心ではなくて「身体」が感情するのである



 ふつう人は心で感情を感じるものだと思っているが、感情というのは身体で感じられるものである。悲しみや怒りは心の内部でおこると思われているが、身体がつくりだしているものである。感情というのは身体のはたらき、もっとはっきりいえば筋肉の緊張や収縮と考えたほうがいいと思う。

 われわれは感情の抑制や止め方、切り替え方というものを知っているだろうか。人はそれぞれ自分なりの感情の切り替え方というものをつちかってゆくものだと思われるが、さっこんのうつ病の増加などを見ていると、どうも人は感情とのつきあい方に往々にして失敗してしまうようである。(うつ病の増加は私は精神科医やカウンセラーの増加により、つまり供給側が増えたことによるジャッジの厳しさがもたらしたと考えるが)。

 私もけっこう自分の感情とのつきあい方に失敗して、自分でいろいろ考察してみたので、それなりの心のつき合いかたもわきまえてきた。基本的に私は感情は無視や捨てるという方法が功を奏すと考えている。頭の出してくる思考の流れにつきあうのではなくて、ぽんぽんと捨てるのである。悲観的思考とか悲しくさせる思考を捨てるのである。こういう思考の訓練によって、悲しさなどの感情は捨てられる。

 あるいは考え方を書き換えることによって感情を変えるという認知療法などの方法があるが、これは言葉や考え方が感情をつくるという発想が元になっている。言葉が感情をつくるのである。さらに発展させれば、言葉や心は「虚構」であり、「存在しないもの」であり、「実体のない」ものである。つまり存在しないものになにもわずらわされることはない、となる。心とはあるあると思っているが、じつは「ない」もので、考える、思うという行為によって「つくられる」ものなのである。私たちは心を存在しないもの、悲しみも悩みもないものに、一瞬にして、消してしまうことができるのである。

 このようなことは旧ホームページで考察していたが、トランスパーソナル心理学や仏教の瞑想などにたいへん学ぶことが多かったのだが、いまでも身体と感情について考察した本がアマゾンを通してけっこう売れていたりする。増田明の『ボディートーク入門』とか、片山洋次郎の『整体 楽になる技術』などだ。身体と感情の考察についてけっこう知りたい人がいると思って、この稿を書いているしだいだ。

 たとえば増田明『ボディートーク入門』(創元社)にこう書かれている。

・怒りの感情は背中の中央を硬くさせ、刺激を受けた神経が腹を立たせる。猫のけんかと同じである。胸椎八番は胃の神経とつながっている。

・失恋や絶望感は胸椎三番に詰まりをつくる。心臓の腰がきゅっと縮められる。

・借金の悩みは首のつけ根を硬くする。「借金で首が回らない」だ。

・胃の上部が硬くなるのはいらだちである。胃の下部が硬くなればくよくよしている。

・人前で話すとき緊張するのは、腕のつけ根と胸の間の一点である。警戒した動物がぱたっととまるときにはそこが緊張する。



 われわれは身体で感情をつくっている。原始時代に闘ったり、逃げたりするときの筋肉の緊張やゆるみが私たちの感情の起源だと思われる。怒りは肩や腕をいからせて生まれるものであり、恐れや悲しみは胸を守ったりお腹を固くして守ってきたことが由来しているのである。つまりは筋肉の緊張と弛緩のパターンが感情をつくっているのである。

 怒りをいま表現してもらったわかると思うが、手をきつく握りしめ、腕や肩に力を入れ、肩をいからせるのがわかるだろう。体の上半部に力を入れ、パワーを集中させて闘おうとしてるのがわかるだろう。問題はその闘いの瞬間ではなくて、人間は怒りを頭の中で思い浮かべた思考やイメージで持続させられるということだ。つまり闘っている最中ではなくて、思い浮かべられる四六時中、そのような怒りの体勢をとることができるのである。そのような怒りは上半身の強ばった塊りをずっとつくりだし、その固まりのために怒りの感情を容易に誘発しやすいだろうし、さらに固まりつづけた筋肉は肩こりやなんらかの障害や病気をひきおこしやすいだろう。

