになった意味がわからなかったのだが、ここでしっかりと紹介されている。

 『大地』は満州事変の年1931年に出されたのだが、逆境にうちかつ農民を描いたことでアメリカの親中感情をよびおこし、日本に侵略される中国への支援の後ろ盾となったということである。日本でもベストセラーとなったのが、日本では軍閥の割拠に苦しむ中国人民を助けるのだといった信念になった。つまり後に太平洋戦争の原因となった衝突を、この書はあらわしている。バック自身は反日活動にいそしんだが、日本ではアジアの味方だと感謝されていたそうだ。

 この本は日本を批判すれば国際的になれるわけではないといったことや、教育の減点主義は短所や揚げ足取りばかりおこなうつまらない人間になるといった痛い指摘も多い。右翼や軍部の批判もちゃんとしている。両派の批判もしっかりしているが、そこはかとなく右翼・保守な人である。あまり中立な人には思えない。


大地 (1) (新潮文庫)日本の正論西欧の衝撃と日本 (講談社学術文庫 (704))和魂洋才の系譜 内と外からの明治日本 上 (平凡社ライブラリー)竹山道雄と昭和の時代



11 06
2014

右傾化再考

納得したけど警戒――『パール判事の日本無罪論』 田中正明

パール判事の日本無罪論
パール判事の日本無罪論
田中正明
posted with amazlet at 14.11.06
小学館 (2013-05-02)



 歴史修正主義といえば、おどろおどろしい危ない見解に思えるのだけど、この本を読んでみると「ああ、そうか。なるほどね。そういえるね」とすなおに納得してしまった。

 歴史観が国家的見解とか政冶になるとどうもはげしい攻防や闘争がくりひろげられるようだが、学問的立場に立てば見解や解釈の多様性は自由であり好ましいものであり、複眼的視点は歓迎されるように思われるのだが、政治ではそうならないらしい。またこういった「日本擁護論」とか「日本正義史観」とかになると、国家イデオロギーの増長とか優越感補強になってしまって、どうも警戒感を増すものになる。解釈自体はべつにさっぱりしたニュートラルなものに思えるのだが。

 この本のパール判事がいっていることはたんじゅんなことであって、戦勝国が敗戦国を裁けるのかといったことだ。戦国時代でたとえればわかりやすいが、勝者の戦国武将が敗者の武将をげんだいの司法的手順で裁けるかといったものだ。

 西欧は植民地侵略で全世界を支配してきたのにおなじようなことをした日本をなぜ裁けるのかといった問いもある。また日本がアメリカに奇襲攻撃をしかけたのは、アメリカが中国に軍事支援をし、「窮鼠猫をかむ」の状態に追い込むことがわかっている石油輸出禁止をおこなったからだといっている。

 戦犯は共同謀議の罪で裁かれたのだが、はたして日本の体制にヒトラーやナチズムのような独裁政権が建立されていたのだろうか。混乱と内紛と不統一が、禍根を招来したのではないのか。

 一国の主権において戦争をおこなう権利を裁ける国家のうえの国際条約を現代はまだ築けているわけではない。戦争をおこなう権利はまだ犯罪ではないのであり、裁けないのである。それをおこなった東京裁判は勝者による敗者への私憤や復讐にほかならない、野蛮への退行であると断罪されている。

 すんなりと納得してしまったし、説得されてしまった。ただ歴史観というのは被害国とのあいだでそうとうにもめるものであり、やはり警戒感やほかからの批判をしっかりと聞いた上でないうえではないと判断はよういに下せないものだろう。

 このパール判事はインド人であって、日露戦争の日本の勝利によりインド独立の闘志にかたく燃えた人である。「西欧VSアジア人」の図式で世界を捉える人であって、東京裁判でただひとり反対した立場の背景がわかりやすすぎる人だといえるだろう。

 この無罪論によってアメリカの裁きの不当性を訴えられるとしても、植民地支配をおこなったアジアへの加害責任は免責されるわけではないだろう。

 なによりこの無罪論によって世界観が変わり、自虐史観や占領史観といったものが消滅し、日本の誇りや自尊心がとりもどされるといった増長国家論がよくわからないし、警戒したい。やっぱり他国の主権を侵した国はうらまれて警戒されるのはとうぜんのことに思える。というか、自己と国家を一体視する心性のほうが疑問に思えるのだけどね。


英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄(祥伝社新書)日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったことGHQ作成の情報操作書「真相箱」の呪縛を解く―戦後日本人の歴史観はこうして歪められた(小学館文庫)大東亜戦争の正体 それはアメリカの侵略戦争だった (祥伝社黄金文庫)GHQの日本洗脳 70年続いた「支配システム」の呪縛から日本を解放せよ!


