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05 24
2008

労働論・フリーター・ニート論

リストラ宣告されました!



 いまの会社に入って5、6年――。二十代のフリーター生活のような転々とさまよう人生を、三十代の転職市場の少なさから足を洗おうと決意して定着を狙って、いやなことや不快なこと、ツライことがあっても黙々とたえてきたつもりなのに、リストラ宣告されました。チーン。

 まあ、私の勤めている会社はさいしょから深刻な対立があった。親会社のもとで請け負い会社が二社入って仕事を分担し、ときには交錯するといった複雑な職場で、その対立の根はずっとあった。私の勤めている請負会社は弱い立場にあって、こんかい切られることになった。ま、しょせんは請け負い会社である。親会社の鶴の一声でチョンというものである。

 少々ツライのは不快さやいさかいがあっても定着しようとがんばってきたのに、切られたことである。それに親会社の顔も見えているし、ともに働く人たちからそのよう宣告を受けることは、人情的にショックがあるというものである。

 けっきょくのところ、政治力で負けたのである。新しく入ってきた親会社の社員を親しく遇しなかったばかりに、新しいシステム改革のもとに腹いせを返されたのではないかと思っている。もう一方の請負会社とグルになりすぎた。ひじょうにベタな人間関係、派閥闘争が、こんかいのリストラ宣告につながったと思う。私は孤独を好むものだし、たぶんにかれに承認を与えなかったために切られたのだろう。まえのエラいさんと昼飯をいっしょに行かなかったばかりに恨まれたこともあったし。そういうバタくさいことで切られたりするものだろうか。派閥闘争・政治力学に負けてしまったのである。

 私は上司とうまくいかず、かなり嫌われた。恐喝っぽい口調で注意する上司に腹をたててほぼ無視を決めこみ、そういう嫌う-嫌われる関係が長くつづいて、逃げ出したいと思ったことも何度もある。まあこの上司が請負会社のリーダーだから切られたという側面もある。もう一社の請負会社との対立や抗争は根深く、はげしく燃焼した時期もあった。

 会社というのは会話のグルーミング(毛づくろい)で円滑に潤滑するものである。そこの従業員はいろいろな人からそういう「承認」を受けたがっている。私はたぶんそのような承認を期待される人物のようである。でも個人を承認できても、会話の輪に入るのが苦手だから集団を承認することができないのがヤバイのであるが。

 ある時期仕事が忙しくなり、負担が重くなってくると、私は無口になり、承認を得たがってる人に嫌われた。無口には饒舌と会話の喧騒を仕返しされたのである。私はますます無口になり、それは怒りや集団への批判と読み込まれて、私はますます嫌われることになった。このような私の性格の災いといぜんからあった会社の対立が重なって、ひどい時期になったこともある。辞めたほうがいいと思ったのも何度もある。そのころに考察されたのがブログ・カテゴリの「集団の序列争いと権力闘争」である。マキアヴェッリやチンパンジーの政治学に学ぶことがあったのである。

 仕事の努力や貢献もしてきたつもりである。まあ、私のそのよう気持ちもまったく評価されなかったのだろう。なにぶん不快でも長くいつづけようと思っていたところにクビを切られるのはいい気分ではない。だいたい私の履歴書はぼろぼろだし、スキルもないから、狭まった40代の転職市場に挑む気力もあまりない。もう同じ業界でしんどい思いをするのはいやだし。

 失業するといつも手に職をつけようと職業訓練校のスクール通いを考えるのだが、失業期間中の生活がしのげず、いつも私の好きではない、だれにでもできる業界に戻ってこざるをえない。スキルがなければ、他業種になんか転職できないのである。もうこのジレンマに何度も悩まされて、あきらめがちである。こんかいもさっそくスクールを探してみたが、手ごたえのいいものがない。

 私の労働観もだいぶ変わってきたかもしれない。二十代はとにかく働くことが嫌いだった。なんとか働かないこと、自分の好きな趣味に没頭したいと思っていた。二十代は会社人間の人生なんてまっぴらだと思っていたし、転職市場も多いが、三十代からはその門戸が閉ざされるので、定着を考えてきた。しかし望んでも得られないものだな。年齢が高くなるごとに転職も難しくなってゆくし。

