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12 27
2005

日常

銀行預金を差し押えられました!


 CIMG000214.jpg 差押調書と配当計算書

 恐ぇぇぇ~! 数年前の市民税の不払いの差押え予告がきていたのですが、放ったらかしにしていたら、マジで銀行預金を差押えられました。がび~ん。。。

 なにより恐ろしいのは、銀行の預金残高を調べられたこと。どこでどうやって、私の銀行を見つけ出したのだろう? 9万ほど払戻請求権が確保されていました。

 数年前の差押え予告のときは昼間どうせ家にいないから放っておいたら何事もなく終わったのですが、逼迫する大阪市財政と関係があるのか、見事に強奪されました。

 貧乏人からカネをとる前に、WTCトレードセンターとか舞島、咲島埋め立ての赤字の責任をどうとるか反省しろっていうんだ。お役人のムダ遣いや私腹のために失業期間中の市民税を奪いとるなんてどうにかしている。目に見える私の利益に還元されるのなら、イタイ出費もガマンできるというものだが。

 政府とはやっぱり強盗であり、泥棒である。国家権力とは恐ろしいものだ。政府はこうやって貧乏人をアナーキスト(無政府主義者)に育てるのである。

 ▼アナーキズムへ
国家制度とアナーキーアナーキー・国家・ユートピア―国家の正当性とその限界4334780598.09._OU09_PE0_SCMZZZZZZZ_.jpgアナーキズム―名著でたどる日本思想入門

12 18
2005

日常

『自分でやりたい人の最新バイク・メンテナンス』 太田 潤


4415020976自分でやりたい人の最新バイク・メンテナンス
太田 潤
成美堂出版 2003-03

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 大きな写真でバイクのメンテナンスがわかりやすく説明されている本である。といっても買ってから数週間ほとんどページを繰らなかったけど。故障とかトラブルにあったときには役に立つことだろう。また私のようなメカに興味がない者には、バイクとはさまざまな機械で成り立っていることを教えくれる本でもある。

11 16
2005

日常

『ライディング事始め』 村井 真  つじ・つかさ


4906189571ライディング事始め
村井 真 つじ・つかさ
グランプリ出版 1987-02

by G-Tools

 レーサーに憧れたこともなく、バイクが格好いいと思ったわけでもなく、ただエンジンで走るからラクだという理由だけでバイクに乗りはじめた者にとって、この本はあまりにもレーサーみたいなライディング志向が強く、そういう面はついていけないなと思った。

 いまの私が知りたいのは右折はどうしたらいいだとか、車との関係はどう保つべきなのか、事故はどう防ぐか、などといった実際的ことなどである。レーサーみたいにカッ飛ばしたいわけではない。

 乗りはじめたころはエンストばかり起こしたし、公道の中をどう走ったらいいか不安だったから入門書はむさぼり読みたかったのだが、慣れてくるとあまりそういう必要はなくなっていった。

 まあ、もちろんいろいろな知識が参考になる入門書であるのはまちがいない。情報量はだいぶある本である。

 それにしてもバイク雑誌の志向性とか格好いいと思う方向がどうも私にはしっくりこない。私はたんにエンジンで走ればいいとくらいしか思わない。バイク乗りの人たちって、みんながみんな格好よさを志向して乗りたがっているものなんだろうかと思った。

 私には余計である。バイクは道具でいい。目的ではなく、手段である。パソコンオタクとネットをやりたいだけの人との違いのようなものである。商品経済というのはいつも手段を目的化する。手段でしかお金を稼げないからである。この社会の人生の方向性もこのためにまちがってしまうのだろう。

 チームマリのビューティバイクレッスン  このくらいの入門書でちょうどいい。

11 09
2005

日常

感情はなんの解決ももたらさない


 たまに気分が落ち込むようなことを考えることがある。不快なことやいやなことを考えることもある。十代の私は一度そういうことを考え出したらとことん考えつめたものだが、いまの私は気分が悪くなるなと思ったら、そういうことはほぼ考えないようになった。

 私は考え出したらその思考をやめようだとか、クラくなるのはやめようという気分の変換法をまったく知らなかった。だから一度考え出すと、一日じゅう気分が落ち込んだままという状態がながくつづいた。不快な気分におちいるのはやめようという切り替え法をまったく知らなかったのである。だからクライ考えに支配されていたといえる。