11 03
2014

右傾化再考

戦争観のうつり変わりと時代――『「反戦」のメディア史』 福間 良明

479071196X「反戦」のメディア史
―戦後日本における世論と輿論の拮抗 (SEKAISHISO SEMINAR)

福間 良明
世界思想社 2006-05

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 ブックオフで線引きが多さの値引きをいえば、かんたんに値引きしてくれて100円で買えたので、みなさんもお試しあれ。

 基本的にわたしは戦争とか国家の議論にほぼ無関心であったので、にわかにこの本を既知の態度で語ることはできない。サンデルが問うていたけど戦争責任は戦後生まれや何世代あとまで背負わなければならないのかといった疑問がわたしの基本。国家や戦争に同一化する態度もわたしには縁遠いものだし、そういうこと抜きに市民生活に邁進する市民であるほうが平和を確保するのではないかとばくぜんと思っている。

 遠巻きにみていた戦争にたいする態度はわたしにとって不快感や欺瞞を感じるものであったので、こういった分析的・批判的態度からわけいってみるのがふさわしいだろう。戦争関連にかんするアレルギーだけで世の中をわたる態度はそれなりに批判されるものなんだろうが。

 この本はおもに反戦ものの古典とされる作品がどう受け入れられ、時代ごとにどういった異なった態度や思いを感じるように変わっていったのかといった学術的分析がなされている。平易に流れることなく、わかりやすさや単純さにも向かわず、議論も錯綜しているのでけっして読みやすい本ではないと思う。

 とりあげられた作品は、『ビルマの竪琴』、『二十四の瞳』、『きけわだつみの声』、『ひめゆりの塔』、『原爆の子』、『黒い雨』といった作品とそれに類するものである。小説や本、映画までが分析対象になっている。

ビルマの竪琴 (新潮文庫)二十四の瞳 (角川文庫)きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)ひめゆりの塔をめぐる人々の手記 (角川ソフィア文庫)黒い雨 (新潮文庫)


 古典はなんども映画化されているので、そのたびに評価や興行収入が変わっており、その時代に欲されていたもの、ナショナルなものが透かされて見える。時代背景の正当化といったものが、戦争ものに求められるものとずばりいっていいのではないか。

「「二十四の瞳」を見ていると、われわれは、ただ、戦争によって、平和を破壊され、純真な若者の多くを失ったのだ、という感慨を得るだけで、敵にどれだけの損害を与えたのかという点が全くぬけ落ちてしまう」 1954年の『二十四の瞳』はヒットを記録したが、朝鮮戦争による再軍備の恐れがあった。

 全共闘の時代の1969年に「わだつみ像」は学生によって破壊されているが、その像が象徴するものは「権力に迎合する大人たち」や「何の抵抗もできなかった無気力な大人たち」を映し出すものになっていた。

 『ひめゆりの塔』は1953年に映画史を塗り替えるヒットを誇ったのだが、95年の再映画化にはもういぜんのような関心が寄せられることはなかった。53年にはなんの疑いも抱かず、負傷した本土の兵士にいちずに尽くす「純粋」で「無垢」な少女は、加害責任を思い出させない安全なものだった。一丸となって闘った郷愁をもよわせるものとして批判する意見もあった。68年の再映画化でも前作にくらべると無視されるような興行成績になったが、すでに高度成長にはナショナルな自己を積極的に肯定してくれるような語りが求められていた。

 「唯一の被爆国日本」という神話はひろく流通しているのだが、強制連行された朝鮮人・中国人も被爆しているし、連合国の捕虜たちもいた。ビキニ環礁の現地住民も被爆体験をもっている。また広島、長崎は戦前、軍事関連施設が多くあったこともあまり知られているとはいえない。

 まあ、ばらばらに本書からひきだしたが、わたしの頭のなかで図式的なものにまとめることができないし、整理もされていない。反戦の古典はとうじのナショナルものを満足させる・正当化させるものが流行り、または無視されるのだといったことが、時代背景とふかく結びついていることが、本書から読みとれるのだろう。

 「加害者責任」ではなくて、ナショナルな情緒の「正当化」である。言語化されない情緒ではなく、はっきりとした言語で見せることにこの本の意味はあるのだろう。ナショナルなものは卑怯で、やましい正当化や隠蔽がうごめいているように思える。そのような感情や情緒がどのようなものだったか、こまかく切り刻んで言葉で見せてくれるのが本書ではないだろうか。


「戦争体験」の戦後史―世代・教養・イデオロギー (中公新書)日本人の戦争観―戦後史のなかの変容 (岩波現代文庫)敗戦後論 (ちくま文庫)戦争責任論―現代史からの問い (岩波現代文庫)戦後責任論 (講談社学術文庫)