 思いがけず、まただれからも首輪をかけられない「無所属」の自由な生活に放り出されることになってしまうが、二十代のようにこのような時間を喜びとする気概は40歳のいまの私にはない。なんとか手に職のつけられるスクールを見つけたいと思っている。

 「野良犬」の人生は私が望んできたことであるが、生計が立てられなくなるのは困る。「幸運を祈る!」。


▼こんなふうに考えられたころがなつかしい。旧ホームページ。
 「仕事ばっかりの人生なんてまっぴらだ!」


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Comment

町人生活

クビになったそうで、
タイヘンですね、

さて、江戸時代の町人の生活であるが、恐らく世界でもっとも幸福であったのではないだろうか、少なくとも、現代資本主義の中で、労働者として生きるしか術のない人よりは、ずっとマシだったろう。

収入も低いし、貯金もないが、毎日、仕事もあり、楽しみもある。家族や、町内が助けてくれる。
たとへ、独身であれ、(江戸の町には、たくさんの男性独身者が、地方から流れ込んでいた)それなりに、生活は、なりたっていた。

現代のシンドさは、労働の単調さもさることながら、すでに家族と、町内、共同体の崩壊が、暗い影となって、個人の生活を脅かしている点にある。
それを、補う形で、社会保障が整備されているが、独身者に対しては、この社会は、厳しく、冷酷である。

都会に住む独身者で、フリーターは、まさに、その最悪のパターンだろう。
彼らに対する救済処置は、存在しない。
まだ、家族があれば、いくらか、断衝装置としてカヴァーできるのだろうが、それすらなければ、孤独と、貧困、病気は、致命的となる。

昔なら、宗教の出番であろうが、それすら、白々しく感じるならば、神の救済の手からも、漏れるのだ。

スピリチュアルブームもあるが、あまりに、安っぽすぎるか・・・

神秘主義と、哲学の出番だろうか?
いや、手っ取り早く、麻薬の出番だろう。
どうせ、宗教が与える幸福も、麻薬と大差ない。
であるならば、麻薬の方が、即効性と、誰にでも受け入れられる良さがある。

インターネットで、友達探し、という方法もある。
一時の慰めかもしれないが、けっこう流行っている。

都会に暮らす、一人の若者、フリーター、何を、目的として、何をつかみつつあるのだろうか?

うえしんの、今後の人生こそ、若者の、先駆となってほしいと願う。
ちょっと大げさに言えば、「希望の星」だろうか、

水がめ座さん、こんにちは。
心配なさってくれてありがとうございます。

ただ、ちょっと私の感じ方や捉え方は違います。
そんなたいそうな悲観視も悲愴視もしていませんよ(笑)。

失業すれば、むしろ働かなくてよい、バケーションが楽しめる、いままでの絡まり絡まった人間関係がすべてチャラにできると、けっこう前向きに捉えています。

失業の貯金のある期間だけがいちばん「人間らしい」暮らしができるのではないかと私は思ったりしますが。もちろんそんなものは金が尽きたらすぐおしまいになる「砂上の楼閣」ですが。

私はさいわいこういう長い失業期間は何回も経験しておりまして、貯金が多く貯まるごとにそういう期間を長くとってしまう傾向にあります。
そういう期間の後でも無事に「生還」しております。

私にとって孤独はむしろ厭世観のショーペンハウアーに学んでしまったもので、「孤独の中にしか自由はない」という考え方をもっておりますので、何ヶ月も人と口を聞かなくてもじつは平気なんです。ちょっと人としゃべるのに抵抗感が増したりしますが。

ただこんかいは転職市場がだいぶ狭まった年齢にいますので、そのことが気がかりですね。

ま、なんとか食いつないでやると思っていますよ。

共同体の崩壊の話ですが、たしかに家族や地域のセーフティネットの崩壊は私たちに深甚な影響を与えていると思います。これらに頼れないから、ますますカネと国家の福祉に頼ってしまい、家族や地域を破壊するという悪循環におちいっていると思います。

