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02 19
2009

セラピー・自己啓発

『人生が驚くほど逆転する思考法』 ノーマン・ヴィンセント・ピール


人生が驚くほど逆転する思考法―夢を最短距離でかなえる法 (知的生きかた文庫)
Norman Vincent Peale ノーマン・ヴィンセント・ピール

人生が驚くほど逆転する思考法―夢を最短距離でかなえる法(知的生きかた文庫)

 落ち込みや困難や失望からなかなかはいだせないときがある。そんなときにはすこしでも前向きになれたり、希望をもてる言葉を自分の中にがむしゃらに流し込む。すこしでも好転したり、気分が晴れればいいと思う。暗さを明るさに変えるクスリである。効果が信じられなかったり、否定的に思えてもいいじゃないかと思う。ほんのすこしでも前向きに明るくなれれば、それだけでも価値があるというものだ。

「自分がいちばんおそれていること、不安なことをせよ」

「成功と失敗の境目は、人よりよけいに努力したり、遠くまで行ったり、辛いことに耐えたりする意志があるかどうかにすぎないことが多い。他人以上に努力できるかできないかで決まる」

「寝床に入るときは、いつも勝者であれ」

「人間というものは長い間、自分の頭の中に彫り続けてきたとおりになるものだ。……劣等感を持ち、いつも自分をつまらない人間だと考えている人は、自分に自信がもてなくなり、自分でイメージしたとおりの人間になりやすい。裏返せば、自分にはそれ相応の能力があると考えれば、そのとおりの人間になれるということだ」

「困難に直面したときは「気楽にいこう」が突破のカギ」

「希望を持っている人は未来に目が向いている。後悔ばかりして希望を持っていない人は過去に目が向いている」

「これを見ると思い出すのです。悲しみはいつまでも続かないことを。嵐はいつか去ることを。潮はいつかまた、必ず満ちてくることを。……辛い状況にはまってしまったときのとっておきの薬は、「希望」だ。これを一日三回服用して、状況を改善することだ」

「行動すれば自信を取り戻すことができるし、新たに自信を生み出すこともある。怖がって何もしなければ、自信どころか、不安はつのるばかりだ」

「ある性格を身につけたかったら、そういう性格であるかのようにふるまえばいい、そうすればそうなれる」

「ちょっとしたことにも夢中になること」

「日常的に自分が接することのできる「素敵なこと・もの」を考えてみること」

「ほんとうに幸せそうな人には、天真爛漫な人が多い。自由奔放、子供のように無邪気でいられるほど、心の広い人とでも言おうか。子供の持っている、何にでも驚き感心する心は、幸せに通じるところがあるのだろうか」

「「できない」と思わずに「できる」と思う」

「「逆境」はもっと素晴らしい人生に踏みこむジャンプ台と思え!」


 人間というのは重石をつけたボールのように思えてしまう。自分のつけた重石のほうばかりに転がり落ちるようだ。だからそんなふうになったら、だれかに風船や気球のつけかたを教えてもらわなければならない。一度、風船や気球をつけたなら、空に舞う方法やコツを知ることができる。たとえ重石にひきずられようと、ふたたび風船や気球を自分のポケットの中から拾い出すことができる。ノーマン・ピールや自己啓発の書はそういう風船や気球のありかを教えてくれるものだと思う。

 ひきずられたときにいちばん上昇気流にもちあげてくれるのが、私にとってはノーマン・ピールの『
積極的考え方の力』である。ぱらぱらと読み返すだけで、希望や前向きさが自然にわいてくる。ほんのわずかな効果かもしれないが、自分の中に風船や気球をもつ安堵感をこの書によって与えられたと思う。行間に身をひたしているだけで心が晴れるのはとてもありがたいことである。


積極的に考える―自信と勇気が出てくる12の法則 積極的考え方の力―ポジティブ思考が人生を変える (Life & business series) 自己を生かす―私はできる 信念をつらぬく 新装版 いかにして自分の夢を実現するか (知的生きかた文庫)
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02 20
2009

セラピー・自己啓発

悟りがめざしている二つのもの



 こんにち、宗教や精神世界を外側から見てアヤシいと思っても、彼らが内実になにを目標にしているのか知らない人も多いのではないかと思う。「悟り」という言葉はふつうに使われるが、それが意味するのもふつうに「人格ができている」とか、「達観している」ような意味で使われることが多い。私たちは悟りがなにか知らないと思う。

 私だって精神世界のトランスパーソナル心理学とかニューエイジとかの本はたくさん読んだのだけど、なにを悟りというのか、なにをめざしているのか、よく知らなかったといったほうがいい。仏教にいたっては僧侶や有名な寺社仏閣を知っているだけで、かれらが修行でなにをめざしているのかも内実を知らないというのがほとんどだと思う。

リチャード・カールソンの楽天主義セラピー愛と怖れ―愛は怖れをサバ折りにする。無境界―自己成長のセラピー論
自我の終焉―絶対自由への道存在の詩―バグワン・シュリ・ラジニーシ、タントラを語るグルジェフとクリシュナムルティ―エソテリック心理学入門


 私がこれまでいろいろ読んできて、悟りにはふたつの段階があるのではないかと自分の頭の中でまとめてみた。ひとつは心をコントロールする術である。これは瞑想や座禅、ヨガでおなじみだろうが、これらには心の平静や安寧を目標にしていると思われる。それには心が存在しないこと、まぼろしであることを知ることが心の平安を導くと考えられている。

 基本的に私の精神世界探求はこの心のセラピー法がいちばんの目的である。心に脅かされたり、日々の出来事に追い立てられないような穏やかで平静な心をつくりたいのである。その方法として、トランスパーソナル心理学やニューエイジは心を捨てて、心がまぼろしであることを知る方法を説く。心が存在しない、心は虚構であるという言説はなかなか理解しがたく、実感としてつかみにくいものである。

 まあ、かんたんにいえば思考を捨てるということなのだが、これは不安や恐れの感情に対しては効果バツグンなので、私はアヤしくて、いかがわしいと思っていた精神世界や宗教の世界のドアの向こうにすんなりと入れた。正統的な心理学では「心を書き替える」といった認知療法や論理療法までは発達しているのだが、心を捨てる、心はまぼろしといった言説にまでは手をのばしていない。だからトランスパーソナル心理学やニューエイジはおおいに役立ったし、仏教も掘らずにはすまなくなった。

