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07 22
2015

セラピー・自己啓発

ネットで見つけたパニック障害の治し方(8) 恐怖を味わいつくす。踏みとどまる。

今回で最後です。

パニック障害は不安や恐怖のつき合い方の失敗やまちがいだと思います。

逃げたり、避けたり、防ごうとするとよけいに恐れがつのります。
立ち向かい、しぜんに収まるまで放っておくしかありません。

いちど恐くなるとそういうことがひじょうにむづかしくなります。

いちばん効果的なのは「逆説志向」という療法だと思います。
「わざと苦しくする、発作を自分からおこそうとしてみる、わざと恐がらせる」と
いったことをみずからおこないます。

恐さに立ち向かい、恐くないのだと心身ともに納得することが必要になります。
恐れて避けよう、守ろうとするから、よけいに恐ろしくなるからです。

発作や恐怖がおこりそうだというとき、守ろう、防ごうとしないことが大切になります。
「大丈夫だとか、リラックス」とかも心に言い聞かせることもせずに、
ただ客観的に観察、傍観する立場でながめることが克服の秘訣です。

そういう立場で傍観できたとき、恐怖と同一化せずに、恐怖をやり過ごせるようになります。
なくそう、避けようとすることが恐怖との一体化をひきおこし、巻き込まれるのですね。

リラックスやコントロールを言い聞かせる方法もあって、混乱することが多い恐怖との関係ですが、
恐怖は手を加えることが逆効果をひきおこす皮肉な感情です。




  (8) 恐怖を味わいつくす。踏みとどまる。 


●その感情にとどまり、「この感情はどんな感じがするか」ということを調べてみる。


●なぜなら自分には対処できないと思うからこそ逃げるため、逃げてしまうと、「私にはどうすることもできない」という恐怖に襲われるようになるからです。


●恐れはこちらから直視しろ。


●恐怖というのは直視されるほど、しぼんでゆく特徴があります。
「な~んだ。たとえ失敗してもこんなものか。そんな大したことないな」


●恐怖を感じたときにその恐怖の感情を自分の言葉で説明してみる。描写してみる。感じとってみる。実況する。


●不安や恐怖って立ち向かうと半分になり、逃げると倍増する。


●不安や恐れの中に飛び込んでみてください。不安や恐怖をしっかりと感じ、味わいつくしてください。
不安や恐怖を味わい尽くすと、その不安や恐怖には実体はなかったということがわかってきます。


●実はまったく見当違いの対応をしているのです。
その理由はあなたの恐怖が実体ではないからです。
それは単なる<幻>に過ぎないのです。
実は恐怖を生み出すのは最初の体験なのです。
恐怖スイッチを押しているだけなのです。
だから毎回恐怖心を押さえつけようとしても無意味なのです。
いくら影に対して働きかけたところで、本体に何の影響も与えることはできないのです。


●当たり前にあるべき「恐い」という心理を"なくそう"としてしまったことが悪化させてしまった原因なんだそうです。
別に放っておけばいい。


●不安というものはなくしてしまおうとすると大きくなり、受け入れてしまうと小さくなってゆくものだからです。


●どちらにしろ不安場面に「え~い」と挑戦していけばいいんですけどね。
嫌な場面を避けていてとつぜん「治った」ということは基本的にありません。


●不安なことは挑戦してゆくこと。


●パニック障害の方は体の感覚に対して誤った解釈をしてしまう傾向があります。
①パニック発作に対する解釈の仕方が状態の悪化、持続をさせている可能性がある。
②発作のときに起きる身体症状は不快であるけれど、危険なものではないこと。


●基本原則は、
不安、症状をなくそう、回避しようとするのではなく、受け入れること。
しぜんに収まるのを知り、怖いものではないことを体感すること。


●発作、くるならこい!
怖いものはなにもない。


●単なる取り越し苦労。


●なくそうとすることも、なくそうとしないことも、症状に「とらわれている」。


●「不安を受け入れる」
「問題としない」→回避行動か?
→不安があるかないか、なくなったかどうか、ずっと監視している。


●そのままにしておいたら、ますますその状態に飲まれ、症状がどんどん大きなものになり、取り返しのつかないものになるのではないかという怖れをもっておられるかと思います。
しかし事実は逆です。
症状に対して、反射的に逃げるのではなく、しばらくそこに留まってください。
ほんの数秒でいいです。
はたして、あなたが心配していた最悪の状況がそこにやってくるのか。
わかったのは自らの思い込みの強さと、本当に事実は行動でしかわからないのだという事実でした。
思い込みで自らを縛り、あたかも事実として誤認し、それに乗っかって生きてきましたが、乗り換えてはじめてわかりました。
乗りまちがえていたのだと。単なる自らの思い込みがそれは事実ではない以上は、あなたがその呪縛を解かなくてはなりません。
症状と共にその場に留まり、その行く末を観察してみてください。
何が実際に起こるのか、それをしっかりとその体で味わいつくしてみてください。


●治そう治そうとすると精神的に自分を追いつめていくことになります。それよりもどうすれば楽に過ごせるかを考えたほうが重圧は感じません。


●自分の身に何が起きるか深刻になって考えていたときはパニック障害に苦しめられていた人でも、
「だからどうだっていうの、知るもんか」、
といった開き直る考え方をしたとたん、その症状は回復へと向かいました。

パニック障害には「深刻になって考えること」が大きく影響していることがわかります。


●「恐怖は逃げるから存在するのだ」
対象が巨大になるのは、恐れるあまりにそれから逃げようとしてしまうからだ。
自分がそれを恐がっていることを認め、その恐怖をも甘んじて受け入れるなら、その場で終わってしまうのだ。
「恐怖は逃げようとするときにだけ存在する」


●恐れは自分が勝手に抱いている幻想。
そこに飛び込んだ時に見える景色が現実。


●自分を守るために目の前の敵と戦わなくてもいい。
逃げも隠れもしなくていいんだ。
敵などはじめらから存在しなかったという事にはっとするかもしれません。


●向き合って初めて、あれっ、思ったより恐ろしいことは起こらないな、と気づき、考え方を修正できますし、向き合ってこそ身体に恐怖を慣らさせることができます。
そして、どっぷりと恐怖につかってやるぞ!、味わってやるぞという心になったら、
次に気をつけるべきことは
実際に恐怖が下がるまで待つことです。
恐怖が下がる前にやめてしまうと、
結局恐怖を味わっただけだ…で終わってしまい、
逆効果になってしまうことがあります。



パニック障害の治し方 まとめ

(1) 開き直る。受け入れる。
(2) わざと苦しくする。わざと恐怖を起こす。
(3) 治そうとしない。避けようとしない。
(4) 不安はあってもよいものだと受け入れる。不安は当たり前のもの。
(5) 不安を避けるからますます不安になる。
(6) 不安を受け入れたとき完治。
(7) 不安に動揺しない。深刻に受け止めない。不安を問題視しない。
(8) 恐怖を味わいつくす。踏みとどまる。


▼パニック障害克服の賢者サイトとおもな引用先
パニック障害「完治」の秘訣。
「パニック障害」の記事一覧 マーケティングクリエイター足立博のブログ。
パニック障害と嘔吐恐怖症状を自力で治療克服した方法
森田療法の実践
うつと不安のカウンセリング
パニック障害の克服を目指す実践情報ブログ
えむ氏のログ

薬なし、自分で治すパニック障害 (角川SSC新書)不安もパニックも、さようなら 不安障害の認知行動療法:薬を使うことなくあなたの人生を変化させるためにパニック障害からの快復 こうすれば不安や恐怖は改善できる不安に悩まないためのワークブック―認知行動療法による解決法森田療法で読むパニック障害―その理解と治し方


07 21
2015

セラピー・自己啓発

ネットで見つけたパニック障害の治し方(7) 不安に動揺しない。深刻に受け止めない。不安を問題視しない。

パニック障害になると制御できない身体の恐れ、いつおこるかわからない発作、
電車や閉じこめられた場所を恐れる気持ちに追い立てられ、
もう生きてゆけない、働けない、どうしようもできないという悲観一色の色に染め上げられます。

でも、すがるようにたどりついた心療内科では薬を大量にわたされ、たったの五分だけの診察です。
藁にもすがるような心療内科がこれほどまでに頼りないものとは思いませんでした。

一般的な治療では、抗不安薬で発作を抑え、抗うつ薬で気持ちを上げてゆきます。
でも薬を何年も飲みつづけている人がいたり、薬をもらいにだけきている人もたくさんいます。

どうしたら治るのか、どのような心構えにすれば治るのかといった方針は、
心療内科の五分診療で説明することができるのでしょうか。

治し方とか心構えをなにも知らされないで、薬だけ飲み続けているという人はいないでしょうか。

パニック障害は恐怖との向き合い方、つき合い方の知識がたいへんに大切になる病気だと思います。

知識の欠落、欠如は大きな敵だと思います。

それなのに薬だけ大量にわたされる診察で完治することはあるのでしょうか。
カウンセリングのほうが適していると思うのですが、保険外です。

もう自分でネットでたくさん克服法を調べたり、本を自分でたくさん読むしかありません。
書き写したり、くりかえしくりかえし頭とからだにしみ込ませてゆくしかありません。

知識の欠如が最大の敵です。





 (7) 不安に動揺しない。深刻に受け止めない。不安を問題視しない。 


●不安が起こっても、それをあるがままに受け入れて不安と戦わなくなるだけのことです。
そうなると不安が起こっても、不安でいるだけで、不安だからといって動揺することはありません。


●治るということは何の不安も心配もなく外出できるようになることではありません。
それを目指してしまうと、逆に不安は強くなります。
治るとは不安に対する心構えが変わることです。


