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12 25
2004

書評 歴史

『日本語に探る古代信仰』 土橋 寛


sinko1.jpg日本語に探る古代信仰―フェティシズムから神道まで
土橋 寛
中央公論社 1990-04

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 古代人の行動や考え方を知るには、呪物崇拝(フェティシズム)や呪力信仰(マナイズム)を知らなければ多くを理解することはできない。いまの日本社会にもその信仰が深く残っていることはいうまでもないことだろう。言葉からそれを探ったこの本はいろいろな発見をもたらすだろう。

 「ケガレ」は「気涸れ」であり、生命力・霊力(ケ)が枯渇した状態のことをいい、山見や花見は生命力を強化する呪力信仰であり、天照大神の天岩戸に隠れた神話は冬至の季節に衰えた太陽の生命力を回復させるための呪術的儀礼であったなどの話が読める。

 古語を多く読まされて私にはだいぶ理解できないところが多くあったが、日本の神や古代の権力者にまつわる世界というのは神秘めいていていまの私にはそこはかとなく魅力的なのである。

 おっと、きょうはクリスマスだ。クリスマスにこんな本を紹介するなんて。クリスマスはこんにちの日本では男女の交合をうながす性信仰のような日になっているが、キリスト教はそんなことを奨める宗教だったのか。キリストも童貞で、母マリアも処女で。。まっ、どうでもいいーか。


12 30
2004

書評 歴史

『神々と天皇の宮都をたどる―高天原から平安京へ』 高城 修三


457812987X神々と天皇の宮都をたどる―高天原から平安京へ
高城 修三
文英堂 2001-10

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 奈良や大阪の古代と関わりのありそうな土地に行っても、古代天皇の宮都がどこにあったかちっともわからず、近くに寄ったとしても素通りするばかりである。

 この本は歴代天皇一代一代の宮都あとを探り出し、地図で図示していてくれるからありがたい。いまは田んぼやふつうの住宅地でしかないそこが、古代には歴代天皇の荘厳な宮廷や官邸があったところだと想像することは古代史のひとつの楽しみではないか。

 大阪に住んでいる私としては難波宮は公園となっているからすぐわかるが、応神天皇の大隈宮(東淀川区)がどこにあるかわからないし、継体天皇の樟葉宮(枚方市)の場所もわからないし、称徳天皇の由義宮(八尾市)もさっぱりわからない。いまはなんでもない場所が天皇の宮があったところだと知ることはひとつの驚きである。

 古代天皇の宮都はだいたい飛鳥や葛城山麓、三輪山麓に固まっているが、その場所の変遷にさえ豪族たちの勢力争いがうかがえるのである。

 またこの本は、歴代天皇の行動や活躍がなかなか一致しない私には、一代ごとの活躍や論点が記されていて、だいぶ参考になった。

 古代史のなかでもとくに地理上に点や線を見つけたい私にとってはかなり満足のゆく本であった。


01 01
2005

書評 歴史

『日本古代史と朝鮮』 金 達寿


4061587021日本古代史と朝鮮
金 達寿
講談社 1985-09

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15741.gif

 あ~~。唖然とするしかなかった。朝鮮は古代、先進国家であることはわかっていた。ここ大阪には古代朝鮮風の地名が多いことも知っていた。この本を読んでそんな甘い認識はふっ飛んでしまった。

 「いわゆる「大和朝廷」のあった飛鳥全体、高市(今来)郡全体の人口の八、九割までが「檜前忌寸」であった漢氏の彼らと、その彼らにより百済から率いられてきた「十七の県の人夫(人民)」とによって占められているのです」

 「古い『吉備郡史』をみると、「大和の如きは事実上漢人の国、山城は事実上秦の国」ということばがあります。」(漢人――安耶から渡来。秦――百済から渡来。)

 「――「大和朝廷」のあった飛鳥の地には、いわゆる「帰化人」のほかにはだれもいなかったということがわかります」

 「飛鳥も朝鮮語アスク(安宿)で、やすらかなふるさとということでしょう」

 「このころ(大化の改新) 新羅は善徳女王が死んで、真徳女王が立ち、真徳女王はその年号を「大和」とした。そして金春秋がその実権を握ることになった。
 このとき、金春秋は倭から来ていた高向玄理を帯同して倭国に乗込み、進行中の大化改革に拍車をかけて、倭国の名を新羅の年号「大和」としたものであるが、これが日本列島内に「大和国」というものの生まれたはじめであった」

 「朝鮮でほろびた百済国がそのまま日本の天智朝にきて重なった」

 日本のはじまりとは事実上、朝鮮からの渡来人によってはじめられたようなのである。これを読んで呆気にとられて、日本国の原初といったものが空っぽになった気がした。

 大化の改新も壬申の乱もそのころの百済と新羅の朝鮮情勢によって綱引きのようなものがくりかえされておこったというのである。日本には百済系の渡来人が多いのだが、朝鮮で新羅が強くなると、日本の新羅系渡来人も強くなり、天皇系もそれにつられて新羅系が力をもつという具合である。