 人間というものは頭で考えたり、思ったりすることに価値をおくので、しまいに思考が「私」であるとか、思考そのものが私のありようのすべてだと通常考えるようになってしまう。しかし思考というのは「想像」の一種にほかならないのだが、それが「事実」だとか「現実」だと思いはじめ、心のイメージは感情や身体の状態と即結びついてしまうので、「存在しない不安や恐怖」に日々追い立てられることになってしまうのである。思考が幻や絵空事にしかずきないということは古来から仏教や宗教がずっと説いてきたのだが、なぜだかそういう知恵は追撃されたのが近代の歴史というものである。

 このレベルまでくることを悟りとよんでいいのだろうか。あるいはこれは悟りにいたる一プロセスでしかないのだろうか。精神世界や宗教はこの認識あたりまでにひとつの段階をおいているのではないかと思う。私はべつにこの心の平安を得られる知識だけで満足してもいいのだが、精神世界はここで終わるわけではない。

 ここまでは心理セラピーとして問題はないのだが、この先あるいは重なるところで、悟りというのは次元や世界を超えてしまう。つまりこの物質・物体世界はいつわりのものであり、物質世界を超えたところにほんとうの世界や真実が存在するといいだすのである。物質世界の否定である。このレベルになると、私たちは物質世界しか知りようがなく、ほかの世界を知りようも見ようもないので、現実感覚としてはまったく否定したくなるレベルに突入してしまうのである。

 あとはみなさんもご存知の魑魅魍魎の世界である。オカルトやスピリチュアリティ、神道に宇宙人、天使、精霊となんでもありである(笑)。なんでこんな世界が出てくるのか、なんでこんな言葉や意見が真顔でいえるのか、なぜ信じられるのか、といった言説がまかりとおる。物質世界を超え出ると、いっぺんにこの世とあの世の想像力が解き放たれるようである。われわれはもちろん物質世界しか知りようがないのだから。

 しかし仏教であれ、ほかの神秘主義宗教であれ、めざしてきたのはこの悟りである。この物質世界を超え出る悟りというのは、世界や宇宙との一体化である。肉体や物質のくびきから抜け出して、世界や宇宙そのものになるというのである。すべての主観や物体、あるいは世界のすべてのものに一体化し、知り、そのものになるというのが悟りというものなのである。そのような感覚を大いなる存在との一体化やワンネス世界、宇宙意識、または変性意識状態、神秘体験といったりする。私たちはこの神秘体験が宗教のめざしているもの、悟りの目標であるということを知っているだろうか。坊さんがなにかやっているくらいしか知らないのではないだろうか。

 物質世界の住人であるわれわれはこんな考えを信じるわけなどできないのである。この世界に物質以外のなにがあるというのだろう? 物質を離れた世界など存在するわけがないのだ、私たちはとうぜんのように考えるだろう。物質や物体以外の世界がありうるなんて、私たちの日常感覚では信じることはまず不可能である。それなのになぜ仏教者や宗教者、数多くの知者はそのようなことをめざし、人々に教え伝えてきたのだろうか。まったく絵空事やオカルトを宗教者は伝えてきただけなのだろうか。

 もちろん私にわかるわけがない。ただもしほんとうにそういう世界があるのだとしたら、いちど体験してみたいと思うのは山々である。人間は物質世界を超えた世界を知りうるのか、物質世界だけではない世界やあるいは精神といったものをほんとうに体験できるのだろうか。理屈好きな私としてはそれをどこまでも言葉や概念で説明してほしいものである。宗教などは言葉の否定を説くが、どこまでも言葉で説明してほしいものである。それでこそ信認が得られるというものである。アヤしい世界だが、やっぱり私はこの神秘の世界を追究せずにはいられないのだろう。



02 23
2009

セラピー・自己啓発

『「いいこと」が次々起こる心の魔法』 ウエイン・W・ダイアー


「いいこと」が次々起こる心の魔法 (知的生きかた文庫)
Wayne W. Dyer ウエイン・W・ダイアー

「いいこと」が次々起こる心の魔法 (知的生きかた文庫)


 ウエイン・W・ダイアーはいぜん「考えと現実は同じものではない」という考えを理解するために、『どう生きるか、自分の人生!』などの本を参考にしておおいに役に立った。この2007年に出された新しい本を読んでみるとウエイン・W・ダイアーは惜しげもなくスピリチュアルな世界にいってしまったのだと思った。自己啓発というジャンルを飛び越えている。

「今の自分は、無限の力を秘めた永遠不滅の宇宙エネルギーが、肉体という仮の器に宿った状態なのだという真理に目覚めるのだ。また、本当の意味での死というものは存在せず、すべての物質は、絶え間なく変転し続けるエネルギーの仮想だと認識するようになる」

「波が海の一部として存在しているように、自分が神の一部として存在しているのだと考えてほしい。いわば、見えざる神聖エネルギーは海であり、あなたはその一部である波なのである」

「自分の意識の中に見えざる何かがあって、それがすべてのものに同時に存在している」

「あなたを取り巻く環境は「あなたそのもの」である」

「ものには隔たりがあるという意識を捨てよう。そうすれば、あなたはこれらの共有エネルギーを利用できる」

「「あの木立の木々や雲の一つひとつに私が宿っている」「私達はこの世界そのもので、私はすべてのもの、すべての人と結び合っている」と心の中で唱えるのだ」

 自己啓発と精神世界が混入していて、もはや精神世界の本と思えるほどの内容になっている。ジョセフ・マーフィーの自己啓発書を読むとはじめからキリスト教信仰が前提として描かれているのだが、ウエイン・W・ダイアーはあえてキリスト教世界を語るのではなくて、精神世界やスピリチュアルな言葉で世界観を語る。こんにちの人には神や宗教のことばで語るにはあまりにも偏見や固定観念がこびりついているからだろう。

 自己啓発と精神世界が一体になった本である。このふたつの世界観の混入に少々、違和感を感じる。自己啓発はまだ現実的なことを語っているように思われるが、精神世界となるともはや非現実性があらわになる。危うい境界に足をかけている気がする。たしかに精神世界には癒しの要素がたくさんあるのだが、宗教には信じすぎる危険性を警戒したいという意識も強いので、このうけとり方はひじょうにむずかしいものにならざるをえないと思った。でも信じなければ願いもかなわないのであるが。

「私達には引力――「求めているものを引き寄せる力」が備わっており、それは宇宙の法則なのである。そして、求めているものを引き寄せる力の正体とは、あなたの「思い」や頭に描いた「イメージ」、「想像力」などである」