●「不安は感じていい」
「不安は感じて当たり前」
「〇〇が不安なんだね」
不安は正体がわかったら不安でなくなります」


●不安であることを受け入れる
不安の中に入っていって不安を観察する。


●「もしそうなったらどうしよう」という気持ちを「だからどうだっていうのだ?」に切り替えたことは私にとって大きな救いになった。
「知るもんか」
「たいしたことないんじゃないか! だれかが気づいておもしろがっても、そう、それは彼らの問題でぼくには関係ない」
そう考えるとパニック発作はいわば突如として治ってしまったんです。
「深刻になって考えること」が大きく影響している。


●努力逆転の法則
何かを考えまいと必死になると返ってそれが浮かぶ。


●「パニックの考えが頭に浮かび上がったとしてもある程度それを許してあげる」


●わきあがる小さな不安を「受け取ろうとしないこと」がその不安を大きくしています。
「その大きくなった不安を心から排除しようとした場合」
その大きくなった不安はもっと大きくなって「恐怖にまで」拡大してしまう。


●パニックになる場合では、「わきあがった自分の感情の追い出しを図っています。
一生かけて治す場合では一生治らない。
治すことをあきらめた(もう治らないと観念する=受け入れること)ができた段階でパニックになろうとしてもなることができなくなってしまいます。


●「邪魔な記憶や感情を今すぐ消し去って一刻も早く楽になりたい」と考えて、暴露療法をするようになる場合があります。
自分自身を拒否している態度です。

「今すぐ消し去ってやろう」と考えてトラウマの記憶やネガティブな感情も自分の中からわきあがってくる自分自身の一部だといえます。
そのため「今すぐ消し去ってやろう」と考えてそれらを感じることは、自分自身に対して「今すぐ消し去ってやろう」というのと同じになります。


●この症状が出てもパニック障害にならなかった人というのは、
「少し休めば治るだろう、少し寝れば治るだろう」と深刻に考えなかった人です。
もちろん、次の日には何の症状もなくなり、パニック障害とは生涯無縁になります。
パニック障害になってしまう人は、「もしかして死ぬかもしれない。もしかしたら重大な病気かもしれない」と最初の症状によって恐怖を感じてしまった人です。
体は何の病気でも何でもないのに、自分の妄想によって自ら病気を作り出してしまっているのです。
予期不安を考えることによって過去の発作を思い出し、その恐怖によって自ら発作を出させてしまうという恐怖症なのです。


●それは全く夢の中でばけものにうなされ、蛇におそわれるようなもので、自分の気分や観念をそのまま現実であるかのように思い込むのである。
…年月がたち、強迫観念がひどくなるにつれ、それがまったく現実のことのように思われ、あたかも夢の中にいるようにその強迫観念に支配されるようになる。
この病気がはっきり治ってからのちに過去をふりかえってみると、ちょうど夢の中にうなされていたようなものだとわかるのである。


●たとえば病気になった場合、病気の症状そのものよりも、そのせいで仕事ができなくなったとか、他人の世話にならないといけない、そんな人生は不幸だ、こんなはずでは…などといった思いで苦しむ人が多いんですね。
それは問題になり、問題になればなるほど、毎日そのことで頭がいっぱいになり、囚われ、そうしていくうちにそれがアイデンティティになってしまいます。
問題視するということは、言いかえれば、
なくなってほしいと思う、つまりあってはいけないと抵抗する、
そういうことです。



パニック障害の治し方 

(1) 開き直る。受け入れる。
(2) わざと苦しくする。わざと恐怖を起こす。
(3) 治そうとしない。避けようとしない。
(4) 不安はあってもよいものだと受け入れる。不安は当たり前のもの。
(5) 不安を避けるからますます不安になる。
(6) 不安を受け入れたとき完治。
(7) 不安に動揺しない。深刻に受け止めない。不安を問題視しない。
(8) 恐怖を味わいつくす。踏みとどまる。


▼パニック障害克服の賢者サイトとおもな引用先
(お断りなしに引用させてもらっていますので、削除依頼にはただちに応じます。
症状に苦しんでいる人たちのためにまとまった知識のご理解をお願いします。)
パニック障害「完治」の秘訣。
「パニック障害」の記事一覧 マーケティングクリエイター足立博のブログ。
パニック障害と嘔吐恐怖症状を自力で治療克服した方法
森田療法の実践
うつと不安のカウンセリング
パニック障害の克服を目指す実践情報ブログ
えむ氏のログ


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07 20
2015

セラピー・自己啓発

ネットで見つけたパニック障害の治し方(6) 不安を受け入れたとき完治。

パニック障害になったことのある有名人としてネットでは、
長嶋一茂、川上麻衣子、円広志、大場久美子、堂本剛、高木美保、中川家剛、
田中美里、岡田美里、アン・ルイス、島田洋七、比企理恵、マーク・パンサー、
森昌子、今井美樹、yui、安西ひろ子といった人があげられています。

海外ではマイケル・ジャクソン、ニコラス・ケイジ、ジョニー・デップ ヒュー・グラント、
といった人たちがいわれています。

作家では宮本輝が公表、谷崎潤一郎も作品の中にパニック障害と見られる記述をしています。

芸能人は人目にさらされたり、不安定なプレッシャーに追いつめられることが多いのでしょうね。

身体の病気や痛みを過剰に恐れる人もこの症状にかかりやすいのかもしれません。
あと未来や将来を悲観的に考えることが多い人もこの症状に近くなるといえるかもしれません。

そういう上に複合的かつ重いストレスに三ヶ月以上かかっていると発症の可能性が増えます。

百人に二、三人、あるいは四人かかるといわれている病気です。

この症状の根幹は、恐れとどうつき合うかという習慣の問題な気がします。

恐れを避けたり、逃げたり、強く異常視したりすると、ぎゃくにかかります。
皮肉で、逆説にみちた恐怖のカラクリに人は落ち込んでしまうのです。

恐れは放っておくとしぜんに収まるという法則に抗って刃向かうと、
ぎゃくに恐れはどんどん強くなって、パニック障害というワナにかかってしまうようです。

恐れを感じているときに急になくそうとしたり、避けようとすることは逆効果なようです。




 (6) 不安を受け入れたとき完治。 


●症状があってはいけないという決め付けが「症状」をつくっています。
症状を心から追い出そう、あるいは症状をなくしたいという心が「心に症状を固定させています。
神経症の完治とは「不安や、その結果としての症状」を受け入れるところにあります。
受け入れた瞬間が完治です。
症状を受け入れたときから、「症状らしきものは一切気にならなくなります」。
気にならないときから、「症状は上がってこなくなります」。


●パニック、不安にならないという目標設定は状態をさらに悪化させることもあります。
パニックにならないようにしていること(発作が起こる場所にいかない等)が今の問題を引き起こしているわけですから。


●森田療法は「苦痛に耐えよ」と一言もいってません。
「あなたが苦痛と思っていることは本当は苦痛でも何でもないことなんだよ」と何度も何度もくりかえしていねいに説明しているのです。


●「今私は発作がくるかもしれないと不安を感じているんだ」と素直に認めてしまう。
「私は不安を感じている」
「私は発作がくることに脅えている」


●パニック障害における破局的認知は、恐怖の対象をしっかりと見ないことから維持されてしまうのです。
恐怖の対象から目をそらさずに、そのことについて考えてみて、はじめて現実的な対応がとれるようになるのです。


●症状を治そうだとか消そうとやっきになること、症状についてあわてふためくことや気を病むことは「受け容れること」に反しています。
症状を「受け容れること」ができるようになれば症状はいずれどんどん軽くなり、どんどん気にならなくなってくると思います。

「直面し」、「受け入れること」ができているのであれば、そんなに心配することはありません。
体に起こる症状が何の害もなく、少し時間がたてば消えてしまうことを知っています。
症状を気にしたり消そうとしたりすると余計に神経が興奮してしまうことを知っているはずです。

症状に直面し、症状を「受け容れ」てみて、
「この症状は何の害もない。いつものことだ。神経がちょっと過敏なだけだ」
と思えるようになったら、
その症状の上を「浮かんで通っ」てみましょう。
症状が起きても放っておくのです。


●森田療法の実践

・しかし症状は何をしようが、どう対策しようが、どうにもならないんです。「どうにもならないことを知る」のが森田療法です。

・症状中心の行動は不安や発作を起こさないためにあらゆる回避行動をとることです。
これらの消極的な行動はすべて神経症の悪化につながります。

・「目的中心」の行動とは、回避行動を一切とらず、不安があろうが発作が起きようが、何があろうがそれらを一切「無視し」、目的を達成するために突き進んでゆくことです。

・そのような事態に陥ってしまったとき、つい「何とかしなければ」と回避行動をとりますが、この回避行動こそが神経症を悪化させます。
不安や発作の真っ最中でも回避行動をとってはいけません。回避しようとすればするほど、さらに強く不安や発作が襲ってきます。
ではいったいどうするのか? 何もしなくていいんです。
不安や発作に襲われるがままでいいんです。
対処しないことが唯一の対処法です。
そして「ああ、もうどうにもならない。もうダメだ」
と絶望し、全ての対処をやめた瞬間、それらの不安や発作から解放され、
生き返ったようなすばらしい気分になります。これが煩悶即解脱です。

・半端な対処は悪循環を悪化させるだけで、体にいいことはありません。
とにかく何も対処しなくていいんです。それは対処法がないからです。
対処法がないことを体で知る。これこそが不安や発作を急速に終息させる唯一の対処法なんです。

