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03 26
2010

読書

電子書籍はなにができるか



 夢想して楽しむ。ぼんやりした期待にかたちをあたえるために。

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 ▲キンドルとipad (日本向けではありませんので注意してください)

 電子書籍のおおきな期待は値段をどれだけ下げられるかだ。紙の書籍のように印刷や製本、発送、とりつぎ、書店といったパッケージとしての経費がいっさいかからない。これまで本の5,6割はかかっていたといわれる。千円の本が半額五百円で可能だ。きょくたんにいえば印税だけでいいのではないか。印税はげんざい1割も支払われないと聞く。その価格だけなら千円の本が百円まで下げられることになる。

 もちろんアマゾンのようなネット書店は必要だし、出版社も本や著者の選別、販促・宣伝などの機能をうけもつだろう。電子書籍時代にネット書店や出版社はなぜのこる必要があるのだろうか。ネット書店は集客があるからであり、もしブログでの集客がよりおおければこちらから売ればいいのであり、必要なくなる。著者はネット書店に集客や店頭展示のマージンを支払わなくてもよくなる。印税だけで売れる。だからネット書店は集客や宣伝の強みで生き残らなければならないようになるのだろう。

 出版社の役割はなにがのこるのだろうか。紙媒体のばあい印刷や製本、流通などのコストが多大にかかり、売れのこったコストは出版社が払わなければならなかったのだから、著者や本の厳選をおこなわなければならなかった。出版社にはその信用力がつよかったのではないか。ネット時代には売れ残るコストの心配はすくなくなるが、かんたんに出版できるぶん、それだけ本の厳選力は読者からもとめられる。編集や印刷はデジタルでは必要ないから出版社はそのくらいの仕事しかのこらなくなるのではないか。出版社はなんのために必要なのか問われることになるだろう。

 本は直販で売れるようになれば書店も出版社も必要なくなる。メジャーなミュージシャンが自サイトから楽曲を売るようなものだ。中抜きはとりつぎやリアル書店だけではなく、出版社もネット書店も可能になるのだ。印税の一割だけの値段に下げられる可能性はある。ただ著者があまりにも安く設定してしまうと安物と思われ、信用されなくなるから、ある程度の高さは必要なのだろう。

 しかし事態はいっきょにそこまですすまないだろう。出版社もリアル書店も生き残りをかけてデジタル化の進行を食い止めるかもしれず、著作権でしぶったりする可能性もある。利権や権利でかこいこむのだ。読者が出版社や書店を必要とするいまのうちに電子書籍への移行をなんとかさまたげる方策をとってくるかもしれない。けっきょくそんな流れに逆らう生き残り策を講じて、イノベーションの一番手に業態をがっぽりもっていかれることになるのだろうが。出版社も書店も消滅を出発点に発想しなければならないのかもしれない。川の中州にとりのこされたような業界だと考えるべきかもしれない。

 本というのは高かったのか、安かったのか。文庫の五百円は安いように感じられたが、新書の七百円はすこし割高に感じられた。ハードカバーはビジネス書の千五百円とか二千円の価格は高かった。ビジネス書は生モノであったからすぐ価値をなくすのに、また薄くて字数がすくない本もそんな価格は不当に高かった。ビジネス書なんて五百円でじゅうぶんだとわたしは思ってきた。

 専門書になれば三千円や五千円もして本としては手の届きにくい価格になっていた。売れない本はそこまで高く設定しないと流通できなかったのだろう。ネット時代にはそんなことは関係なくなるが。

 ブックオフの躍進は本の通常価格では買えないという読者のホンネがつくりだしたものだと思うし、ほかのモノの値段が落ちるデフレ時代に本だけ価格破壊ができないおかしさにたいする反発がふくまれていたのだと思う。本は適正価格を上回っていたからおおくの利益を新古書店にうばわれたのだ。おかげで著者にも出版社にも利益がころがりこまない。

 電子書籍になればありがたいのは場所やスペースをとらないことだ。読書好きな人はたまる一方の蔵書にため息をつくことがおおかっただろう。すべてひとつの端末におさめることができるのだ。これは革命的だろう。ipodはCDのコレクションをすべてぶっこんで携帯することを可能にした。この心理的インパクトはけっこうおおきいと思う。自分の全財産や文化資本をすべて持ち歩きができ、ひとつの端末にすべておさめることができるのだ。自分の本棚や書庫の携帯や収納がこれひとつに可能になるのだ。

 おまけにひとつの端末に読んだ本のすべてが収納されれば、ずいぶん便利な使い方ができるようになるだろう。あの本はどこにいったかと書棚をさがさなくてもいいし、あの文章が書かれた箇所はどこか、どの本だったかさがす手間がずっとはぶけるだろう。自分の書棚の検索がずっとラクになる。紙の本ではあの文章はどこに書かれていただろうとさがそうと思えば、あきらめることがおおかった。手がかりがなければ、お手上げだった。検索機能はつくのだろうか。

 また本の文章をコピペできるようになれば、参照したい文章はずっと手元におきやすくなるだろう。紙の本では赤線をひいたり、ポストイットを貼っていた箇所をかんたんにひとつのファイルにあつめることができるだろう。そういえば雑誌なんてものも必要な特集やページだけをのこしてあとは捨てるような編集も可能になるだろう。というより、場所をとらないのだからそもそも捨てる必要などない。いくらでも蓄蔵可能だ。みんなジャンプとかのマンガは捨てていたのだが、のこす選択はずっとひろがるわけだ。十年や二十年前に読んだものを捨てないでおく選択はもっと余裕になる。

 紙の本というのはすぐに絶版になり、手に入らなくなるものだった。売れないものは書店においておけないものだった。電子書籍はスペースをとらないのだから、売れなくてもいつまでもおいておくことができる。十年前や二十年前の売れない本をいくらでもおいておくことができるのだ。これはうれしいだろう。必要な人には宝の山がいつまでも保存されていることになる。百年や二百年も前の本もずっとおいておくことができる。百年もたてば、たいていの本は読めることはないのだが、電子書籍はそれを可能にする。

 近代文学の本を評価や人気と関係なくいくらでも読めたり、マルクス時代の本をたくさん読めたり、ダーウィンまわりの本も読めたりする。世界の名著をのこす岩波文庫の役割は電子書籍が肩代わりしてくれる。そういう本は編集者や学者の手にかかって再出版されるのだが、そういうフィルターをかけない本の残り方も可能になる。なにより著作権切れした本はお金をかけることなく読むことができるようになる。いまでも青空文庫で読めるのだろうが、媒体の発達が電子読書の発展をうながしてそのような本のさかんな読書を可能にするだろう。古い名著で食ってきた岩波文庫や新潮文庫は困ったことになる。著作権の切れた本って無料で読めるんですよね。

 書庫を必要としないのだから本の出版や在庫はいくらでも可能になる。売れない本でも事実上コストはかからないのだから、自費出版や個人出版はずっと楽になるだろう。無数の人が本を出せる。ただしブログと同じで、たいていの人はそんな本を読まないだろうし、存在すら気づかないかもしれない。しかし本を出すコストは格段に下がる。ほぼゼロ円だ。ネットのブログと同じことで、事実上本の出版も無料でできるようになる。電子書籍によって本の出版は爆発的に増加するだろう。しかしこんどはどれを読むべきか、読むべき本はどれなのかさがし、知らせる役割はずっと面倒になり、煩雑になるだろう。無限の在庫ができるからといっても、売れない本の山が富士山やエヴェレストなみにひろがる未来が待っているのかもしれない。もちろんそれはサーバーの中に埋もれてだれも気づかなくなるものだろうが。