 いまはそんな不快な自分に差し向けているのは自分だと知っている。またはそういう不快さは自分の意志できれいさっぱり捨て去ることができることを知っている。気分が落ち込むような考えをいっさい捨てることができるのである。いわば考えに支配されるのではなくて、自分は考えを支配できること、捨て去ることもできることを知ったわけである。

 感情というのは思考によって起こる。自分の考える内容が感情である。いやなことを考えればいやな気分になるし、楽しいことを考えれば楽しい気分になる。だから自分で楽しい世界か、悲しい世界かを選択できるわけである。

 私は頭の中で勝手にしゃべり出す思考を押しとどめるためにむりやり「頭をまっ白にする」だとか、「頭を空っぽにする」だのの言葉を何度も頭の中でくりかえした。そういう思考をむりやりに断ち切る方法を身につけてから、私はネガティヴな思考を支配できるようになった。方法としては思考を傍観者的にながめる方法を身につけるほうがいいらしいのだが、むりやりでもけっこう効いているように思うが。

 私たちはおそらく思考をコントロールするという方法を知らないと思う。頭が勝手に考えたり、思ったりすることの奔流に身をまかせているだけだと思う。思考はこうやってコントロールするだなんてことは、学校でもTVでも家族も教えてくれない世の中であるからだ。そうやって悪く考えたり、悲観的にものを考える習慣から解放されることも知らない大量の人たちが生み出されることになっているのだと思う。

 心はコントロールできるということを教えない社会なのである。そういう知恵はうつ病に陥った人だけが教えられる知識にすぎないか、または宗教的知識としてのみ人びとに知られているにすぎない。自然に放っておいても明るく生きられる知恵をもつ人が多くいるからでもあるのだろう。でもそれはせっかくの知識がありながら、運任せのいきあたりばったりの愚かな社会を放任しているともいえるだろう。

 多くの人はいやな感情をつづけていれば、なんらかの解決が見い出せるかのような習慣にひたっていると思う。あるいはただ不快な出来事から逃れる術を知らないだけなのかもしれない。感情は問題のなんの解決ももたらさないのである。問題の延長と継続だけはもたらしてくれるのだが。

 不快な感情はすぐに捨て去ること――それを覚えただけで、私の人生はかなり軽いものになったと思うのである。

 ▼感情を捨てるためのリンクとベスト・プック
 思考を捨てる技法 01/12/2編集
 トランス・パーソナル心理学は恐怖や悲しみを終焉させることができるのか」
 『思考は超えられるか 第一部』1997/6.

 リチャード・カールソンの楽天主義セラピーgibun11.jpg愛と怖れ―愛は怖れをサバ折りにする。積極的考え方の力―ポジティブ思考が人生を変える

11 06
2005

日常

はじめての反則金とスリップ転倒


 CIMG000513.jpg 交通反則告知書と納付書

 きょうは最悪でした。雨上がりにバイクで外に出たのですが、反則金をとられ、はじめてのスリップ転倒をしました。

 羽曳野市の古市駅前で巡査によびとめられ、一方通行とのこと。おとなしく指紋捺印をして、二点をひかれ、罰則金五千円を払うことになりました。原付って弱いものいじめとカモになるというのを実感。標識にてんで気づかなかったのですが、あとで見に引き返したら青の斜め線の「終わり」の標識しかなかったような。。 その一方通行の道を原付がなにごともないようにフツーに走っていました。チクショ~。

 おまけに帰りの道でははじめてのスリップ転倒をおこしました。ゆるいカーブだったのかよくわかりませんが、右側に倒れるかたちですってんころりん。「はじめてこけたー」と思いました。さいわいなんの痛みもなく、右手の手袋がすこし破れた程度。哀れそうに自動車が通り過ぎてゆきます。

 バイクを点検してみると、前の方向指示灯がゆがみ、ブレーキ・ペダルのステップ部分が見事に後方にゆがんで、削れていました。衝撃をほとんどここで受けたという感じです。つぶれてしまったかなと思いましたが、ふつうに走ることができるようでした。ただステップがゆがんでしまったので、足をのせにくいのと、ブレーキが踏みづらくなっていました。なんか心持ち左右にふらつくように感じるし。

