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11 19
2014

書評 労働・フリーター・ニート

どうすれば自分らしく働けるか――『人生後半を面白く働くための本』 小川 俊一

4532191327人生後半を面白く働くための本 (日経ビジネス人文庫)
小川 俊一
日本経済新聞社 2002-06

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 「仕事がおもしろくない」、「自分らしく生きていない」といった悩みをもつ方にはひとつのヒントをもたらす本。

 内発力をいかにひきだし、合わせてゆくかということになるか。

 仕事は外から注文されるもの、外発力になってなされるもので、「人のため」「他人の求めに応じて」「相手の役に立つ」という外からの求めに応じて自分の能力を提供して、注文主の望む結果を出そうとすることである。対して、自分の好きなこと、おもしろいことは内発力によってなされることで自分の満足をひきだそうとすることである。

 人は仕事や注文の求めに応じて、自分を殺して、求められることだけに合わせる。そのうちに「自分らしくない自分」「自分ではない自分」といった人生に慣れて、自分らしさ、自分がほんとうにしたいことを忘れていってしまう。もしくは織りのようにたまってゆく。

 その自分らしさ、自分のやりたかったことをどうやって世の中に合わせてゆくかということが、この研修講師やコンサルタントとして50代で独立した人の経歴を語りながら、披露されてゆく。いや、この人自分の好きなことをやる経歴にめぐまれすぎていたんだけど。。とため息つきたくなるのだけど、それはさておき。

 著者の経歴は映画のコピーライター、市場会社で雑誌の編集、繊維会社で宣伝部、営業、調査研究所、財界の広報センターといったクリエイティブな職場をわたってゆく。そして54歳にて研修や教育の講師として独立する。そのなかで人の求めに応じること、自分の好きなこと、やりたいことが煮詰められてゆく。

 好きなことがあって能力があれば、仕事として求められ、求められることによって能力がもっと上達してゆく。そういったサイクルの好循環がはたらけばいい。

 でも若いときにはわからず、あとになって向きや好き嫌い、適合が見えてくることもある。長くやってみないと見えてこないこともあるのだ。向いていると思っていても向いていなかったこともある。向いていなかったと思っていたのに、向いていたばあいもある。人は自分のことをなかなか知りえないのである。

 いちばん最悪なのは、仕事は「やらされるもの」「強制」されるものと思い込んで、いやいややりつづけることだろう。でもこれがお金のため、生活のために働かざるを得ないおおぜいの人の現実というものだろう。おもしろさとか自分らしさにこだわったら生きてゆけないといった隘路が待ちかまえているかもしれない。著者の来歴はあまりにもめぐまれている。

 「やらされている」なかでも、だれにも侵されない自分の領域をつくってしまう、これをゲームだと思ってしまうといったやり方もある。いやいやなら奴隷労働だし、自発的にたのしめばゲームだ。これはわたしも感じるところで、自己裁量の多さ・少なさが仕事のやりやすさとか充実・不満にかかわっていると思う。

 自分らしい仕事をする、自分の好きな人生を生きる、ってことはそうかんたんにはつかめない。求められること、必要とされることが自分だと思い、自分そのものだと思い込みつづける人だっているだろう。わたしなんて自分の好きなことの職につけたこともなくて、能力がなかったり向いてなかったりして身銭のためにいやな仕事ばかりしている感にひたすら耐えているだけである。解放されたい。


このつまらない仕事を辞めたら、僕の人生は変わるのだろうか?仕事がつまらない君へ仕事は楽しいかね?仕事に幸せを感じる働き方心が喜ぶ働き方を見つけよう

10 26
2013

書評 労働・フリーター・ニート

84年を基点とした労働論――『スクリーン労働論』 佐藤 忠男

0804.jpgスクリーン労働論
―映画にみる働くことの思想 (1984年)

佐藤 忠男
凱風社 1984-04

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 労働について深く考えた本ってそうなかったと思う。とくに80年代、90年代にはそうだった。いまは非正規問題やブラック企業でいっけん労働関係の本はふえたけど、本質的な問題を考えているわけではない。

 労働については誇りややりがい、または体裁、苦悩や退屈、逃走を考えたらいいのだろうか。90年ころに社会にふらふらとさまよい出したわたしはなんでこんなに労働について考えた本はないのだろうと思ったけど、ひきこもりやフリーター、ニートの問題はこのころからはじまっており、しっかり考えるべき時代に考えなかったツケがきているのだと思う。

 そのころは新卒就職がうまくいっていて、若者は労働についてさして悩んだり考えたりせずにエスカレーター式に仕事や会社にはこばれたために、問いかけを忘れていたのだと思う。あるいは「疑問をもったらおしまいだ」と封じていたのかもしれない。いまは新卒エスカレーターが非正規などで機能せずに、考えざるをえない時代に追い込まれたのだけど。

 そういうころの84年にこういう映画の労働論が出ていたなんて知らなくて、古本屋でしかもう手に入らないだろうこの本を思わず手にとった。

 もうほとんど見られることのない映画がおおくとりあげられていて、古くは1930年代の小津安二郎の映画ころからとりあげられている。映画って古い映画が見られることはなくて、むかしをまったくかえりみられない風潮やメディアってなんだろうと思う。新しいものしか消費されない傾向に映画も収まったままでいいいのだろうか。いまの問題もむかしも同じようにあったと知ることは、先進性や新しさを誇る現代のこっけいさを見せるね。

 この本を読んでいると80年ころの労働や社会の情勢がどう捉えられていたか、展望をみることができるね。ソ連や中国の文革などがとりあげられるあたり、社会主義の労働観もつよく日本に影響をあたえていたことがわかる。

 中国の文革なんて知識人を地方の農村に下放して、労働者が国をつかさどるべきだという思想があってそれが過激化されたのだけど、肉体労働者の侮蔑と知識労働の崇拝というヒエラルキーという土壌がつよくあってこその思想だとわかるね。ナチスも同じような思想をもっていて、知識人や商人のおおいユダヤ人迫害に結びついて、いかに労働者に誇りがもてなかったかと推測できるね。

 サラリーマンものの映画がよくつくられた時期があり、昭和初期の不景気の時代からだという。小津安二郎はそのころの名監督。「会社員生活」「東京の合唱」「生まれてみたけど」などは不景気でクビをおそれて上司にぺこぺこ、クビになっても家族にいえないというサラリーマンの「小市民映画」とよばれるものがよくつくられたそうだ。

 戦後は源氏鶏太原作の「三等重役」ものがたてつづけにつくられた。会社の一家団らんをえがいたその一群は高度成長期の60年代に栄えただけだった。

 80年ころには十数年、明治の再評価がテレビや大衆文学でされていたといわれている。明治の元勲、財界人の志の高さや努力を賞賛するもので、司馬遼太郎とかをさしているのだろうか。でも著者は軍拡にもちいた外貨は明治の女工哀史とよばれる繊維女工たちが稼いだもので、もっとよい目的で使えたはずが、明治の元勲たちが外国を侵略するためのカネに使ってしまったと批判している。