 キンドルやipodのような形態だが、ケータイ電話がパソコン化しているげんざい、本を読むのにこのようなかたちや線引きが必要なのかあやしいというものだろう。本を専用の読み取り機で読む必要はなくて、べつにケータイやパソコンで読むこともできるのだ。なぜきゅうにそちらに移行しないかというと、われわれは本を読むのは本によってだという思い込みがつよいからだろう。

 音楽をパソコンで聴くのは抵抗があって、ずっとラジカセやコンポで聴いていたようなものだ。テレビだってテレビ受像機で見なければならないと思い込んでいるだろうが、パソコンで見られる。音楽もテレビもパソコンにとりこまれるには、そのようなかつての習慣の切断が必要なのだ。本もおなじで、専用読み取り機で読み込まれる必要はない。パソコンで読めばいいのだ。ただパソコンはデスクトップであるとかおおきな形態のイメージがあって、モバイル可能なイメージがすくない。その間隙を埋めるためにしばらくはリハビリとして書籍読み取り機は必要なのだろう。移行レッスンが修了すれば、なんでこの機械で読まなければならないのかとなって、いずれ消えてゆくのかもしれない。融合して、パソコンやケータイのなかに消えてゆくのだ。

 本という形態もブログやホームページのなかに消えてゆくかもしれない。読むのに長時間かかる長文はなぜ必要なのだろう。われわれが知りたい、読みたい情報はそんな長文の中にしかないものだろうか。本がそんな長文になったのはなぜか。ひとつのテーマや項目に長時間ゆだね、熟考する機会や形態を本はつくった。ひとつのテーマにずっと頭をつっこみ、ねばり、いつまでもその思考を可能にした。本がなければ、私たちがひとつのテーマでずっと同じことを考えることはほぼムリだっただろう。頭ひとつではついほかのことを考え、ほかのことを思い、ほかの行動やなにかに駆り立てられるものだ。長時間同じイスに座りつづける習慣を本はつくった。思考の深化や掘り下げ、熟考を本は可能にしたのだ。あらためてその習慣はなんのために必要であり、なぜ必要なのか問われることになるだろう。

 本とはなにか。ネットのたくさんの文章や形態のなかで本とはなにか、最適なものはなにかと問われてゆくことになるのだろう。


電子書籍本
iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏 (brain on the entertainment Books)キンドルの衝撃電子書籍の衝撃

03 20
2010

読書

私の「ホメ本」は売れているのか



 きのうは当サイトからのアマゾン・アフィリエイトでなにが売れるのかさっぱりわからないと書いたが、それはロングテールやアマゾン経由でのおこぼれ本がおおいからだが、褒めた本「ホメ本」は売れるのかわたしのサイトで検証してみる。

 以下にあげるのは去年2009年にわたしのサイトでのクリック数が多かった順と、売り上げが多かった順にならべている。書影のつぎの数字はクリック数、つぎは売れた本数だ。

 1位でも21冊しか売れなかったことはおいておいて、ランキングにならぶ本はたしかにわたしが褒めたり、おすすめした本ばかりだ。ベタ褒めしたり、絶賛したり、感銘をうけた本が上位にきている。わたしの推奨の意をくんでくれたわけだ。

 やっぱり褒めたり絶賛する本が売れる。いずれもわたしが読んだほうがいい、読んで損はないと太鼓判を押す本だ。ただしわたしが絶賛する本でも人によってはなんの感銘も受けない本もあるわけで、それは趣味や好みのちがいというしかない。


2009年年間クリック数ランキング (左の数字)

 左のサイド・バーのおすすめ本から売れているものがおおい。右のサイドバーのおすすめ本はあまり影響がないようだが。まさか一行の解説があるかないかのちがい?

リチャード・カールソンの楽天主義セラピー71521

リチャード・カールソンの『楽天主義セラピー』はなんども絶賛しているから1位になるのだろう。

無境界―自己成長のセラピー論
4539

ケン・ウイルバーの『無境界』はちょっとおカタい本だから理解できるか。

捨てて強くなる
4103

『捨てて強くなる』はおもちゃみたいな本だが、人間の比較序列の価値観を捨てるという悟りの領域に近い本だと思う。

ブラック企業の闇―それでもあなたは働きますか? (晋遊舎ブラック新書 8)
3634

『ブラック企業の闇』はべつにおすすめしたわけではないが、読者の方の興味と映画の『ブラック企業に勤めているんだが限界かもしれない』の関連かもしれない。

自己コントロールの檻 (講談社選書メチエ)
3591


自由からの逃走 新版
3527

フロムの『自由からの逃走』は人間心理の秀逸の洞察。

愛と怖れ―愛は怖れをサバ折りにする。
3302


菜根譚 (岩波文庫)
2894

『菜根譚』は中国思想の達観の醍醐味。これを読むか読まないかで人生は変わる。

この人と結婚していいの? (新潮文庫)
2693


ボディートーク入門―体が弾めば心も弾む
20515


キリストにならいて (岩波文庫)
1993

トマス・ア・ケンピスの『キリストにならいて』は聖書につぐ世界第二位のベストセラーで、カーネギーのような自己啓発の古典的名著といえる。

異邦人 (新潮文庫)
1911


正統の哲学 異端の思想―「人権」「平等」「民主」の禍毒
1613


人生がうまくいく、とっておきの考え方―自分を信じるだけで、いいことがどんどん起こる! (PHP文庫)
1505

ミンチントンの『人生がうまくいく、とっておきの考え方』は劣等感や自尊心の舌を巻く洞察と出会える。

夜這いの民俗学・夜這いの性愛論
1452

『夜這いの民俗学』はむかしの日本の性愛関係に目からうろこ。

グルジェフとクリシュナムルティ―エソテリック心理学入門
1431


清貧の思想 (文春文庫)
1391

『清貧の思想』は欲望やカネだけではないかつての日本人の生き方を教えてくれる。

大きく考えることの魔術―あなたには無限の可能性がある
1386

シュワルツの『大きく考えることの魔術』はもっと早く出会いたかった本。

世界の名著
1352


自我の終焉―絶対自由への道
1201

  
クリシュナムルティの『自我の終焉』はすこし難解かもしれないが、自我にとらわれない認識があることを知っておくべき。

 いじょう、これはクリック数がおおかったランキングで、売れた本ではない。注目が多かった本だ。アマゾンのレヴューページを見るのはタダだからいくらでも見てね。わたしは注目のランキングを知ることができる。



2009年年間売り上げ数ランキング (右の数字)

こちらは売れた本ランキングだ。

リチャード・カールソンの楽天主義セラピー 71521

『楽天主義セラピー』がいずれも一位。

ボディートーク入門―体が弾めば心も弾む
20515

増田明の『ボディートーク入門』はクリック数がすくなくてもよく売れる異例な売れ方をしている。心と感情の関係を筋肉のかたまりやこわばりとしてとらえた稀有な本。

権力(パワー)に翻弄されないための48の法則〈上〉 (角川文庫)
11912

『権力に翻弄されない48の法則』は権謀術数や権力闘争に勝つために欠かせない名著だと思うのだが、角川文庫でははやくも絶版。マキアヴェッリを読むよりこちらをおすすめ。

権力(パワー)に翻弄されないための48の法則〈上〉
09


権力(パワー)に翻弄されないための48の法則〈下〉
49


無境界―自己成長のセラピー論
4539


マフィア流 交渉の極意
997


人生が楽になる 超シンプルなさとり方 (5次元文庫)
627

カールソンと同じ思考を捨てる方法が紹介されているのだが、カールソンが落ち込みや感情から思考の無益さを説いたのにたいし、トールは時間と思考の関係――つまり存在しない過去に苦しめられている、という過ちから説いた。どちらも思考というイリュージョンの強力な打破だ。