10 31
2014

右傾化再考

日本擁護論はどこに導くのか――『「反日韓国」に未来はない』 呉 善花

409402476X「反日韓国」に未来はない (小学館文庫)
呉 善花
小学館 2001-09

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 著作の欠点は、その著作の言い分や主張だけがのべられ、ほかからの批判や異なる視点が見えないことである。歴史修正主義のような本はとくにその点を警戒して読みたい。

 呉善花や黄文雄のような韓国・台湾出身者の主張はなぜ日本擁護にかたむくのかふしぎである。マイノリティは極端なマジョリティ同化にはたらくという説もあるが、オ・ソンファもそのような人なのだろうか。

 自虐史観批判の流れにわたしは関心もなかったのでかかわってこなかったから免疫はあまりないのだが、侵略史観によって国際社会が保たれてきたという戦後レジームがあるので、国粋主義や国家主義を勃興させるような史観は警戒されてとうぜんだろう。

 わたしはそういった国家の自尊心の復興のための史観というものはまるで興味はないのだが、この日本の右傾化はなにをもたらし、どのような理由で必要とされるのかといった興味から、第三者的な視点で歴史修正主義を見てみたいと思っている。というか、相対的な知識は知のたのしみの点で追求したのだけどね。

 この本を読んでの感想はなるほどであるといった程度か。呉善花は統治時代のおだやかな生活感覚から、国家教育されたような「侵略的で野蛮な民族的資質」が日本人にはなかったのではないかという視点をもっているようだ。

 解放運動がさかんであったら韓国全土に暴動が発生して強力な軍事支配が布かれ、市民生活は監視状態におかれ、自由は制限されていたはずだといっている。なにより市民感覚としては平穏な日常生活さえおくれれば、統治者が外国人だろうと自国人であろうとかまわないといった庶民感覚は納得するところである。為政者とかマスコミ、知識人だけが国家のどうのこうのとこだわるだけで、庶民は国家の統治者のクビや境界などにはげしくこだわるわけではない。この庶民感覚がマスコミの国家宣伝によって呑みこまれてゆくことが危険であると思っている。

 韓国は反日がアイデンティティになっているようで、近代国家の独立と分かちがたく日本統治がかかわっているからだろうか。呉善花は自分の反日感情がなくなると、日本人を鏡として見ていた自分のアイデンティティの崩壊を感じたそうである。日本への憎しみこそ民族のアイデンティティと起源となっていれば、反日感情はやむことはないだろう。

 韓国の反日感情は近代の侵略から生まれたのではなく、それ以前の中華思想の序列のころから生まれたものであるらしい。韓国にとって中国は文化の兄であり、日本は弟であるという意識がある。兄である中国やロシアの侵略は許せても、弟の悪行は許せないといった気持ちがあるようだ。日本は西欧基準の「先進/後進」の図式をもっているから、中華思想の序列はすでにない。

 東京裁判についてこんな一方的な裁判で敗戦国を裁くこと自体まちがっているといっている。相対的な視点をもつべきだといっている。読んでみたいのだけどね。

 基本的にわたしは国家や隣国感情などどうでもいい。国家に自分を重ねる見方も極力、排したい。庶民の平穏で制限のない自由な生活がおくれれば、国家がどうのこうのという話題に関心がない。それこそ呉善花のいっていた庶民感覚そのものだ。国家に必死にアイデンティティを賭ける人はどうしちゃったんだろうと思う。国家権力にちょくせつ利害があるばあいはともかく、庶民は火の粉が飛んでこない生活があれば事足りる。

 歴史修正主義のような本を読むのは、国家に自尊心を賭ける人の増大を懸念するからである。日本という国家にどうして自分のアイデンティティを賭けようとするのか、なぜ国家の増強が自分の自尊心のことのように思えるのか、そういった疑念のほうが強い。この国民感情がおろかな道に陥らないかといった意味で、歴史修正主義の本を読んでみたいと思っている。


韓国併合への道 完全版 (文春新書 870)歴史再検証 日韓併合―韓民族を救った「日帝36年」の真実 (祥伝社黄金文庫)中国・韓国が死んでも教えない近現代史 (徳間文庫)さらば東京裁判史観―何が日本人の歴史観を歪めたのか (PHP文庫)英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄(祥伝社新書)


10 29
2014

右傾化再考

わかりやすく読みやすい――『昭和史 1926-1945』 半藤 一利



 わかりやすさと読みやすさにおどろいた。名著といっていいのでしょうね。昭和の開戦にいたる歴史を知りたいのなら、まずはこの本を読むべきなのでしょうね。

 ただわかりやすさゆえになんのひっかかりもなく、書評は一文で終わってしまいそうな勢いになる恐れもある本である。批判や違った立場から見る客観的な見方もぜひつけ加えたいところである。