「人生は、イメージしだいである」

「幸福への道などない。私の歩く道そのものが幸福なのである」

「事態を受け入れることによって、それを問題視する必要がなくなるのだ」

「愛の対極にあるのが恐怖である。恐怖は、あなたが無条件の愛から切り離されたと感じたときに生じ、実際に体内を電流のごとく流れる力なのである。恐怖を感じるたびに、「一体何が原因で、恐怖が愛にとって変わるような事態を招いたのだろう」と自問してごらんなさい」

 自己啓発のさまざまな方法が紹介されていて、それが精神世界と結びつく。ごちゃごちゃに混入された自己啓発の源がすべて精神世界の法則や世界観と帰着している。こういうスピリュチアルな世界が、願いや成功の源流だと説いているのである。

 無条件の愛だとか、すべてのものに感謝の気持ちを抱くというのは、自分の心をあたたかいものにするだろうから、とりいれたい知恵だとは思った。ただウエイン・W・ダイアーのこの本は自己啓発や精神世界のごちゃまぜや総合書といった感じがした。スピリチュアルを信じるか信じないかの境界はむずかしいものだと思った。信じないと願いや成功はかなわないのだが、現実的な世界からの抵抗もやはり考慮しなければならないわけで、私としては便宜的に安らぎや癒しがよりよくとりいれられる知恵や知識は自分の中につちかえばいいと思った。信じるより、自分にとって役に立つかだ。自己啓発は疑うと効果が半減するといわれて堂々巡りであるが。


小さな自分で一生を終わるな! (知的生きかた文庫) 思い通りに生きる人の引き寄せの法則 ダイアー博士のスピリチュアル・ライフ―“運命を操る力”を手にする「7つの特別プログラム」 「いいこと」が次々起こる心の魔法―この“奇跡の力”が自分のものになる! 静かな人ほど成功する
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02 24
2009

セラピー・自己啓発

『お金のことでくよくよするな!』 リチャード・カールソン


お金のことでくよくよするな!―心配しないと、うまくいく (サンマーク文庫)
Richard Carlson  リチャード・カールソン

お金のことでくよくよするな!―心配しないと、うまくいく (サンマーク文庫)


 なんどもいっているが、リチャード・カールソンは『小さなことでよくよくするな!』というシリーズで4000万部の大ベストセラーとなったのだが、私にとっては『楽天主義セラピー』のほうが心のコペルニクス的転回をひきおこした書だと称賛する。落ち込んだときの思考を捨てるという方法はとてもパワフルで効果的であった。

 私はこの書によってトランスパーソナル心理学やニューエイジ、仏教のいってきたことの意味が理解できるようになったのだが、カールソン自身はかなり軽いコラム形式による自己啓発書をつぎつぎにベストセラーにして、軽いベストセラー作家だという位置づけをあたえられたように思うのである。まったくもったいないことだと思うのだが、カールソンは深遠な道より、ベストセラー作家で満足しているのだろうか。『楽天主義セラピー』が評価されずに軽いコラム集のほうが評価される理由が私にはよくわからない。

 この本もコラム集なのであるが、あちこちに飛んで、いろんなことをつまみ食いみたいにつまんで、深さや重みがない。こういう本のほうが一般大衆にうけるのかもしれないが、カールソンにはたとえば、ケン・ウィルバーのようなもっと学究や研究の道にすすんでほしかったと私は思うのだが。

 軽い言葉のようにも聞こえるが、心の深い理論から導かれたエッセンスがしのばれる言葉を引用したいと思う。

「とどのつまり勇気とは、怖いけれど「とにかくやってしまう」ことではないだろうか」

「問題を解決しようとするのはやめなさい。……じつは、問題に集中すると逆にその問題がいつまでも心にしこり、なかなか超越できなくなる。さらには、心配が慢性化して抜け出せない原因となる」

「自分を身動きできなくさせてしまうのは、今日の自分は昨日の自分と同じ人物でなければならないという考え方だ。この考え方は、私たちを過去の失敗や習慣、限界といったものに縛りつけてしまう。……私たち自身が、過去にパワーを与えているだけだ」

「いちばん落ち込む固定観念を捨てる。自分でつくり出した否定的な固定観念をたえず自分に言いきかせることに、いったいどんな価値があるというのだろう」

「恐怖感は役にたたない。まったくたたない! 恐怖感は、夢や希望、望みや前進をはばむものでしかない。……恐れというのは、つねに人を縛って自由にさせないという点で、エネルギーのあり余った犬につけた紐のようなものだと私は思う。この一ヶ月間、心の中に生じる否定的な考えや恐怖感を捨てる、あるいは無視すると決心してみよう」

「何かを始める前にすべての難点を乗り越えなければならないとしたら、何一つ達成されない」

「不安や恐怖はすべて妄想のようなもので、時間のむだだし、いらない心配だ」

「子犬は一瞬だけ言うことをきくかもしれないが、すぐに走って逃げてしまう。自分の心もこれに似ている。一、二分は現在に焦点が合っているのに、すぐに今朝のイライラや昨日からため込んだストレスに目が向いてしまう。子犬をうまく訓練するには、やさしく紐を引っぱって自分の脇に連れもどす。同じように意識が過去に向かって流れはじめたら、過去はもう終止符が打たれたのだと自分に言いきかせる。それから、そっと現在の位置と時間に連れもどす」

「すべてを大げさに考えてはいないか。それは自分の一日を台なしにするほど、価値があることか。たとえ何かがうまくいっていなくても、それは「新聞の第一面のトップ記事」になるほどのニュースだろうか。血圧を上げて、頭を壁に打ちつけてまで、自分の災難をさらに大げさにする必要があるだろうか。「人生は緊急事態ではない」と私は固く信じている」

「理屈をこねずにただ出ていってやりはじめる――それにはパワフルなものを感じるのだ。その利点は、じっくり考える人たちが味わう恐怖心の大部分を避けられることにある」

 お金の話がまったく出てこなかったが、お金のことも心のこのような面を応用するべきということである。「心配しないと、うまくいく」というのはまったくそのとおりだと思う。心配や不安や恐怖を、心の中から追い出してしまうこと。毎日、毎日、この言葉を思い出してショベルカーで、不安や恐怖を根こそぎ掃き出せ。


小さいことにくよくよするな!〈2〉まず、家族からはじめよう (サンマーク文庫) 小さいことにくよくよするな!〈3〉仕事はこんなに、楽しめる (サンマーク文庫) 小さいことにくよくよするな!愛情編 (サンマーク文庫) あくせくするなゆっくり生きよう!―人生に不満を持たない生き方 (角川文庫) 小さいことにくよくよするな!―しょせん、すべては小さなこと (サンマーク文庫)
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03 03
2009