孤独であるためのレッスン (NHKブックス)
957

『孤独であるためのレッスン』は友だちや恋人などたえず人とつながってないとみずから責める心をもつ若者にはおすすすめの本。

自由からの逃走 新版
3527


人を動かす 新装版
466

カーネギーの本はあまりにも正統派の読むべき本だが、『道は開ける』同様読んでおいたほうがいい本。

大きく考えることの魔術―あなたには無限の可能性がある
1386


整体 楽になる技術 (ちくま新書)
996


権力(パワー)に翻弄されないための48の法則〈下〉 (角川文庫)
536


人生がうまくいく、とっておきの考え方―自分を信じるだけで、いいことがどんどん起こる! (PHP文庫)
1505


これでいいのだ怠けの哲学 (ヴィレッジブックス)
954


ブラック企業の闇―それでもあなたは働きますか? (晋遊舎ブラック新書 8)
3634


ライディング事始め
344

いがいにこういう本があるのを知らなかったりしてかな。

リラックスの科学―毎日のストレスを効果的に解放する (ブルーバックス)
384


日本残酷物語〈1〉貧しき人々のむれ (平凡社ライブラリー)
504


『日本残酷物語』は日本の民衆の苦難の歴史を知っておくということでおすすめ。


 わたしのホメ本とクリック数や売り上げ数の関係を考察してみる企画であったが、おすすめ本の紹介にもなってしまって頭が混乱してしまった。20位までで区切ったが、以下のランキングでも紹介したい本が目白押しだったが、切りがないのでやめておいた。

 わたしのサイトから売れるのはロングテールの最たるもので、集中的に売れる本はすくなく、まんべんなく広がって少数売れるという傾向になっている。去年注文された本が1292冊で、その売れた本のクリック数は67303クリックだ。ちなみに当サイトからのアマゾンの年間売り上げは1,343,845円で、わたしの年間紹介料は62,291円だった。

 アマゾンのアフィリエイトは無限の棚と在庫をもつ広大な架空書店である。駅前の書店のように店舗や書棚のスペースが限られることはない。一冊しか売れない本でもずっと在庫しておくことができる。リアル書店には怖い競合相手が各家庭に出現したようなものだ。

 こんかいの考察でえたものはわたしが褒めたり、すすめたりした本を読者の方は反応してくれるということ。おすすめの本に出会えば、読者の方は本を買ってくれる。しかしなかなかベタ褒めするような本に出会わないのは仕方がないというものだ。

 それにしても表組をあつかうのはものすごく面倒でむづかしかった。これを仕上げるのに時間がかかりすぎた。おまけに見やすいレイアウトにもなっていないし。もうギヴアップ。

03 18
2010

読書

書評ブログで本が買いたくなるものか



 このブログではアマゾンのアフィリエイトをやっているが、購買者の行動はまったく見えない。アマゾンでは売れた本やクリックされた本のタイトルがわかるようになっているが、なぜ売れたのか興味をもたれたのかほとんどわからない。私の紹介した本より、このサイト経由でアマゾンにみちびかれ、ほかの商品を購入したおこぼれの紹介料がおおかったりして、なんか棚からぼた餅というか、私の書評はなんなのかという気になる。

 uriage_convert_20100318113408.jpg アマゾンの売上リポートページ
 
 基本的にここの書評は儲ける、売り上げを上げるためにおこなっているのではない。アマゾンの書影をのせたほうがきれいだからという動機がいちばんで、そのうえにすこしの報酬があればうれしいということでアマゾンのアフィリエイトをおこなっている。

 私の書評ではこれはよい、読めというおすすめはあまりおこなわない。人の興味や読むべき本なんかわからないし、自分の興味と他人の興味がかんたんに重なるものではないと思っているからだ。ひとの興味の流れなんて私にはわからない。せいぜい私が感銘したり、いいと思った本を、かかげられるだけである。基本的にベタほめや賞賛は思いっきり辛めに設定している。

 ネットのブログでの書評は個人本位の感想を書くことが多いと思う。おすすめや購入をすすめる書き方はすくないと思う。あくまでも自分が思ったことや概要や、備忘録でおこなわれる。これが儲けを意識しない個人ブログの方向性であったと思う。

 小飼弾氏の「404 Blog Not Found」ではアフィリエイトの月収が50万もあって食っていけるかもといっていたそうだし、池田信夫氏の「池田信夫 blog」でも本一冊の印税よりアフィリエイトの収入が上回ったという話を聞く。

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「404 Blog Not Found」と「池田信夫 blog」

 まあ、私も「404 Blog Not Found」をアンテナでチェックしているが、ほとんどの本が100年に一冊のようなベタ褒めや持ち上げられ方をしているのでなんだかなあと思ってきたし、私の興味あるジャンルを紹介されているわけでもないし、書評も読後感もないのでいつでもアンテナから放り出してもいいと思っている。

 池田氏のブログはレベルが高くて感嘆することもあるし、価値のある内容もおおいのだが、口汚い罵倒に出会ったときはへきえきする(さいきん更新がアンテナにひっかからない)。橋本大也氏の「Passion For The Future」はいがいな本の概要があったりして、どんな本なのかなと読むことが多いが(本を買うまでにはいかないが)、売り上げはどのようなものだろう。

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「Passion For The Future」

 小飼弾氏のブログは本を「売るための」書評なのだろう。あくまでも広告・宣伝の書評であって、感想や批評ではない。はじめから戦略的に考えられたブログなのだろう。献本がおおくてうらやましいと思うが、たしかに賞賛して売ってくれるサイトのだろう。しかし味や深みのある書評を読みにいくサイトではないだろう。

 これはよいとかおすすめとかいわれたら、読んでみたくなるものである。しかしいつもすべての本でいわれていたら、それはただの宣伝・広告である。ブログ書評は儲けや利益を考えないものだと考えられていたが、意識的に戦略として儲けが考えられたサイトもあるのだろう。雑誌では記事と広告を分ける方針がとられていると思うが、ブログではきっぱりと分けられているわけでない。ブログが広告や利益をおおくとりこんできたげんざい、読者のほうはしっかりと峻別する目をもたなければならないのだろう。

 そもそも書評というのは自分が読む本を選ぶために読むものだろうか。読んだ本をほかの人がどう思っているかとか、興味をもった本はどのようなことが書かれているのかといったことで読んだりする。購入が目的の読み方はまだ遠いのではないかと思う。ネットの書評はほぼ無料なので、お金のかからない娯楽だともいえるし。書評によってこれは読まなければと思う本はなかなか出会えない。

 私のことを考えるに書評によって本を買うことはあまりない。私の本の購入はほとんど店頭でおこなわれる。本屋で見つけた本をぱらぱらとめくってみて、購入を決める。アマゾンで買うことはクレジットカードがないこともあって買うことはない。本屋ではたくさんの本の中から自分のほしいものを見つけることができる。たくさんの候補の中から選ぶことができる。ジュンク堂や旭屋書店のような大きなメガ書店でたくさんの候補の中から選びたいのである。アマゾンよりか、一覧性や全体性を見られるという点でメガ書店のほうが私には合っている。アマゾンも全体や多くの書棚をいっぺんに見わたせるようなレイアウトを考えるべきかもしれない。

 ベストセラーから本を選ぶ人がいるかもしれないが、それは今日の昼飯を「売れている」からといって選ぶようなものである。食べ物なら自分の嗜好で決められるものだろう。自分の好き嫌いをなくしてベストセラーで食べる飯の選び方なんかしたいものか。

 私はあまり人がよいとかおすすめといった本を読むことはない。自分の興味や流れから本を読むことがおおいので、人の書評が当てになることはすくないのである。自分とよく似た興味や趣味の傾向がそっくりの人なんて見つけるなんてほとんどムリだ。そのような人がいれば重宝するのだろうが、ネットで探しても見つからない。自分で探し、集める以外の最善策はないのである。このような自分であるから、書評から本の購入にいたることはすくないのである。

