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04 07
2008

風景写真

桜にはなぜ死のイメージがつきまとうのか



 この季節、桜がきれいに咲くので各地に写真を撮りに出かけました。私はたんに美しいので桜めぐりをしているのですが、どうも桜というのは死のイメージがつきまとうようですね。桜についての本もたくさん書かれていますね。考察の材料・資料はたんまりあるようですが、私はまだそこまで考察を深めるまでの興味をもっているわけではありませんし、考察をつづけるかは不明です。すこしぶらっと写真を屑に考えてみたいと思います。

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 大和川の生駒山中にぶつかる山あいの桜の回廊です。桜の回廊を通るとまるで春の爽やかな精気のシャワーを浴びたような気分になりますね。再生した気分ですね。

 桜に死のイメージが重ねられるのは、「無常観」や「もののあわれ」のように短いあいだに咲き誇って、すぐに散ってしまうというそのはかなさに求められるのかなと思います。桜の花がさらさらと散るさまは、ときにこの世のものとは思えない美しさを感じるときがあります。人生もこのようにたとえられれば、その生の美しさをたたえられますね。

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 桜の向こうに見えるのは生駒山塊を流れる大和川と橋ですね。生駒山中には数々の神や仏が祭られています。あまり知られていないかもしれませんが、宗教上の聖地のようなところでもあります。ここはひとつの聖なる境界かもしれませんね。死者と生者の国の境なのかもしれません。 

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 二上山のふもとに咲く桜です。二上山はご存知のとおり死者の山ですね。古代の人にとって太陽がそのこぶのあいだに沈むことから、あの世との境界に位置する聖なる山と考えられていました。大津皇子が葬られていますね。

 桜は古くは宗教的な木として考えられていたようです。長く厳しい冬のあと、春を告げるように桜が咲き誇り、そして散ります。古代の人たちは冬至や夏至などの季節の節目に神々との交合により、新しい生命、新しい世界が生みされると考えていました。

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 二上山のふもとにある死者の国の入り口とされる当麻寺(たいまじ)のとなりに咲く桜の回廊です。さらさらと桜が散る美しいさまを写真に収められなくて残念です。桜のトンネルで春の精気を浴び、桜は散って死んでゆくわけです。まるで死と再生を象徴しているかのようですね。

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 当麻寺の境内にある桜です。死者の国の入り口である当麻寺に春の再生がやってきます。

 キリストはちょうど冬至のころに亡くなり、三日後に復活しますね。これは太陽や穀霊が冬の最中に死に、新しく生まれ変わって再生することを象徴しているのだと私は考えます。期せずして、この桜の咲く季節の4月8日はシャカの誕生日でもありますね。

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 墓場に咲く桜。むかしの人は死者が埋められたところの木は成長がはやいことに気づきました。それはまるで死者の魂が宿ったかのようです。ご先祖様や神は木に宿ると考えられたのはこのような経験があったのかなと思います。桜は生命が芽吹く春を象徴する意味で、とくに喜ばしい木であったのでしょう。

 釈迦はこの季節に生まれます。仏教の仏は春の訪れとともに生まれ、のちの夏に向かっての生命の繁栄の季節を迎えるわけですね。それはまるで死者やご先祖様の魂が春の訪れを呼び込んできたかのようですね。


桜についての参考になる文献
ねじ曲げられた桜―美意識と軍国主義桜の文学史 (文春新書)新 桜の精神史 (中公叢書)桜伝奇―日本人の心と桜の老巨木めぐりなぜ、日本人は桜の下で酒を飲みたくなるのか?

桜が創った「日本」―ソメイヨシノ 起源への旅 (岩波新書)桜と日本人 (新潮選書)桜文化と日本人花見と桜―日本的なるもの再考 (PHP新書)



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こんにちは

立ち寄りました(^^)のでカキコしました。

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