・これらの発作は全て「不安や発作をどうにかするための」もので。
「不安のための」「発作を抑えるための」行動というものは実行すればするほど、余計に不安や発作に対する執着心を高め、結果として悪化につながります。

・回避行動は神経症を悪化させるだけで百害あって一利なしです。その場しのぎです。
その「自分にとって非常に不都合なもの」さえも受け入れる必要があります。
というか受け入れるしかないんです。
回避しようとせず、そのまま受け入れることのほうが実に非常にラクなことであり、神経症を治す上でとても大切なことです。
ここでちょろっと心を入れ替えて全てを受け入れてみてください。ラクチン、安心はもちろん、不安も発作もです。実際に受け入れてみると、回避するよりも全然ラクなことがわかるはずです。

・「どうにかするためのパワーを発揮する」のがまちがいなんです。


●不安になろうと思うと不安になれない


●不安が消えないわけ→
    不安を消そうとするから。


●とらわれている
 ・症状を何度も確認する
 ・自然に起きた不快な感情をとりのぞこうとする。
 ・気にしない、気にしないように、と思っている。
 ・とらわれていない
 ・症状をすっかりと忘れている
 ・非常にリラックスしている
 ・特に不安を感じていない

注目すればするほど、気にすればするほど、その症状がひどくなってゆく負のスパイラル。
とらわれている時間をいかに減らすか。


●パニック障害は「気にしなくなること」でじょじょに克服、改善に向かう病気です。
パニック障害という”自分の症状”に意識しすぎると結果的にパニック発作を誘発することになり…。

パニック障害を克服するポイントは「パニック障害であることを気にしない」ということです。

「パニック発作が起きても自分がどうすれば良いかなんとなくわかってきた」
「パニック発作が起きてもいいと思う」
「パニック発作が出るのはしょうがない」


●不安に感じる必要なんてないし、不安なんて感じてもまったく何も変わらない。
むしろ状況は悪くなる一方なのに、なぜかその不安にしがみついている。
不安なんて基本的に幻想。自分で勝手に未来は悪くなると決めつけて、勝手に怯えているだけ。
かなりこっけいな様子。

「もう、なるようになるさ」と思うしかないんですよね。
その事実を受け入れるしかない。だってそれが現実なんだから。
それって結局何かっていうと、現実と直面したくないってことなんですよね。
でも私たちは現実の中で生きていくしかない。悪いことが起こったら、受け入れるしかないんですよ。
そうやって、何が起こっても受け入れるぞ、受け止めるぞ、それでも俺は生きていくぞ。
現実から目を背け、何が起こっても生きているという気概のない人だからこそ、不安に怯えているわけ。
受け入れること。何が起こっても生きていけるんだから。


●事実として不安は解消されません。
解消を目的としている限りは不安は解消されないのです。
アクセプタンス(受容)とは不安があっても、したいことをしていくことです。


●心配や不安によって感覚が生じますが、その後、心理的に巻き込まれずに放置しておくと、心はその不安は「そんなに気にすることはないのか」と判断します。


パニック障害の治し方 

(1) 開き直る。受け入れる。
(2) わざと苦しくする。わざと恐怖を起こす。
(3) 治そうとしない。避けようとしない。
(4) 不安はあってもよいものだと受け入れる。不安は当たり前のもの。
(5) 不安を避けるからますます不安になる。
(6) 不安を受け入れたとき完治。
(7) 不安に動揺しない。深刻に受け止めない。不安を問題視しない。
(8) 恐怖を味わいつくす。踏みとどまる。


▼パニック障害克服の賢者サイトとおもな引用先
(お断りなしに引用させてもらっていますので、削除依頼にはただちに応じます。
症状に苦しんでいる人たちのためにまとまった知識のご理解をお願いします。)
パニック障害「完治」の秘訣。
「パニック障害」の記事一覧 マーケティングクリエイター足立博のブログ。
パニック障害と嘔吐恐怖症状を自力で治療克服した方法
森田療法の実践
うつと不安のカウンセリング
パニック障害の克服を目指す実践情報ブログ
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僕はもう、一生分泣いた―パニック障害からの脱出パニック障害、僕はこうして脱出した(詩想社新書)乗るのが怖い 私のパニック障害克服法 (幻冬舎新書)やっと。やっと!パニック障害からぬけ出せそう… “地獄ときどき晴れ”の10年間

07 19
2015

セラピー・自己啓発

ネットで見つけたパニック障害の治し方(5) 不安を避けるからますます不安になる。

パニック障害になったとき、わたしはこれらの文章をノートに手書きで書き写し、
ワープロで清書して、なんどもなんども読み返して、心身にたたきこもうとしました。

身体の発作や異常を恐れること、悲観的な思考に染めあげられることは、
強烈に恐ろしい、ゆがんだ世界に追い込まれることでした。
これで人生が終わるような、命が終わってしまうような壮絶な気持ちがしました。

なんとしてでも必死に抜け出したい世界でした。
だからこのネット上にある文章をなんども読み返し、心身にたたきこみ、
克服の秘訣を染みこませる必要がありました。

パニック障害に追い込まれている人は、そのくらい必死な心境になるのではないでしょうか。

ネット上に書かれている克服法、完治法のこれらの文章が、
とてもありがたい救いの文章に思えました。

さまざまな方が克服法を書かれているネットの時代であることに
たいへん感謝するしかなかったです。

しかしパニック障害とはすべてこれらの必死な思いの逆説、皮肉に満ちています。

治そう、避けよう、発作を起こさないようにする努力がことごとく裏目に出ます。
それこそがパニック障害をひきおこした原因だからです。

逃げていた、避けていた発作や恐怖に向かってゆくしか克服法はありません。

これはパニック障害だけに限らず、緊張やあがり、神経症といったもののカラクリも
そうですし、人生全般にもいえることではないでしょうか。
挑戦や立ち向かうことをせずに不安から逃げていた決算を迫られているのかもしれません。




 (5) 不安を避けるからますます不安になる。 


●「今、自分は大丈夫か」と自分の状態ばかりを観察するようなり、余計に自律神経が乱れてしまうといった悪循環があるからなのです。

「症状試し」の行動は「自分の症状は大丈夫から?」と結局、自分の状態に注意がいってしまい勝ちだからです。

パニック発作をなくそう、なくそうと思えば思うほど、パニック発作は大きくなってしまいます。(精神交互作用)


●「気をまぎらわせよう、息苦しさを考えないようにしよう」と考えることは、「息苦しさ」に注意を向けていることと同じことになってしまい、悪循環がおきてしまいます。
今目の前のこと、今やっていることに注意を向け、手を出していくことがコツです。


●気をそらすことばかり考えている。
不安を下げることばかり考えている。
これらのことをしている人はなかなかよくならない可能性があります。
「気をそらそうとしなかったらどうなるのか?」の答えが「とても耐えられない」「怖くてそんなことできない」ということであれば、それは気をそらすことが悪化要因になっている可能性があります。


●不安から逃げて生きてたら、歓びからも逃げていた。
あまりにも不安を怖れ、不安を避け、不安に思うことから逃げると、多くの歓びからも逃げることになります


●破局的思考は特定の身体感覚と結びついていることが多いので、たとえば胸の苦しさと心臓発作、吐き気と制御できない嘔吐、めまい、または頭の軽い感じとコントロールを失っておかしくなること、といったことがあげられます。
身体感覚の破局的解釈がパニック発作の中核的な問題であると考えています。


●不安感受性の高い人は、
仮に「十分に息を吸えない」感覚をわずかに経験した場合であっても、
その感覚を最悪の結果にすぐにむすびつけてしまいます。

不安感受性の低い人は同じような息切れの感覚を経験しても、
悪い結果を予測することはなく、その感覚をすぐに受け入れることができます。
たとえば「この感覚は前にも経験したことがある、何でもないな。何度か深呼吸すれば仕事に戻れるだろう」
と考えることができます。


●理由のわからない身体感覚を自動的に破局的に解釈することによってパニック発作の可能性を高める。



パニック障害の治し方 

(1) 開き直る。受け入れる。
(2) わざと苦しくする。わざと恐怖を起こす。
(3) 治そうとしない。避けようとしない。
(4) 不安はあってもよいものだと受け入れる。不安は当たり前のもの。
(5) 不安を避けるからますます不安になる。
(6) 不安を受け入れたとき完治。
(7) 不安に動揺しない。深刻に受け止めない。不安を問題視しない。
(8) 恐怖を味わいつくす。踏みとどまる。


▼不安はコントロールできる、消せるという考え方がある一方、
それら不安を避けることは不安を強くするだけだという考えもあります。
どっちなんだと迷いますが、受け入れて否定しないという段階が必要なのかな。
ワークブック アトウッド博士の〈感情を見つけにいこう〉2 不安のコントロールこころが晴れるノート うつと不安の認知療法自習帳不安に悩まないためのワークブック―認知行動療法による解決法きっと上手くいく10の解決法シリーズ パニック 不安発作を克服する認知行動療法メソッド続々・怖れを手放す アティテューディナル・ヒーリング・ファシリテーター・トレーニング


▼パニック障害克服の賢者サイトとおもな引用先
(お断りなしに引用させてもらっていますので、削除依頼にはただちに応じます。
症状に苦しんでいる人たちのためにまとまった知識のご理解をお願いします。)
パニック障害「完治」の秘訣。
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パニック障害と嘔吐恐怖症状を自力で治療克服した方法
森田療法の実践
うつと不安のカウンセリング
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07 18
2015