 むかし現代思想とか社会学の古典とか名著を読むときは紹介本とかカタログ本のようなものはひじょうに重宝した。中公新書から出ていた『世界の名著』とか、『~学の名著』といった本だ。でもさいきんはそういう古典とか名著を読むことはすくなくなったので、本屋でさがすことがおおくなったのである。本屋にいけば自分の読みたい本を見つけることができる。新刊に依存することもあるが、基本的には私の興味の範疇にひっかかる本を出版時期に関係なく選ぶ。あまりブログ書評によって本を選んでもらう必要はないのである。これはいいという本は紹介してもらいたいと思うが。

 なんか書評が購買に結びつかないと否定的なことを書いてしまったが、ホンネとしては私もアフィリエイトでできるなら大きな収入をえたい。このサイトでのアフィリエイトの月収はせいぜい五千円で、小飼弾氏の百分の一である。無益で浪費的な生活費を稼ぐための仕事から解放されて、自分の好きなことだけでお金を稼げることはたいへん願わしいことだ。どうすれば書評から本を買ってくれるかと考えることが本稿の目的だった気もするのだが(?)、思い切り否定的に傾いてしまった。

 褒めたり、すすめたりすることが購入と結びつく。しかしそれをやりすぎることは広告や宣伝になってしまって、利益や収益のための釣り文句になってしまう。そういうサイトになっていいのかというためらいがある。自分の利益のために必要いじょうに褒めあげることは無償ブログのマナーとしてはある一線をこえてはならないだろう。自分がいいと思ったり、読むべきだと思った本はすすめてもいいだろう。売れるように企画する特集を組んでもいいだろう。一線はやっぱり褒められないもの、薦めれらないものを、偽ってすすめてしまうことだろう。それをやりはじめると広告・宣伝書評になってしまう。いや、アマゾンとアフィリエイト契約した時点でその一歩をふみだしたのかもしれないが。

 まあ、しっかりとした倫理的・道義的な責任は放棄してはならないということである。基本的ラインとしては広告・宣伝書評になるつもりはない。しかし儲けや利益もすこしはほしいという腹の内がないといえないのも事実だといえるだろう。守るべきは本心を偽って褒めたり推奨しないという自己抑制、基準にいきつくのだろう。


アルファブロガーの本
働かざるもの、飢えるべからず。空気を読むな、本を読め。 小飼弾の頭が強くなる読書法 (East Press Business)小飼弾のアルファギークに逢ってきた (WEB+DB PRESS plusシリーズ)

希望を捨てる勇気―停滞と成長の経済学ウェブは資本主義を超える 「池田信夫ブログ」集成なぜ世界は不況に陥ったのか 集中講義・金融危機と経済学

情報力情報考学―WEB時代の羅針盤213冊Web 2.0 ツールのつかいかた まだ、Googleだけですか?

アルファブロガー 11人の人気ブロガーが語る成功するウェブログの秘訣とインターネットのこれから (NT2X)

03 15
2010

読書

書評は「ブロガーの本棚」で見るほうがいいかも



 基本的にこのブログは自分でものを考えるための助けにするものである。文章に書いたり、文字にしないと、考えがまとまらなかったり、それよりはるかに前に自分が考えていることすらわからなかったりする。文章に書くということは自分の考え方を知るということ、発見するということなのだ。その手助けがこのブログの役割である。

 いぜんは考えたいこと、知りたいことが山のようにあってエッセイや思索のあとがメイン・コンテンツのはずであったが、さいきんは思索の減退を感じていて書評がメインのブログになりつつある。ショーペンハウアーの「読書ばかりする人間は自分でものを考えない人間である」という警句はいつも頭の片隅にあるのだが、いかんせん思考の炸裂や情熱がおこらない。

 読書について 他二篇 (岩波文庫)

 やっぱりブログという人に見せる完成品やできあがった思索をかたちに見せなければならないという形式が私には合わないのか。私の思索はできあがったものではなくて、考える過程、模索をかたちにするためにおこなわれるものだ。答えを披瀝するためではなく、答えを探るためにおこなわれるものだ。オフラインで文章を書いているほうが私の思索には合っているのかもしれない。ネットでホームページをはじめる前は十年ほどひとりでノートで考えたり、ワープロで文章にして考えていたものだが。

 まあ、書評は考えるためのきっかけ、トピックのひとつと考えてもいいだろう。本をダシにして考えたいテーマを考えているのだ。記事のタイトルを本のタイトルにするのではなくて、テーマやメッセージ、思ったことをタイトルにすると私の満足するものになるかもしれない。ちょっと換骨奪胎という気もしないではないが。でもそれをすると、書評めあての検索にかかりにくくなるのだが。


 まえおきが長くなってしまったが、私のブログに本の紹介を見にきてくれる人にはオススメのページを見つけた。

考えるための書評集の書評[1ページ目] - ブロガーの本棚

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 ブログの書評を自動的にスクロールして新規更新を知らせてくれるサイトだ。「ブロガーの本棚」という。

 こちらのほうが1ページに20件の書評が表示されて、一覧性が高い。ざっと見わたしてその中で読みたい書評を選ぶことができる。書評めあての人にはこちらのサイトのほうがすぐれていると思うし、私自身も自分の書いたものが本をトピックにして見やすくなっていると思う。ブログのほうは記事の表示を7件にしぼっており、文章がながくつづくのでこちらのサイトの一覧性はかなり高得点だと思う。といっても本文を読むためにはブログに戻ってこなければならないのだが。

 本の紹介だけを見たい人はこちらのサイトを参考にしてもらうのもいいと思う。書評めあてではブログより高機能かもしれない。

 このサイトでは新着書評、ランキング、カテゴリと分かれているのだが、ブロガー別の入り口がないのは問題だな。いや、あるか、書評数の多さランキングで並べられているが、それって価値なのか。それとスクロールが確実ではないようで、新しい書評がもれている、もしくは遅れているようで、そういう欠落もたまにあるのだろうな。

 このサイトはオススメなのでリンクを左のサイド・バーに貼っておきます。書評の一覧性を見たい人はこちらからどうぞ。

01 30
2010

読書

電子書籍の時代はほんとうにくるのか



 アマゾンのキンドルがアメリカで売れていたり、アップルのipadが発表されたり、ソニーのリーダーも好調だとにわかに欧米の電子書籍市場が活気づいている。私は完全に電子書籍の時代がやってくるとふんでいるのだが、数年前に発表された国内の電子書籍は消えていったからどうしてなんだろうかと思っていた。


Kindle DX Wireless Reading Device (9.7 Apple iPad 9.7inch タブレット 16GB Wi-Fi + 3G (仮称) Kindle Wireless Reading Device (6
 ▲キンドル、ipad、ソニーのリーダー(注意:日本向けではありません。イメージとして用いました)


 出版点数が少なかったり、本にくらべて割安感がなかったらべつに電子書籍に変わる必要がない。本のハードカバーや高級感、独立性や読了感、あるいは書店めぐりといったものを愛書家は手放したくないだろう。収納スペースをはぶける点くらいが最大の魅力か。

 キンドルの印税を35%から70%に引き上げるそうだ。本は二割りほど安くするそうだが、まだまだ安く設定できるのではないか。半額でも三分の一に落としてもいいのではないのか。電子書籍の意味とは流通費用も不要、いうならば情報発信がほぼゼロ円でできるということなのだ。本を印刷し、モノとして流通させるコストがいっさいかからないのだ。極端に抑えることができるはずだ。

 これまでの本というのは出版社が企画して著者が文章を書き、ハードカバーや装丁をつくり、印刷社が印刷し、宣伝して、モノとして完成した本はトラック運送で取り次ぎ問屋におくられ、書店に送り届けられた。モノとしてつくられるためにモノの流通や手間におおくをとられたのである。おおまかにいえば出版社の取り分が五・六割、取次ぎが二割、書店が二割、著者は一割にも満たなかった。