セラピー・自己啓発

『この世で一番の奇跡』 オグ・マンディーノ


この世で一番の奇跡 (PHP文庫)
Og Mandino オグ・マンディーノ

この世で一番の奇跡 (PHP文庫)


 なかなかいい本だったと思う。小説形式の自己啓発であるが、最後のほうでぐっとくる場面があったりして、読後感はよかった。そういう形式の本として、シャーリー・マクレーンの『アウト・オン・リム』やジェームズ・レッドフィールドの『聖なる予言』、パウロ・コエーリョの『アルケミスト』などの本が思い浮かぶが、この本はとくにシンプルで清廉な感じのする物語であったのがよかった。

 不幸であったり、魂を失った状態で生きる人たちを蘇らせるひとりの老人と作者は出会うのだが、作者のベストセラーの登場人物とその老人の生涯がぴったり重なっていたり、一年ほど友情を重ねた老人とのとつぜんの別れはなかなか感極まるものがあった。もう一度老人に会いたいと思わせるものがあった。続編も出ており、私はこの老人に出会うために読みたいと思う。ノンフィクションが苦手な人にはとっかかりを見つけやすい自己啓発書なのだろう。私としてはこの物語が事実であればよかったのにと思う。

 人はどうして偉大な可能性を失い、自分を捨ててしまい、自分を愛することやよりよい人生を求めなくなるのだろう。この本はそのような人生から救い出す方法をめぐっての対話の本である。自尊心をどうして失ってしまうのか、自分を敬う気持ちをどうして忘れてしまうのか、どうして自分自身にたいする信頼を失ってしまったのか。老人はその解決策を四つの法則にまとめ、作者にたくす。

「わたしたちが自分自身のことを失敗と自己憐憫の監獄に閉じこめてしまっているなら、わたしたちこそ唯一の看守であり……自分を自由にする鍵をもっていること」

「たいてい、人間はどん底まで落ちないうちは、助けをもとめようとしないし、受けようともしません。どん底に突き当たって、失うものがなにもないことをさとります。そうなると、新たな人生をはじめるためのわしの単純な方法が、非情にに受け入れやすくなるのです」

「エマソンは書いております。「わたしたちの強さは弱さから生まれる。秘密の力を備えた憤りは、わたしたちがこっぴどい攻撃にさらされ、つつかれたり刺されたりするまでは目覚めない。人間は苦しめられ打ち負かされるとき、なにかを学ぶチャンスをえる。才能を発揮すること、勇気をもつこと、事実をつかむこと、無知を知ること、節度や、生きるための本当の技術を獲得することなどを」」

 老人からたくされた神の覚え書きは四つの法則が描かれている。百日のあいだ、毎日寝る前にその覚え書きを読み、潜在意識にしみこませると、人生や世界が変わるという。

 自分を敬うこと。あなたは多くの恵まれたものをもっている。偉大な成功を達成するための必要なすべての恵みをもっている。自分の恵みに感謝し、自分が偉大な創造物であることを認識すること。これが第一の法則。

 第二の法則は自分のかけがえのなさを主張すること。自分自身がかけがえのない存在であることを誇ること。

 第三の法則は自分の枠を超えろということ。成功の確かな手段は、自分に期待された仕事の倍以上の奉仕をすること。報酬分の仕事しかしなければ、凡庸なものにとどまる。

 第四の法則は賢明な選ぶ力を用いなさいということ。憎むより愛することを、泣くより笑うことを、傷つくことより癒すことを選びなさい。あなたこそ、この世で「一番の奇跡であること」を知りなさいということ。

 神の覚え書きはけっこう長くて、百日のあいだ毎日読むかどうかは迷うところだ。自尊心や自信を失ったり、希望をもてないでいる対処法にはたしかに心にくる言葉だと思う。それを潜在意識にしみこませるのである。やがてその潜在意識の種は草木をのばすことだろう。シンプルで、自尊心の欠如や希望の喪失によく効いてくる言葉だと思う。このことによって私たちがいかに自尊心や希望を失わせる言説や態度に囚われているかよくわかるというものである。

 潜在意識というものは私たちの人生を左右する心の種子をもっているのかもしれない。そのようなものを信じに至るには、やはり先ほど引用したどん底の境遇にまで陥る人にしかドアは開かれていないのかもしれない。どん底というのは人生の成長や向上、真実へのチャンスだと捉えるべきなのだろう。つまづかない人には人生のこんな知恵はけっして知られることはないのだろう。


The Return of the Ragpicker ことばの魔術師からの贈り物 (ワニ文庫) 十二番目の天使 この世で一番のメッセージ (竹書房文庫) あなたに成功をもたらす人生の選択 (PHP文庫)
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03 04
2009

セラピー・自己啓発

『5次元世界への超扉』 エハン・デラヴィ


5次元世界への超扉―イベントホライゾン2012 (5次元文庫)
Echan Deravy エハン・デラヴィ

5次元世界への超扉―イベントホライゾン2012 (5次元文庫)


 まあ、トンデモ本である。私としては宗教でいう悟りや神秘体験が、5次元や宇宙の生命体とどうつながってくるのかという興味で読んでみた。むかし神秘体験のむこうにある世界は死後の世界や霊の世界であったのが、ちかごろは宇宙の生命体や異次元のエネルギーとつながってきているらしい。このジャンルは霊界から宇宙界・異次元へとバージョン・アップしたみたいなのである。

 宇宙や異次元の生命体となるととても信じられなくなるが、このようなトンデモ・ワールドでも頭ごなしに否定するつもりは私はない。未知や謎の世界はいくらでもふみいこんでゆきたいと思うし、そのなかで「信じられるもの」「信じられないもの」の峻別をしながら読み進んでゆくことが大切だと思う。

 あるいは問い方を変えて、「人はなぜこんなSFみたいなことを大マジメに論じられるのか」、あるいは「人はどうしてこのようなことを信じようとするのか」と問うてみるのも大事だと思うのである。そのような懐疑精神をたずさえて、このジャンルに真実はあるのかと狩猟してみるのも、人間の知性とのつき合い方だと思うのである。

 私は宗教信者でもオカルト好きでもないと思ってきたのだが、けっこう神秘思想は読んできた。はじめは効果のある心理セラピーの方法としてひきつけられてきたのだが、どうしても神秘体験の向こうの世界はひっかかってくるのである。チャネリングの何冊かには驚かされたし、前世体験の本も数冊読んだ。そのような世界はほんとうにあるのか、いっていることは真実なのか、という懐疑はいまだにひっかかったままであるが、ある人たちはこのような世界を信じているという事実を無視することはできないというのが私のスタンスとしたい。