 恐れや悲しみは胸を腕で丸めるように守り、腹を固く守ろうとした姿勢に由来していると思われる。内臓は弱く、大事な器官であるため、腕や筋肉の緊張で守られる必要があった。それが恐れや悲しみの元であったと思われる。なにかに襲われたときには瞬間にからだを防備するだけでいいが、思考やイメージでいつまでも恐れや悲しみを持続できる人間は、そのような体の前面を固めて守る姿勢をつづけることになる。筋肉で固めた体は血流がとどこおり、栄養素がいき渡らなくなり、障害や病気のもとになるものである。そのような姿勢はすぐに恐れや悲しみを連想的に誘発しやすくなるだろうし、そのような落ち込んだ気分はずっとつづくことになる。感情とは身体のこのような状態によってつくられるのである。

 このようなことがわかったのなら、私たちは感情による身体の状況をコントロールするすべを手に入れたことになる。つまりは筋肉をほぐすということだ。怒りや悲しみがやってきたのなら、かならずどこかの身体や筋肉を固めていることになるから、そこを意識的にゆるめてやる必要があることになる。といっても筋肉の緊張が比較的に自分ではスイッチを入れやすいのだが、やっかいなことに筋肉の弛緩のスイッチを私たちはあまり知らない。だから怒りや悲しみで固まってしまった筋肉はいつまでもゆるめることができずに、私たちはいつまでもその重苦しい感情をひきずってしまうのである。さらには身体に障害をもたらすことになるかもしれない。

 私たちはせいぜいストレッチの効用を手に入れるか、または緊張と弛緩のしくみを知って緊張の後に弛緩がくることを利用するしかないのかもしれない。意識的に感情と身体のこわばりをチェックするということも可能だろう。固まってきていると思ったら、意識的にゆるめればいいのである。

 心理学が興隆して心に注目が集まることは多くなったが、身体の感情のこういう面はまだおざなりにされている気がする。心とは身体であることを忘れないでいただきたいと思う。感情のケアに心を配るだけではなくて、感情の元である筋肉や身体に心のケアに気を配る必要があると思うのである。


参考文献
ボディートーク入門―体が弾めば心も弾む
増田 明
4422412418

整体 楽になる技術 (ちくま新書)筋肉疲労が病気の原因だった!?―驚異の触手療法疲労回復の本―あなたの心身疲労を気功で癒す

ストレスパワー―プレッシャーが飛躍のバネになる 若桜木虔
ストレスパワー―プレッシャーが飛躍のバネになる

情念論 (岩波文庫 青 613-5)
デカルトの『情念論』は感情の器官での変化を考察していて、いささか古い記述があるが、おもしろい。

▼私の旧ホームページでの考察はこちらから。
 筋肉から感情は解けるか
 書評 身体を知る、筋肉を知るほか



コメント

春眠

こんにちは。

うえしんさんは既に10年前、身体的健康の大切さをエッセイにしたためておられますね。
大変、参考になりました。

考えることは基本的に良くないことだと、最近僕は感じるのです。

思考を捨てる「術(アート)」としては複式呼吸がいいということで、僕は実践しています。

トピックとは関係ありませんが...
非正規雇用に関して興味深く読めた本がありましたので、紹介させて頂きます。

大久保幸夫(他5名)の『正社員時代の終焉』(日経BP)です。
とくに最終章が良かったです。

遊んで暮らしたいものです。

たいく〜んさん、こんにちは。

感情は体から起こるものだ、こういう認識はひじょうに大切だと思っております。でも一般には感情は心で起こるものだという認識がふつうなように思われます。

身体が感情しているのだ、そういうことをしっかりとわかってもらいたいと思うのですが、なんだか心身二元論がのさばっている世の中というか、心が重視されて身体は無視される時代がつづいていますね。たぶん頭脳偏重社会のゆえなんでしょう。医学も身体と心をべつべつにあつかわないと、物質的な治療がおこなえからでもなんでしょう。