セラピー・自己啓発

ネットで見つけたパニック障害の治し方(4) 不安はあってもよいものだと受け入れる。不安は当たり前のもの。

どうもパニック障害になる人は不安を異常視したり、
排除しようとする傾向が強いようですね。
不安や恐怖はあってはならないと考えてしまうみたいです。

異常視や排除しようとせずにしぜんなものとして放っておくと、
不安というのはいつの間にか収まって消え去っているものです。

あってはならない、なくそうと考えるために、
よけいに不安や恐怖に注目し、意識することになるようです。

それが不安や恐怖を継続させるメカニズムになります。
これは対人恐怖や強迫性障害とよばれる神経症の症状でも
同じことです。

緊張やあがりやすい人も、緊張やあがりに同じような注目を向けるために、
ますます緊張し、あがってしまうというメカニズムがあります。
あたりまえのものとして、しぜんなものとして放っておくことができないのです。

そういう努力や注目が症状をひき起こしているわけです。
パニック障害は、緊張やあがりと同じメカニズムで働いていて、
不安や恐怖に抗おうとすることが、症状をつくり出しているわけです。

不安や緊張の誤まった思いや対処法が、神経症となり、
パニック障害へとつながっているということです。




 (4) 不安はあってもよいものだと受け入れる。不安は当たり前のもの。 


●不安はあってはいけない、発作を起こさないようにしなければと思うとき、不安であることが悩みになります。
不安と戦わず、ただ感じるままにしていれば悩みはありません。


●一般的な神経症者は、ごく当たり前である不安や体調不良でさえも、「あってはならないもの」として回避し、排除しようとします。
神経症者が「苦痛」と思っていることはふつうの人にとってみれば、「苦痛でもなんでもないこと」です。
「苦痛でもなんでもないことをいちいち苦痛」にしちゃうからつらくなる。
じゃあ何でふつうの人は「苦痛」じゃないのか」。
それは自然の理にかなった「あたりまえ」のことだからです。


●だれでも多かれ少なかれ不安は持っています。
しかしふつうの人はその感情を当たり前に発生したものだと思っているので、不安を消そうだなんて思いません。
一方あなたは不安を消したいと思っている。
実は不安を消そうとやっきになることが、逆に不安を強めているんです。
すると余計に「なくさなきゃ」と思い、不安のことばかり考えるようになる。
不安をなくしたければ、不安をなくそうと思わないことです。


●症状をとることをあきらめたときに私たちの心は、とらわれから脱します。
不安を打ち消そうとしなくなって初めて不安を放っておけるようになるのです。


●こういった自然な症状を異常と考え、あってはならない恥ずかしいことだと捉えてしまいます。
そういった症状をむりやり排除するために感情をコントロールしようとするのですが、実はこの行為がさらに緊張や不安を強めてしまい、抑えつけようとする理性と葛藤してどんどんエスカレートしていってしまうという悪循環をひきおこします。


●発作が起きてしまうことは逆にいえば当たり前のことなんです。
当たり前のことと捉え、受け入れ、特に対処しない。
これだけでパニック障害になる可能性をものすごく低くすることができます。
ほとんどの方はごく自然にこのような対処をしているからパニック障害にならないんです。

逆にパニック障害になってしまう人は、パニック障害を不自然なことと捉え、排除し、ありとあらゆる対処を試みます。
これらの行動が悪循環を生み出し、パニック障害になってしまうんです。


●実はパニック発作と同じような不安発作はうつ病の人にはよく見られます。
一般の人にもよくあります。
パニック発作が起こっても、変だなと思うだけで、そのままにしています。
パニック発作を怖がり、起こさないようにいろいろ予防線を張っていることが、異常なのです。


●体のわずかな違和感=パニック発作
体調に過敏になっている。過敏に恐れている。


●それをあってはならないものと考えるときに私たちの「とらわれ」がはじまるのです。


●悩みはそれを打ち消そう、なくそうと、そこから逃げようと思えば思うほど強くなります。
そしてその不快な症状のみに注意が行くと視野狭窄症に陥ります。
そしてそのことしか考えられないのです。
そして「この症状さえなければ」と考え、それがまた不安、悩みの逆説、とらわれを強めるのです。


●不安だからといって動揺することはありません。
不安が起こっても、それをあるがままに受け入れて不安と戦わなくなるだけのことです。


●パニック発作が起こっても、どうにかなってしまうことはない、
安静にしておればじきおさまるのだということを
しっかりと頭と身体にしみこませることができれば、
パニック障害は半分は終わったと考えることができます。
パニック発作が起こりそうになっても、
恐怖感を抱かないようにすれば、
大きな発作に発展することなく、案外、予兆だけですんでしまうようになるものです。
ですから、極端な話、
パニック発作があっても恐怖感が全くなければ、
パニック障害との診断はなされないわけです。


●不安を感じやすい人は、自分が弱く、無力であると考える傾向にあるため、恐れていることに対処する能力を過小評価する傾向があります。


●不安を示す人は、長い時間をかけて、不安感やその身体症状、不確実性への耐性が低くなるため、「不安になること自体に不安を抱く」ようになってしまいます。


●不安を受け入れることができなくなるとともに、不安をコントロールしようとする気持ちを強める。


●説明のつかない自然発生的な身体感覚を経験することがあり、ときには破局的に解釈することがあります。
その身体感覚はたまたま生じたものであり、悪いものではなく、些細な出来事であると評価することができるのです。


●不安は放っておけば、自然に弱まる。


●逃避や回避は、不安が自然に弱まるのを妨げる。


●逃避や回避によって、不安を引き起こす危険な考えは正しくないことを学ぶことができない。


●心配することや不安を感じることは当たり前のことだと理解する。


●心配や不安をなくそうとしない。
なくなっては困る本能だと理解する。
不安というものがなくそうとしてもなくならないもの、だからです。
緊張してはいけないと自分に言い聞かせると不安はシグナルを無視されたと思って必死でもっとシグナルを送ります。

心配性を克服するにはシグナルを受け取ることだと思うんです。一度受け取ってしまえばそれ以上にシグナルはやってきませんが、否定しようとしたり、心配をなくそうとするとそれはいつまでもシグナルを送りつづけてくることになります。



パニック障害の治し方 

(1) 開き直る。受け入れる。
(2) わざと苦しくする。わざと恐怖を起こす。
(3) 治そうとしない。避けようとしない。
(4) 不安はあってもよいものだと受け入れる。不安は当たり前のもの。
(5) 不安を避けるからますます不安になる。
(6) 不安を受け入れたとき完治。
(7) 不安に動揺しない。深刻に受け止めない。不安を問題視しない。
(8) 恐怖を味わいつくす。踏みとどまる。


▼パニック障害克服の賢者サイトとおもな引用先
(お断りなしに引用させてもらっていますので、削除依頼にはただちに応じます。
症状に苦しんでいる人たちのためにまとまった知識のご理解をお願いします。)
パニック障害「完治」の秘訣。
「パニック障害」の記事一覧 マーケティングクリエイター足立博のブログ。
パニック障害と嘔吐恐怖症状を自力で治療克服した方法
森田療法の実践
うつと不安のカウンセリング
パニック障害の克服を目指す実践情報ブログ
えむ氏のログ

薬なし、自分で治すパニック障害 (角川SSC新書)不安もパニックも、さようなら 不安障害の認知行動療法:薬を使うことなくあなたの人生を変化させるためにパニック障害からの快復 こうすれば不安や恐怖は改善できる不安に悩まないためのワークブック―認知行動療法による解決法森田療法で読むパニック障害―その理解と治し方

07 17
2015

セラピー・自己啓発

ネットで見つけたパニック障害の治し方(3) 治そうとしない。避けようとしない。

パニック障害とはまったく皮肉なからくりをもっています。
だれだってこんな症状にかかれば、治そう、避けようとすることが賢明に思えるはずです。
しかし治そう、避けよう、どうにかしよう、というしぜんな心がけが
知らず知らずのうちに恐さを増していきます。

恐さに向き合って、心身ともに恐くないことを理解しないことには
回復に向かいません。

ほかの不安や恐れでは、回避や逃げることが功を奏することもあるでしょう。
しかしパニック障害では恐さと向き合い、恐くないんだと心身ともに理解しないことには、
パニック障害の恐怖からは解放させてくれません。

パニック障害とは、恐さに対しての「悟り」を強制的に要求しているといえるかもしれません。




 (3) 治そうとしない。避けようとしない。 


●神経症の症状がなくなるという意味は
「症状をとりのぞこうとしなくなった」という意味です。
「症状があってもなくてもよいや」
「症状が意識に上がることはなくなっています」

ただ受け容れたときに症状は「幻となって消えてしまいます」


●神経症の場合その症状や不安を「治療の対象」にしなくなった時が完治したことを意味します。
あなたが「パニック障害」という症状を問題にしている生き方が「パニック障害」をひきおこしている原因になっている。


●恐怖症は治そうとする病。
その症状自身が問題なんじゃない。


●神経症は治そうと努力すればするほど悪くなり、治そうという努力をや
めれば治ります。
実際に治すための努力を一切やめることができれば、今でも神経症はすぐ治ると私は信じます。


●恐怖症とはとるに足らない危険を過剰に恐れること。


●不安は避ければ避けるほど恐くなる。
やってみればぜんぜん恐くなかった。


●遠ざけようとすればするほど、あなたはそれがどの程度遠ざかったのかを常に観察してしまうのです。
どのくらい発作が和らいでいるのか常に気にかけている。
その発作から逃れようとしているのに、あなたは自らその発作の中に身を投じてしまっているのです。
ですからほんのささいな不快感にも過剰に反応してしまうのです。
そして抵抗すればするだけ発作は強烈にアピールしてくるのです。