 この本は宗教的な神秘体験と異次元とか宇宙の生命体とかという存在がドッキングしてしまった考えをもつ著者の書である。宗教の神秘体験が、宇宙論や異次元論とつながってしまったのである。だから死後の世界や霊界が、宇宙や異次元の存在になってしまっているのである。臨死体験もちかごろはプレアデス星団のある生命体に生まれ変わって帰ってきたという体験になってしまっている。

 う~んと思わず首を捻ってしまうのだが、宗教的な神秘体験の記述まではいちおう私は信認をおいているので、そこまでの記述はまあ受容できるという感じだ。しかしそれがどうして異次元や宇宙につながってしまうのかととまどってしまう。宇宙船に乗ってネコやライオンの頭をした獣人と出会ったというあたりにくると(まあ、エジプトの神々なのであるが)、これはもう妄想や幻覚をマジに信じるのかという気になる。

「他人がみんな疑ったところで、それがいったい何だというのか。信じられない!ということは、それがありえないということの証明にはならないのだ」 ダライ・ラマ

「ソウル(魂)は意識の記憶。鉱物、植物、川、海、風、……この世のすべてに意識が宿っています」

「この次元における自分という存在は、氷山の一角がたまたま海の上に出ているだけ。海中のパラレル次元にはずっと存在しつづけているということです」

「それは、3次元意識があまりにも強いからです。つまり、行くまい、行くまいと、必死でこの次元に残ろうとしているからです」

「リアルが五感で感じられるものならば、リアルは脳に解読された電気的な信号に過ぎない」 モーフィアス(映画『マトリックス』から)

「グノーシス派は、人間は物質界に囚われているので、天の家に帰るにあたり、「信じること」「知ること」の2つの翼をもって、その方法を学ばなければならないと教えています」

 この本で称賛されているイドリス・シャーの『スーフィー』(国書刊行会)(6千円、高け)とルーミーの本が読みたくなった。私の信認はいちおう神秘思想と一部のチャネリングまでにとどまりたいと思うが、これ以上の世界を大マジメに真実だと信じる人たちがいるという事実は無視したくないと思う。まあ、イッちゃった世界であるという感は否めないが。


スーフィー―西欧と極東にかくされたイスラームの神秘愛の旅人―詩人ルーミーに魅せられてルーミー語録 (1978年) (イスラーム古典叢書)
ルーミー語録 (1978年) (イスラーム古典叢書)

アカシック地球リーディング 5次元世界はこうなる (5次元文庫 (Zホ1-1)) (5次元文庫) 永遠という名の一瞬―だからぼくたちはいまここにいる (5次元文庫) 日月神示 ミロクの世の到来―政治も経済も光り輝く5次元の世界へ (5次元文庫) 5次元入門―アセンション&アースチェンジ (5次元文庫) ヴィジョン―次元のベールを超えて見た地球の未来 (5次元文庫)
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03 07
2009

セラピー・自己啓発

『マーフィー 人生は思うように変えられる』 ジョセフ・マーフィー


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マーフィー 人生は思うように変えられる―ここで無理と考えるか、考えないかで… (知的生きかた文庫)
Joseph Murphy  ジョセフ・マーフィー

マーフィー 人生は思うように変えられる―ここで無理と考えるか、考えないかで… (知的生きかた文庫)  murphy.jpg ジョセフ・マーフィー

 ジョセフ・マーフィーは数冊読んだことはあるのだが、この本はエッセンスがよくわかってよかった。自己啓発に懐疑的な方もおられるだろうが、シンプルにマーフィーの主張がわかったという点で私の個人的な嗜好であるが、「GREAT BOOKS」の選に選びたいと思う。

 マーフィーのいう基本的なエッセンスは願うことを想像力で現実にかなったように想像しつづけると潜在意識にはたらきかけてそれが現実にかなうというものである。じつにお手軽な成功哲学に思えてバカにする向きもあると思うが、感情や身体に関してはそれは確実なことである。悩みや不安ばかりを心に描いているとほんとうに体調不良になって病気になるし、不運や災難はふりかかるものである。

 私たちは自分が働きかけている心の作用というものを知らないのである。感情や境遇を生み出しているものは自分の心やイメージなのだが、それが自分がつくりだしているという作用に気づいていないのである。あるいは心を選択したり、コントロールしたりすることなんて思ってもみないものである。外界の出来事や他人が私の感情や境遇を生み出したと信じている。そして外界や他人を呪い、怨み、私たちは外界にうちのめされて、被害者のような気持ちで一生を過ごすのである。

 マーフィーはそのような人が自然につちかってしまう外界への態度というものを180度転換させたのである。外界はみずからの心がつくりだし、外界に反映されたものだと主張したのである。ふつう人は外界の出来事は私の心や信念と無関係に動くものだと固く信じているわけだが、私もそういう要素は外界に何パーセントはあるかと思うのだが、マーフィーは極端なまでに信念が外界や出来事をつくりだすと主張している。信念や信仰が石まで動かせると信じるくらいの気迫がなければならないからだろうが。

 信念や信仰というものは近代の歴史の中でキナ臭いとりあつかいをされてきたものである。信念を信じすぎるのは宗教や呪術だとして、近代の科学はそれを排斥してきたわけだが、それによって外界を物質や物理法則ではたらく客観的な事物としてあつかうことによって近代科学は樹立して発展したわけだが、同時に私たちはマーフィーが主張するような精神が原因で病気がおこるといったことや、心で人生の幸福や不幸が決まってしまうといったような主張さえ禁じられてしまったのである。

 自己啓発や信念が嫌われるのはそれによって近代科学がよってたつ客観的世界が失われてしまうからである。私は感情面や身体面ではマーフィーの主張を信じるほうが健康面にはよいと考えているが。自分の心理的世界においてはマーフィーの信念的世界を信じるほうがぜったいに心によいと思う。感情や身体的健康、境遇は自分の描いた心がつくりだすものである、そう考えたほうが私たちは心の「主人」になれ、外界や出来事の「奴隷」にならなくてすむと思うのである。

 外界の出来事を出発点や原因ととらえるか、心や思いを原因ととらえるかで人生のありようは大きく変わる。落ち込んだり、不遇になったりするのは、私の心の持ち方やあり方に問題があるからだということになるからだ。心のあり方に責任がかかってくる。心に原因があるというとらえ方は、人生の助手席から運転手になることを意味するのである。私はこういう態度のほうが正しく、かつ自分のためになると思う。近代科学の態度というのは心まで客観的世界においてしまったために、クルマの助手席でどこにいくかわからない車の暴走に脅える哀れな被害者の人生を生み出すだけだと思う。