 この本で衝撃だったのは、織田作之助原作の『わが町』が紹介されていることで、この一事でほかのことがいっさいかすんでしまった。

 フィリピンの過酷な出稼ぎ労働を誇りにする大阪下町の男が、妻や娘夫婦をそのことによって死なせ、孫娘夫婦も同じ目にあわせようとするのだが、こんどは反撃に会って、思い出の南十字星をプラネタリウムで見ながら死んでいってしまうという物語である。

 舞台は日露戦争の凱旋帰国にこの男が帰ってきてまちがわれるところからはじまっており、この男はおおくの国民や労働者を犠牲にしてきた日本帝国の告発に重ねられることがよくわかるようになっている。

 わたしが日本の過重な労働社会にたいする憤りがまさにこの映画のメッセージにえがかれていると思った。戦争批判のかわりに難工事というすりかえをもってきたために、現代の経済主義への批判にもかさなる内容になっているのである。激賞するのだが、織田作之助は『夫婦善哉』はよくドラマ化されるのだが、この秀作『わが町』も忘れられてはならないと思う。

 国家の誇りや勢力のために労働者は犠牲にされている。国家が強国になるためにこの国の過重な労働主義はまだ時代をおおっていると思うのである。労働者はその規制や縛りを解除することができずに、過労死やニートという問題をはらみながら、この国は衰退に向かっている。問題の原点はここだと思うのである。


▼この本も70年ころの労働論の秀作だね。
CIMG000311.jpg生きがいの周辺 (文春文庫 189-2)
加藤 秀俊
文藝春秋 1976-09

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▼わたしの書評
40年前もいまも変わらない職業と自尊心の問題―『生きがいの周辺』 加藤 秀俊

05 22
2013

書評 労働・フリーター・ニート

他人の頭の中のわたしが、わたしの死をふせいでくれる?―『働くことがイヤな人のための本』 中島 義道

4532195306働くことがイヤな人のための本(日経ビジネス人文庫)
中島 義道
日本経済新聞出版社 2010-02-02

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 2001年に出たときちょっとしたベストセラーとなったのだが、読まなかった。たぶん自分の好きな哲学の教授になっている人に単調で単純な仕事の苦しみなどわからないだろうと思ったのだろうか。

 キレイごととかタテマエの奨励なんてまちがってもいわない中島義道のことだから、ネガティブな仕事観をつきつめてくれるね。

 ちょっとひきこもり状態になっていたことやふつうの会社面接の話とか、予備校講師時代の話とか、こういう寄り道や哲学教授でないころの話も聞けて、この経験から中島義道はこういう仕事がイヤな人のためにアドバイスできると思ったのだろうね。

 でも大学の教授になって本も出している「成功者」なのだから、ちまたのふつうの仕事へのアドバイスが妥当なのかという反感はやっぱりあるね。

 この本は5章までが序章のようなものかもしれないね。

「彼(女)が世間的にはなんの価値ある仕事もなしとげなかったからこそ、そしてみずからそれを痛いほど知っているからこそ、その人がただ生きてきたことが光を放ってくる。彼(女)は、死ぬさいに「俺(私)はこれをなしとげた」と自他に語って満足することはない。彼(女)は何もなしとげなかった。だから、自分の人生を世間的な仕事と重ね合わすことなく、剥き出しのまま受けとめることができるのだ。

世間的な仕事において何もなしとげなかったからこそ、死ぬ間ぎわに「俺(私)の人生は何だったのか」と真剣に問いつづけることができるのだ」



 逆説的なことをいうのだが、中島義道は社会的価値とはなんだろうか、人はなぜ社会的価値をめざすのかということのひとつの解答をもちだす。

「仕事に成功した人ほど、その仕事に過分の価値を置いてしまう。

…それは、仕事によって死を幾分でも克服できるという錯覚だ。自分が死んでも、みんなから愛されているこの映画作品は残る。自分が死んでも、自分が孤軍奮戦して守ったこの緑の山は残る……という錯覚さ。

たしかに自分の仕事は自分の死後数百年はもつかもしれない。

…しかし、それが何だろう? 宇宙論的時間のうちに置いてみるとき、いかなる仕事でも、自分の死後ほんのちょっとのあいだ長生きするだけなのだ」



 マルクス・アウレーリウスもいっているね。

「死後の名声について胸をときめかす人間はつぎのことを考えないのだ。すなわち彼をおぼえている人間各々もまた彼自身も間もなく死んでしまい、ついでその後継者も死んで行き、燃え上がっては消え行く松明のごとく彼に関する記憶がつぎからつぎへと手渡され、ついにはその記憶全体が消滅してしまうことを」



 人は勘違いしてしまうのだろうね、死後の名声や名前が残れば、わたしが死んでもわたしは生き残ってゆくといった思いをもつようになる。だけど死んでしまえば、わたしはその後のいっさいを知ることはできないし、もうわたしは消滅してしまうのである。

 無や死してしまう恐怖を避ける方法として、人は死後の名声や名前を残すことによって、その無や消滅を避け得ると思ってしまうのだろうな。だけどもう消滅してしまったわたしにはいっさいあずかり知らぬことだ。

 社会的価値を得るというのはこういう無や死してしまう「わたし」をその消滅から救い出してくれるなにかだと思わしめてしまう関連の近いところにあるのかもしれないね。

 中島義道は死してしまう人生の意味と恐怖に生涯こだわりつづけた哲学者なのだが、そういう死の恐怖から解放されるには、生を無価値だと思うことが救いだと気づくようになる。死が怖いのはこの人生に価値があると思うからであり、「生きていること」に価値があると思うからである。逆説的に人生や生を無価値に思えば、死も不安にならない。

 社会的価値を盲目にわたしたちが求めてしまうのは、この無や死してしまう存在であるわたしたちが、その消滅をふせぎたい気もちと通じるものがあるのかもしれない。そして死後の名前がそうであるように、わたしたちはもう「存在していない」のである。あるいはそれはたんなる「想像上の気休め」としかいいようがないものかもしれない。

 社会的価値のある仕事ってこの死の恐怖に立ち上げられる無からの逃走が根底にあるのかもしれないね。そしてその価値も死後の生のように「むなしい」ものなのである。

「倫理学の試験問題において力強い言葉によって試験官をうならせたとしても、彼(女)はただよく生きることについてよく書けただけであって、わずかでもよく生きたのではない。逆に、いかに言葉でうまく語れなくとも、いかなる倫理学の教授たちよりもよく生きた人、よく生きている人はいると思うよ。

 こうした転回を経ると、仕事の成果においては二流でも三流でもいっこうにかまわないことになる。それは、よく生きるという第一目標を実現する手段にすぎないのだから。一流の仕事をした人がよりよく生きることを実現しているのではない。

…一流の仕事とよく生きることとはまったく関係のないことだ。レオナルド・ダ・ヴィンチや紫式部がよく生きたわけではない」



 社会的価値とよく生きることをべつのものとして捉えるわけだね。人は社会的価値によりよい人生を描いて見てしまうのだが、よりよく生きることは社会的価値によって証明されるのではない。

「ただ何かしたいことを自分のうちで確認できれば、そしてそれが本物であれば、しかもそれを続けられる場が与えられれば、その人は幸せだということだ。

生活はどうにかなる。いや、その場があるからこそ、新聞配達員もガードマンもNHKの集金員もそれほど苦にならない。その場があるからこそ、社会的に下積みの地位に甘んじていても、彼らは自信をもっている」