家族や地域共同体はうっとうしかったから、私たちは無縁の都会に逃げてきたのだと思います。他人から何の干渉も受けない自由を手に入れました。しかし保障を与える企業や国家がこんどは最大の「うっとうしい」、私たちを束縛する「悪」になってしまったようですね。私たちはこの「うっとうしい」対象から、どうやって逃げて、なおかつ保障を手に入れるかという難しい問題と立ち向かわなければならないのだと思います。

江戸時代の地域のセーフティネットは働いていたかもしれませんが、一方ではやはりいまよりもっと厳しい乞食や無宿者、放浪人、飢餓のような状況がおおっていたことも否めないと思います。いつの時代もセーフティネットからもれる人たちを生み出し、壮絶さは過去のほうがもっとひどかったと思います。

基本的に人間はどんなセーフティネットにも頼れない、自分ひとりで生きてゆかなければならないと覚悟するしかないのでしょうし、人々はそのような気概で生きてきて、万事休すのときはそれを受け入れるしかなかったのでしょう。生命とか生き物はそのようなものではないでしょうか。

セーフティネット幻想というものは人間は保障や保険がなければ生きてゆけないというなんだか本末転倒な考えをさいしょにもってくるようで、あまり好きではないですね。

私はまだまだ大丈夫ですよ。
ありがとうございます。

過酷な労働で自殺をした、ということで労災の請求が相次いでいるということです。息子がIT企業のプロジェクト責任者として苛酷な労働の末自殺してしまった、という人を知っています。
たしかに息子さんは責任感が強かったのかもしれません、がある意味自由な精神に欠如していたように思います。
何のために自分は働いているのか、命まで賭ける値打ちのある仕事なのか、会社なのか、ということにもっと真剣に向きあっていなかったように思いました。
今朝、チェ・ゲバラの娘さんがテレビに出ていました。父との思い出を語っていました。
自分の敵をはっきりと理解して、気概をもって行動する。愛する心が行動の源泉になる。やはり娘さんから見ても彼はかっこよかったみたいですね。
教育と医療は無料と言うセイフティーネットの本質に置くキューバの社会制度は彼の理念だったようですね。
なんとなくこの日本にも、静かな革命が芽生えているような気がします。

はじめまして。  
こちらのブログ毎日楽しく読ませていただいております。
未開拓の分野の本もいくつもおしえて頂き助かってます。

ところでリストラ宣告受けられたとの事。労働の奴隷から束の間の解放ですね? 私が以前無業のとき職業研究の専門家にきいたのですが、この国には2~3万の職種があるとの事です。
手に職もひとつのアイデアと思いますが、いっそのこと新職業を開拓も面白いのでは?ユニークなひとりビジネスも今はたくさん出てきていると聞きます。失敗のリスクは非常に高いですが、そんなこと色々と考えていますと再就職を選択するにしても,視野が広がりますよ。 
 
自動二輪免許取られましたら今度は東日本や九州四国にもツーリング進出,期待しております。

雨宮さん、こんにちは。

過労自殺は増えていっていますね。
というより、むかしはもっとあったんでしょうが、それを問題や社会悪と訴える視点や人たちがいなかっただけではないかと私は思っているんですが。

私なんか深夜までの仕事を強制される会社はすぐに逃げ出します。
そういうブラックな企業はなんどか経験したことがあるのですが、やっぱり私はトンズラしましたよ。やってられっかと。

逃げ出さない人は責任感が強い人や、あるいはムリや不可能をやってやろうじゃないかと気概をもつ人なのではないかと思います。
脱走する弱さを認めたくない人ではないかと思います。
自分の弱さやヘタレさ、根性なしというものをもっと肯定していいと思うんですが、それを認められなくて追いつめられるようですね。

チェ・ゲバラはなんかひそかなブームですね。
私は60年代アメリカのカウンターカルチャーやヒッピームーヴメントはひそかな憧れでしたが、チェ・ゲバラはくわしく知りませんのでそんなに共感する人ではないです。カストロのキューバがいい国かというと、そんなにいいイメージはもっていませんし。