「もういいや」とそのものに執着しなくなったおかげで、いつまでも観察しようとする必要もなくなり、必然的に神経の高ぶりが収まっていったからです。


●エクスポージャー中に不安を軽減したり、除去するために行っている考えや行動は、どんなことでも気づくことが常に重要になります。
一方でこれらの不安コントロール対処法は”失敗”します。
それらは実際に危険から私たちを守ってくれるわけではないからです。
これらの対処法は不安の心によって膨張した脅威や無力感に関する思考を強めてしまうため、結果的に不安を強めてしまいます。
つまり役に立たない対処法なのです。

「万事うまくいくさ」と自分に言い聞かせながら、不安をなるべく感じないように努めました。
彼はこれらの行動はエクスポージャー中の不安とコントロール不能感を高めるだけだと知りました。


●逃避や回避は最もよく用いられる対処方略ですが、役に立つものではなく、不安を維持させてしまうものです。


●不安を示す人は、すぐに不安から解放されたいために、また落ち着きや安全を取り戻すために、不適切な安全確保に頼ることが多い傾向があります。


●安全を求めることの何が悪いのか
すぐに恐怖が弱まることを重要視するようになり、その結果あなたは不適切な安全確保行動に頼るようになる。

安全確保行動によって、脅威や危険の認知が誤っていることを学習できない。

すべてのリスクを取り除こうとする非現実的な望みが強める。


●不安になると、人々は多くの誤った考え方をする傾向にあるため、脅威や危険に対して注意を向けつづけてしまうことがあります。


●怖いものを避けていては治れないということを知ってもなお避けつづけますか?


●回避する状況が増えるほど日常の不安が強くなるので予期不安が強化され、不快な身体症状も強まります。


●うつ病に関して
では何が悪いのか
本来は無害な”憂うつ”に敏感になり、それを抑えようとしたり、避けようとしたりすることです。
うつから逃れよう、起こらないようにしようと努力することが悪循環を生み出し、よけいにうつに捉われるようになるのです。


●症状を治そうとすることが、「症状にまでしてして、治そうとすることによって、更なる固定を強固にしています。」

・症状を治そうとしない場合が治ることを保障しています。

・症状を相手にしない時は「症状を忘れています」。
症状が意識に上がってこなくなった場合が完治ですが、「それは症状を忘れ果てた時」です。
症状を忘れ果てた時とは、治すことさえしなくなった時です」=症状を受け入れたときのことです。


●将来が心配というメッセージを出して「回避」されても不安は治まります。
体は「なんとかしてくれたんだ」と思うからです。
しかし回避によって「これは気にしないといけない事なんだ」という学習をしてしまいます。
そのため再び不安が生じると「また何とかしてくれる」とより強い不安が生じます。
これが回避によって不安が強まるメカニズムです。
「回避」せずに不安が下がり、体に「回避してないんだから、大した事ないんだよ」と学習し直させる必要があります。



パニック障害の治し方 

(1) 開き直る。受け入れる。
(2) わざと苦しくする。わざと恐怖を起こす。
(3) 治そうとしない。避けようとしない。
(4) 不安はあってもよいものだと受け入れる。不安は当たり前のもの。
(5) 不安を避けるからますます不安になる。
(6) 不安を受け入れたとき完治。
(7) 不安に動揺しない。深刻に受け止めない。不安を問題視しない。
(8) 恐怖を味わいつくす。踏みとどまる。


▼パニック障害克服の賢者サイトとおもな引用先
(お断りなしに引用させてもらっていますので、削除依頼にはただちに応じます。
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07 16
2015

セラピー・自己啓発

ネットで見つけたパニック障害の治し方(2) わざと苦しくする。わざと恐怖を起こす。

パニック障害は自分の身体が恐怖の対象に染めあげられる恐怖症です。
自分の身体に幽霊の恐怖を飼うような、自分の身体に時限爆弾をしかけられたような恐怖に、
しじゅう追いたてられる症状に悩まされます。
恐怖にずっと責め立てられるような恐ろしい世界にひきずりこまれます。

でもそれは「仮想」の、「架空」の、じっさいは「存在しない」恐怖。
恐怖なんて「存在」しないものです。
恐怖は逃げたり、避けたり、抑えようとすれば、よけいに恐くなります。

パニック障害の治療には、あえて恐怖に立ち向かい、「恐怖なんてなかった、まぼろしだった」と
心身ともに理解することが求められます。
それらは「暴露療法」、「逆説志向」、「恐怖突入」と療法ごとによばれます。
これこそがパニック障害を克服する秘訣だと思います




(2) わざと苦しくする。わざと恐怖を起こす。

●息苦しさに慣れていく練習があります。
わざと息苦しくしていくなどの練習です。
たとえばわざと運動をして息苦しくさせていくとか、早い呼吸をして過呼吸に近い状態にもっていくとか。
専門的に「内部感覚エクスポージャー」といいます。
ちょっと不安かもしれませんが、非常に強力な方法です。
息苦しさが怖くなくなってきます。


●パニック発作時の動悸が不安に感じる場合には、
心拍数が上がるまで走ってみるとか、
過呼吸になったり息苦しくなったりすることに恐怖心を感じる場合には、
呼吸が乱れるくらい深呼吸を繰り返すとか、
自分が不安を感じる状態に慣れてゆくのです。


●過呼吸の状態を脳が察知すると不安の感情が起こります。
これは息を早く吸ったり吐いたりすることで実感できます。
呼吸を早くすると徐々に心拍数が上がり、立ちくらみや、動悸がしてきます。
何も知らずにこの状態になったら何か悪いことが起きているのではないかという気持ちになります。
そして不安が生じます。


●「その発作が最も起こりやすい体勢をとり、
自分から進んでその発作を起こし、
しかもその位置のままで苦痛を忍耐し、
かつ発作の起こり方から、
その全経過を熱心に詳細に観察するようにして下さい」
このときから不安発作に対する不安は全くなくなってしまいました。


●逆説志向  フランクル

症状の練習。本人の症状を出す練習をしてもらう。
多くの場合、出そうとすればするほど症状は消失してゆく。
「もっと自信をもって症状を出す練習をさらに次回までの宿題としてお願いしておく」
症状は消失するか、軽快す。


●近所のスーパーに出かけて、何回パニック発作を起こせるか記録してください。
三日間連続で前日の記録以上の回数の発作を起こせたら、あなたの希望のリゾートへ無料招待します。

少し前の高校生は、過呼吸を起こさせ失神することを楽しんで遊びにしていました。


●今から緊張しているようでしたら、パニック発作を起こすことができますか?
心臓をどの位ドキドキできるのか、一生懸命に発作を起こすことができたら、想像とは逆に発作の起こせないあなたを知ることになると思います。


●あなたが職場でパニックを起こせば、給料を約束の倍は支払ってくれると社長通達があったと信じてください。
それで喜んでパニックを起こして見せることです。
たいてい、一生懸命にパニックを起こそうとしても、1、2回しか起こせないものです。


●恐れや不安を和らげるためには、逆にふくらませてあげるといいんです。
あえてオーバーに恐さと不安をあおっていって、限界までいくと、恐がることがばかばかしくなるんです。
そして、ばかばかしくなって、はじめて、ん? まあそんなに恐がることもないねって心にぽっと余裕が生まれてくるわけですね。


●不安、恐怖の発作は一過性で時間がたてば跡形もなく消えて何の害も及ぼしません。ただ一時的に恐い思いをするだけのことです。
やがて不安が起こっても動揺することはなくなります。
さらに進むと不安発作のことなど考えなくなってきます。
不安発作に注意を集中して、そのことばかり考えていることがばかばかしくなってくるのです。
どうしてあんなつまらないことで悩んでいたのだろう、と思うようになるのです。


●恐れると近寄ってきます。
開き直って、あきらめて、現状を全て受け入れる、と発作でさえ逃げ出します。
「今、死んでもいい」と覚悟すれば大丈夫です。
もう私にはパニック障害は起こらない気がしますし、起きても別に怖くありません。

恐怖から逃げてちゃだめです。
恐怖に負けないで、恐怖に打ち勝つのです。
恐怖に向かっていって下さい。
そうすると恐怖が逃げ出します。


●「不安や症状があったらダメ」ではなく「不安や症状があってもなんとかなる」に経験をつめるようになる。


●パニック発作は不快なものですが、危険なものではないのです。
やっぱり体験を通じて「危険なものではない」ということを実感しなくてはいけません。


●それ以降の暴露療法がなかなか上手くいかなくなることがあります。
それはなぜかというと、心が楽になる感覚を一回経験すると、またその体験をしたくなるので「いつ心が楽になるのか?」ということを考えながら焦って感情を感じるようになる場合があるからです。


●身体的反応を起こすために用いられるものに
頭を30秒左右に激しく揺さぶる、
イスに座った姿勢で頭を30秒間下に下げ、突然上体を起こす、
階段を一分間走って上り下りする、
できるだけ長く息を止める、
などがあります。

これらの行動によって心臓がバクバクするし、汗もかき、顔は熱くなり、くらくらしたり汗をかいたりします。
パニック発作の時に起きる身体的反応もこれと同じなのです。
ただ単に交感神経が興奮しているだけなのです。


●症状誘発エクササイズ
不快で恐れている身体症状、または心理的、情緒的状態を喚起させる意図的な活動をさす。
・1~2分間の過呼吸
・30秒間息を止める
・30秒間、舌圧子を舌の奥にあてる、
・約1分間、回転イスに座った状態で回す
・1分間、身体のすべての筋肉に力を入れる
・細いストローで2分間呼吸をする
・30秒間、頭を左右に早くふる
・2分間鏡に映る自分をじっと見つづける
非常に恐ろしい結果につながらないという経験をすることによって、その身体感覚は危険であるという破局的解釈の妥当性を疑うことができる。