 日本のはじまりがこのようなものであったのはがっくりだが、この本は古代史のからくりをひじょうに明快に解き明かしてくれるという点で、たいへんに知的好奇心が刺激される本で、かなり興味深かったといわざるをえない。おもしろい。

 日本の原初は朝鮮から見なければならないと思ったしだいである。


01 04
2005

書評 歴史

『ヤマト国家成立の秘密』 沢田 洋太郎


4787700073新装 ヤマト国家成立の秘密―日本誕生と天照大神の謎
沢田 洋太郎
新泉社 2000-11

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 著者もあとがきでのべているようにこの本は資料集のようものであり、ヤマト国家成立にかかわる多くのことを集めており、独創や卓見が光るようなおもしろい本ではない。多くに手を広げすぎている感じがする。

 ただ、私のような古代史しろうとにとって多くの人の見解を知り、いまはどの説が大勢に認められているかということをを知りたいので、いくらかは参考になった。ある人の本ばかり読んでいると、どうもその説を史実と捉え勝ちであるからだ。

 どうやらヤマト国家というのは朝鮮の争乱から押し出されてきた渡来人集団が、北九州、大和へと東遷してきて成った国のようである。古代の豪族であった物部氏や蘇我氏は渡来人の疑いが強い。

 日本の古代史というのは日本人がつくった国という発想より、朝鮮人がつくった国家であると捉えたほうがよいようである。古代において日本人がつくった日本国家という認識は成り立たない。

 それにしてもなぜわれわれはこの国が日本人によってつくられた国家でなければならないのだろう? 日本国家の権勢というものに自分のアイデンティティを賭ける心性はなぜ必要なのだろうか。国家間の対立はそこから生まれるのではないかと思う。

 なお、古代史関係でははじめての単行本を買った。あるジャンルを文庫本や新書で買うか、単行本で買うかには価値観の大きな違いがある。古代史には、私にとって単行本で買う価値はあるのか。

01 08
2005

書評 歴史

『神武東征の謎』 関 裕二


4569660983神武東征の謎―「出雲神話」の裏に隠された真相
関 裕二
PHP研究所 2003-12

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 関裕二はもう4冊目になる。文庫で手に入ることと、つぎつぎに謎掛けを解いてゆく仕掛けが興味をひきつけてくれるから安心して読める。ただ推理と憶測が大胆すぎるとは思わなくはないが。

 初代天皇の神武天皇の最大の謎は、先にヤマトを支配していた饒速日がかんたんに政権を譲ったりするのかということだろう。『日本書紀』では饒速日は義弟を殺してまで神武を受け入れているのである。

 関裕二は『日本書紀』の裏を読むのが基本パターンのようである。神武は祟る神の末裔だったから原ヤマトはすんなりと受け入れたとされている。

 そこにはヤマト建国の裏切りが隠されている。崇りを怖れた勝利者側の歴史改竄があり、崇りを鎮めなければならないやましい理由があったのである。

 鍵を握るのが神功皇后である。ヤマトに裏切られた神功が祟るとされたからその末裔の神武が擁立されなければならなかった、と関裕二は謎を解いている。

 うーん、どうなんだろう、関裕二はパズルをつぎつぎに解いてゆく楽しさがあり、最後まできちっと謎が収まる快感はあるけど、なんかうまく収まりすぎる気も残るんだけど。

 まあ、古代史というのは史実がおぼろげであるからこそ神がかっていて楽しいとはいえるんだけど。

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 神武天皇を祭る橿原神宮と畝傍山。


01 10
2005

書評 歴史

『古事記・日本書紀を歩く』 林 豊  沖 宏治


453302226X古事記・日本書紀を歩く JTBキャンブックス
林 豊 沖 宏治
JTB 1995-05

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 写真でしめされた『記紀』ゆかりの地を見ることができる。ゆかりの場所がどこであるのかもわかって便利である。

 写真もきれいである。『記紀』の史実も描かれており、出来事と場所を結びつけるのに役立つ。

 ただガイドブックとしては詳細な地図が載せられていないため、当地にいけば苦労する。私は物部氏のゆかりの八尾市をたずねてたいへん迷ったぞ。観賞用の本である。

 私がこういう古代史跡めぐりに興味をもつようになったのはそもそもハイキングからだった。山すそには都市部にはない古代や民俗が濃密にのこっている。史跡めぐりに興味のなかった私もいつの間にか興味を魅かれるようになっていた。山登りにも意外な効用があったものだ。