 この本はおもに軍部や天皇、国際情勢から見る開戦史、戦争史といったことになるのだろう。国のゆくえを決めたトップにおいてどのような交渉や思惑がはたらいたのかといった「決定にまでおける交渉史」がおもな場面になっている。この交渉や決定が違っていたら、どうなっていたか、戦争は防げていたのではないかといった歴史のイフを考えられるような視点から捉えられている。

 ここにはとうぜん国民の感情や状勢は大きくとりあげられることはないし、橋川文三のような右翼思想からの昭和史といった視点も欠けている。国民や庶民が後押ししていった戦争史といった視点がない。

 天皇側近・元老たちが「君側の奸」とよばれ、軍部に嫌われて、庶民にも過激派の行動をゆるすようになった経緯もくわしくはない。昭和史にいたる前日譚には庶民の貧窮とマルクス主義の勃興という流れがあったのだが、そのことにもふれられていない。軍部が暴走するにいたる背景といったものが、昭和史に限定されているだけに見えてこないといった面もあると思う。

 国民感情の熱狂と新聞のあおり方を時系列に描いた本に、前坂俊之の『太平洋戦争と新聞』(講談社学術文庫)という本があり、詳細すぎて読む込むことが少々難儀する本であるが、けっして庶民や新聞はだまされたのでも、反対していただけではなく、みずから加担していった側面も強いことがわかるようになっている。戦争のきっかけになった満州事変をいちばん煽っていたのは、新聞と国民である。

 『昭和史』はおもに暴走する軍部とそれに疑念を抱き、押しとどめようとする天皇といった場面が多く出てくる。しかし天皇は昭和のはじめから政治に口を出せないように追い込まれていたし、軍も政治に口出されないような体制が早くも生み出されている。その段階で戦争への道は決まっていたのかもしれない。

 イギリスやアメリカと敵対していった様子もわかりやすく記述されている。西欧がやっていた植民地侵略に手をのばそうとする日本と西欧は敵対するようになり、仲のよかった関係はどんどんこじれてゆき、日本は軍部を中心に意固地や戦闘状態になり、米英に制裁を加えられたといったかたちになるのだろうか。ソ連のスターリンの裏での暗躍もなかなか奇怪である。

 国際政治におけるパワーゲームの中で日本はどのように自ら首を絞めていったかがわかる昭和史になっているのかもしれない。

 昭和の戦争にいたったくわしい過程を知らない人はぜひこの本を手にとると、わかりやすい開戦史が目の前に開けてくる内容になっている。


太平洋戦争と新聞 (講談社学術文庫)昭和維新試論 (講談社学術文庫)それでも、日本人は「戦争」を選んだ重臣たちの昭和史 上 (文春学藝ライブラリー)昭和天皇独白録 (文春文庫)


10 23
2014

右傾化再考

侮蔑はなぜ必要なのか?――『悪韓論』 室谷 克実

悪韓論(新潮新書)
悪韓論(新潮新書)
posted with amazlet at 15.02.16
新潮社 (2013-10-18)
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 書店にはダジャレでおちょくったような嫌韓本が山のようにならぶ。これはなんだということでお金をかけることすらもったいないと思う嫌韓本の一冊をブックオフで手に入れる。



 たくさん増えたはずの心理学者がこのような現象を分析する本だけを読みたいのだが、そういう本がまだ出ていないようでしかたなく嫌韓本を読むしかない。原因的にはなんなのだろう。経済大国凋落の補償か、韓流ブームへのコンプレックスなのか、相手国の反日思想の反感からなのか。

 本の内容はどれほど批判バイアスがかかった本なのか検証するほどの知識量がわたしにはないのだが、批判されることはそのまま日本へもとうぜん当てはまるブーメラン批判になるし、見下げる視点をもつ者はみずからの品性のなさと下劣さをさらすだけであると思う。

 批判は自分自身にいちばん当てはまることが多いので自身の下劣さにはね返ってくるし、だれかを見下し罵倒する人間が尊敬されたり品格を褒められることなどまずないと思うのだが、怒りに頭を燃やしている人間にはそれが見えない。

 ふしぎなことは対人個人では自己中や身勝手な人はまわりから批判されることがわかっているはずなのに、国家のことになるとなぜ自分勝手や自己利益に邁進することがはばかられることに思われないのかということである。貪欲と利己主義だけが国家に投影されるのはおかしな現象である。国家には他国や他人という関係がないのだろうか。

 高学歴競争や就職難、職業差別、自殺、売春など日本にも同じような病魔があるはずなのだが、韓国だけが批判される意味がわからない。他国を批判すれば、日本では問題が消滅して、問題が解決されるというのだろうか。批判すれば、とうぜん自国の問題にもはね返ってくる。なぜ自国を棚上げできると思うのだろうか。