●パニック障害は発作が起きても、自分でコントロールできれば、すごい自信になるし、発作もそれで起きなくなるとのことです。


●起きてしまう不安よりも、
起こさない自信のほうが上回った時、
一気に私のパニック障害は良くなりました。


●パニック発作の原因は予期不安ですから、
「もうならない」という自信があればもうなりませんが、
「またなるのではないか」と心配していると、またなる可能性があります。


●たとえばパニックになりそうな兆候が押し寄せてきたら「お、お前、今ドキドキしているんじゃないか」と第三者的な視点から自分のその兆候を見てみる。
心臓が激しく動いたり、止まりそうな不安感だったら「心臓がどうなるかちょっと見てやろうか、どのくらいになるのか」と客観的に自分の身をおいてみる。
距離をおいて客観視してみると「ああ、こんなものだったんだな」と思えたらしめたものだ。
パニックに飲まれる位置から、距離をおくことになり、それがちょっとずつ余裕につながってゆく。
パニックっても、その角度で見ていると、静まってゆく。
「ああ、つづいても〇〇分くらいだ、死ぬことはなかったんだ」という結果がちょっとした自信になる。
「ああ、そうなんだ、死ぬわけじゃないんだな、おさまるものなんだ」と自分の思考の立ち位置をずらすことで一つ体験すること。
そしたら、はじめて、その言葉が自分の中で真実に変えられる。


●パニック発作がもう起きない自信
「~もし発作が起きたらどうしよう」と皆は恐れて行動範囲を狭めてゆく。
起きない自信、起きてもやりすごす自信があれば、発作を恐れることなく完治できる。


●少しでも自信がついたら、発作が起きないと治す練習ができないから、
「発作よ起きてくれ」
という前向きな考えでいるとしだいに発作が起きなくなってしまうでしょう。
要するに、発作が起きても自分で治せるということに自信をもつことです。
それができてくると発作が起きてくれなくなります。


●何が悪いのか?
本来は無害なパニック発作に過敏になり、それを押さえようとしたり、避けようとしたりすることです。
発作から逃れよう、起こさないようにしようと努力することが悪循環を生み出し、余計に恐怖にとらわれるようになるのです。

ではどうすれば?
逆をすれば良いのです。パニック発作がくると思ったら、
「ようこそ発作さん、お待ちしておりました。どうぞ私の中にいらしてゆっくりしていってください」
とできるようになれば良いのです。
意図的に発作を起こし、その発作に慣れるようにすることを内部感覚エクスポージャーと呼びます。


●「怖くても行動しなさい。大丈夫、怖くないってわかるから」
人間脳を使って本能に(勝てない無謀な)戦いを挑んでいたということです。
いくら思考や認知を変えても恐怖を消そうと試みても、本能は人間脳の何倍も強い影響力をもっていますから、そうした方法では恐怖は消えることはなかったのです。
恐怖をなくそうとか、消そうとかすることをやめたのです。
加えて、恐怖を抱えながらも行動するようにしたのです。
真実は、(怖くても)行動をおこすことによって、恐怖は消えてゆく。
これが真実です。
実際に何かしらの行動をおこし、実際の体験の中で「これは怖くないよ」ということを本能に学習させる必要がある」ということです。


●恐怖も不安も、過去や未来に思考が行ったときに起こるんです。
今現在、この瞬間に意識を集中することで不安も恐怖もゼロになります。
「発作がどう始まって、どう終わるのか」を逃げずに直視して観察者の目になって発作自体を見るんです。
あの強烈な恐怖感が嘘みたいに一瞬で消えます。
それを体験した瞬間にすべてが理解できた!と思いました。



パニック障害の治し方 

(1) 開き直る。受け入れる。
(2) わざと苦しくする。わざと恐怖を起こす。
(3) 治そうとしない。避けようとしない。
(4) 不安はあってもよいものだと受け入れる。不安は当たり前のもの。
(5) 不安を避けるからますます不安になる。
(6) 不安を受け入れたとき完治。
(7) 不安に動揺しない。深刻に受け止めない。不安を問題視しない。
(8) 恐怖を味わいつくす。踏みとどまる。


▼パニック障害克服の賢者サイトとおもな引用先
(お断りなしに引用させてもらっていますので、削除依頼にはただちに応じます。
症状に苦しんでいる人たちのためにまとまった知識のご理解をお願いします。)
パニック障害「完治」の秘訣。
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07 15
2015

セラピー・自己啓発

ネットで見つけたパニック障害の治し方(1) 開き直る。受け入れる。 

パニック障害は身体の発作や異常を恐れる症状です。
恐れや身体とどう向きあったらいいか学ぶ機会といっていいかもしれません。
ネットにはたくさんの克服法が説かれていて、治す秘訣をいくつも読むことができます。
書き写したり、なんども読み返すことによって心身にたたきこめば、克服の道筋が見えてくると思います。

引用はお断りなしに載せていますから、削除依頼にはただちに応じます。
ただ症状に苦しんでいる人にはすこしでも多くの知識が必要だと思いますので、
まとまった知識の提供にご理解のほうをお願いしたいと思います。

8回に分けて、ネットに書かれていた賢明な克服法を紹介してゆきます。




 (1) 開き直る。受け入れる。 


●「症状が起こらないように、起こらないように」と思っていると余計に気になってしまって余計に落ち着かなくなってしまう。
「来るなら来い」と開き直ってみる。
「もうしょうがない」「もう好きにしてください」「なるようになるさ」と開き直りました。
そうしたらスーッと気持ちが楽になってあとはゆったり構えることができました。


●「開き直り」「どうにでもなれ」

もともと脳の勘違いだから「どうにかなる訳がない」「何も起こらない!」
ただ症状が消滅するだけ。


●「もう、どうにでもなれ」と開き直って覚悟すると、ウソのように症状が消えていくということを知った。


●「あるがままに身を置く」

「発作が起きても良い、私は抵抗しない」
「もういいや」と開き直る。
予期不安が治まったというよりは、不安や発作が風のようにスウッと自分の中から抜けていった。


●開き直れば直ります。

パニック障害で心臓発作を起こす人なんかいませんし、気を失う人もいません。呼吸困難で窒息する人もいません。
だから、最初の動悸を何とも思わなければ自然と症状が消えていきます。嘘のように。
おぼれそうになった時にもがいて暴れると本当におぼれてしまいます。力を抜けば体が浮き、助かります。それと同じです。
パニック発作が起きたら「どうにでもなれ!」と開き負ってください。実際どうにもなりません。現にあなたは今も生きているじゃないですか。
心臓、呼吸は体が調整しますから、体に任せましょう。脳が勘違いしているだけですから、
発作が起きたら「生きるのをあきらめてください」
いやでも体が勝手に生きつづけます。


●対処法を探すのをやめてみる――避けているかぎり不安は消えない

苦しさから逃れるのを一切やめてみようと決意することです。
それは苦しさを無視することではなくて、「苦しいからどう対処すればいい?」と問いかけるのをやめてみることです。
その状態はどうにもできないとあきらめて、抵抗したり、対処することをやめてみるのです。
あきらめる、断念する、服従する、屈服する、明け渡す、他力本願。
「この守ろうとしている自分こそがこの苦しさを作り出している張本人ではないだろうか?」
解決を探すことをやめてみる。
対処しなければ、大変なことになるという恐怖を受け渡してみる。
そんなことをするのは危険だという思いに、従わないでみたらどうなるかやってみるのです。
「逃げなければ怖くない」という考えを自分で確認してみることです。
逃げ道を探そうという思いが、どこかに残っているから、恐怖は消えないだけです。



パニック障害の治し方 

(1) 開き直る。受け入れる。
(2) わざと苦しくする。わざと恐怖を起こす。
(3) 治そうとしない。避けようとしない。
(4) 不安はあってもよいものだと受け入れる。不安は当たり前のもの。
(5) 不安を避けるからますます不安になる。
(6) 不安を受け入れたとき完治。
(7) 不安に動揺しない。深刻に受け止めない。不安を問題視しない。
(8) 恐怖を味わいつくす。踏みとどまる。


▼パニック障害克服の賢者サイトとおもな引用先
パニック障害「完治」の秘訣。
「パニック障害」の記事一覧 マーケティングクリエイター足立博のブログ。
パニック障害と嘔吐恐怖症状を自力で治療克服した方法
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うつと不安のカウンセリング
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薬なし、自分で治すパニック障害 (角川SSC新書)不安もパニックも、さようなら 不安障害の認知行動療法:薬を使うことなくあなたの人生を変化させるためにパニック障害からの快復 こうすれば不安や恐怖は改善できる不安に悩まないためのワークブック―認知行動療法による解決法森田療法で読むパニック障害―その理解と治し方

07 14
2015

セラピー・自己啓発

慢性腰痛というのは「痛みの恐怖症」だったのか

 2015/7/12のNHKスペシャル『腰痛・治療革命』には驚いた。

 慢性腰痛というものが、わたしもなったパニック障害とまったく同じような症状を呈していて、メカニズムも同じようなものだったと最新の医学は発見したというのだ。治すための療法も、認知行動療法が用いられており、これもパニック障害の治療に用いられている。