「こうなってほしいことを、自分の心に命じなさい。そうすれば、望み通りになるのです」

「やりたいと望んでいることをやっている自分を想像してごらんなさい。そして、その行為を感じてごらんなさい。そうすれば、あなたの人生に驚くべきことが起きます」

「「こうなったらいいな」ということがあったら、そうなったつもりになってごらんなさい」

「あなたの中に、恨み、恐れ、悪意、敵愾心、悩みといった暗い仲間たちを住まわせてはいけません。こういうものは、あなたの心の落ち着き、安らぎ、健康といった、よい仲間を殺してしまうのです。
反対に、あなたの心の中をいつも明るい光に満ちた大通りにして、信頼、平和、真実、愛、喜び、善意、健康、幸福、富といったよい仲間をいつも歩かせるようにするのです」

「よく、「食物があなたをつくる」といわれます。……もし、あなたが心に否定的な考えを食物として与えていると、病気、悲惨、悩みがあなたの生活の中に育ってしまいます」

「よいことを考えればよいことが起こってきます。悪いことを考えれば悪いことが起こってくるのです」

「知識として覚えるだけでは役に立ちません。いいと思ったことは心にしみ込ませ、自分のものにしてしまうのです。そうすれば、潜在意識にもそれが溶け込んでいきます」

「もしあなたが、誠実、信頼、平和、愛で心をいっぱいにしたら、否定的な考えがあなたの心に入り込む隙はなくなってしまうのです」

「この世において神の平和を楽しみたいと思ったら、わたしたちは心に神の寺院をつくるべきです」

「あらゆるものを愛することが、私の心をなごやかにし、恐怖を取り除いてくれるのです。私はつねに最善のものを求め、喜びに満ちています。私の心は悩みや疑いから解放されています」

「無限の力は外からくる何ものにも傷つけられないし、何ものにも負けないのだとよく覚えておきなさい。この力は全知全能ですから、もし、あなたが考えや感じ方をこの力と同一化するならば、あなたは自分で思っているよりもずっと力強くなれるのです」

「自分のいっていることを、いつでも心の中で否定していると、病気は治りません」

「心臓肥大や高血圧のことをクヨクヨするのは、それだけその病気を重くすることになります。よくない兆候や、うまく働かない器官など、悪い部分ばかりを考えるのはよしなさい」

「もし、あなたが何かを信じると、意識するしないにもかかわらず、それは心の中で大きな場を占めるようになるのです。だから、あなたを癒し、祝福し、励ますもののみを信じなさい」

「悩んでいるときはたいてい、そうなってほしくないほうに心を向けているものです」

「大きな問題にぶつかったら、楽しいことや気持ちをやわらげることをして緊張を解くことです。問題と戦ってはいけません」

「悩んでいるとき、あなたはそうなっては困ることを一生懸命に求めているようなものです」

 じつにかんたんな心の法則をマーフィーは描いたものである。心に思ったことがそのまま実現する、よいことも悪いことも。だから単純に心によいことやすばらしいことを描けと。

 だけど心というものはいつも悪いほうや否定的な考えばかりにひきずりこまれるものである。知らないあいだにそっちのほうばかりに落ち込む。思考というものは問題や悩みの「作業班」のようなものなのだろう。解決しようとするのはいいのだが、ぎゃくにその間、心は不穏で不安なものに満たされつづける。おかげで心の法則どおり、不穏で悲観なことばかりが感情や身体、人生でおこってしまうのである。

 だから心を問題や怖れから外して、よいことやすばらしいことに満たさなければならないのである。マーフィーや自己啓発は心の主体をとりもどす運動をおこなっているわけである。かつてはキリスト教や仏教が説教や念仏によって人々をそういうふうに導いてきたのだろうが、近代科学は心を客観的世界のほうにおいてしまった。信念や信仰の排斥である。そして哀れな私たちは心の犠牲者となってしまったのである。

 心を出発点や原因ととらえることによって、私たちは心にどのようものを描いたらよいかを決める責任を課せられることになる。悲観や否定ではないのはいうまでもないことだろう。マーフィーのようなキリスト教信仰を完全に信じられる土壌に住む人たちをうらやましく思う。きれいで、美しくて、安らかで天上の言葉ばかりに満たされた心はこの世の天国というものなのだろう。

「あなたの荷を、主にゆだねよ。主は、あなたを支えられる」


マーフィー 自分を変える心の力の動かし方―この“心のパターン”があなたの人生を豊かにする! (知的生きかた文庫) マーフィー 自分に奇跡を起こす心の法則―潜在能力は、それを信じる人には無限の富と成功を約束する! (知的生きかた文庫) マーフィー あなたは、何をやってもうまくいく!―この黄金ルールを守れ! (知的生きかた文庫) マーフィーあなたも金持ちになれる―必要なお金がすぐに手に入る不思議な心理法則 (知的生きかた文庫) 思い込みをすてなさい!―人生に奇跡を起こす法則 (知的生きかた文庫)
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03 11
2009

セラピー・自己啓発

『いいことは、いつくるかな?』 エイブラハム J. ツワルスキー


いいことは、いつくるかな?―スヌーピーと仲間たちはこうしている (講談社プラスアルファ文庫)
エイブラハム J. ツワルスキー

いいことは、いつくるかな?―スヌーピーと仲間たちはこうしている (講談社プラスアルファ文庫)


 なつかしいスヌーピーたちのマンガをセラピーにとり込んだのはいいと思う。親しみやすいし、入りやすい。私も子どものころはスヌーピーのマンガをいつも描いていた。

 なんでもチャーリー・ブラウンはいつも自分はダメ人間だと思っていて、逆にルーシー・ヴァンペルトは自分を非の打ちどころのないすばらしい人間だと思っているようで、その対照が軸になっているようだ。ルーシーは野球がへたでもチャーリーをがみがみとののしる。『ピーナッツ』のマンガはそういう心理的な洞察についてのテーマが多いので、著者は評価をしたようである。

 著者は心の問題のほとんどは自己評価の低さからおこると考えている。自分自身に価値があると思えばかなりの問題は解消されるといっている。

 私は心理学の書というのは洞察や考察の鋭さをいまはあまり求めていない。どうすれば心を癒すことができるのか、晴らすことができるのか、平穏をえることができるのかといったノウハウやハゥトゥーを求める。だから考察が多いこの本はいまいち私の好みではない。気分を明るく前向きにもっていってくれる本ではなくて、たまに心を晴らす考察に出会うくらいの本といったらいいか。