 バイクに乗りはじめて三週間がすぎ、慣れてきて放漫になってきたことと、交通規則に不注意になっていることの戒めがいっぺんにやってきた感じです。このくらいの痛みですんだことを幸運だったと思うほうがいいのでしょう。慎重に交通規則に注意深くあるよう運転をこころがけたいと思います。ほかの原付ライダーにあまり見習わないようにしよう。それから狭い車線だと車に遠慮してついスピードを出しすぎるので、その点ももう少し改めないといけない。


CIMG000114.jpg



捕まったところは日本武尊(ヤマトタケル)の白鳥神社のあるところでした。しっかり願をかけておいたのですが。。


10 31
2005

日常

市民税の差押えの予告がきました。


 CIMG000113.jpg 「きみは「赤紙」を見たことがあるか!」

 3、4年まえの失業期間中の市民税未払いの「差押さえの予告」がきました。給料と銀行預金が差押さえされるそうだ。

 「ぎくっ! ぎゃーっ!」と思うところだが、私は何年かまえに一度経験したことがある。そのときはお金がなかったので「だれが払えるか!」と思って放っておいた。ほんとうにヤクザみたいな税務署か警察官かでもやってきて、むりやりカネを巻き上げられるのだろうかとビビったが、何事もなかった。

 どうして失業期間中にカネをむしりとられるのだろうと思う。会社から市民税が支払われていないということは失業期間中だということがわかるはずなのだが、収入がない人間からなぜ税金を奪おうとするのだろう? ぎゃくに失業手当が振り込まれてほしいくらいなのだが、お金がとられるのである。一年前の収入に対しての税金ということはわかるのだが、そのとき失業していたら払えるわけがない。

 政府とは強盗であると唱えていた学者もいたが(『二十世紀を動かした思想家たち』)、無収入の人間からカネをとろうとする役所は血も涙もない強盗である。しかもそのお金は役人の無駄遣いやハコもの、必要のない公共事業など、私の利益にまったく還元されない浪費に費やされるのである。

 私の目に見える利益に支払われるのなら納税の妥当性を感じるのだが、いままで税金を払っていても一度もそんな思いをしたことがない。いったら、お金を払っているのに商品を渡されない詐欺みたいなものであり、それはエライさんの無駄遣いに使われるのである。まさしくカツアゲにあった気分である。

 税金の使い道をみずからが選択できるようなシステムはできないものか。ロクでもない政治家を選挙で選ぶよりか、カネの使い道を納税者みずからが決めるほうがよほど政治は浄化できると思う。名づけて「金権政治」。主婦や大蔵省のように財布のひもをにぎったほうが力を持つのである。

 小耳にはさんだところによると税金には時効があるみたいである。今回も何事もないように祈っておこう。元祖フリーターのヘンリー・ソーローは税金の不払いを主張したみたいだが、私も勉強しておこうか。よい子のみなさんはちゃんと納税しましょう。

市民の反抗―他五篇

 ▼後日談  市民税を差し押さえられました!
 
10 30
2005

日常

バイクにすこしは慣れました。


 CIMG0002_112.jpgCIMG00161.jpg金剛山麓からの眺め

 バイクを手に入れて二週間め、きょうは大阪から法隆寺、五条市にまわって河内長野へとぐるっと戻ってきました。何キロくらいだろ? 4、50キロはあったのかな。疲れた。疲れたけど、どのような疲れなのか、自分でもよく把握できない感じだ。

 ようやく慣れてきた感じである。一週間めは車の通らない道で練習し、二週間めからは通勤に使うようになったが、渋滞や再発進でエンストを何度もおこした。とろとろ走っているときは半クラやクラッチを握りしめて乗り切らなければならないのかな。

 車との関係はどうも左はしをとろとろ走っていると勝手に抜かしていってくれるようである。ただ狭い二車線で追い抜かすのが難しい状況では、迷惑にならないよう必死に4、50キロは出してしまう。きょうはメーター限度の60キロを出して走ってみたが、まあ私は走り屋ではないのでそんなに感慨はなかった。車にぜんぜん追いつかれなかったら残念な気持ちがしたり、並んだりしたら「おおーっ」と思ったりした。公道を走るというのは「オトナ」の感覚を与えてくれるものなんだなと思った。