01 13
2005

書評 歴史

『古代朝鮮と日本文化』 金 達寿


4061587544古代朝鮮と日本文化―神々のふるさと
金 達寿
講談社 1986-09

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 日本のさまざまものに朝鮮起源のものを見つけ、日本のはじまりはほとんど朝鮮国だったんだなと知らしめる本である。

 この本では神社の起源や高麗(こま)神社、伊勢神宮、飛鳥や河内、北九州などの朝鮮と関わりのある神社や史跡がとりあげられているが、さいしょに読むには先に読んだ『日本古代史と朝鮮』のほうがいいと思う。

 日本には背振(せふり)とか添(そほり)という地名があるが、これは都を意味するソウルのこと、天照大神の荒御魂の別名を瀬織津比神(せおりつひめ)というがこれも「ソウル(都)のひめ」のこと、神功皇后の名は息長帯日売(おきながたらしひめ)であるが、朝鮮南部の多羅の姫のことである、神武天皇即位の地名カシハラ(橿原)はクシフル・クシヒのことで、韓国の王都の意とされる、とまあこんな調子である。

 それでもこの本は知のサスペンスに富んでいると思う。古代史の人物がどうのこうのというより、よほど知ることの価値があると思う。

 この国は日本人によってつくられたのではないと考えるほうがよいのかもしれない。

01 15
2005

書評 歴史

『葛城と古代国家』 門脇 禎二


406159429X葛城と古代国家
門脇 禎二
講談社 2000-05

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 ほとんどおもしろくなかった。

 葛城と地名を冠するのなら、もっと地図上からの楽しみやロマンが見出せる本なら楽しめたと思うのだが、そういう嗜好の本でもなかった。

 しまった、しまった、この本はいぜんに読んだことがあったことを自分の書評をみて気づいた。このままではもう一回買ってしまいそうだ~。要注意本だ。

01 22
2005

書評 歴史

『江戸のはやり神』 宮田 登


CIMG0001112.jpg江戸のはやり神
宮田 登
筑摩書房 1993-07

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 神や仏を信じられない私にとって、神社や祠の存在はふしぎなものである。どうやったら信じられるのだろうと思う。それでも神々という神秘的な存在や神を祭る習慣といったものはそこはかとなく好ましく思う。

 日本人の神とはどのようなものだろうかと思ってこの本を手にとった。どのようにしてある神が流行り出したのか興味ある例がいくつもとりあげられていて、信仰の足跡をみることができる。ただ、なにかがわかるという本ではなかった。

 神を信じない者にとって、神とは現代のアニメや映画に奉じる想像力に近いものと捉えたらよいものだろうか、それとも神は場所に位置づけられるものだから旅行やレジャーに近いものなのか、あるいは共同体の要として考えたらいいのか、どう理解すればよいのだろうか。


01 23
2005

書評 歴史

『武家と天皇』 今谷 明


buke1.jpg武家と天皇―王権をめぐる相剋
今谷 明
岩波書店 1993-06

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 源氏や信長、秀吉、家康のような武家政権があったのに、どうして天皇家はつづいてこられたのか。二重権力が併存するようなへんてこな国家構造がつづいたのはなぜなのか。

 この本ではおもに秀吉と家康の天皇とのかかわりがのべられていて、まあ歴史初心者の私としてもある程度はたのしめた。古語であるとか後半のほうはさすがに意味をつかみかねたが。

 結論をいってしまえば、武家の首長を将軍に任官したり、大小の武家に官位を授与したり、武家を神格化する手続きに天皇がかかわっているからということになる。武家勢力がいくら突出した権力をもっていても、それを裁定する第三の立場が必要なのである。

 とくに武家が弱り目に当たったときには打ち出の小槌のように天皇の権威がもちだされてくるのである。

 秀吉は家康に負け、将軍の資格たる東国の支配がかなわなくなると天皇の笠たる関白の道を選び、天皇家の権威の下に全国平定をなそうとし、家康は大名の京都入りを制限したりして天皇家を抑えつけようとしたが、みずからの神格化のときには天皇の威を借りなければならなかったのである。

 武家や幕府が自信をなくしたとき、天皇の権威に依存するという体質は秀吉以来、一貫したものとなったのである。

 つうじょう、私たちは時代に突出した権力があらわれれば、専制的に思いのままにふるまえると思いがちになるのだが、ほかの権力や武家も存在し、NO.1を決めるには土俵の外の存在が必要となるようである。その役目をはたしてきたのが超越的存在たる天皇であったのである。いわばレフェリーである。

 素朴な歴史認識として突出した権力者というものが存在するものだと思いそうになるが、専横的な権力者など日本の歴史には存在できなかったようである。

 古代史の説でも天皇家は勝者たる権力者たちの崇りを恐れて祭られた敗者であったという解釈もある。

 権力というのは裁定する第三者が必要なようである。


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Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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