 「社会的価値=死後の恐怖=死後の名声」という一連の連関を見させてくれる中島義道の指摘は、なぜ社会的価値をもとめてしまうのかという問いと解答をうかびあがらせるね。

 人に名前をおぼえてもらうことによって「自己の価値をうかびあがらせたい=死後の生を手に入れたい」というわたしたちの恐れがあるのだろうね。でもわたしが死んでしまったらそんな名前はもはや意識のないわたしにはあずかり知らぬことだ。

 「自我」は「想像上」のわたしは、そうやって自己が消滅してしまうことをふせごうとするのだろうね。そしてそんなものはもともとなかったのだ、つぎつぎとは浮かんでは消える「思考」や「思い」の妄想でしかないのである。

 他人の頭の中にわたしが思い浮かべられることが、わたしの「価値」を保証するという思い込み・錯覚にわたしたちは捉われているのだろうね。そしてそれは死後の生が不可能であるように、現在においても不可能や錯覚ではないだろうか。まいったねw

 仕事論の本だと思っていたら、自我論になったね。これはグルジェフとか神秘思想の自我論なんだよね。


▼想像上の自我論はこの本をおいてないと思いますが、仕事論からここまできてしまったね。
4795223661グルジェフとクリシュナムルティ―エソテリック心理学入門
ハリー ベンジャミン Harry Benjamin
コスモスライブラリー 2000-09

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4101467307人生に生きる価値はない (新潮文庫)
中島 義道
新潮社 2011-09-28

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4003361016自省録 (岩波文庫)
マルクスアウレーリウス
岩波書店 2007-02-16

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12 01
2012

書評 労働・フリーター・ニート

給料の決まり方から戦略を考える―『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』 木暮 太一

406138516X僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか? (星海社新書)
木暮 太一
講談社 2012-04-26

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 タイトルが泣ける。共鳴するうなり声だね。

 でも社会変革をめざした本ではなくて、個人が市場で儲かる仕事力を鍛えるための方策を示唆した本である。社会思想でない点が、マルクスを解説した前半と個人の勝ち抜け戦略を教えた内容のブッキングに違和感を感じるかな。

 前半の給料の決まり方を知る章は重要だな。給料はみんなが信じているように「がんばり」や「成果」で決まるわけではない。労働力の再生産の必要経費で決まるという。

 この認識は大事ですね。給料はあしたもおなじように働くための生活の必要経費によって決められると。がんばっても、成果を出しても変わらないのだ。

 途上国の給料が安いのはあしたも働くための生活費が安いからだ。同じ商品をつくっていても給料は十分の一とか安いのである。がんばりや成果で給料が決められているわけではない。

 商品も「おいしい/まずい」や「軽くて持ち運びに便利」だとか、「壊れやすい」だとかで決められていると思われるのだが、そうではなくてそれはあくまでも付加的な要素で、原材料の費用で決められる。人間の労働力も同じなのであると。

 この説明部分はマルクスであるとか、ひじょうにていねいにわかりやすく説明されるのだが、この親切丁寧な説明の仕方にはちょっと不快だったな。そこまでながながと図示までしなくてもわかるって。

 基本的にこの本はそういう理論と個人の生き方戦略を教えた本なのであるけど、このような本にするのならさいしょからコンサルタントのように戦略ありきの本のほうが親切であったのではないかと思うけど、まわりくどく理論をくどくど説明されるより、先に戦略から教えてくれたらよかったのにと思う。

 コンサルタントの山本真司の『30歳からの成長戦略』という本はさいしょから生きてゆく戦略を教えた本だ。みんなが習う知識や資格なんてコモディティになってしまう、「好きなもの×人気のないもの」で差別化を狙えとさいしょから戦闘状態だ。理論を説明されるより、さいしょからその戦略を教えてくれたほうが手っ取り早いと思ってしまうのだけど。

 ではどういう働き方を選択すればいいのかというテーマはさいごの5章、6章で説明される。でも給料は生きてゆくための再生産、生活資金で決まるというのなら、なにをやっても同じだとあきらめてしまうのだけど。

 労働力の価値を上げるには、「自分の労働力を消費せずに投資する」という考え方が必要だという。これは大事ですね。単純労働が安いのはその仕事につくためのスキルがすぐに身につくからだから。医者や弁護士は労働力をつくるための原材料費が高いから。

 だから目の前の高い時給に飛びついて、のちのちの資産となる技術をつちかわない仕事はキケンだということだ。過去からの積み上げで食えるようになる仕事をめざすことはひじょうに重要ですね。わたしはこの指摘を痛恨のきわみで受けとるしかないのだけど。。

 流行りものの業界にも警戒が必要だといわれている。長い時間をかけて労力をかけても報われるのは流行の最中だけで、短期間ですぐに売れなくなったり、資産としての価値をなくしてしまう。だから賞味期限の短い業界や職種はできるだけ狙わないほうがいい。

 本も古典のようにながながと売れる本と流行や旬のもので一瞬だけ売れるものがありますね。時事問題や報道はそういう一時的なものの典型であって、わたしもだからこのすぐに消費される問題にはできるだけ飛びつかないし、そんなすぐに忘れれるテーマなんて考えるに値しないと思っている。ちきりんも時事問題なんてほとんど飛びつきませんね。

 まあね、どういう働き方・戦略をもてばいいかと説明したいい本だと思う。給料の決まり方を知らないで努力しても的外れな弾うちである。だけど前半のマルクスの説明はながながとくどくどすぎるね。


[新装版]30歳からの成長戦略35歳までに読むキャリア(しごとえらび)の教科書 就・転職の絶対原則を知る (ちくま新書)10年後に食える仕事、食えない仕事21世紀のキャリア論―想定外変化と専門性細分化深化の時代のキャリア (BEST SOLUTION)僕は君たちに武器を配りたい

04 17
2012

書評 労働・フリーター・ニート

仕事に迷った人に―『働く理由』 戸田 智弘

4887595654働く理由 99の名言に学ぶシゴト論。
戸田 智弘
ディスカヴァー・トゥエンティワン 2007-07-12

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 仕事に迷っている人にはいい本になるのではないかな。ただ章ごとのテーマが尻切れトンボの印象があって、もっと掘り下げてほしいテーマもあった。以下引用。

「すべての人生のことは「させられる」と思うから辛かったり惨めになるので、「してみよう」と思うと何でも道楽になる」
 曽野綾子



 この「させられ感」というのは大きな壁で、学校や会社から「させられている」と思うようになると、そこからすこしでも減らそう、ラクしようという発想になる。でも世の中は物々交換の商売と考えると、払った値段より低い価値やサービスしかしない者にはお金を払いたくないと思うものである。会社もそう考えるのではないか。

小学校の門をくぐってからというものは、一生懸命にこの学校時代を駆け抜けようとする。その先には生活があると思うのである。学校というものを離れて職業にありつくと、その職業を成し遂げてしまおうとする。その先には生活があると思うのである。そして、その先には生活がないのである」
 森鴎外