 ウソつき大国、詐欺大国というあり方はさすがに異常に思えたが、このバイアスはどれほどかかっていて、冷静にはどの程度が事実なのかわからないのがこの本の欠点だ。

 韓国は「滅公奉私」で、もっとも大事なのは自分自身と家族、先祖と一族だと批判されているのだが、会社は「オーナーの私物」としか思っていないというあり方は批判されるべきものではなくて、「滅私奉公」で個人が滅ぼされる日本人にとってはうらやましい、学ぶべきものではないのか。

 基本的に批判したい、憎悪したいために書かれる本なんて正確さや客観性などまず信用も保証もされない本なので、冷静に疑わずに読むことができない。怒りや侮蔑に燃えるために読む本など、有益な情報などひとつもつかめないではないか。ものごとにはいい面もあるし、悪い面もある。善悪両方の面を冷静に見比べてどちらの傾向が強いかを見比べる視点をもたないと、そのことがらの良し悪しなど判断できない。一方的な視点の見方がいかに役立たないか。

 この本にはなぜ韓国をそんなに目の仇にするのかの理由を書いてくれていない。反日思想に激昂しているのか。それとも韓流文化や経済成長に嫉妬や劣等感をいだいているのか。あるいは民族的自尊心にすがるしか、もはや自尊心を満足させるものはないという自己の虚無感や劣等感がなせるものなのか。批判や蔑視はブーメランのように自分へと帰ってくるようにしか思えないのだが。

 すくなからずの人たちがこの嫌韓本のラッシュに日本人はこんなに下劣で品性のない国人だったのかと驚いていることだと思う。欧米との比較において劣等感から経済成長をめざした日本人はまだ謙虚で品性があった。いつからこのような侮蔑や罵倒で他国を貶めるような日本人が出現するようになったのだろう。

 ある程度の年齢のものなら違和感や不快感をいだく嫌韓本も、若い無垢な世代がこのようなシャワーをうけた十年、二十年後にどうなっているかということがもっと恐ろしいことではないだろうか。誇りある、名誉ある日本というのは、それをもち上げれば上げるほど、このような下劣な人間性も芽ばえてくるものではないのか。


▼岩波や中公の新書や学術書を読まないと韓国の実情なんて判断できないね。
先進国・韓国の憂鬱 (中公新書 2262)戦後韓国と日本文化――「倭色」禁止から「韓流」まで (岩波現代全書)徹底検証 韓国論の通説・俗説 日韓対立の感情vs.論理 (中公新書ラクレ)近代朝鮮と日本 (岩波新書)女たちの韓流――韓国ドラマを読み解く (岩波新書)


10 22
2014

右傾化再考

日本の膨張的自尊心が国際平和を壊してしまうことについて

 日本の自画自賛本が花盛りである。嫌韓嫌中本も山のように出ている。戦後の自虐史観を批判する本も力を増してきている。謙遜や謙虚を美徳とした品性のある日本人の風格は風前のともしびである。


アジアが今あるのは日本のお陰です―スリランカの人々が語る歴史に於ける日本の役割 (シリーズ日本人の誇り)日本はなぜアジアの国々から愛されるのかだから日本は世界から尊敬される (小学館新書)日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか (PHP新書)日本人だけが知らない 世界から絶賛される日本人


 これは経済大国の自負心が凋落してしまって、ふさぎがたい劣等感を糊塗しようとする切ない日本人の衝動であるのが丸わかりなのだが、劣等感の補償にとり憑かれた人にはみずからの無様さはあまり見えないようである。

 この自己礼賛心がポジティブなものに転嫁して、成長や向上に結びつくのなら、自画自尊はおおいにけっこうだろう。高い自尊心が現実の成果をもたらすのなら、批判されるいわれはないものだろう。しかし他国を蔑視することで保たれる自尊心などおおよそ日本の誇りとほど遠いものであるし、現実になんら業績も結果もない空自慢ばかりするのなら、だれにも信頼されることはないというものだろう。

 問題は日本の膨張的自尊心というものが侵略をうけた他国にとって過去の脅威の復活に思われることだろうし、民族的自尊心というのは、どうも戦後の国際平和主義の重しや結び目になっているということだ。

 日本が謝罪や謙譲な態度をとりつづけることが戦後平和体制の礎になっており、日本の膨張的自尊心はその氷面をつき破ってしまうバーターである関係が、戦後体制をかたちづくっているように見える。日本が謙遜であるかぎり、国際社会は平和であるという体制こそが戦後の国際体制なのではないか。