 山道にはさすがにバイクがたくさん走っていた。カーブを楽しみたいのはわかるが、気温はぐっと下がったので、私は寒さに震えて、早く山から降りたかった。

 バイクは自転車のように気軽に止まって景色を楽しんだり、公園で休憩したり、車線の関係や駐車スペースなどで店に入りにくかったりする。そこらへんは残念だったりする。

 右折や車線変更はエンストの心配からまだ抵抗があったりするが、むりせず、左折でUターンしたり、小道をぐるりと回ったりする方法も使いながら、じょじょに慣れてゆくことにしよう。

 はじめは車道に出るということにものすごくビビっていたが、やはりエンストのような基本的な操作が身についていなかったからだろう。車との関係も心配したが、まあゆっくり勉強していけばいいだろう。あとはこれからは寒さに強くなる方法を考えないとな。

 ちなみに自転車で通勤していたころ、道ばたに人が通っても無関心でそっぽを向いていた犬がいたのだが、私がバイクでメットをかぶって通ったところ、驚いて私の顔を見つめていた。犬もしっかり人の顔を見ているものだな。

10 29
2005

日常

『チームマリのビューティバイクレッスン』


4861670578チームマリのビューティバイクレッスン
チームマリ
九天社 2005-06

by G-Tools

 原付の問題集をやって原付免許をとって、ミッション・バイクを買って、あれ?と思ったのはクラッチやギアの操作法がわからないことと、街中にどうやって乗り出していったらいいかということだった。

 エンストばかり連発したり、右折が恐かったり、車とどう関係をもったらいいのかということが、実地にはまったくわからないのである。本屋で雑誌を探してみても、メカや製品関係ばかりで、初心者のための運転術の本がまったく見当たらないのである。

 のどから手が出るほどほしかった運転術の本だけど、女性の向けの本しか見つけられず、でもこの本は基本操作や街乗りのことがやさしく親切に書かれているので、買うことにした。どうして初心者のための本がないのだろう? これは教習所が教えるからなのか。

 まず私は徐行時にエンストばかりした。この防ぎ方を知りたかった。ギアを変速する意味も知らなかったから、四速で発進したりした。いまだに渋滞などでエンストしている。街に乗り出すときに左端を走るということは車の前を走ってはいけないということなのか、左端から右折するための車線変更の入り方や右折は車とどのような距離でいればいいのかなどが、まったくわからない。そういう基本的な疑問を解いてくれる本がほしかったのである。

 エンストばかりし、右折や車道をどう走ったらいいかわからなかった私にとってはこの本に出会えてたいへんうれしかった。まだまだうまい乗り方を知らない私は半分ビビりながら乗っているが、通勤のいい道を見つけたり、右折も何回かこなしたり、すこしは進歩しているのだろう。


10 22
2005

日常

バイク、はじめての遠出


 CIMG000112.jpg 私のYB-1です。

 バイクを買って一週間、夜な夜な、あるいは明け方に、車の通らない道路でバイクの練習をしていたのだが、ブレーキや徐行あとのエンストがどうも多い。止まったりしたらそのままアクセルをふかせるのか、半クラッチでアクセルをふかせるのかよくわからない。止まるたびにニュートラルに戻すなんてことも知らなかった。走行中にニュートラルに入れてしまい、エンジンがうなることはしょっちゅう。

 きょうは休みということもあって思い切って公道での遠出である。車がうしろにつくのが恐い。大きい道路と右折が恐い。なんせエンストという障害をまだ完全に克服していないからだ。とちゅうでエンストしてしまえば、うしろの車に大迷惑である。

 私は大阪の住吉に住んでいるが、奈良まで行きたいと思ったのだが、奈良は越えられなかった。マウンテンバイクでは5㎞くらいで、往復になるとへろへろになる。最高では大和川に沿って、生駒山麓までがだいたい私の行動範囲であった。おおよそ10㎞ていど。自転車と比べるとどれだけラクか知りたかった。

 大きな道や右折が恐いので、かなり紆余曲折することになってしまって、だいぶ疲れてしまった。右折のように止まったり、徐行したりすると、再発進のエンストが恐い。渋滞でののろのろ運転でもエンストしたりした。すかさず歩道に逃げた。