 これが森鴎外の言葉だとは意外である。明治から日本人はずっと同じだったのである。目的地に早くつくことより、プロセスや過程が大事なことを知っておくべきである。

「多くの場合、「やりたいこと」には現実感が乏しい。自分の体験から導きさだされたものではないからだ。一方、「やりたくないこと」には現実感がある。多くの場合、何らかの体験や経験に基づいて「やりたくないこと」が導きだされる」
 戸田智弘



 これ、実感としてよくわかる。「やりたいこと」はやったことがないから、やれるかどうかわからない。やりたくないことは実体験から導かれる。中島義道はやりたくなものを排除してゆくとやりたいものが最後に残るといっているが。

「才能というのは、その人が小さい時から自分の孤独と傷を癒すために、必死で自分を首肯しようとしてきた結果のことなんです」
 小倉千加子



 重い言葉。作家とか孤独とかのけ者にされた過去から才能を生み出した例とか多いですね。

「才能は自分の中にはなく、社会の中にある」
「才能は自分の中になく、他者の中にある」
 山田ズーニー



 才能というのは他者や社会からの影響によって生まれるのであって、孤立して生まれるものでもなく、ひきだすのも個人の中からだけではない。

「ありふれたことだが失敗と成功は表裏になっている。みんな失敗を厭うもんだから成功のチャンスも少ない」
 本田宗一郎



 人は失敗を恐れて平穏な道を選ぶのだが、やりたいことやほしいものを得られずに終わる。失敗や恥の先にしか成功や成就はないのである。

「お客様は、自分のやりたいことに対してお金を払うのではなく、お客様のやってほしいことに対して、お金を払う。自分のやりたいことと、お客様のやってほしいことは、まず一致しないと考えたほうがいい」
 木村志義



 みんな自分のやりたいことをやるというのだが、商売やお金というのはお客のやってほしいことに支払われるものである。自分のやりたいことにお金を払ってくれるわけではなく、自分がやりたいことはお金を払ってする趣味である。お客のやってほしいことをベースに、自分のやりたいこと、価値あることを考えるべきである。

「「もし商売をやるんだったら、自分はどんな商売をしたいか」「もし店をやるんだったら、自分はなにを売りたいか」「もし会社をおこすのだったら、自分はどういう会社を作りたいのか」と考えることは、自分が何をやりたいのか鮮明にしてくれる
 村上龍」



 この発想はしみじみわたしも大事だと思いはじめている。自分がゼロからつくりだす発想をしてはじめて、会社や仕事もわかってくる。雇われるとか仕事を与えられるものだと考えていると、お金のもらえるはじめが見えなくて、自分のラクとかトクでしか仕事が見えなくなる。

「「仕事=金儲け」という効率のよさを選んで、日本人は、仕事から派生する人間関係の幸福を捨ててしまった。仕事の効率の悪い方が、そこで働く人間達は豊かな人間関係を持つことが出来る」
 橋本治



 これは日本社会の陥った大きな過ちですね。サービスやお金の効率化を図ったために豊かであたたかい人間関係を失ってしまった。人間関係をそぎ落として効率的なサービスだけを求めたから、ますます人間関係から得られる豊かさ、満たされた気持ちから疎外されてしまっている。

働くことで他者とのつながりができ、それらを通して自分の存在意義を確認できる。人間は、他者によって承認されることを通してでしか、自分を承認できないからだ。自分で自分を承認することはできないのだ」
 戸田智弘



 これはたしかにと思う反面、反発する部分もある。無職やニート、年金生活者の空しさはこんなところにあるのだと思う。人とのつながりの承認がないのである。でもそれは仕事からだけではなく、地域であるべきであったと思うのだが。

 それと承認を他人だけに求める生き方は他者への依存と隷属をもたらしてしまう。承認は自分から得られないのか。自分を励ましたり、認めたりする自分は、自分の内面の最後の砦としてずっと必要なものではないのか。


続・働く理由 99の至言に学ぶジンセイ論。 働くということ 仕事の思想―なぜ我々は働くのか (PHP文庫) 仕事は楽しいかね? 僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由 (文春文庫)
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02 09
2012

書評 労働・フリーター・ニート

ニートにおすすめの働くことについて考える本

neet.jpg


 学生と、ニートに特におすすめしたい10冊の本があるんだ:キニ速

 上のエントリがあまりにも働くことと関係のない人生論の本が多かったので、唖然として働くことについて考える本を集めることにした。

 ただし、働くことにたいする否定的な本を多くあつめたので毒がありすぎるかもしれない。また労働や理論について考えるより、どうやって稼ぐのか、どうやって仕事を見つけるかということを考えることのほうが大事かもしれない。

 人がどうやって生きてきたのかという知識や情報を知りたいのか、あるいは生きてゆく術や方法などの実利的な知恵がほしいのか、しっかりと見極めて本を選ぶべきだろう。ここでは実利や方法は後半のほうにすこしとりあげているだけだ。


406158961X森の生活 (講談社学術文庫)
D・ヘンリー・ソロー 佐渡谷 重信
講談社 1991-03-05

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 ソーローは自給自足の生活を送ったが、仕事仕事ばかりの人生に意味も意義も見出せなかったから。仕事だけの人生に深く懐疑のまなざしを向けたソーローの思想は労働の根本の意味を問い直させる。

4582766471怠ける権利 (平凡社ライブラリー)
ポール ラファルグ Paul Lafargue
平凡社 2008-08

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 ますます効率や勤勉が激しく求められる社会において金や待遇が求められるより、怠けること=怠惰の権利が認められることがもっとも大切なことではなかったのか。マルクスの義理の息子は問うた。

 ネットでも読めますね。→『怠惰への権利』1884

 こちらは労働の廃絶を説いていますね。→「労働廃絶論」 ボブ・ブラック

4791763076働かない―「怠けもの」と呼ばれた人たち
トム ルッツ Tom Lutz
青土社 2006-12

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わたしは未読だが、歴史上、働かない人たちの520ページの大部にわたる列伝が描かれている。歴史や人々は働かない人をどうあつかってきたのか。

4582766765怠惰への讃歌 (平凡社ライブラリー)
バートランド ラッセル Bertrand A.W. Russell
平凡社 2009-08

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哲学者のバートランド・ラッセルも勤勉になる社会への危機感を表明した。

4167269104旅へ―新・放浪記〈1〉 (文春文庫)
野田 知佑
文藝春秋 1999-05

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カヌーイストの野田青年の就職を拒んで自由に生きることをのぞんだ青春彷徨。働かされることに不満を感じている人にはとても共感できる野田青年の怒り。

410290008X人間を幸福にしない日本というシステム (新潮OH!文庫)
カレル ヴァン・ウォルフレン Karel van Wolferen
新潮社 2000-10

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どうして日本は「生産マシーン国家」となり、ものいわぬ中流階級の国になったのか。こんにちの官僚批判の源流となった本。

4390113976「日本株式会社」批判 (現代教養文庫)
内橋 克人 佐高 信
社会思想社 1991-10

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佐高信は「社畜」という言葉をひろめ、こんにちでいう「ブラック企業」をひとり批判しつづけた孤高の人。

