『データはウソをつく』 谷岡 一郎


データはウソをつく―科学的な社会調査の方法
谷岡 一郎

データはウソをつく―科学的な社会調査の方法


 マスコミのいうことに腹を立てたことはないだろうか。強制や命令の圧力を感じて不快に思ったことはないだろうか。データがなんだかヘンだと思ったことはないだろうか。

 私はとくにマスコミの強制感や支配力に腹をたててきた。孤独なやつはかわいそうだとか、恋愛しない者は恥だとか、流行やブームに乗り遅れるやつはカッコわるいだとか、おまえは精神病質だとかいわれたり、常識や規範はこうだといわれて、マスコミの強大な強制力にずいぶんと腹を立ててきたものである。

 でもたいがいの人はマスコミの強制力や空気とよばれるものの力によってなぎ倒されて、従わされることがほとんどだと思う。「新聞がいっていた、TVがいっていた、雑誌がいってた、だから(正しいから)従え」というようなことは一度は人にいわれたことがあると思う。そのような強制力をバカらしいと一蹴できるようになるためにはマスコミの利用するデータのウソっぱちをしっかり嗅ぎ分けられなければならない。

 この本は「誰がなんと言おうと、自分で考え、疑い、そして他の可能性を求める人間になることで、その意味で、「他に可能性はないか」と考える人間になってもらいたいのです」ということだ。

「世の中、半分以上のデータは単なるゴミだと考えるべきです。半分以上というのは好意に過ぎると思います(本当は七割〜八割だと思う)。」



 という著者は「図やグラフを見たら、アラ探しをしてみることを勧めます」といっている。マスコミはどうやって事実をねじ曲げるかというと、世論を誘導したり、意図的な省略と曲解をおこなったり、表現によって誘導したり、データを誤用したり悪用したり、相関と因果をごちゃまぜにしたり、とさまざまな方法をつかう。

 世の中というのはそれぞれの人や集団の「利益」や「損得」でなりたっているものである。公平中立の知識なんかむじゃ気に信じるべきではない。どの個人も集団もみずからの利益や損得があるものである。とくにこんにちのような消費社会や広告社会において、自集団に利益がもたらされるようなデータや情報が流されるのは基本的前提と考えたほうがよい。データや情報は自己の利益から発信されるものである。自商品が売れるためであるのはもちろん、自集団に益をもたらすもの、パーソナルなことがらに利益がもたらされるものを根底にデータや情報は発信されるものである。

 残念ながらみんなが公平に利益がもたらされるような立場や情報なんかないから、データは都合のよいように使われたり、ねじ曲げられたりするのである。そのことはこの社会の絶対的条件と捉えておいたほうがいいだろう。

 この本はそのようなデータのウソを見抜く方法を教えてくれるわけだが、こういうデータや方法論をあつかった本は難しくなりがちなのだが、まあページも薄いし、まあまあは参考になると思う。世の中、学校に習ったような厳然とした「正解」や「事実」があると杓子定規に信じている人にはぜひこのような本を読んでおくべきなのだろう。相対主義のポストモダンの思想でもいいけど。

「この「自分で考えること」はあえて強調しておきますが、リーダーになる必要条件です。これができない人間は使われる駒にはなれても、駒を動かす人間にはなれないのです。これは本当に本当です」



 なおこの本はネットで調べた「平均のウソ八百とバカさ加減」というエッセイの知識の補強をするために読んだ。平均というのは大多数の真ん中にピークがくると思っていたら所得や貯金額では多数が平均以下におさまってしまうし、平均寿命は勘違いされやすい数字である。データってなんかおかしいし、物事をしっかりと捉える役割を果たしているのか疑問に思って、もっと深く理解するつもりでこの「リサーチ・リテラシー」の本を読んだという次第だ。

 下記に関連文献が何冊か載せられているが、けっこう興味深い本もあるようで、もうすこしこのジャンルについて読んでみたい気がするのだが、こういう本って目的のための「手段」を調べることにあるからどうも手がこまねいてしまうのだな。言語学でもそうだが、言葉は手段であるけれども、点検してみるとけっこう大きな発見が手に入れられるものである。手段や道具に蹴飛ばされていることが多いのである。ハンドルやブレーキを知らないで車に乗っているようものだ。しっかりと機会をつくるべきなのだろう。


「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ (文春新書) 統計数字を疑う なぜ実感とズレるのか? メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書 (298)) 「あたりまえ」を疑う社会学   質的調査のセン (光文社新書) データの罠―世論はこうしてつくられる (集英社新書)
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