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04 21
2008

書評 哲学・現代思想

『なぜ意識は実在しないのか』 永井 均


なぜ意識は実在しないのか (双書 哲学塾)
永井 均

なぜ意識は実在しないのか (双書 哲学塾)


 こりゃ、だめだ。私はほとんど理解できなかった(笑)。この人は論理学というか、論証というか、言葉の証明ばかりえんえんとやっていて、私なんかそんなことはどうでもいいから、「意識は実在」しないという主張を説明してくれと思った。証明なんかどうでもいいんだ(笑)。意識が実在しないという根拠を説明してくれと思った。

 永井均という人はウィトゲンシュタインやニーチェ、西田幾多郎などの本を書いている。ウィトゲンシュタイン(ウィキペディア)の『論理哲学論考』のような証明論みたいなものに影響をうけたのか、こういう論にとんとうとい私はほとんど歯がたたなかった。私は意識が実在しないとい説明を読みたかったのである。

 大森荘蔵もこういうことをいっていて、私は『時は流れず』(青土社)という著作にかなり感銘をうけた。しかし読んでからだいぶ月日がたってしまって、内容すらも思い出せないほどになっている。だから記憶を補強する意味でこの本を読んだのだが、大森荘蔵のようなわかりやすさはまったく期待できなかった。もう一度、大森荘蔵の本を読みかえすべきか。

 意識は実在しないとはどういうことなんだろう。私は心や思考は「実体のないもの」という感覚は理解しているつもりだ。私たちは心や思考は実体のあるもの、リアリティのあるもの、真に迫ったものとして経験しているのだが、じつは心や思考の経験というのは、いっしゅの虚構だと見なしたほうがいいと思っている。

 ほかのことを考えればそれはなくなっているし、思考や言葉というものは「実体としての存在」はこの世のどこにもない。考えたり、思ったりすることで、「実体性」や「リアリティ」を獲得するのだが、考えなければそんなものは一切なくなる。心や思考というのは雲や霧や煙のようにじつに希薄な存在なのである。

 このような捉え方というのは、癒しや感情のコントロール法にじつによく効く。私はこのような心の理解によって、自分の悩みや恐れ、悲しみといった感情の重みや執着性から、かなり離れることができるようになったと思うのである。セラピーとしての効用が、思考の虚構性にそなわっているわけだ。

 私はこのようなアプローチから思考や心の非実在性や非実体性というものを理解してきたのだが、大森荘蔵がいうには時間も同じように存在しない「仮構」だというのである。意識もそうである。それから先の理解が、読後からだいぶ時間がたってしまって、忘れてしまっているのである。だからこの本に興味をもって読んだのだが、言葉の証明論のようなものに煙に巻かれてしまった。大森荘蔵の本を読むか。


流れとよどみ―哲学断章時は流れず 物と心 物と心時間と自我
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