 私は自己啓発書のほうが役に立つと思う。マーフィーであれ、ピールであれ、カーネギーであれ、思ったことが叶う、願えば成功するといった少々、誇大妄想的な自己啓発書でもその「原則」はきっと役に立つと思う。心をどうもつかで私の気分や性格、人生は決められると思う。心は外界の結果ではなくて、原因であり、「創造の源」であると思う。だから心は注意深く、ポジティヴで前向きで楽しい気持ちになるもので満たすべきなのである。ネガティヴや暗いことを考えれば、気分や人生も暗くなる。そういう心のかんたんな原則をしっかりと理解して、活かすべきなのだと思う。心は外界で起こったことの結果のみで起こるものではないのである。


スヌーピーたちのいい人間関係学 (講談社プラスアルファ文庫) スヌーピー こんな生き方探してみよう スヌーピーたちの性格心理分析 (講談社プラスアルファ文庫) スヌーピーたちの心の相談室――(1) 楽天家になる法 (講談社+α文庫) スヌーピーのもっと気楽に (1) (講談社+α文庫)
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03 15
2009

セラピー・自己啓発

『思い込みをすてなさい!』  ジョセフ・マーフィー


思い込みをすてなさい!―人生に奇跡を起こす法則 (知的生きかた文庫)
Joseph Murphy ジョセフ・マーフィー

思い込みをすてなさい!―人生に奇跡を起こす法則 (知的生きかた文庫)


 ジョセフ・マーフィなどの自己啓発は、『眠りながら巨富を得る』とか『あなたも金持ちになれる!』とか誇大妄想的なタイトルで「そんなバカな」と思わせるのだが、マーフィーのいうところによると「心に思うことがそのまま実現する」という心の法則を唱えているのだから、マーフィーによれば大げさな成功や富を願うことはしごくもっともなことなのである。

 もっとも大事なことは、悲観や否定的なことも考えていればそのまま実現するということだ。悲観や悲観を描いていたらそのまま絶壁に落ちる。絶望的な状況が人生のうえに現われる。だから心の中を徹底的にポジティヴに、誇大的に、情熱的に成功や富を願わなければならないのである。心を天上の言葉で満たさなければならないのである。

 心の状態というのは、すでに設計図であり、青写真であり、未来の姿なのである。心に入れ潜在意識に達したときからその設計図はゴーサインを出されて、実現する。だから失敗や否定、恐怖などを心に入れてしまうと、その恐れ多き状態が実現してしまうという、まことに恐ろしき法則をマーフィーは描いたのである。

 マーフィーは自己暗示や催眠術、あるいは自己脚本や人生脚本といった心の法則を大きくとりだしてみせた。人間というものは自己暗示によって生きていると考えられもするので、その効果をひきださせようとした。あるいはネガティヴ・スパイラルに落ちないための方法も説いた。

 心というのはすでにして未来の状態なのである。それならば心を天国のように至福に満たさないと、この世の地獄は私の上に出現させてしまうことになるのである。うっかり悪いことを考えたり、否定的な気持ちで過ごしているととんでもないことになる。マーフィーが誇大妄想や誇大広告、またはキリスト教的な至福の世界に描かれるのは故なきことではないのである。

 これは人生の真理や心の法則なのだろうか。ほんとうに心の状態はそのまま人生に実現するのだろうか。ふつう人は心の状態と物理的な外界を結びつけることはないのだが、マーフィーではひとつながりであり、心によって原因と結果に結びつけられているのである。成功や富なんてかんたんに手に入らないとだれもが思うだろうが、マーフィーによるとそれは信念や祈りの力が少ない、否定や悲観の気持ちを心に入れたからということになる。人々が思っている結果を原因だとマーフィーはいうわけだから、確証はへびの尻尾噛みのようにぐるぐる回るだけになってしまう。

 真実かどうかは判別しがたいが、心からいっさいの不安や恐れや否定的な考えを排除するのは、心の状態としてはとてもよきものであるのはたしかなのだと思う。至福な天上の言葉や気持ちに満たされた心を意地でも維持しないと、この世の地獄と悲惨はわが身に降りかかる。マーフィーは心を天国に保つ方法を、強制的につくりだしているといえる。心と物理界を分けずに心だけの世界を描いた。つまり「唯心論」だ。そこからすべてのものが生み出されるとするのなら、不安や悲観はいっさい抱いてはならない、マーフィーはそういう心の状態をつくりだす機構をつくりだしたのかもしれない。

 心を至福と天国の言葉だけに満たすこと。そうすることで不安や悲観を排除できるし、心の状態をいいものに保つことができるし、さらに幸運が人生に実現すればもっとしめたことだ。「心はすでにして未来の私なのである」、気をつけなさいとマーフィーは告げるのである。

「この瞬間から以後、私は調和、健康、平和、豊かさ、神の正しい行為、幸福また愛を選びます」

「あなたの生命を癒し、励まし、高め、そして強めるすべての考え方に「しかり」と言いなさい」

「あなたの魂を喜悦で満たさないものは、何でも精神的に受け入れないことです」

「あなたは神と和らいで、平安を得るがいい」

「すべてのよきもの、最高のものをよろこんで期待することを、そして広大無辺な力があなたに苦労を切り開く力を与え、道を教えてくれると心に刻みつけて固く信じなさい」

「私は、すべてのよきものは自分のものだという光の中を歩き、いつでも平和で落ち着いて静かに澄んだ心でいられます。たえず自分と他人のために、健康、繁栄、それに生活のあらゆる祝福を幻に描いて見るのです」

「すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて純真なこと、すべて愛すべきこと、すべてほまれであること、また徳と言われるもの、称賛に値するものがあれば、それらのものを心にとめなさい」

「私の心は落ち着き、澄みわたって静かです」

「あなたの中心にもあらゆる喜悦、完全な平和、無限の愛、完全な調和そしてあらゆるよろこびがある広大無辺な力を信じています」

「あなたは(すなわち神)は全き平安をもってこころざしの堅固なものを守られる」

「今あなたの心に調和や平和、愛、よろこび、そして正しい行為が満ちるようにしなさい」

「私が心に抱いた考えはすべて調和、やすらぎ、そして善意と一致します。私の心は幸福、よろこび、そして深い安心感の住む場所です。私の心に入ってくるすべての考えは、私のよろこび、やすらぎ、そして一般の至福に寄与します」