 しかし電子書籍というのはそういうモノとしての流通の手間がいっさいかからない。本という市場のほとんどを破壊してしまうのだ。印刷所も取次ぎ問屋もドライバーも不要、書店も必要ない。これらの人の仕事は壊滅してしまうだろう。電子書籍の意味とはそれくらい衝撃をふくんだものなのだ。とうぜんのことながらこれらの業界の人は生き残りをかけて書籍の残る道を探すだろう。

 これからは著者の印税と出版社の企画や選別、宣伝だけにお金をとられることになるだろう。だから本の価格はもっと下げられる。読者はほぼ著者の著作権だけにお金を払って本を読むことができるようになるはずだ。

 ネットが普及してから情報の発信料はほぼゼロ円となった。これまで情報を伝達するのは出版社やテレビ局、ラジオ放送といったマスコミ機関しかなかったのだが、だれでもかんたんにほぼゼロ円で情報を発信できるようになった。ただ「世界に発信できる」というのは誇大であったようで、情報のほとんどは世界のだれにも届かないのが現実であったが。だれかがよい情報、有益な情報があると教えてくれないと無名の人の情報に注目があつまることはない。情報は世界に届くことはなかったのである。

 そういう情報を届かせたのがこれまでのマスコミの役割だった。よい情報、有益な情報の選別や取捨選択をしたのがマスコミだ。この役割の選択眼にかなわないと世界に情報が知られることはない。だれでも情報を発信できる時代になったが、マスコミのこの役割はいぜんにまして重要になった。本や出版社は人が読むべき、あるいは読まれるべき本を取捨選択したのだ。無数の人が情報を発信できる世の中になった現在、本としての情報価値の選択はより求められるようになるだろう。

 本の意味はネット時代にとけてゆくことになるだろう。おおくの文章や知識がネットで読める。わざわざ本で読むような価値や意味はあるのだろうか。本というのは一人の人の頭の中の思索や熟考に長時間耳を傾けることである。本がない時代、たとえば長老や賢者といった人たちの話は人づてにつたわるか、あるいは長距離の旅をしてしか聞けないものだった。文字や文章がその人の話や思考を冷凍保存できるようになった。たとえば聖書や仏陀の教えといったものだ。本は人の話や考えをパッケージして、空間と時間をこえてその人の話や考えをつたえられるようにした物体である。

 本は長時間の話や考えのパッケージを可能にし、こんにちのページの容量を決めていったのだろう。本という物体、形態がこんにちの本のあり方を規定した。ネットに大量の文章があふれるこんにち、本のありかたも変わるかもしれない。もう一度、本という規定にこだわらない話のまとめかたができるからだ。本はネットの中でとけてゆく。電子書籍は本という形態にまだこだわっているが、過去のありかたに縛られる必要はないのである。

 電子書籍は将来的には著作権と出版社の企画や広告だけが料金になってゆくだろう。印刷も取次ぎも書店も必要なくなる。価格も半額いじょうにおさえられるだろう。モノとしての大量流通に私たちはほとんどお金を支払ってきたのだ。それがいっさいご破算になるのが電子書籍の意味だ。いわば鉄道が馬車業者や飛脚を駆逐したように、クルマが鉄道や駅前商店街を衰退させたように、また高速無料化がフェリーや鉄道にさいごの打撃をあたえるようなものだ。あるいは中国人の賃金が私たちの賃金をひきずり落とすようなものか。

 電子書籍は大きな起爆剤を控えているのである。おおくの人の雇用と職を奪うだろう。またネットによって多くの情報が無料やタダで手に入るようになっている。本もその波と無縁ではない。電子書籍化がすすめば、価格もぐんと落ちるだろう。なぜ日本では電子書籍化がすすまないのだろう。それはやっぱり本で食ってきた印刷や取次ぎ、書店の既得権益が利益や食い扶持を手放そうとしないからだろう。しかしこのネット化の波は押しとどめようがないのである。

 アルヴィン・トフラーが1970年に『未来の衝撃』を発表し、80年に『第三の波』を書き、90年に『パワー・シフト』を出して工業社会から第三の革命の時代がやってくるとつげたときに――私が読んだのはせいぜい90年くらいだだったが、そんな時代がくるのかな~と夢想状態にとどまっていた。そのたかだか二十年のうちに個別的に情報の革命がおこってきた。ネットで個人が情報を発信できるなんてそれまでのマスコミ一方向の時代にだれもそんなことなど思ってもみなかった。いまはほんとうに情報の革命の時代なんだと思う。この時代の革命を甘く見てはならないと思う。


電子書籍、本の未来
ブック革命―電子書籍が紙の本を超える日素人でも成功できる電子(ネット)出版―カネなし、コネなし、経験なしの電子出版学入門―出版メディアのデジタル化と紙の本のゆくえ (本の未来を考える=出版メディアパル No. 17)

出版社と書店はいかにして消えていくか―近代出版流通システムの終焉出版業界の危機と社会構造本の未来はどうなるか―新しい記憶技術の時代へ (中公新書)

12 22
2007

読書

2007年 ことしのグレート・ブックス



 当サイトでは書評にグレート・ブックスという私のベスト本を選出するようにしています。私の感覚に決定打を打ったという本のみを選んで、選定基準はけっこう厳しいです。一年をしめくくるにあたって、2007年のグレート・ブックスをあげておきます。

 ことしのグレート・ブックスは少なかったです。3冊だけでした。

女の子どうしって、ややこしい!チンパンジーの政治学―猿の権力と性権力(パワー)に翻弄されないための48の法則〈上〉 (角川文庫)

 選評理由です。 
 女の子どうしって、ややこしい! レイチェル・シモンズ
 チンパンジーの政治学―猿の権力と性 フランス・ドゥ・ヴァール
 権力(パワー)に翻弄されないための48の法則(上) ロバート・グリーン
 権力(パワー)に翻弄されないための48の法則(下) ロバート・グリーン

 これらの本は人間関係の闘争、集団内での力関係の抗争やあつれきをあつかっています。人間関係の闘争面により焦点を当てた本ですね。会社集団に長くいると、どうも人を嫌ったり、いじめたり、連合が形成されたりと、人間関係の闘争面がめだってくるように思われます。私の性格ゆえなのか、それとも人間の集団というものはそういうものなのか。

 「男子家を出ずれば七人の敵あり」ということわざがまったく身に沁みてくるいさかいの年でありましたので、私は上の三冊にたいへん感銘をうけたわけです。だけどこの闘争状態にどのように解決を見い出せばいいのかはいぜんとして不明のままです。嫌われたり、憎まれたり、ムカついたりと、人間の集団とはこのような波間にただようしかないものなのでしょうか。

 暴力や威嚇や権力で勝ち抜くか、それともひたすら他人や集団に迎合してカドをとって屈従してゆくか。私は孤立主義とアンチ集団迎合のためにテキをかなりつくり出すのだと思います。個人は信頼しても、集団はいっさい信用しないのが私の頑な過ぎる思いですからね。そりゃあ、テキが束でかかってくるというものですね(泣)。

 もうすこし次点に近かった本をあげておきます。
 人体 失敗の進化史 (光文社新書)子ども社会の心理学―親友・悪友・いじめっ子モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする
パパ、ママぼくを巻き込まないで!―子育てに失敗する夫婦の35の愛憎ゲーム「最後の社会主義国」日本の苦闘雇用融解―これが新しい「日本型雇用」なのか
日本残酷物語〈5〉近代の暗黒 (平凡社ライブラリー)カイン―自分の「弱さ」に悩むきみへ (新潮文庫)3412900.gif

