FC2ブログ

HOME   >>  書評 労働・フリーター・ニート  >>  『大正・大阪・スラム』 杉原薫・玉井金吾編
01 07
2008

書評 労働・フリーター・ニート

『大正・大阪・スラム』 杉原薫・玉井金吾編


大正・大阪・スラム―もうひとつの日本近代史大正・大阪・スラム―もうひとつの日本近代史
(1996/09)
杉原薫・玉井金吾編

商品詳細を見る


 これからの日本はスラムがあったような戦前に戻るのではないかという恐れから読む。雇用の低賃金化や流動化がすすむと、戦前の悲壮な貧困がよみがえってきてもおかしくないのではないか。政府や企業はそこまで落とすつもりなのか。そのような恐れから明治や大正の労働報告書である『日本の下層社会』や『女工哀史』を読んできた。それを地図の上に落としこむこの本を読んだわけであるる

 この本は研究書、専門書であって、おそらく一般読書向けの本ではない。データがやたら多くて、文章もアカデミズム向けであって、一般の読者が戦前のスラムの状況を手にとるように理解させてくれるわけではない。血のかよった見聞ができるわけではない。

 この本では日本橋・釜ヶ崎スラム、西浜地区、東成在阪朝鮮人のスラムがおもにとりあげられている。写真や絵、肉声やエピソードで語られたスラムではなくて、データでほとんどが伝えられているので、スラムのじっさいを知らない私にはなかなかつかみどころのない話が多かった。ただ地図のうえでかつてはこの地域にスラムがあったのかと感慨深い気持ちになった。

 大工場の紡績女工の賃金は大正期に急上昇したのだが、スラムの子女による低賃金労働は根強く残り、日本の国際競争力を高めていたといわれる。スラム労働力市場が日本の綿製品・雑貨輸出の価格をおさえる役割を果たしたのである。貧困や部落差別でスラムに流入した労働力人口はますます低賃金を生み出す構造となり、日本の国際競争力を下支えしたのである。これからの日本はこのような役割を一部の人たちに押しつけるつもりなのか。

 大正末期には教育水準を根拠に、部落住民や朝鮮人を差別したほうが容易になりつつあった。かつての差別は近代的価値規範に適合的な人物であれば、差別する根拠を失いつつあったのである。そして近代日本の労働は女工からはじまったが、彼女たちはそれゆえに近代労働規範を子息たちに植えつける役割を果たしたのである。

 釜ヶ崎の大正のころの職業をみると、人夫や沖仕のようなこんにちと同じような日雇い労働が多いわけだが、屑拾いも多くいたし、下駄直しも盛んだった。かれらは日雇いのように使い捨てにされたが、雇用主にとってはフレキシブルな労働力と重宝がられ、経済上・社会上欠かせない役割をも担っていたのである。

 スラムの子どもたちはマッチ工場や硝子工場で働いたりしていたが、マッチは日本の重要輸出品目であり、8番目の位置をしめており、かれらの低廉な労働力が日本の輸出競争力を高めていたわけである。また硝子工場の労働は少年徒弟たちにその過酷さで恐れを抱かせるものであった。

 より安価で過酷な労働に耐えうる労働力として、朝鮮人がおもに朝鮮南部の済州島から定期航路によって大量に運ばれてきた。日本に行けば仕事があり、金になり、米の飯が食えるといって、島の住民が危機を抱くほど、出航ラッシュはつづくのである。東成鶴橋・中本にくれば親族・地縁のものの援助も当てにできるということで、そして彼らは日本人が嫌がる仕事を長時間・低賃金についていったのである。ある朝鮮人の回想によると楽な仕事は日本人で、しんどい仕事は朝鮮人がおこない、「つろうて、つろうて、大阪の工場、なんべん変わったかわからしまへんね」といっていた。

 日本の国際競争力というのはこのようなスラムの低賃金労働力に支えられ、そして世界への輸出攻勢がかけられたのである。労働コストをぎりぎりに切り詰めて、ようやく安価な製品輸出が可能になったのである。そしておそらくは世間の一般の人たちはその貧困や汚さで彼らを排除しようとしたのだろうけど、彼らを必要としたのは日本の競争力のためや雇用者のコスト削減のためではなかったのか。生活もままならないほどの低賃金を必要としたのは日本の国際競争力のためだったのではないか。スラムの住人を経済や国家の犠牲者とみるまなざしが必要だということである。これはげんざいの貧困についてもいえるだろうと思う。


関連記事
Comment
Trackback
title>
Trackback URL
Comment form









管理者にだけ表示を許可する






プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

Kindle本、2冊発売中です。

google adsense
全ての記事を表示する
ブックガイド特集
月別アーカイヴ
FC2カウンター

Page Top