「私は幸福と成功と繁栄と心の平和を選びます」

「あなたの心の中に平安と調和とよろこびと愛と繁栄と善意とを祭り上げなさい」

「私はいま、穏やかに静かにくつろいでいて、平和です」

「あなたを今よりも幸福に、さらに健康にし、いっそう成功させるものなら、どんなものでも手に入れる権利をあなたは持っています」

「勝利と大成功というあなたのビジョンに心の焦点を合わせなさい。そうするとあなたは必ず成功します」

 心を至福で天上の気持ちに満たされる言葉を選んでみたが、こういう気持ちに心を満たすことはとてもいいことだと思う。だけど私の心にいつも否定や悲観や、恐れや不安がつけいって、私の気持ちを落としていってしまう。不安や恐れの重みというものは恐ろしいほどだ。いつでも私の心をひきずり落とし、私の心を否定や悲観でいっぱいにしてしまう。永年の習慣というものだろうか、心のクセというものだろうか。暗雲を蹴散らして、いつもマーフィーの至福で喜悦の青空に満たしていたいものだが、私の心の低気圧を去らせるためには、百万回くらい至福の言葉を唱えなければならないようである。

 心は改善や向上をめざして問題や悲観ばかり見つけてくるのだろうが、マーフィーはそうすることによって人生の悲しみや悲惨を実現させてしまうことになるという。つまりはそれさえ手放して、それを原因と見なさなければならないのである。悲観や不安のいっさいない心はそれを実現させるのである。


マーフィー 自分を変える心の力の動かし方―この“心のパターン”があなたの人生を豊かにする! (知的生きかた文庫) マーフィー 人生は思うように変えられる―ここで無理と考えるか、考えないかで… (知的生きかた文庫) マーフィー 自分に奇跡を起こす心の法則―潜在能力は、それを信じる人には無限の富と成功を約束する! (知的生きかた文庫) マーフィー あなたは、何をやってもうまくいく!―この黄金ルールを守れ! (知的生きかた文庫) マーフィー 人生に勝利する―健康・信念・成功 奇跡はあなたのものだ! (知的生きかた文庫)
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03 22
2009

セラピー・自己啓発

『マーフィー 自分に奇跡を起こす心の法則』 ジョセフ・マーフィー


マーフィー 自分に奇跡を起こす心の法則―潜在能力は、それを信じる人には無限の富と成功を約束する! (知的生きかた文庫)
Joseph Murphy ジョセフ・マーフィー

マーフィー 自分に奇跡を起こす心の法則―潜在能力は、それを信じる人には無限の富と成功を約束する! (知的生きかた文庫)


 マーフィーの心理観というのは、心を自然現象や物理現象のように見なすのではなくて、徹底的に自分の意志や制御にゆだねるべきだという考えにあるようである。

 ふつう人は心は自分の意志にかかわりなく外界の出来事にうながされて思ったり考えたりするものだと捉えていると思う。外界で物が落ちたり、風が吹いたりするように、自分の意志や制御と関係なく動くものだと見なしている。マーフィーはそのような心の非-意志性、非-制御性を徹底的に否定するのである。

 心を川の流れのように見なして放っておくのではなく、自分が流し、流れを変え、せきとめるものだと考えている。なぜなら心は思ったり、考えたりすることを潜在意識によって実現してしまうことになるからだ。よいことを考えればよいことが起こり、悪いことを考えれば悪いことが起きる。心はすでにして未来であり、設計図であり、原因なのである。心は未来を実現させてしまう。

 だから悲観的なことや否定的ことを考えているとそのまま未来に実現させてしまうことになる。マーフィーのこのような心理法則によるならば、いっとも悲観的・否定的に考えるのは危険なことになり、徹底的に前向きに楽観的に希望的に考えなければならなくなる。願望や希望、可能性、成功や勝利、歓喜に満たさなければならない。さもなければ悲観的思考は悲観的未来を実現させてしまうのである。退路や逃げ場が断たれた心の楽観方法だといえるだろう。

 それでも人の心というのは自動的に悲観や否定、あるいは憎悪や劣等感に満たされてしまうものである。そういうときにマーフィーは神への祈りを捧げる。神は全知全能であり、無限の力があり、無限の可能性をもっており、それはそのまま潜在意識なのである。暗い心を断ち、明るい希望の天上の言葉で心を満たすことにより心の転換を図る。なるほど心の機制としてうまくできたものである。

 必要なものはすべて満たされる、なりたい自分になれる、つねによいことを考えなさい、富を望めば得られる、病気や不安も願えば一掃される、そういう願望や希望や可能性を願うことによって心をつねに歓喜や祝福に満たす。心の中にいっさいの悲観や否定が居残りできないような心の機制をマーフィーは強制的につくりだしているといえると思う。

 また、マーフィーの世界観は神霊的な宗教観を肯定している。「私たちは皆、「一つの心」という大海に浸っています。「私たちの心は大気のように混ざりあっている」。あなたの心は、あらゆる時代のあらゆる人の精神的な体験や印象を包含している、とてつもなく大きな貯水池なのです」

「私たちの内にいます神なる存在にあっては、あらゆることが知られています」

「かつて生きたあらゆる人間の感覚的印象が自分の中に存在している、という事実を十分に考えてください。あなたは、他人の過去の体験の振動に、たやすく波長を合わせることができ、またその印象を自分自身の体験だと思い込むこともできるのです」

「「一つの心」が人間を通して聖書やすべての本を書き、すべての宗教を創設したのです。そしてその「一つの心」は、まさにあなたの中にあるのです」

 マーフィーは自己啓発の範疇に収まらない神霊的な宗教観をのべている。神や宇宙意識、大いなる存在といった宗教観を惜しげもなくのべている。これは自己啓発というより、すでに宗教である。現代的な欲望肯定の自己啓発は、神霊的な宗教観も含んでいるのである。

 このつながりをどう考えるべきだろうか。とうぜん科学的な世界観とぶつかるのだが、自分にとって有益で役に立つ心理法則を手に入れられるのなら使うことにするといった現実的な処理にとどまればいいと私は思う。私はこのような神霊的な宗教観は追究したいとは思うのだが、信じるべきかは判断できない。物理観・肉体観をこえた世界はそれにふれることができないかぎり、信じられるものではない。


マーフィー 人生は思うように変えられる―ここで無理と考えるか、考えないかで… (知的生きかた文庫) マーフィー 自分を変える心の力の動かし方―この“心のパターン”があなたの人生を豊かにする! (知的生きかた文庫) マーフィー あなたは、何をやってもうまくいく!―この黄金ルールを守れ! (知的生きかた文庫) マーフィー 眠りながら巨富を得る―あなたをどんどん豊かにする「お金と心の法則」 (知的生きかた文庫) 思い込みをすてなさい!―人生に奇跡を起こす法則 (知的生きかた文庫)
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