 車との関係はどうなっているのかと不安だったけど、車はスムーズに原チャリを追い抜いてくれるようだった。原チャリはできるだけ車に追い抜かれやすいように歩道に寄るのがマナーなのかもしれない。ただ、原チャリが車一台分のスペースをとるのは申し訳ないことなのかとも思ったが、それくらいの権利意識は必要なのだろう。

 私の安全運転を抜いてゆく原チャリが何台かいたが、私はまったく気にならなかった。どうぞ追い抜いてくださいという感じだった。原チャリは40㎞くらいで止めておくほうが賢明なのだろう。速いスピードを楽しめないという点もあったが、街乗りでは高速は危険だろう。30㎞を出せる自転車とはあまり違わない感じもするが、ペダルは長くこぐとさすがに疲れる。

 YB-1は原付ということもあって、さすがに小さい。ふつうの大きなバイクのように迫力とか威圧感がてんでない。自転車より車高が低いのではないかと思う。なんかカッコ悪いのかなあと思う。カブと同じなじくらいの高さである。まあ、いい。あくまでも自転車に変わるラクな乗り物を必要としていたということである。

 ミッション車ってなんでこんなめんどさくい仕組みが必要なのかと思う。オートマのほうがよほどいい。でもスクーターのデザインってどうにかならないかなと思う。動く「電動イス」みたいでどうもカッコよくないのだな。ふつうのバイクのようなデザインはできないものなのか。

 それにしてもバイクの運転術の本がなぜ見つからないのだろうか。クラッチの操作とか道路での運転術とかを貪るように知りたいのだけど。


10 16
2005

日常

信号待ちでオール・エンスト。


 きょうは購入した原付のミッション・バイクをとりにいったのだが、ほとほと疲れ果てた。目がばりばりに乾いた。

 ミッション車だからお店の人が親切にレクチャーしてくれたのだが、家まで帰るさい、信号待ちの再発進で、ほぼすべてエンストした。エンジンをかけたあとのクラッチはうまくつながったのだが、一度とまって再発進しようとするとまったくエンジンがかからない。

 うしろに車がとまるのが恐くなった。とまったらひたすら歩道によけて、先に行くようにうながした。そして、エンストである。ギアが悪いのかとニュートラルにいちいち戻してみたりした。車が多い大きな道はできるだけ避けて、細い路地を必死に探しながら、ほうほうのていで帰ってきた。バスで2、30分で行けるところを2時間くらいかけて帰ってきた。

 家に着くとさっそくインターネットで検索した。バイク選びにはほんとうにネットにお世話になった。免許の試験場から、車種選び、その車種のインプレッション、はじめてのバイクの経験や失敗談――ネットはこれがなかったらてんで集まらない情報を私たちに見せてくれる、改めて役に立つメディアだと思った。従来の友達や知人だけの話ではバイクのことなんて、なんにもわからなかったことだろう。

 ただ、バイク選びのさい、中古車情報誌の一覧性には負けているなと思った。雑誌はぱらぱらとページを見わたせるが、ネットはいちいちクリックがめんどくさいところがある。それにしてもバイクの初心者向け運転テクニックの本や雑誌はなぜ見当たらないのだろう。いまの出版状況では免許をとったり、バイクは選べても、公道が走れないではないか。

 ▼参考になったサイト
 I'm Rider (Turn on the igunition)
 bike.gif
 プロバイク・ライディング・テクニックのページ
 安全運転講座

 なぜエンストするのかと調べたら、どうやらクラッチがうまくつながっていなかったようである。「女性のためのバイクとLove Loveになる方法/第四章 上手な発進、上手な停止」でよくわかった。アクセルを回転しつづけなかったから、クラッチにつながらなかったのである。アクセルが閉じてしまったら、クラッチにつながらない。この方法をためしてみたらウソのようにエンストしなくなった。ネットと作者の方に感謝です。

 ただ、憂鬱な感触はのこったなぁ。公道やうしろから迫る車が恐ろしくなった。うしろの車まで気が回らず、大丈夫かなと思った。「やっかいな恐ろしい乗り物を買ってしまったなぁ」、という感慨がないわけではない。

 あらためて自転車の安全さを思ったしだいである。自転車なら歩道をわがもの顔で疾走できるし、うしろの自転車に気がねすることもない。まだしばらくは自転車で通勤するほうが安全なようである。

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うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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