478973126X「デタラメ思考」で幸せになる! (新書ヴィレッジブックス)
ひろ さちや
ヴィレッジブックス 2007-07

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ひろさちやは勤勉とか世間の常識をひっくりかえす破格の考え方をもっている。マジメとか世間の考え方・常識に縛られていると思ったらぜひ一冊を。多くの脱世間の本が書かれているから、生きづらい、世間の重圧が苦しいと思ったら好きなタイトルの一冊を。

4309463347オン・ザ・ロード (河出文庫)
ジャック・ケルアック 青山 南
河出書房新社 2010-06-04

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アメリカの6,70年代は働かないヒッピー、脱物質の思想が大きく広まった時代。そのころのカルト・ヒーローがジャック・ケルアックで、フラワーチルドレンとよばれた。

4092510144ジャック・ロンドン放浪記 (地球人ライブラリー (014))
ジャック ロンドン Jack London
小学館 1995-04

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作家のジャック・ロンドンはボーボーといって、アメリカの鉄道を無賃乗車してあちこちの農場で働いたりする季節労働の生活を送った。そのときの記録。ケルアックが憧れたホーボーの生活。

4794946589ホーボー アメリカの放浪者たち (晶文社セレクション)
フレデリック フェイエッド 中山 容
晶文社 1988-05-10

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無賃乗車でアメリカの農場をわたりあるいた季節労働者の群れをホーボーといった。ロンドン、ドス・パソス、ケルアックといった人たちの記録をまとめた本。

4480082964ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)
ポール・E. ウィリス Paul E. Willis
筑摩書房 1996-09

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学校の体制に反抗することが、イギリスの労働者階級の道を選ばせてしまうのではないか。みずからの上昇の道を閉ざしてしまうのではないか。

4582761127日本残酷物語〈5〉近代の暗黒 (平凡社ライブラリー)
宮本 常一 山本 周五郎 揖西 高速 山代 巴
平凡社 1995-08

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女工哀史やタコ部屋など近代日本の悲惨な労働者のすがたがなまなましく描かれた真実の書。日本の労働者はこのような凄惨な道を通り過ぎてこなければならなかった。

4624221079生業の歴史 (双書・日本民衆史)
宮本 常一
未来社 1993-10

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むかしのご先祖たちがどのような仕事をして生きてきたかがわかる本。たくましくも、したたかに生きてきたご先祖。ふしぎと勇気をもらえる本。

4167523035清貧の思想 (文春文庫)
中野 孝次
文藝春秋 1996-11

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むかしの日本人は物質的欲望をおさえて精神の高貴さをめざす一群の人たちや思想がずっと根づいた国だった。金や物質消費、欲望がどうして煽られる国になったのだろうか。もたない、のぞまない生き方で精神の高貴さが人々の理想ではなかったのか。

4003200810陶淵明全集〈上〉 (岩波文庫)
陶 淵明 松枝 茂夫
岩波書店 1990-01-16

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出世栄達ではない脱俗の生き方に人生の満足と安定があるのではないか。中国四世紀の脱出世と脱世俗の人生を選んだいまも読みつがれる田園詩人。

4062879174日本を降りる若者たち (講談社現代新書)
下川 裕治
講談社 2007-11-16

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日本を降りて、ゆるゆるの労働観のタイ・バンコクで長期滞在=沈没してしまう人たち。

4878933186だめ連宣言!
だめ連
作品社 1999-02

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元祖ニートの運動。92年ころに「だめ」を肯定して働かない人たちがあらわれた。フリーターが「自由人」と思われていて、下流とか搾取されているとか思われなかったころの運動。

4896916786若者が『社会的弱者』に転落する (新書y)
宮本 みち子
洋泉社 2002-11

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フリーターが自分の意志で自由に細切れ仕事をしていると思われているときに、それは違う、搾取され、不当に低給料、先行きのない雇用で雇われているのだと指摘して、フリーター・若者へのイメージを変えた本。

4794963688就職しないで生きるには
レイモンド マンゴー 中山 容
晶文社 1998-09-10

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サラリーマンになったり会社に雇われて生きるのがいやだったら、自分で稼いで生きてゆく道を見つけよう。

4594052452親より稼ぐネオニート―「脱・雇用」時代の若者たち (扶桑社新書)
今 一生
扶桑社 2007-02

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自分で稼ぐ方法を見つけよう。

4874657877ブログ&アフィリエイトで楽々、稼ぐ!儲ける!―ネットで副業をはじめる一番手軽な方法!
芸文社 2005-10

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ネットなら自分ひとりで稼げる方法を見つけられるかもしれない。ネットはこづかい程度しか稼げないかもしれないが、アイデアや工夫次第で多く儲けられるかもしれない。就職や働くことがむずかしいなら、なんらかの小銭でも稼ぐ方法を見つけるべきだ。

4478190445フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか
ダニエル ピンク 玄田 有史 Daniel H. Pink
ダイヤモンド社 2002-04

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これから雇用はどうなってゆくのか。先進国の若者の仕事はどんどん失われているし、雇われない生き方が増えてくるかもしれない。雇用や仕事の変貌を予測するだけでも道しるべになる。

447800076Xクリエイティブ・クラスの世紀
リチャード・フロリダ 井口 典夫
ダイヤモンド社 2007-04-06

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知識を創造することでメシを食ってゆく時代の展望図をもっておこう。

4796665307日本創業者列伝 (宝島SUGOI文庫 A へ 1-42)
別冊宝島編集部
宝島社 2008-07-17

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みずから人生を切り開いてきた創業者たちの生き方。仕事がないなら自分で切り開くしかない。

4415077560起業家プロの発想力 (成美文庫)
主藤 孝司
成美堂出版 2006-03

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仕事がゼロからつくられる起業家の発想を見ることで、商売やビジネスの基本や根本がおどろくほど見えてくる。仕事やお金はどういうところに流れるのかを知ることが商売や仕事の基本だろう。


08 14
2010

書評 労働・フリーター・ニート

『ブラック企業、世にはばかる』 蟹沢 孝夫

ブラック企業、世にはばかる (光文社新書)ブラック企業、世にはばかる (光文社新書)
(2010/04/16)
蟹沢 孝夫

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 この本ともっと早く出会っておればブラック企業の魔の手に落ちなかったにと思う本であるが、知っているからといって魔の手から逃れられないこともある。

 この本はなぜブラック企業になるのかといったからくりを探った本であるが、こういう業界がブラックになるからくりを暴いた情報というのはあまり見かけないんだな。なにも知らないで業界に入ってのちのちになってブラックな実情を体験するにつれ、後の祭りということが多い。こういうブラック企業のからくりというのは多くの人がぜひ知っておくべき情報だと思う。

 著者はキャリアカウンセラーでさすが業界の内情を知っている。使い捨ての肉食系ブラックとキャリアが育たない草食系ブラック、優良だけどブラックなグレーカラー職場にわけた。

 薄給激務の肉食系ブラック企業がいちばん多いのだろうが、下請けでムリな注文を受けざるをえなかったり、あるいは価格破壊で従業員の酷使でしかなりたたない業界にそのブラック職場は生まれると解いている。下請け構造や価格破壊にそのブラック要素は生まれざるをえないのである。つづかない新卒はまた来年入れ替えればいい、開き直った使い捨てブラック企業の典型である。