 腰が痛いので電車に乗るのが恐いといっていた女性はまるでパニック障害と同じではないか。

 慢性腰痛というのは痛みの恐怖により、脳の鎮痛作用がはたらかなくなり、痛みをもう感じないはずの「幻」の痛みを感じているというのだ。

 これはもう痛みの「恐怖症」といっていいかもしれない。痛みの恐怖があることにより、「幻」の痛みを感じる。恐怖が痛みを感じさせているのである。

 パニック障害も同じようなメカニズムである。心臓が止まったり、息ができないような発作を体験することにより、そのことに恐怖を感じ、その恐怖を避けようと電車や閉じこめられるような空間も恐ろしさの対象になり、その空間にいけなくなる。恐怖が増大することにより、ふつうに行ける場所が行けなくなるのである。

 パニック障害は身体の発作を恐がる病気である。身体の異常や症状を過敏に恐れる病気である。その発作があらわれる閉じこめられた空間と恐怖が結びつく。

 慢性腰痛と似ているのは、そのような身体を恐れることにより、パニック障害では逃げ出せない閉じこめられた空間が恐怖の対象になるに対し、慢性腰痛では、痛みの恐怖を感じる、または痛みを避けたり、かばうことにより、幻覚の痛みがずっと継続するということである。

 腰痛では恐怖が痛みを誤まって継続して感じさせ、パニック障害では恐怖が発作をおこさせたり、その恐怖を避けることにより電車などの閉じこめられた空間も恐怖の対象になってしまう。つまり恐怖がつくりだしている「架空の恐れ」なのである。

 NHKの番組では、恐怖を軽減するための認知行動療法がおこなわれる模様が紹介されていた。恐怖を感じさせなくさせる心理療法である。

 じつは恐怖というのは避けたり、守ろうとすれば、ますます恐くなり、増大する性質をもっている。恐怖は避ければ安心がもたらされるが、その陰で避けたものに対する恐怖は増大してしまうし、守ろうとすれば、おそらく筋肉に力を入れて力で守ろうとするのでよけいに緊張や恐怖に力を貸してしまうし、気にしないでおこうと努力するとぎゃくに意識の焦点を合わせることにより、意識することは恐怖を増大させてしまう。

 恐怖というのは、皮肉な感情である。逃げたり、避けたり、守ろうとすれば、よけいに恐くなるものである。幽霊から逃げればもっと恐くなる。だけど恐さを受け入れ、恐さに真正面から向かえば、恐怖はしぜんにピークを描いて消滅してゆく。だけど人は逃げたり、守ろうとして恐怖増大のワナにはまってしまうのである。

 恐怖は真正面から向き合わないと消えない。「な~んだ、恐いものではなかった」と心身ともに納得しないと恐さはなくならない。恐さは避ければ、もっと恐くなるものなのである。

 慢性腰痛は恐怖がつくりだしているものだと番組では紹介されていた。恐怖を鎮めるためには恐さを恐がらない、痛みに向きあう認知行動療法がおこなわれてた。

 腰痛というのは身体の病気や不調と思われてきた。しかしれっきとした精神的な病、恐怖症なのだと番組では宣言したようなものだ。

 精神の病といえば、ありもしないものを恐れたり、わけのわからない恐れが対象の、一般人には了解不能の病と思われている。だけど、腰痛も精神の病だとしたら、おおくの腰痛に悩まされている健常者も精神の病をわずらっていることになる。

 でも考えてみたら、痛みや病気が自分の身体に起これば、だれでも死ぬほど恐れるはずである。自分の病気が治らないかもしれない、再起不能かもしれないといった思いを抱けば、よういに鬱的な状態や恐怖症に近い状態になるだろう。むしろ正常な精神状態でいられるほうが少ないのではないか。

 痛みや病気にそうとうの恐怖を感じるのが、ふつうの人というものである。痛みや恐怖を避けようとするのも、正常な人の反応である。

 しかし恐怖や痛みを避けよう、守ろうとすれば、皮肉な恐怖のワナが待っている。避けることは安心をいっぽうではもたらすが、いっぽうではその痛みや恐怖を不合理なまでに恐れるものにしてしまう。ずっと恐怖状態がつづいてしまう。

 番組によれば、恐怖は痛みの鎮痛作用の脳の部位を働かなくさせ、幻の痛みを感じさせるのだといっていた。恐怖の継続が痛みを感じさせるようなものだ。

 パニック障害は健常者が恐れない電車などの空間を恐れる。不合理なことに思えるが、発作が起こり、避けられない場所とむすびついたものが恐怖の対象になっている。つまりは身体の異常や制御不能を恐れているのである。

 身体を恐れているのは、慢性腰痛のばあいと同じである。痛みをずっと恐れることにより、脳は幻の痛みを感じるということである。

 パニック障害も幻の恐れである。「死ぬかもしれない、発作によって衆人の注目の的になるかもしれない」という「架空の恐怖」がどこまでも広がってゆく病である。「架空の恐れ」に脅かされるのは、「それが恐くない、なんともないことである」という安心を得ていないからである。避けたり、守ろうとして、架空の恐れは不合理なまでに増大してしまう。

 これらはいずれも恐怖というものがネックになっている。避けようと、守ろうという人間ほんらいの本能のようなものが、皮肉なことに不合理な恐怖を増大させている。恐怖はただ受け入れ、しぜんに収まるまで待つしかないという恐怖のつき合い方のまちがいである。

 身体の痛みや病気の恐怖はとうぜんのものである。だれだって痛みや病気がおこれば、恐れるものである。でもその恐れが、幻の痛みを継続しているとなったら、われわれは不用意に恐れを抱いてはならないことになる。そんなことできるか。

 慢性腰痛が恐怖によってひきおこされる幻の痛みというさいきんの医学がそういうのなら、われわれは身体の痛みや病気といったものに、不合理な恐怖を抱くことは危険なことになってしまう。

 身体の痛みや病気に不合理な恐怖を抱かない、仏のような悟りをわれわれはもつことができるだろうか。痛みや病気に苦しんで、はじめて認知行動療法のような知識に出会い、恐怖を軽減してゆくしかないのだろう。

 しかし腰痛でも認知行動療法や精神医学が入ってきたら、これからも身体・器官だけの病気と思われていたものも、どんどん精神的な介在をもたらすようになるだろうな。むしろ心身を分けすぎていたかもしれない。

 病気や痛みなんて生命の危機である。精神的にも危機にならないほうがむしろありえない。精神のアプローチがどんどん広がってゆくのだろうね。


▼NHKのいうような最新の医学や権威のある本かわかりませんが。
心はなぜ腰痛を選ぶのか―サーノ博士の心身症治療プログラム腰痛は<怒り>である 普及版腰痛は脳の勘違いだった―痛みのループからの脱出腰痛をこころで治す心療整形外科のすすめ (PHPサイエンス・ワールド新書)腰痛は心の叫びである

▼認知行動療法が推奨されているのはこちらの医学書ですか。
腰痛診療ガイドライン 2012
日本整形外科学会
南江堂




07 12
2015

セラピー・自己啓発

軽いパニック障害になりました。強烈でした。

 もう気にならないくらい回復したのですが、この数ヶ月、軽いパニック障害になってしまいました。

 「もう働けないのではないか、人生終わってしまうのではないか」となんども覚悟するほど、強烈なものでした。深刻すぎて回復するまでとても人に知らせられない気持ちでいましたが、恐さを忘れるくらいに回復したので、ようやく事後報告ができるようになりました。


 ■パニック障害とはどんなものか

 パニック障害というのはとつぜん電車などの密閉された空間で、動悸が急におこり、息が苦しくなり、心臓発作のようになり、死んでしまうのではないかと恐れ、救急車で運ばれたりするのですが、病院についているころにはけろりと発作がおさまってしまうという精神的な症状です。

 さいど発作がおこることを怖れ、しだいに電車に乗れなくなり、閉じこめられた空間を恐れるようになり、重くなると家から出ることさえできなくなってしまうという病です。

 わたしのばあいはひじょうに軽いもので、胸が苦しくなって「どうなってしまうのか」という程度だったので、動悸とか冷や汗とかはなくて死を恐れるほどの重度のものではなかったので、半年くらいの期間のあいだで、もう気にならないくらい回復できました。たぶんに「仮想的」な、「心配症」的なものがだいぶ強かったようです。

 ただ、パニック障害の一般的な経緯のようなものはひととおり経験しました。いわゆる「予期不安」や身体感覚に敏感になったり、ちょっとした身体異常に過敏になるといった症状を経験しました。この身体異常に過敏になるといった症状がひじょうに苦しかったというか、身体の異常を恐れる不安が強烈に強かったです。身体が時限爆弾のように恐ろしくなり、コントロール不能におちいります。

 わたしのばあいは軽いもので電車にはすぐに乗れるようになりました。ただ胸の苦しさや息が苦しくなるかもという予期不安のほうがだいぶ大きかったです。

 部屋の中で息が止まるような苦しい感じがして、寒い夜中に二度ほど外に出て、まぎらわすことがありました。電車にも乗ることができて大丈夫だと思っていたら、ふだん歩くだけも息が苦しい感じが出てきて、「どうなってしまうのか、電車も乗れなくなるかもしれないし、職場のような密閉された空間にいくこともできないかもしれない、そうなったら仕事もできないし、生活費が尽きて生きてゆけない」と悲観していました。

 半年以上の失業時間をへて、自分のできる仕事なんてないんじゃないかという不安やストレスにだいぶさいなまされていたのだと思います。さらにパニック障害になってしまって、「いつこの苦しい感じが出てくるかわからないのなら、通勤のための電車にも乗れないし、職場で何時間もすごすことができないかもしれない、人生終りだ……」というひじょうに悲愴な悲観的な想像がなんども襲いました。