思考に楽しみを見い出すべきではない、頭の中に憩うことを楽しみとする習慣は、悪いほうに転げ落ちるととことん転げ落ちますからね。転がり落ちない技術をもてるのなら、いいのでしょうけどね。

『正社員時代の終焉』(日経BP)は2006年発売ですから、私も書店で見かけたことがあります。まだ読んでいませんから中身にかんしてはなにもいえないのですが、こんにちこの方向は自由への道というよりか、否定的に捉えられていることが多いですね。ワーキングプアや格差社会というキーワードで語られることが多いですね。自由や多様性は、格差や貧困の名の下にひれ伏されていますね。そっちの世論のほうはマスコミでは弾圧されているんじゃないでしょうか。

正社員というのはとどのつまり、むかし国鉄がJRとして民営化されたとき、公務員から民間に引きずり下ろされることに怒った職員が社会問題になった状態に近いものだと思います。つまり社会主義国家の「公務員」の資格が失われるのがオソロシイということなんだと思います。

正社員は企業から年金、健保などの社会保障を折半されていますから、いちおう社会主義国家の「公務員」のような状態です。「国民」であるわけですね。いっぽうフリーターはその資格を失うことで、「国民」から引きずりおろされることだと思っています。だから問題になると思っています。

さっさと「国民」をやめて、保障もされない代わりに人生は自由だし、野たれ死ぬのも自由、かわりに税金も社会保障も、ましてや戦争や国のためにはなんにもしないというメンタリティに転換すべきなんだと思いますが、そこまで踏み込めないようですね。私たちはまだ保障と安定がほしい。

「国営品」の人生は、おそらく北朝鮮と南朝鮮との境界線がなくなるときに、この極東地域の社会主義はほんとうの意味で終わるのでしょう。

はじめまして。

はじめまして。
つい先ほど " 理想のパラドックス " をキーワードに
ググってみたところ、うえしんさんの

■奴隷に身分保証が与えられる社会を、
日本はなぜつくったのか 2006/3/4 

がヒットしたのがご縁で遊びにきました。
実は自分はうえしんさんとほぼ同時代のいわゆる
“ ニート ” なのですが随分元気づけて頂きました。
ありがとうございます。

実はたまたま数日前に「身体が感情をつくっている」
一つの例になるのではないかと思われる記事を
目にしていましたのでご参考までに報告させていただきます。
人工心臓が「常に一定」の血流生み出すために
「感情がなくなってしまった」人の話です。

人工心臓と引き換えに、感情を失ってしまった男
http://www.gizmodo.jp/2007/08/post_2122.html

それでは時々寄らせて頂きたいと思いますので
どうぞよろしくお願いします。

はじめまして、けんぞうさん。

私と同年代でニートをやっているとけっこう気苦労があることだと思います。
稼ぐ方法とか、企業にもぐりこむ方法とか、抜け目なく編み出してください。
あるいは生活がなりたつのなら、なんの問題もありませんね(笑)。

「人工心臓と引き換えに、感情を失ってしまった男」の紹介ありがとうございます。なるほど血流が感情を消してしまうというのは、恐怖や不安を感じているとき、体じゅうの血管は収縮しますから、そういう感情を感じなくなるのはありえることですね。

敵に襲われて出血を少なくするために血管は収縮します。それが不安や恐怖という体内環境なわけですが、人工心臓はその状態を消し去ってしまうわけですね。

感情がないことを嘆いていますが、仏教や禅は古来感情がない不動の心をもとめて坊さんは修行してきたわけですから、変な話ですね。だれかの理想はだれかの不満の種になる。贅沢なものです。

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