 草食系ブラック職場というのはアリ地獄のようなもので、経験の蓄積やスキルアップがのぞめない職場から抜け出せず、キャリアが育っていないからキャリアアップもできない悪循環がおこってしまう。仕事がラクで重要性がないから給料も低いが、スキルも経験もつめない。これはたとえば元請が重要でない仕事をアウトソーシングで押し付けたり、ルーティンワークを下請けに任せたりして発生する。ここでキャリアをつんだ若者はステップアップの機会をつかめないのである。

 グレーカラー職場は優良企業や勝ち組なのであるが、実情は激務であるといった休日なし、長時間残業の巣窟の職場をさす。けっこう世間的に優良や大企業といわれる職場に多くて、いい会社に入ったねといわれるが、過労死地獄に放り込まれることもあるのだ。まあ、勝ち組というのは仕事で死ねという風土だからこそ勝ったといえるけど。

 けっきょく、勝ち組大企業が加害者なのである。下請け重層構造の頂点にある勝ち組大企業が勝ち残り、身を守るためにしわ寄せやムリな注文が下請けに転嫁される。その下でブラック企業は生成し、労働者は塗炭の苦しみにあえぐ。元請はムリな注文を下請けにおしつけ、自分たちは仕事を丸投げしてエラソーにして、身が危なくなれば下請けに犠牲を強いたり、切ったりする。じっさいに仕事をするのは下請けなのに元請のほうがエラソーにし、蜘蛛の糸のように元受にアップすることもできるが、育てた中小企業はふんだりけったりである。

 そしてそのような構造は新卒一括採用や転職35歳限界説で、ほとんど敗者復活ができない。敗者は一生敗者のままであり、ブラック企業からぬけ出せないのである。

 この本ではIT業界のブラックのからくりはよくふみこんで紹介されているのだが、飲食業界であったり、工場系の現場であったり、土木建築の現場のブラック構造をとりあげていなかったのが残念に思った。ブラックというのはそういうところのほうがいっそう深く根強くはびこっていると思うのだが、著者があまり関係していない職種だったのだろうか。建築業界の下請けや重層構造はITよりはるかに歴史が深く、そしてこの社会に根をはり、問題をおこしてきたものだ。建築やクルマなどの現場・工場系の下請け重層構造のほうを問題にすべきだったと思うのだが、そこがもの足りなく思えた。女工哀史やタコ部屋、黒い派遣の歴史などに連なってくるところなのだが。

 こういう重層下請け構造に問題をもとめれば真犯人は資本主義そのものだということになり、とてつもない大きなものがテキになってしまい、とても変えられないと嘆息してしまう。しかしブラック企業のからくりを探るということはかならず問題の解決の糸口を見つける手がかりになるだろう。

 ブラック企業のからくり、メカニスム、重層下請け構造の検分など、これからももっと深くえぐられる必要があるのだろう。わたしたちはブラック企業のにおいをすぐにかぎつけられる鼻を育てなければならない。


わたしの書評です。
 『就職先はブラック企業』 恵比寿半蔵
 『ブラック企業の闇』 ムネカタ スミト
 『日本残酷物語〈5〉 近代の暗黒』 山本周五郎編
 『あゝ野麦峠』 山本 茂実
 『日本の下層社会』 横山 源之助
 『イギリスにおける労働者階級の状態〈下〉』 エンゲルス
 『イギリスにおける労働者階級の状態(上)』 フリートリヒ・エンゲルス
 『職工事情 (上)』 犬丸 義一校訂
 『職工事情〈中〉』 犬丸 義一校訂
 『職工事情〈下)』 犬丸 義一校訂
 『女工哀史』 細井 和喜蔵
 『大正・大阪・スラム』 杉原薫・玉井金吾編 
 『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』 マリー=フランス イルゴイエンヌ
 『死ぬほど大切な仕事ってなんですか』 全国過労死を考える家族会


就職先はブラック企業―20人のサラリーマン残酷物語ブラック企業の闇―それでもあなたは働きますか? (晋遊舎ブラック新書 8)ブラック会社限界対策委員会日本残酷物語〈5〉近代の暗黒 (平凡社ライブラリー)女工哀史 (岩波文庫 青 135-1)


07 23
2010

書評 労働・フリーター・ニート

『日本人は何のために働くのか』 久保 博司

日本人は何のために働くのか (ウェッジ文庫)日本人は何のために働くのか (ウェッジ文庫)
(2007/12)
久保 博司

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 「なんのために働くか」というより、高度成長期の回顧録である。高度成長期はもう教科書の出来事になったし、バブル崩壊後の衰退期に育った人はもはやかつての成長や繁栄の時代を知ることはないだろう。どんな時代だったのかと知る本である。

 言葉を拾ってゆくほうがこの時代のことをつたえやすいだろう。

「所帯をもっている人は、子供の顔を見たことがないと言っていましたよ。休みは1カ月に1日あれば、今月はよかったなあ、と思うくらいです。20年間、1日も休んだことがないという独身の係長もいましたよ」

「誰も手をつけていない未知の部分で、自分の主体性とイニシアチブをもって携われたというのは、男にとって、最高の喜びではないでしょうか」

「私は本当についていると思います。とにかく、作れば売れるでしょう。やればやっただけの成果がある。実に幸運でした」

「全部、一からつくるしかない。とにかく、全部、自分たちで作るしかないのである」

「みんな新しいことばかりで非常におもしろいんですよ」

「あいつが開発した技術なんか使えるか、という考えが周囲にあったんです。技術には、開発者の顔がつきまとうようである」

「私は部下に、野村総研を辞めても食べていけるように個人の能力を高めろと言ってきました。そうでなければいい研究はできないんです。ところが、こういう研究員ほど、遅刻したり長髪にしたりするんですよ。総務と喧嘩です」

「頭数がだぶついてくると、他人への依存心が生まれ、どうしても責任体制が不明瞭になる」

「会社のためになる本当の仕事とは自分の仕事をなくすことであると悟った。官僚組織化すると、役職者は自分のポストや役職の重みを増やすために仕事をどんどん増やす。部下を一人でも増やすことで偉くなったような気分になる」

「今のように企業社会が成熟して、掘っ立て小屋が堅固なビルになってくると個人の裁量が制約されるというか、あそびの部分がなくなって、窒息しそうになる」

「今のサラリーマンは社長は出身大学や昇進コースが決まっていて、一つでも失敗すればコースから外される。だから可もなく不可もなくという人がトップにつく傾向があるんです。そういう人に夢を語れ、目標をつくれといっても無理なのかもしれない」

 なにもないところからゼロからつくりだす時代となにもかもが固まった時代はあまりにも違うということである。後から参入する者はなにひとつ新しいことも未知のこともできなくなる。個人は窒息し、あやつり人形のようになり、なにもできなくなる。

 集団でも組織でもはじめにつくりだすときはみんなゼロから出発し、しろうとの手探りでいろいろな失敗や模索がおこなわれる。しかし組織が固まり、権力機構ができあがると、新しい者はなにひとつ自分で決めることも、つくりだすことまできないし、失敗すら許されない。やる気も努力も夢も失われるだろう。