心療内科はまったく頼りにならない

 心理学や自己啓発をいくらか読んできましたが、もう自分の手には負えないと、心療内科にいってみました。すし詰めの待合室でだいぶ待たされ、出された抗不安薬と抗うつ薬に怖れをなして、違う心療内科にいきました。

 初回は時間をたっぷりとってくれたのですが、二回目からは五分診察です。「どうしたらいいとかこうしたらいい」とかの説明はまったくなく、ただ薬の様子を見るという心療内科のあり方にひじょうに頼りないものを感じました。頼るものは先生しかいないのに、たったの五分診察。診察があっという間に終わると「もうだめだ」という鬱な気分に診察のたびに教われました。

 職探しをすることもいちおう止められましたので、一日じゅうずっと暇でした。失業の先行き不安も重なり、焦燥感や退屈感もかなり増していきました。一日リラックスするための瞑想をしたり、落ち着けるためのリラクゼーションをやったりして、ずっとふとんに寝ている日々もつづきました。テレビを見ても楽しめないので、苦痛に感じることもありましたので見ることも少なくなりました。パニック障害は鬱も併発するといわれています。

 厳しい冬の寒さがやわらぎ、春の花や桜が咲いてもちっとも心が躍ることはありません。鬱な気分でぜんぜん華やいだ気持ちになることはありません。心理状態はだいぶ追いつめられたものになり、生活費がなくなったときの支援策や生活保護をなんどもネットで調べる日々がつづきました。「もう人生が終わってしまう、生きてゆけない」という悲愴な心理状態に落ち込んでゆきました。もう絶望的な日々でした。


パニック障害の治し方はネットで

 心療内科はあきれるくらい頼りなかったので、ネットでたくさん調べてみました。ネットにはたくさんの方法論や経験がのせられており、おそらくよくなったのは、これらの知識によるものだと思っています。パニック障害のメカニズムや完治方法といったものが経験者や精神科医に語られています。この知識にだいぶ救われました。感謝してもしきれません。

 いちばん効いた方法は、「開き直る」や「逆説志向」といったものです。森田療法の考えにもだいぶ救われました。

 パニック障害は「恐れて回避すること」や「治そう、発作を押さえ込もうと準備や心がけをすること」がその症状をいっそう重いものにしていることを知りました。「恐れることがもっと恐れるもの」にしているという皮肉な逆説をもつ症状です。

 じゃあ、「恐れないようにしよう」とか「恐くない、恐くない」と暗示をかけることも逆効果であることを知りました。「恐れない」ということは怖れに焦点を合わせることになり、よけいに怖れをふくらませます。「来るならこい、もうどうにででもなれ」といった「開き直り」や「あきらめ」がひじょうに大事なようです。

 この病気は恐れとの向き合い方のまちがいを正すための機会やレッスンだといえるのでないかと思います。幽霊を恐がって逃げれば逃げるほど恐くなります。もう観念して向き合って、「幽霊なんでいない、恐くない」と体が納得するまで、恐れはどこまでも追いかけてくるものです。

 いわば恐れから逃げないでしっかりと向き合うこと、恐くないのだということを心身ともに腑に落ちるまで、いくども襲ってくる感情との闘い、レッスンだといえるのかもしれません。身体が制御できない、いつ発作が襲ってくるかと恐れる気持ちはひじょうに強烈なもので、その不安がほかのことにまで恐怖をひろげてゆきます。

 フランクルの「逆説志向」がいちばん効果的な療法だと思いますが、恐れるものにわざと直面させる療法です。 「もっと恐くなれ」とか「もっと苦しくなれ」とか、「もっと悲惨な目になれ」と避けていた、恐ろしいことにわざと向かってゆくように仕向けます。そのことによって恐れていたことが「幽霊だった」、「幻」だったと心身ともに納得したとき、完治するのだといわれています。これこそがパニック障害が治るための秘訣であり、メカニズムだと思います。

 「発作が恐いとか、おこらないようにしよう、人目にふれないようにしよう」という防衛策や自分を守ろうとすることがすべて裏目に出て、逆効果になっています。それが恐さをますます意識させ、学習させることになっています。恐さを避けて、回避することが、恐ろしさをますます強いものにしているのです。パニック障害のメカニズムというものはまさにこの「幽霊」や「恐ろしさ」から逃れることにあります。

 だから恐れから逃げないで開き直る、もっと恐れている事態を自分から呼び寄せる、再演してみるといった、恐れにみずから立ち向かってゆくことによって、「な~んだ、恐れはちっとも恐いものではないのだ」、と心から納得したときに恐れとはさよならできるということです。

 緊張やアガることの状態と対処法と似ているといえるかもしれません。緊張はコントロールできるでしょうか。「緊張しないようにしよう」とか「アガるな、落ち着け」と心に言い聞かせてもよけいに緊張が増すことはありませんか。緊張は自分の意志では解けません。しぜんに収まるか、忘れるまで待つしかなく、緊張を解こうとすることは、緊張に力と筋力を注ぐだけになってしまいます。パニック障害の恐れはそれと同じようなものです。

 緊張をコントロールできないように、パニック障害も恐れをコントロールできず、恐怖や発作を抑えようとして、よけいに恐怖に襲われます。身体の制御方法をまちがってしまうのです。不安や恐怖はそのままにしておいて、手出しもせずにその状態のままにしぼんでゆくのを待つしかありません。恐怖とのつき合い方をまちがい、こじれさせるのがパニック障害といえます。

 こういう知識はおもにネットの経験者の知恵から知ることができました。ネットの経験者や精神科医のブログにはたいへん救われました。ネットがある時代のおかげで助かりました。ネットにたくさんの情報や知恵を書かれた方には感謝しきれません。とくに人生が終わるくらいの絶望に襲われていたときの頼もしさにはたいへんに救われました。心療内科の五分診察にはあきれるしかありませんでしたが。


パニック障害の克服は知識が重要

 パニック障害というのは恐ろしい制御できなくなる病です。体が時限爆弾を抱えるような、いつ爆発するか、いつ異常事態がやってくるかもしれないという恐怖をしじゅう抱える病気です。これは強烈です。自分の身体が恐れそのもの、恐れをずっと抱えた時限爆弾のようになる症状です。身体が制御不能な恐ろしいものになるという経験は、救いがないほど追いつめられるものです。

 わたしの症状など軽いもので、多くの経験者が経験するような死ぬような、救急車を呼ぶような深刻な発作とはほど遠いものでした。ただ観念とか想像力による悲観や恐れの「仮想的」、「心配症的」なものが暴走した「取り越し苦労的」なものでした。だから治りも早かったのだと思います。「開き直り」や「逆説志向」といった知恵を知ることもだいぶ効いたのだと思います。

 パニック障害にかかった人には何年も症状に苦しめられているという方がいると聞きます。制御できない身体を抱えることがどんなにつらいことか、わたしもじゅうぶんに経験しました。身体は制御や操作が容易なものではありません。身体や感情の使い方、用い方というのはちょっとした選択・操作ミスによってどう転がってしまうかわかりません。身体の時限爆弾を抱えることがどんなに困難でむづかしいことか、いやというほど思い知らされます。

 心療内科では多くの人が薬だけをもらい、ちっともくわしい説明や治し方も教えられずに、症状が長引いてしまっているのではないかと懸念します。薬だけをもらいに通院していても、治ることはムリなのではないかと思います。

 これは恐怖や感情のつき合い方のまちがいや過ちからおこる病気だと思います。その恐れとのつき合い方を正さないとなかなか治ることもないと思います。知識をすっかりと心身ともに自分のものにしたとき、ようやく治る病気だと思います。


パニック障害は恐れとのつき合い方の習練

 パニック障害は人生の終りを覚悟させるほどの強烈なものでした。このような困難なときには大きな学びの機会になる、成長するきっかけになると前向きに考えることをすすめられたりします。この体験で得た教訓とはなんでしょうか。

 恐いものは避けてはならない、向き合ってつきすすんでゆき、恐れを克服するしかないといった経験を学んだのかもしれません。恐れは逃げれば逃げるほど恐くなり、どこまでも追いかけてくるものです。恐れに向き合いなさい、そんなものはなにも恐くない、存在しない絵空事ということを思い知らされる経験なのかもしれません。

 恐怖から逃げつづければ、症状から逃れられることはありません。罰則つきの恐怖の克服機会だといえるかもしれません、あまりにも厳しすぎるイニシエーション・通過儀礼です。恐さと向き合わずに、避けて逃げてきた人はその決算を迫られる恐喝の機会のようなものです。



ネットで見つけたパニック障害の治し方 

(1) 開き直る。受け入れる。
(2) わざと苦しくする。わざと恐怖を起こす。
(3) 治そうとしない。避けようとしない。
(4) 不安はあってもよいものだと受け入れる。不安は当たり前のもの。
(5) 不安を避けるからますます不安になる。
(6) 不安を受け入れたとき完治。
(7) 不安に動揺しない。深刻に受け止めない。不安を問題視しない。
(8) 恐怖を味わいつくす。踏みとどまる。

▼パニック障害克服の賢者サイト
パニック障害「完治」の秘訣。
「パニック障害」の記事一覧 マーケティングクリエイター足立博のブログ。
パニック障害と嘔吐恐怖症状を自力で治療克服した方法
森田療法の実践
うつと不安のカウンセリング


薬なし、自分で治すパニック障害 (角川SSC新書)不安もパニックも、さようなら 不安障害の認知行動療法:薬を使うことなくあなたの人生を変化させるためにパニック障害からの快復 こうすれば不安や恐怖は改善できる不安に悩まないためのワークブック―認知行動療法による解決法森田療法で読むパニック障害―その理解と治し方


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