 私の書評はこちらです。 
 人体 失敗の進化史 遠藤秀紀
 子ども社会の心理学 マイケル・トンプソン
 モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする イルゴイエンヌ
 パパ、ママぼくを巻き込まないで!― ブロック、バーテル
 「最後の社会主義国」日本の苦闘 レナード・ショッパ
 雇用融解 風間直樹
 日本残酷物語〈5〉近代の暗黒 山本周五郎・宮本常一
 カイン 中島義道
 イギリスにおける労働者階級の状態 フリートリヒ・エンゲルス
 オオカミと生きる ヴェルナー・フロイント

 『人体 失敗の進化史』は私たちの身体をつくる心臓や肺、耳などがどのようにできあがったのかを教えてくれる興味ふかい本です。『パパ、ママぼくを巻き込まないで!』はたぶん家庭ではよく起こりがちな闘いのパターンを教えてくれるのだと思います。『「最後の社会主義国」日本の苦闘』は日本は社会主義であること、それへのサイレント・テロが進行していると洞察した本ですね。『雇用融解』はTVやマスコミがあまり紹介しない労働の現場の変化を暴いていますね。

 『日本残酷物語〈5〉近代の暗黒』は明治や大正の労働のヒドさがあぶり出されていて、以後私は日本の明治・大正の労働の本を読むようになりました。『日本の下層社会』や『女工哀史』、『職工事情』、または『イギリス労働者階級の状態』のようなむかしの労働についての本ですね。現代の派遣業解禁、雇用の流動化はおそらくこのような悲惨な労働市場を生み出すのだと警鐘の意味をもって読みました。


 ことしの前半は人間関係の闘争に焦点を当てた本を読み、後半は『日本残酷物語』に触発されて明治・大正の労働本を読みすすめたということになりますね。思索に深い実りがもたらされた年であるというよりか、仕事の忙しさが増してきて自分の時間が確保できないという境遇になってきましたね。ニュースやマスコミもかなりスルーしてしまうようになりましたし。

 ことしは書評を数えてみたら、トータルで77冊の本を読んだことになります。たぶんに少ないほうなんでしょう。毎年何冊読むか数えたことはないのですが、あきらかにペースダウンは否めないんでしょう。新書のような本はすぐ読めますが、ぶあつい本となると二、三週間かかります。そういう本を読むときはペースが落ちるのでしょうね。

 ことしのネットではこのサイトもはてなブックマークに注目されるようになりまして、たまに突出的なアクセスを迎えることも出てきました。だいたいひどい2ちゃんねる言語や心ない批判が飛び交ったりしてビビ゙りまくりですが、こういうブックマークで注目記事がピックアップされるというのはようやくネットも検索以上の編集能力が生み出されてきて、かなり好ましい状況だと思っています。

 ただ、はてな村のブックマーク基準は趣味嗜好のカテゴライズがなされていませんので、最大公約的なぶくマでしかないわけですが。いわばベストセラーやチャート・ランクしかないわけで、そういう本をあまり読まない私はその基準に選ばれても目的は違うような。。 でもうれしいことではありますが。

 FC2ブログでは新しく「拍手ボタン」という機能が追加されましたね。下のほうにあるボタン・クリックです。どの記事が読者の方に好評であったのか、スルーされたのかよくわかって、なかなかいい機能だと思います。コメントのようにプレッシャーがかかることもありませんしね。アクセス解析はただ閲覧した数がわかるだけで、記事の好感や感触はわからないわけで、一歩ふみこんだ機能だと思っています。拍手記事ランクがすぐわかる機能ができればいいのですがね。

 ただ書く側としては拍手ボタンにふりまわされたくない、読者の方々の好評を狙うより、自分にとって必要でたいせつなことを書きたいと思う気持ちをいちばん大切にしたいと思っております。ウケねらいはそのくらいの記事にしかなりませんしね。

 数年間のグレート・ブックスをあげておきます。 
 2006年のグレート・ブックス8冊
 2005年ことしの読書テーマ
 ことしのベスト本は男女の違いを語った恋愛本である。 2004年
 近年まれに見るベスト本 2004-1999 過去のホームページです。

07 29
2007

読書

学問バトン


 私のところにいままでバトンなど一度も回ってきたことがないのですが、バトンを放り投げている人がいましたので、強引にもらっておきます。

このサイトの著者の自己紹介のようなものです。著者がなにを探っているかよくわからないと思っている人は参照してみてください。


◆あなたの専門・専攻・得意教科は?

 社会学が中心、そのつぎに人文科学全般。興味はつぎつぎに変わりますから興味の赴くままに掘ります。現代思想、経済学、心理学、人類学、民俗学、古代史、サブカル、メディア論……なんでかもかんでも。

◆あなたは、どのようなテーマに関心がありますか?

 テーマはそのときの関心によって違います。いまは集団力学や権力闘争といったものに焦点を合わせています。そのまえは古代レイラン探究をしておりました。そのまえはたしか性愛論について考えていたような。めくらっめっぽうにその時の興味のわいたジャンルを掘り進めるのが私の楽しみです。

◆あなたは、なぜその専門・分野を選んだのですか?

 興味がわくから。知りたいから、謎や疑問を解きたいから。たぶんそのときの自分にとって処世するための知識や知恵が必要だからと思います。

◆あなたが最も影響を受けた人と、その理由を挙げてください(複数人可)。

 フリードリッヒ・ニーチェ、アルトゥール・ショーペンハウアー、ヘンリー・ソーロー、エーリッヒ・フロム、オルテガ・イ・ガセット、デヴィッド・リースマン、ジャン・ボードリヤール、ミシェル・フーコー、堺屋太一、ピーター・ドラッカー、竹田青嗣、今村仁司、中野孝次、リチャード・カールソン、クリシュナムルティ、ラジニーシ、ケン・ウィルバー、岸田秀、村上春樹、などなど。


◆あなたが影響を受けた本とその理由を、何冊か挙げてみてください。

 ・『楽天主義セラピー』 リチャード・カールソン
 ・『森の生活』 ヘンリー・ソーロー
 ・『幸福について』 アルトゥール・ショーペンハウアー
 ・『自由からの逃走』 エーリッヒ・フロム
 ・『大衆の反逆』 オルテガ・イ・ガセット
 ・『孤独な群集』 デヴィッド・リースマン
 ・『現代思想のキーワード』 今村仁司
 ・『清貧の思想』 中野孝次
 ・『無境界』 ケン・ウィルバー

 やっぱり二十代のはじめ・なかばに読んだ本が重く残っていますね。さいきんも感動した本にたくさん出会っているはずなのですが、このころ読んだ本のほうが影響は強いですね。というか選べないほど雑多な本に影響をうけているといったほうが近いと思います。


◆入門者に、その分野の「入門書」として一冊お勧めするとしたら何を薦めますか?

 上記参照。

◆あなたが考える、その専門・分野の「武器」はなんですか?

 武器? そんなものが必要なんでしょうか。知識は世の中を知るために必要なものであって、武器とはならないような。

◆他人に「君、大学では何を研究してたの?」等と聞かれた場合、なんと答えるようにしていますか?

 経済学。なんの役にも、自分のためにもならかった。社会学か哲学にいけばよかったと後悔するのみ。18のころに自分の興味なんかわからなかったし、そのころに興味があったことといえば、SF映画とMTVとデザイナーズ・ブランドくらいでした。

◆あなたがその専門・分野に関して、一般の方に知ってもらいたいところは何ですか?

 学問は言葉の訓練であって、言葉を持たないと世の中を知りえないし、描くこともできない。映画や音楽、TVだけでは言葉の技術は磨かれないし、ということはその世界は存在しないということです。

◆あなたがその専門・分野に今後期待することはなんですか? あるいはあなたがその分野で達成したい目標はなんですか?