 日本の民族主義的勃興は、どうもドイツのナチズムと共通する国際社会のタブーであるようで、戦後国際社会はそれらの戦争犯罪がどれほどひどいものであったかという認識を共通することによって、戦後平和体制が維持されているようなところがあるようだ。だから日本の右傾化事象の中にたまにナチズム的関連の事柄が混じってくるし、欧米諸国の警戒心は、ナチズムのみではなく、日本の民族主義的勃興の動きも注視している。

 つまり日本の膨張的自尊心や民族主義的勃興は、戦後の国際平和体制をうち破ってしまう過去の災厄の封印魔所なのである。

 日本の民族的自尊心というのは一国の国内問題だけではなくて、国際平和体制を崩壊させてしまう蝶番なのである。戦後の国際平和はそれが外れることによってばらばらにほどけてしまい、だから国際社会は日本の自尊心に警戒している。

 戦後の国家はどこも自国内の民族的自尊心の勃興には警戒していることだろう。それが他国との紛争や障害に結びつく過去を経験しているからだろう。日本やドイツには過去の範例があるいじょう、よその国より警戒度が高く、国際平和の結び目になっている象徴ともいえる。

 国際社会が警戒しているのに、経済凋落にわれを忘れた日本人は民族的勃興を是が非でも達成したいかのようである。平和より一国の自尊心が大事だ、劣等感に押しつぶされるくらいなら他国や国際社会はどうなってもいいといった鼻息だ。

 日本は韓国や中国の謝罪やゆがんだ歴史観によって自尊心をめちゃくちゃにつぶされただとか、アメリカのGHQによって洗脳されただのといった歴史認識が花盛りなのだが、経済大国の自尊心に満ちあふれていたときにそんなことが問題視されただろうか。自尊心が凋落したのは、日本国内の経済事情によるものであって、他国が成敗を下したわけではないだろう。

 日本は国際平和の番人なのであって、卑屈な謙譲心によって自尊心を押しつぶされているわけではない。

 戦後の日本は自虐史観や欧米の劣等感のなかで、経済大国への成功を果たしたのであり、民族的自尊心の満足などなくとも成長と向上をもたらすことができた。謙虚であったり、不足を冷静に見ることができたからこそ可能であったことではないのか。

 自画自尊や他国蔑視に溺れる一国の自尊心をたてまつって、現実否認や楽観主義で、国家の成長や向上が見込めるだろうか。そのような自尊心は過去の迷妄や誤まった道に導いたのではないのか。高慢で放漫な目隠しのような自慢話をいっぱい集めて日本はどこに転がり落ちたいというのだろうか。


呆韓論 (産経セレクト)韓国人による恥韓論 (扶桑社新書)犯韓論 (幻冬舎ルネッサンス新書 こ-4-1)マンガ嫌韓流中国・韓国を本気で見捨て始めた世界: 各国で急拡大する嫌中・嫌韓の実態 (一般書)

アウシュヴィッツ収容所 (講談社学術文庫)ホロコースト―ナチスによるユダヤ人大量殺戮の全貌 (中公新書)黄色い星―ヨーロッパのユダヤ人迫害 1933‐1945ホロコースト全証言―ナチ虐殺戦の全体像ホロコーストを知らなかったという嘘―ドイツ市民はどこまで知っていたのか


10 20
2014

右傾化再考

文芸評論家はどうも――『昭和精神史』 桶谷 秀昭

4167242044昭和精神史 (文春文庫)
桶谷 秀昭
文藝春秋 1996-04

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 文庫で700ページにおよぶ大著を読みながら思ったのは、文芸評論家は肌が合わないというか、イメージや感覚がどうもわたしにとっての明晰さをもたらさないということである。この文章、なにいってんだろと思う文脈に出会って、とちゅう飛ばし読みのようなページ繰りもおこないながら、敗戦の最終章が感慨深いもので終わった印象。

 文芸評論家が書いた精神史だからときに文芸論もはさみながら、歴史の「事実史」も追われる。昭和10年代に作家たちは『墨東綺譚』や『雪国』のような自閉的な作品を書いたのかといった章は興味あったが、わかったかのようなわからないような。前線の兵士は戦記物を好まず、美しい山水、日常の物語を好んだようだ。

 基本的にわたしが昭和の精神史に期待することは、明治末に煩悶に落ち込んだ青年たちがマルクス主義に出会い、その後にどうして右翼思想や日本回帰に流れていったのかという精神の内実に迫る書である。桶谷秀昭のこの精神史はその過程をふかく追ったわけではないので、わたしには不満足なものに思えたのだろう。

 冒頭に生田長江の大正末・昭和初期におこなった予言――日本的伝統回帰がおこって急転直下がおこるだろうといったような精神史があげられているのだが、わたしはこの過程にいちばん興味がある。

