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02 19
2006

書評 心理学

『キレないための上手な怒り方』


4907725205キレないための上手な「怒り方」―怒りたいのに怒れない、怒ると人を傷つけてしまうあなたに
クリスティン デンテマロ レイチェル クランツ Christine Dentemaro
花風社 2000-12

by G-Tools

 職場でブチギレそうなことがあるために緊急に読む。私はムカついて相手の無視を決めこみ、相手は抵抗するためにますます騒いで、私はますますムカつく。殴ってやろうかとも考えている。

 私は基本的に穏やかな人間だと思っているが、許せないことにはなかなかゆずれない。職場でもさいしょの1、2年は無邪気に笑って過ごせるけど、だんだんムカついてきて沈黙してゆくパターンが多い。なんでだろうと思う。私が怒ることでまわりにも波及してゆき、人によって反応はまちまちであるが、不快な種を蒔いているのはたしかである。

愛と怖れ―愛は怖れをサバ折りにする。  怒りについてはジャンポルスキーの『愛と怖れ』にたいへん重要なことを学び、怒りを捨てることの実際的な効果を私は知っているはずである。人を「直そう」とすることは攻撃であり、人は怖れによって防御しようとするのである。だから怒りの感情を捨てれば、相手の腰を折り、拍子抜けさせてしまうのである。

 だけど、許せいな場合の怒りはどうするのかという課題は残っていた。どうしてもその人が許せいな時には私は怒りを捨てるべきなのか。私の「正しい」ことをしているんだという気持ちや、「直さなければならない」と思っていることを、手放して、相手と和解することはできない。

 さいごの手段として無視を決めこむことになるのだが、これをすると、相手はしゃべり、騒ぐという抵抗手段に出る。持久戦になる。私が怒れば相手の思いのツボにはまったわけだが、いつまでもいやがらせをつづけられると、私もガマンが限界になる。

 ということで職場で殴る前に緊急に怒りについて考え直そうということになった。この本の中ではさいごのほうに許すことについて書かれているが、やっぱり納得はできないのである。う~ん、相手にしない無視という方法はまだ許すということではないのである。どうすべきなのか。

 この本で怒りについて銘記しておきたいことは、怒りはもしかして人によって呼び名が違う場合もあるということだ。この感覚を「わくわくする」「やる気がわいてきた」と思う人と、「怖れ」とか「いやになる感覚」と捉えている人もいるというのだ。

 怒りの感情をもつことは「悪い」ことだと思っている人は、自分が怒っていることすらわからなくなるし、怒りの表現もできなくなるということだ。いい人と怒りは両立するし、怒りが他人の迷惑になるのは人を傷つけるような表現をしたときだけである。怒りの感情を無下に否定するのはよくないのである。

79522366[1]11.jpg 人は「不当な扱いを受けている」とか、無力感を感じたり、自尊心を傷つけられたりしたら、怒りやすい。キリストやシャカならこれは頭の中の「絵空事」の自分を守っているに過ぎないから、そんなものは捨てろというだろう。この方法は認知療法や、「自我」とは自己正当化と自己讃美キャンペーンにすぎないと喝破したベンジャミン『グルジェフとクリシュナムルティ』に多くを学べる。

 さて、私は相手を「直さなければならない」、「自分は正しい」と思う気持ちを捨てられるだろうか。どうしても許せいな相手を許すなんてことはできるのか。


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許せない奴は我慢の限界が来たら殴り殺してしまえばいいと思う。
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