 知識は世の中を生きる道具や技術となってほしいと思う。実践的な知恵や技術になってほしい。学問のための学問ではなくて、自分が生きるための技術になってほしいものです。それでこそ人は賢明に生きられて、世の役に立つものになるというものです。


■バトンはご自由にお使いください。


04 18
2007

読書

世界の名著を片っぱしから読む

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 ちくま新書から「名著シリーズ」が出ているのを見て、私も「世界の名著」を紹介したくなった。というよりか、本の画像をならべたくなった。

 もちろん私には世界の名著を選ぶ見識はないので、中公新書から出ている『世界の名著―マキアヴェリからサルトルまで』 河野 健二 を参考にさせていただいた。

 みなさんも名だたる世界の名著を読んでみてはいかがですか。41冊の紹介のうち、私が読んだのは14冊ほどである。名著とよばれものは思った以上に読みやすいものである。岩波文庫なんかでは千円以内で手に入るし、じつは薄い本も多い。あなたも世界の知性に挑戦してみませんか。

新訳 君主論ユートピア方法序説
デカルトの『方法序説』は意外に読みやすい。どうやって真理に到達するかという本である。マキアヴェリもさいきん読んでみたくなってきた。トマス・モアはたしか小説っぽかったと思う。

リヴァイアサン〈1) リヴァイアサン〈1〉明夷待訪録―中国近代思想の萌芽 人間知性論 1 (1)人間知性論 1 (1)
ジョン・ロックの『人間知性論』はヒュームの『人性論』とくらべて読むのがいいかもしれない。

法の精神〈上〉 法の精神〈上〉人間不平等起原論国富論〈1〉
ルソーの『人間不平等起源論』はじつに読みやすい。自然の楽園からの転落が描かれていたと思う。アダム・スミスの『国富論』は私は上巻だけで投げ出した。

純粋理性批判 上   岩波文庫 青 625-3フランス革命についての省察〈上〉 人口論人口論
カントは手を出せない。バークの『フランス革命の省察』は読むべし。革命思想にたいしての保守思想からの反論はなるほど納得するものだ。市場主義回帰は近代の計画主義の失敗を告げるものだ。マルサスの『人口論』はダーウィンの進化論の着想の元になったといわれる。

法の哲学〈1〉産業者の教理問答―他一篇アメリカの民主政治〈上〉
トクヴィルの『アメリカの民主主義』は均質化社会や平等への警鐘を鳴らした警世の書である。読んでないけど。

死にいたる病、現代の批判種の起原〈上〉自由論
ダーウィンの『種の起源』くらいは挑戦したい。私は未読だけど。ミルの『自由論』はすさまじくオススメ。多数者の専制に対する少数者の自由を説いた。

資本論 1 (1)権利のための闘争 世界史の流れ ランケ世界史の流れ―ヨーロッパの近・現代を考える
マルクスの『資本論』は20世紀のバイブルであったが、長大なんだな。

ツァラトゥストラはこう言った 上 岩波文庫 青 639-2人生論自殺論
ニーチェはぜったいにオススメ。『道徳の系譜』とか『善悪の彼岸』の断片集のほうがいいかも。『ツァラトゥストラ』は詩でわかりにくいんだな。デュルケームの『自殺論』も読みやすいし、わかりやすい。強固過ぎる社会もさみしい社会も自殺が増えると分析している。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 世界の名著レーニン 世界の名著 63 レーニン (63)精神分析学入門〈1〉
フロイトの『精神分析入門』は講義録みたいなもの。精神分析の古典はやはり読んでおいたほうが。

民主主義と教育〈上〉 民主主義と教育〈上〉歴史と階級意識  歴史と階級意識三民主義 上 (1)  三民主義 上 (1)
デューイ、ルカーチ、孫文の本。

存在と時間〈1〉イデオロギーとユートピア 近代国家における自由 近代国家における自由
ハイデガー『存在と時間』は難しいよ。マンハイムもいいかもね。

ロシア革命史〈1〉相対性理論グラムシ・セレクション
アインシュタインに挑戦して理解できるでしょうか。

雇用・利子および貨幣の一般理論世界の大思想毛沢東 (3-14)自由からの逃走 新版
フロムの『自由からの逃走』はすさまじくオススメ。現代社会の病理を鋭く抉り出している。私のバイブルだね。

存在と無 上巻
サルトルはむかしものすごく流行った時期があったみたいでね。


02 04
2007

読書

本は捨てるべきか


 CIMG000122.jpg こんな状態、いやだ。

 長年の懸案だった本の整理。本棚をあふれ出して、床につみあげてゆくのはほこりがたまりやすく、乱雑で不快だ。ここは一丁、本を捨てようかという気持ちがわいてきた。

 だいたい私はほとんど本を読み返さない。感銘した本でも読み返すことはめったにない。記憶力はよくなく、読んだ本の内容を忘れていることも多いのだが、どうも私に再読の習慣がないようだ。だから私の文章では人の意見の引用や、だれかれはこういうことをいっていたという文章を書くのが苦手である。というよりか、覚えていない(笑)。記憶のひきだしをひっぱり出すのもうまくない。

 本棚にずらりと本をならべるのは、哲学者や学者の書斎のように壁一面に蔵書がならぶ書棚にあこがれたからだ。なにかそれはステータスや自分に図書館がそなわっているようなインテリの気分をかもしだしたものである。といっても私はその蔵書の多くを覚えているわけでもないし、タイミングよく書棚からある本をひっぱり出すというわけでもない。たんなる装飾品か、書棚の肥やしになっているだけである。

 本というのは物であり、コレクションの要素をもつ。だから捨てられずに積み重なってゆくばかりである。本というのはほんらいは情報であり、知識である。つまりは物体の要素をもたないものである。テレビやラジオの電波のように視聴されては消えてゆくものである。少年ジャンプのように読み捨てにするものである。本がコレクションの要素をもつようになったのは、愛蔵版のように装丁がしっかりしているからだろう。いや、折にふれ、参照にしたり、引用したりするために蔵書はなされるはずだが、私の場合はその機能をほとんど活用していない。

 いつか役立つはずだ、いつか必要になったり読み返す必要があるかもしれないという習慣はこの十年の間でほとんど私はおこなっていない。一冊まるまる読み返すなんて皆無だ。読み返す必要に駆られるのは、カールソンとかケンピスなどの心理的な慰めの本だけだろう。

 私の知識欲というのは知らない新しいフロンティアを開拓することに楽しみを見い出す。ひとつのテーマの謎を見つけると、そのジャンルをごっそりと探究することに費やし、通り過ぎてしまえば、そのわだちをふたたびなぞるということはほとんどない。興味をなくしてしまう。読み返すこともない。いったら未知の世界の探索のために本は読まれるのであり、それがすんだらその知識がかえりみられることはほとんどない。

 現代思想に大衆社会論に共同幻想論、隠遁・中国思想、社会生物学にメディア五感論、身体感情論に童話分析、文明優劣論、チャネリングに地理古代史、そしてさいきんのレイライン探索。ひとつのテーマをごっそり探究してしまえば、満足してしまい、つぎなる未知の領域を探して彷徨をはじめる。私の読書のパターンはこういうことをくりかえしてきたのである。だから読み終えてしまった本はほとんど価値がないのである。

 たぶんむかし読んだ本は捨ててしまって大丈夫だろう。残す本と捨てる本の線引きはむずかしいかもしれないが、名だたる古典より、自分の心に感銘をあたえた本を残すべきだろう。この十年はHPにおいてグレート・ブックスという感銘した本の選別をおこなってきたので、そういう本はしっかり残すべきだろう。