 高度成長からバブルにおこったことは、制約と束縛の高度化だったのだろう。とうぜん日本経済は死ぬ。

 イノベーションのジレンマという言葉があるが、戦争に勝った国は停滞し、戦争に負けた国は発展するという法則があるようである。勝てば旧体制のままだし、負ければ新組織の刷新がおこり、発展の余地がふえる。日本企業は高度成長に成功してしまったので、組織の官僚化をまねき、みごとにイノベーションのジレンマに陥ったのである。

 破壊と破滅のときをだらだらと待っているのが日本経済の現状だといえないだろうか。組織や権力を刷新できないので外部の破壊力が働くのを待つしかないのだ。組織の自浄作用を自分たちでつくりえなかった。けっきょく、組織は自分で動けない部下をたくさんもつことでエライという感情をみたした管理者層につぶされたのだろう。まあ、これを人間の権力感情の常だという以外ないが。

 権力化や官僚化はいかに防ぐか。仏教組織には別所というものが設けられ、硬直した組織からの避難所が生まれたそうだ。新しい仏教の流れはそんなところから生まれた。組織の複線化や逸脱化の流れはつねに必要なのだろう。

 成功した者たちや功労者を時代の変化によっていかに断ち切り、組織から排除するか。権力というものは外せないものである。破滅のときまで待つか、新しいところからゼロからはじめるしかないのだろうか。賢明な組織というのは成功のときから、新しい発展の道筋をつけておくのだろう。


官僚化と創造的破壊のいい本はどの本だろう。
イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)戦略計画 創造的破壊の時代組織の盛衰―何が企業の命運を決めるのか (PHP文庫)官僚制イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)

07 18
2010

書評 労働・フリーター・ニート

『戦後日本の労働運動』 大河内一男

戦後日本の労働運動 (1955年) (岩波新書)
大河内一男


 今日、日本の労働組合、労働運動は死んでおり、日本人の無抵抗主義や権力迎合主義は呪いたくなるほどである。労働組合はどうして死んでしまったのだろう。いまの労働運動といえばよその国の騒擾のような他人事の、危険な人たちの抵抗と思われている。どうしてわれわれ自身の問題、国民すべての問題ととらえられなくなったのだろう。

 むかし激しい労働運動や暴動があったことは聞いているが、どんなものだったかはよく知らない。いつかくわしい事情を知りたいと思っていたのだが、読む機会がなかった。今回、昭和30年に出たこの本をほかの古い岩波新書を読むついでに手にとることにした。

 日本は海外市場に出る際、低賃金と長時間労働で海外と競争するしかなかった。日本資本主義存立にとって至上命令であり、低賃金、長時間労働を固定化することは国防の安全を保証することでもあった。ほかの先進国は資本の蓄積がすすむにつれ条件は緩和され、賃金も上がるはずなのだが、日本は貧困層が固定されたままであった。

 戦後、国鉄の七万五千人、海員の四万人の人員整理が発表され、巨大企業も同様のことをした。組合の激しい抵抗がおこり、人員整理が食い止められた場合が多かったそうだ。

 戦後爆発的に組合がふえたが、占領軍が軍国主義台頭をおさえるための方策にすぎなかった。ときの権力に従うことは安全であり、そのために組合に入ることは保身の術だった。戦前に産業報国運動にたいする抵抗がおこらなかったことがその証左だと著者はいう。日本人は権力者にたいして弱すぎるのだ。その性格は今日も変わらない。

 日本の賃労働は農村からの一時的な出稼ぎでなりたっていた。女子労働者の家計補助や口減らし、二男三男の景気に対応した離村と帰村が工場の賃労働をささえていた。だから明治のころの工場は千人規模の工場で毎年千人が入れ替わるほどの高転職率をほこっていたのだ。農村の募集人や縁故によって採用されたから開かれた労働市場がつくられず、それによって企業別組合が生まれたという。この企業別組合がどれほど民衆の団結を疎外していることか。

 昭和24年、民間企業、国家企業は大量馘首と人員整理に明け暮れ、一家離散、一家心中がニュース欄をうずめたそうだ。東芝の場合プラント工場の大半を整理した。国鉄も9万人の整理にたいしてのストがおこり、総裁が轢死体と発見される「下山事件」もおこった。この事件の犯人は労組と共産党だという印象が強まり、大量馘首は円滑にすすむことになるのである。国鉄だけではなく、ほかの公務員や民間企業もこれで大量馘首がスムーズにおこなわれるようになったのである。

 朝鮮動乱のとき、臨時工や日雇い労働者でまかなわれ、失業者は増加気味であった。労働時間の延長と労働強化だけが労働者のうえにふりかかってきた。25年に日雇い労働者の「仕事よこせ」運動が盛んになり、職安で座り込みや集団暴行がおこなわれるようになり、警察予備隊が出動し、棍棒がふるわれたりピストルが発射されたりした。日雇いの三割が子どもをかかえた母親だったそうだ。

 25年から26年にかけて「レッド・パージ」がおこる。共産党員追放である。民間で一万人、官庁で千人、組合から追放されたのだから共産党追放に名を借りた組合つぶしのようなものだった。

 27年に血のメーデーがおこる。全国で90万人、東京で40万人が参加し、警官と衝突し、催涙弾、ピストル、棍棒がつかわれた。死者一名、数百名の重軽傷者、クルマ10台が焼かれ、110台が損傷。これによって組合は騒擾的なものだという雰囲気ができあがってゆく。

 電産、炭鉱ストはおおくの生産に被害をもたらし、それによってスト規正法ができあがってゆく。尼崎製鋼では381名の人員整理と20%賃下げが提案され、ストやロックアウトがおこなわれたが、会社は臨時休業、全員解雇。日本製鋼室蘭では901名の人員整理を通告、150名の指名解雇の撤回で終わった。このころにいわゆる日本的終身雇用というのはまったくなくて膨大な解雇がおこなわれていたことがわかるというものである。

 28年に近江絹糸で人権ストがおこる。要求の内容がすごいのだが、仏教教育反対、結婚の自由、映画・音楽・サークルの自由、信書の開封・私物検査反対、外出の自由など、封建的圧制や基本的人権の剥奪が平気でまかりとっていたことがわかるというものである。超一流ブラック企業というのか、この年代まで日本にはこんな企業がのこっており、おそらくは似たような経営形態の企業はのこっているのかもしれない。

 34年は好況だったのだが、中小企業の紛争が野火のように広がった。基準法無視の労働条件やワンマン経営についにいきりたったのだろう。話し合いや交渉はおこなわれず、破滅的な対立は多かったようだ。職場占領、解雇や全員解雇、工場閉鎖、ロックアウト、乱闘と暴力と流血がおこったそうだ。大企業のように世間に目立った注目を集めないからよけいに破滅的になってしまうのだろう。

 34年には三井鉱山が4580人の首切りを発表している。斜陽産業だったから仕方がなかったかもしれないが、日本の終身雇用というのはこのころも根づいていなかったのである。これらの炭鉱の首切りの不幸を防ごうとして解雇規制を強めたのかもしれないが、そのために今日の非正規雇用の増加や格差の拡大を生み出したとはじつに皮肉なことだと思うのである。あるとき助けた人たちがつぎの世代の犠牲をつくりだす。かつて善であったものが時代環境が変われば悪にも凶器にもなりうるということを示している。時代環境を読み、それへの対応をすばやくおこなうことがなによりも大切なのだろう。