 外来思想の播種と収穫で捉え、明治末には自然主義と個人主義があった。昭和の初頭にはマルクス主義という播種があり、昭和7、8年ころから日本回帰という収穫がおこったという。日本回帰はマルクス主義と同じ本能の別のあらわれだというのである。こういった精神史をいちばん深く追究したいのである。

 厭世と過激な国家主義は樗牛において一枚のカードの表裏だという指摘がある。隠遁とテロリズムが結びつく、それは大正に明治国家が空洞化していたときに生まれたという。

 大著なのでいろいろな感慨を抱かなかったわけではないのだが、そういった幾箇所か抜き書きもしたいわけではないが、わたしのテーマとは焦点が合っていなかった書というしかない。

 なおこの作品は平成4年に毎日出版文化賞を受賞している。同じようなタイトルに竹山道雄の『昭和の精神史』という本があるが、これは圧倒的な名著だとわたしは思っている。


昭和精神史 戦後篇 (文春文庫)日本人の遺訓 (文春新書)昭和の精神史 (中公クラシックス)知識人―大正・昭和精神史断章 (20世紀の日本)昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)


10 14
2014

右傾化再考

歴史とは政治学――『日本を呪縛する「反日」歴史認識の大嘘』 黄文雄

4198936293日本を呪縛する「反日」歴史認識の大嘘 (徳間文庫)
黄文雄
徳間書店 2012-11-02

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 歴史修正主義なんておそろしい、おどろおどろしいものに思えて、右翼的なナショナリストの見解なんか近づきたくないという運動に思えていた。

 読んでみると、ああ、こういう見解もあるな、こういう見方もできるんだな、学者的な態度とするのなら、こういう違った見方・見解は、いくつも捉えてみるのが正解なんだろうなと思えた。ただ、この見解にくみせずにいかに反対側の立場とか批判する側の見解もしっかりととり入れられるかという作業も大事なんだと思う。ネトウヨさんとかはこの一方的な立場をたったひとつの真実だとか思い込んでしまうのだろう、というか、擁護や称賛こそが目的なんだろうけど。

 この著者の立場は、「日本擁護史観」とか「日本称賛史観」とかいっていいのかな。「自虐史観」という名前はよく聞くが、それに相対する史観の名前は「自由主義史観」とよくいわれるのだが、ぴんとこない。「侵略史観」とか「暴虐史観」というものをしりぞけて、あるいは擁護とか称賛の系統をつまみあげてきて、「日本正義史観」というものを啓蒙するのが、著者の立場のよう。

 ひとことでいえば、著者の立場は「近代化史観」というか、「文明使命史観」といったらいいのかな、未開の朝鮮や中国、台湾に近代化・文明化をほどこしたのはだれか、日本が侵攻するいぜんのそれらの国家は内乱や殺戮、病が蔓延する未開の国だったではないか、というのが著者の立場のよう。なるほど、これは納得できたというか、それ以前に反論や批判できる歴史知識をわたしはもっていないのだけどね。

 著者は台湾の38年生まれだが、風土病や道路も匪賊が跋扈してつくられなかった台湾に、近代的なインフラをつくり、近代国家をつくりだしたのは日本であるという感謝と称賛の気持ちがあるらしい。朝鮮合邦後には人口が2.4倍もふくらむほどの近代化を達成したのだし、満州国は未開の東北の地に近代工業国家をこつぜんと生んだし、中国は日本に侵攻されなくとも列強に分割・侵攻されていたわけだし、日中戦争時には中国は国家として統一されず、三つ巴の内戦に日本はひきずりこまれただけだというのが、著者の見解。

 「近代化の恩恵史観」だよね。「文明の使命観」は西欧の国家が植民地化するさいの正当化と正義の論理であったのであり、被植民地化された人民たちは、その一面的な裁断だけをとり入れられるかというと疑問だよね。

 日露戦争の勝利により、西欧や白人による植民地化されていたアジアの国々ははじめて独立の意志や劣等感を払拭できるようになった日本の近代化の意義は大きいと著者はいう。この見解はとうぜん中韓には反発を生む問題の多い歴史観なのであって、一面的な解釈はとてもできそうにもない歴史観といってもいいかもしれない。

 著者は「中国人にとって歴史とは政治学だからだ。歴史学は、すなわち政冶学である」というのだが、これはひとり中国人に当てはまるのではなくて、すべての人間と国家にあてはまる歴史観だろう。政治や立場が先行すると、もう真理のよって立つ場はなくなってしまって、ひたすら政争の具でしかなくなるわけだから、歴史とは目隠しをされることが常識なのかもしれない。自国の勝利や正義が正当化・優先されるともう歴史の真理なんて永遠に閉ざされるし、そもそも歴史にはどちらかの側に立つしかない「正当化史観」といった要素はぬぐえないのかもしれない。