 古本屋に売りたいのだが、私は感銘した部分に赤線をひくのを習慣にしている。だから売り物にならない。捨てるしかないのである。

 私の場合は本のどの部分を買っているかというと、初見の部分に金を支払っているのである。蔵書や保管の部分にはあまり用途がないのかもしれない。本というのはほんらいは泡のように消える言葉を文字によって凍結し、モノのように流通させるために必要になった入れ物である。どちらかといえば、いまは保管の要素が強い。泡のように時間の中に消える言葉を、ある人が必要になったときにとり出せるタイムカプセルである。そのタイムカプセルも読み終えた私にはあまり必要のないものらしい。私の場合は読み捨てジャンプでいいのかもしれない。それにしては、本は装丁ががっしりとしすぎていて、私にはその装丁の部分がもったいないのである。

 さあ、この文章を書いて本を捨てる勇気がわいてきただろうか。ふんぎりはつけただろうか。いつか決断して、すっきりした本棚をめざさなければならない。私にとって読み終えた本はその時点でゴミになる、読み捨てるものであるという捉え方が必要なようである。


12 29
2006

読書

2006年のグレート・ブックス8冊



 ことしのグレート・ブックスに選出された本は8冊です。年間100冊以上よむ私がおおいに感銘をうけた本であり、みなさんにぜひおおすめしたい本ですが、なかにはあまりにもマイブームに走り過ぎた本もあり、おおくの人に普遍的興味を駆り立てられる本とは限りませんのであしからず。

 ことしの読書のテーマはブロックの『不道徳教育』を読んでからリバタリアニズム本を読んでみようとなったのですが、日常や社会を経済学する本はあまり心に響かなかったですね。本田健の『ユダヤ人大富豪の教え』に感銘して金持ち本を何冊か読んだりしましたね。

 ことしの最大のマイブームはレイライン(太陽の道)でした。宮元健次の『神社の系譜』には大阪や奈良に結ばれる神社や山岳の太陽の道が紹介されていました。そのレイラインや古代人の世界観や原始信仰をさぐろうとしたのが、ことしの探究の最大の楽しみでした。読書と探究の楽しみはこのような探索にいちばん秘せられていると思います。

 お正月に読書を楽しみたいと思っている方は興味をひかれた本を読んでみてはいかがでしょうか。


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 『新卒ゼロ社会―増殖する「擬態社員」』 岩間夏樹
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 若者は会社のシェルターなんてほしがっていない。強烈に中高年の会社社会を批判しているのだが、いまの社会のムードとして非正社員はかわいそうという風潮になりかかっているから、会社のシェルターは解体されるべきなのか迷ってきた。


 『国保崩壊―ルポルタージュ・見よ!「いのち切り捨て」政策の悲劇を』 矢吹紀人
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 国保料のバカ高さは異常である。払えない人は保険証をとりあげられ、医者にかかれない人も続出である。国民皆保険の制度はすでに壊れているのである。月に何万も払って、何年も医者にかからない健康人のアホらしさ。いったい保険制度ってなんなのだろうと思う。だから国家が国民を丸抱えにする福祉制度って矛盾だらけで嫌いだ。平和憲法の自衛隊みたいなものでウソで固めた制度だ。


 『もうひとつの愛を哲学する―ステイタスの不安』 アラン・ド・ボトン
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 いまの世の中は会社で出世したり、金持ちになったり、有名になることを当たり前にめざす社会である。しかしそのステータスはほんとうに私たちを幸福にするのか、もし得られないときの不幸はだれが慰めてくれるのか。私たちはステータスをめざすことより先に、ステータスそのものが問われなければならないのではないか。『もうひとつの愛』とは世間から認められ、愛されることである。私たちはもっと愛されようとして心の傷を偉くなることで打ち消そうとするのである。ステータスをテーマにしたすばらしい本である。


 『「心」はからだの外にある―「エコロジカルな私」の哲学』 河野哲也
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 感嘆の声をあげて読みたくなった本。こんにち支配的になっている心理主義を徹底的に批判した本だからだ。心理主義とはなんでもかんでも個人の心の問題に帰せられる考え方のことである。おまえの心が悪いのだ、おまえの心が異常だ、心を直せ、うんぬん。心理学がブームになる時代というのはすべて個人が悪者にされる政治イデオロギーの時代である。心理学の罠に陥っている自分たちの時代を見直せといいたい。心理学の悪弊は徹底的に批判しなければならない。


 『不安型ナショナリズムの時代』 高原 基彰
 洋泉社y新書 06/4 780e
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 安定した会社社会終焉の宣告の書。流動性の時代がやってくる。「安定した会社勤め」や「まじめなサラリーマン」といったイメージが「落ちこぼれ」や「失敗例」と見なされる時代がやってこなければならない。さもなければ日本は新しい流動性の時代にとり残されるばかりである。新しい世代のための本である。



 『大和の原像―知られざる古代太陽の道』 小川光三
 大和書房 1973/1 1400e
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 大和に残る古代太陽の道を見つけた発見の書である。奈良の三輪山を中心に伊勢斎宮跡や淡路の伊勢の森にいたる一直線上に神社や山岳が連なるのである。いにしえ人は神の山や神社を冬至や夏至、春分・秋分の太陽のラインで結びつけた。稲作に必要な暦を知ったり、または神と出会うためだったのだろうか。古代の人は太陽の昇るところと沈むところに神の国や死の国を思い描いていたのである。太陽は夕に死に朝に甦る。または冬至に死んで新しく甦る。そして古代の天皇は神と交わり、太陽のように神として甦ろうとしたのである。


 『天照大神と前方後円墳の謎』 大和岩雄
 六興出版 1983/6 1200e(絶版)
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 レイラインの太陽信仰の内実を知るのにこの本は最適であった。太陽は夕に死に朝に甦り、また冬至に死んで新たに甦る。生命の再生や誕生をつかさどるのは性交や性器である。ゆえに性交は神が甦る神聖な儀式になり、それは神と交わることであり、世界のあちこちに性のシンボルが探し求められることになった。太陽は性交によって生まれ、女陰をかたどる穴から生まれると考えられた。そしてその穴は再生と復活の子宮である。この神聖な場所での性交は神と交わることである。世界中で信仰されていた太陽の神や性と再生の物語がこの本から読めてきそうな気がするのである。


 『労働ダンピング―雇用の多様化の果てに』 中野麻美
 岩波新書 2006/10 780e
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 賃金や労働条件がバナナの叩き売りみたいに投げ売りされて転がり落ちてゆく現在の労働者。非正社員地帯は治外法権のボートピープルみたいなものである。保護された正社員もうかうかしていられない。賃金が半分や三分の一の非正規におきかえられるのも時間の問題かもしれない。かつて労働者は守られていたが、人生の丸売りをもとめられた。いまは守られない、安く叩かれる、細切れ雇用、と労働者はかつてないほど悲惨な状況に投げ込まれようとしている。とうとうこの国の本性がむき出しになったという感だ。日本人はむかしから国家や会社から守られてこなかったのである。とうとうほんとうの対決の時期がきたのかもしれない。


読書の流れを変えた本3冊

 グレート・ブックスに選ばれませんでしたが、この3冊はそれ以降の読書の流れを変えた本です。同じような本を読みたいと思わせる本はそれだけ魅力的なテーマを内包している本であったわけです。願わくば来年もこのような本に何冊も出会いたいですね。読者や探究の楽しみを啓いてくれる本です。

 『不道徳教育』 ウォルター・ブロック
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 国家の正義や禁止がその意図とは逆にいかに逆効果をもたらすかの仰天の経済書です。

 『ユダヤ人大富豪の教え』 本田鍵
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 金持ちとは人に喜びをおおく与えられた人。もらうことばかり考えている人にだれもお金や親切を与えようとしない。ほしければ与えよ。この世の基本ルールなのだろう。

 『神社の系譜』 宮元健次
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 レイライン探究に火をつけた本。なぜこの場所に神社や聖地があるのかの疑問に答えてくれる本である。



プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

Kindle本、2冊発売中です。

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