教育と医療が無料がいいという話もちょっと申し訳ないですが、私はローマの崩壊につながった市民たちの「パンとサーカス」の要求を思い出して、福祉というのは人間を腐敗させるものだと思っています。残念ながら。

年金を税金でまかなうというアイデアも出されたりしていますが、こんにちの保険料でも破綻したように、税金でもぜったい破綻すると見ています。人間の自己責任、自立心を奪うような福祉は不可能だと思っています。打出の金づちじゃないんですから、年金をまかなうお金がじゃぶじゃぶと入ってくるわけなどありません。それはだれかが稼いだり、重い負担によって可能になるもので、まずまっ先にこっちの計画のほうがつぶれてしまうと思います。

反論ばかりで申し訳ないですが、私は福祉には批判的な立場です。

こんにちは。
B級遊民のススメ(もしくはCozy's 東京スナップ)のCozyです。

リストラ、残念でしたね。でも、案外のんきそうでよかったです。

ハローワークが紹介する職業訓練を受けると失業保険の延長が受けられます。うまくいけば1年は働かずにお金がもらえて勉強ができます。

うえしんさんの希望する訓練があるかどうかわかりませんが、関心がありましたら、ハローワークに問い合わせてみてください。

それではまた。

たいようさん、はじめまして。

はい、労働からの解放です。
世間では失業はクライ、世も末の出来事のようですが、すこしの貯蓄さえあれば、「天国のヴァカンス」になりうります。

新聞やテレビはハルマゲドンのような報道をして恐れさせますが、違うって!
奴隷のようにこき使われた労働からの解放なのに、喜びを教えない大手メディアはやっぱり企業の御用メディアなのだと思います。

新事業というのはどうでしょうか。私はそういう起業家精神というものがかなり欠如しておりまして、だからこそ、職業から後退したがる精神が生まれてしまったのではないかと思っておりますが。

ネットで稼ぐとか、ネットでショップを開くのような夢想は抱いたこともあるのですが、やはり起業家のタマではないな~と思うしだいであります。

でも職を探すにしてもこの起業家精神のコアがないと、職もなかなか見つけにくいものだと思いますが。会社を儲けさせるのようなアイデアを会社もほしがっているものですね。

自動二輪は皮肉なことにリストラを告げられる少し前に入学金を納めてしまいました。とほほ。もう少し早く知っていたら、こんな余裕をこいだ選択なぞしていなかったでしょう。教習には仕方なく通っていますが、なんか状況の違和感をかなり強く感じています(悲)。

失業生活にそなえて節約生活がはじまりますので、バイクのほうは買えそうもありませんね。
原付のYB-1くんを二種登録して、ヴァカンス中に流浪してみようかなとも思っていますが。

おお、Cozyさん!
おひさしぶりです。

ブログのほう、復活なされたようですね。
あの情感ゆたかなスナップ写真をまた見られるのかと思うと楽しみですが、つぎは文章中心になるのですか。
はてなアンテナでチェックさせてもらいます。

失業保険ですが、私は悪用する腐敗した人間(笑)になりそうなので、自腹でしのぐ生活を考えてますよ。

失業のほうは私はかなり深刻に考えないほうなので、どのくびきからも解放された自由な時間を楽しむと思いますよ。

またふたたびよろしくお願いします。

脱OLだっ♪

 
 
 

 
  
はじめまして☆☆


楽しい記事が沢山ありそうですね!携帯からのお邪魔なので、家に帰ってから続きを読ませてもらいます。
 
 
 
 

あやさん、はじめまして。

株のことはあつかっていませんが、ほかのことで楽しんでいってください。

ところでケータイからこのブログはしっかり見れるんですかね。
いちおうケータイのテンプレートをつくったはずなんですが、いまどきケータイをもたない私はちゃんと見ることができるのかたしかめたことがありません。

情報量が多すぎて、ケータイ向きではないサイトであると思いますが。
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