 日本の戦争はなんだったかというと、アジア保全の戦いを日本一国だけで戦っていたものだ、西欧列強から侵略されないための正当防衛の戦いだったのだと著者はいう。日本が悪かったのは戦争に敗れたことだけ。

 新聞やマスコミの報道になると歴史認識はものすごく恐ろしくて、おどろおどろしくて、アンタッチャブルでヒステリックな論争に思える。でも学問的態度からすれば、ただの見解や見方がいくつもあるうちのひとつの解釈にしかすぎない静かなものに思える。べつにそういう見解もありかなくらいにしか思えない。

 まあ、わたしにはヒステリックな国家闘争のイメージばかりがあったのだが、歴史修正主義というのは、読んでみるとたんに歴史のひとつの解釈・見方にしか思えなかった。静かだった。できるだけ第三者的な立場に立ちたいのだけどね。歴史観の違った角度からの見方というのは、知識をたのしむ者としてはおもしろいものだった。


歴史における「修正主義」 (シリーズ歴史学の現在)「歴史認識」論争 (知の攻略 思想読本)歴史修正主義からの挑戰―日本人は「日本」を取り戻せるのか?英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄 (祥伝社新書)「自由主義史観」の病理―続・近現代史の真実は何か


10 10
2014

右傾化再考

なぜ韓国にそんなに興味があるのか――『韓国 反日感情の正体』 黒田 勝弘

4046534214韓国 反日感情の正体 (角川oneテーマ21)
黒田 勝弘
角川学芸出版 2013-06-10

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 嫌韓ブームとはなにかと思って読む。韓国とのいざこざや関係にはまるで興味ないので、韓国に三十年在住のこの著者のまとめはよくわかってよかった。

 比較的に冷静に書かれていて、感情的には走っていない立場のように思われたが、著者は2011年まで産経新聞のソウル支局長だったこともあり、韓国ではメディアにも出る人らしく、「妄言製造機」の悪名までもらっている人のよう。ほかのソウル支局長だった人が記事捏造で在宅起訴されたように、最右翼とされる産経はとうぜんながら韓国とは相性が悪いだろうね。

 韓国は大衆が親日的であり、だから知識人やマスコミが反日を説教しつづけてきたというのが、著者の見かた。民衆はふつう国家がどうのこうのと他人事だ。他国人や国のことを意識する人は、マスコミにはよく出てくるのだが、そんなにたくさんいるようには思えない。生活や日常に多くのパワーとエネルギーをとられるのが民間の人。

 韓国のトラウマの底には、統治時代にみずから支配を打ち破ることができなかった体験がいまもくすぶっているようで、だから反日感情でその痛みを癒さなければならない。また豊かな時代の育った世代は自信にあふれ、むかし日本の支配下に入っていたことが我慢ならない、そういった不整合が反日へと向かうエネルギーの根底にあるのだとか。

 慰安婦問題はいぜん問題にならなかったのだが、91年の『黎明の瞳』というドラマによってにわかに主題になったようだ。とうしょはそのような存在は独立運動の英雄ということではないので、恥をさらすことはないという反対の立場もあったそうだ。性をとりあげてもよい言論民主化の賜物でもあったという。なんだかこの問題は、性的関係を主題にしていて、性への興味関心と言論自由化をもてあそびたいだけかのようにも思える。あるいは強制か自発かの態度の象徴か。

 1944年の夏、ソウルの映画館では日本軍快進撃のニュースに、東京より熱狂する韓国人がいたという話がここに書かれている。「われわれはそこまで日本人になってしまったのか」とそれを見た韓国人は思ったそうだ。36年の日本統治のあいだを、韓国人はどうとりあつかうのかといった過去の怨霊にいまもとり憑かれているのだろうね。

 問題はこれから韓国の反日感情よりも、もっとこじれてきた日本人の民族的自尊心のほうがもっと重くて複雑なものになってゆくのだろうね。落ちぶれてゆく一方の民族的自尊心を建設的なパワーに用いるのではなくて、他国を貶めたり、憎んだりすることによってとり戻そう、優越感を満足させようとする衝動や誘導が勃興している。日本人の品格がいま試されている時代である。日本人はこの時代で堕落するのか、それとも品格をたもって尊敬をうけるのか、分岐にさしかかっているのだろう。


“日本離れ”できない韓国 (文春新書)韓国人が書いた 韓国が「反日国家」である本当の理由「反日」の敗北反日メディアの正体 「戦時体制(ガラパゴス)」に残る病理【文庫】 「反日」の正体 中国、韓国、北朝鮮とどう対峙するか (文芸社文庫 に 1-2)


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