 今日、日本の労働組合は死んでおり、日本の労働者はひじょうにおとなしく、ただ権力に従うだけの弱い労働者になっている。文句も不満もいわずにただ権力や経営に都合のよい働き方だけをしている。どうしてこうなってしまったのだろうというのは多くの人が思うのではないだろうか。経営者対労働者の対立で見るのではなくて、国民の幸福や豊かさという面で労働や働き方のありかたを問わなければ、この国の住人が幸せになることはないのだろう。
 

検索をかけると魅力的な本がない
労働政治ー戦後政治のなかの労働組合 (中公新書 (1797))恐竜の道を辿る労働組合会社との「闘い方」教えます―大リストラ時代のサラリーマン・サバイバル講座証言 戦後労働運動史戦後日本労働運動史〈上〉 (斎藤一郎著作集)

03 06
2010

書評 労働・フリーター・ニート

『就職先はブラック企業』 恵比寿半蔵


就職先はブラック企業―20人のサラリーマン残酷物語
恵比寿半蔵

就職先はブラック企業―20人のサラリーマン残酷物語


 ブラック企業の内情を20社ほどインタビューした本だが、その業態ゆえにブラックになっている企業がおおいように感じられた。事業者金融や先物取引会社、消費者金融、催眠商法会社、浄水器の訪問販売、シロアリ駆除会社…。悪どい商売をしている会社はそのまま社員にとってもとてもブラックなのである。

 騙したり、脅したり、恐喝したり、客をカモにするような商売は社員にそのような良心や道徳をふみはずした業務を強要するゆえにブラックになるのである。人間性無視の商売はそのまま人間性無視の会社になる。外側におこなわれることはそのまま内部におこなわれる。だから業態がヤバイと思う会社は近づかないほうがいいというものである。

 消費者金融なんて三人自殺させて一人前といわれる業界らしいし、催眠商法なんて異常に安い商品から売りはじめて感覚を麻痺させて高額消費にエスカレートさせてゆくし、浄水器販売なんて無料とか日割りで安さを強調してむりやり売りつけるし、シロアリ駆除は床下点検を無料サービスでうけおって契約につなげるといった強引で詐欺まがいの業態はそのままブラックになるのである。

 銀行もなぜかステータスの高い商売になっているが、やっていることは消費者金融やヤミ金と変わらず、顧客が倒産しようが、その経営者が首をくくろうと非は相手にあり、自己責任であって、自分に非はないと考えないと仕事なんてできない。さとった社員は人間らしさとか道徳とか倫理とかかなぐり捨てないと仕事にならないと切り捨てる。自殺の現場に出会った消費者金融の社員はこのような負け組にならないために良心を捨てるしかないと悟る。

 客を騙したり、脅したり、強引にカネをむしりとろうとする商売がこの世に横行しているようだ。良心や善意で商売がおこなわれのではなくて、客から強引にカネを奪いとろうとする商売がたくさんあって、そこの就職した者は良心の呵責や人間性の否定に胸をかきむしられる。会社や商売の業態というのは倫理的で業務としての正当性をもったものばかりではなくて、ハナから倫理性無視でなりたっている商売もあるのである。そういう骨までしゃぶりつくそうとする商売が会社として、業務としてこの世にはたくさんある。そんな企業はブラックなのである。お客が向こうから山のようにやってくる仕事ならともかく、むりやり売りつけないとカネを得られない仕事がたくさんあって、一部の企業はそういう成り立ちでなりたっているのである。

 そういうブラック業態ばかりではなくて、ブラックになるにはバス運行会社のように運行条件を守るために長時間労働や休日出勤がかさなって疲労のピークの上に業務が遂行されるブラック企業もある。運転手側からはそんな疲労を知っているから夜間バスや激安バスツアーはぜったいに乗るなと忠告される。ファーストフードも激務で、毎月ひとりはやめて入ってくるというブラックぶりをもっている。名ばかり管理職でサビ残を押しつけるなどけっこうブラックなのである。ファミレス業界もそうであろう。こちらは客の要望にこたえるために社員の時間や疲労がむしりとられて、ブラックになっているといえる。

 ブラックな人物が上司になってしまったブラックもあるだろう。恫喝や暴言、人間性否定や罵倒で生きているような人物もいるものである。人間性のかけらもない人物もいるものだが、なぜかその人物は左遷されたり、問題視されることがなく、その地位におさまって罵倒や暴言をはいている人物がいたりする。パワー・ハラスメントが弾劾されることもなく、その下で虐待される部下が涙をのんでいたりする。この人物の基準が評価になっていたり、あるいは厳しい鬼上司やスパルタ教育の一環だと思われていたり、あるいはまわりもさわらぬ神状態になっているのかもしれない。

 なにより暴言、罵倒、暴力があたりまえの企業風土の会社もあるわけで、そういう会社ではこの人物も業務内容の一種にしかすぎなくなる。ブラック企業ではそういう風景があたりまえになって、異常だとか、おかしいだとか、倫理的に許されないという基準すら存在しない。それが教育や社風だからで、感覚が麻痺した異常な企業というのは一般的にあるものかもしれない。罵倒や暴言、暴力があたりまえの会社もブラック企業ではごくふつうの光景なのである。

 この本ではいくつかの業種がしぼられて紹介されているが、「日本株式会社」もすべてブラック企業だとみなしたほうがいいだろう。日本の会社すべてがブラックだと思う。長時間労働や社畜がはびこり、自由な転職市場のない社会、労働や仕事に価値が置かれ、自由やゆとり、家族や個人に価値がおかれない社会はそうとうブラックだと思う。ブラック企業のなかにいてブラックであることに思い至らないのがそうとうブラックだといえるだろう。

 ブラックな労働に洗脳された国家がこの日本といえるだろう。日本は会社や仕事に至上の価値をおき、ほかの抵抗勢力をもたにがゆえにそうとうブラックに毒された社会だといえるだろう。強制労働キャンプはブラックなはずであるが、日本はそんな状態が疑問視もされないブラック企業国家だと断じるべきなのである。「将軍様マンセー」状態でもおかしいとか、変えるべきだと思いもいたらないブラック国家の民なのである。ブラック労働にイッちゃてる状態がこの国なのである。


関連記事
 日本の近代のブラック企業ぶりにも注目してほしい。

 『ブラック企業の闇』 ムネカタ スミト
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 『あゝ野麦峠』 山本 茂実
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 『イギリスにおける労働者階級の状態(上)』 フリートリヒ・エンゲルス
 『職工事情 (上)』 犬丸 義一校訂
 『職工事情〈中〉』 犬丸 義一校訂
 『職工事情〈下)』 犬丸 義一校訂
 『女工哀史』 細井 和喜蔵
 『大正・大阪・スラム』 杉原薫・玉井金吾編 
 『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』 マリー=フランス イルゴイエンヌ
 『死ぬほど大切な仕事ってなんですか』 全国過労死を考える家族会


ブラック企業の闇―それでもあなたは働きますか? (晋遊舎ブラック新書 8) 今日、派遣をクビになった 今日、ホームレスになった―15人のサラリーマン転落人生 ブラック企業とシュガー社員 ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない (新潮文庫)
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うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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