『職工事情〈下)』 犬丸 義一校訂
職工事情〈下〉 (岩波文庫)
犬丸 義一

下巻ではそれまでの統計データと違い、工女虐待などの新聞記事や職工たちの談話が収録されていて、よりリアルな職工像に迫ることができる。
明治30年代初頭ころ新聞記事に工女脱走や虐待のニュースがとりあげられて、世間を騒がせたようである。工場法が成立する十年ほど前にこのような無法な労働地帯がまかり通り、朝は5、6時から起きてすぐに働かされ、夜の6、7時に終了する場合がふつうだが、11時、12時まで夜業がおこなわれることもまれではなかった。つまり寝ている時間以外すべて酷使されつづけたのである。休みも月2回が標準であったようである。
なかでも読むに耐えないのが、埼玉県下足立郡のコールテン織物工場でおこった虐待事件である。何人もの女工たちの聞き取りが羅列されていて、もうこれはすさまじい。鉄道での自殺事件にはじまり、仕事の遅いものを裸体にさらし、あるいは縄で鴨居に縛りあげて殴打し、雪中をひきまわしたり、竹片で陰部をかきまわしたり、盲女になる者もあり、凄惨な虐待事件が工女たちの口から直接語られるのである。小僧も虐待の犠牲になり死んでいる。読むに耐えない。
こんな虐待や罰則が明治の工場にふつうに蔓延しており、だから脱走や逃走、移動の激しさがおこっていたのだろう。日本の資本主義というのはこのような暴力的酷使からはじまり、その原型をこんにちまでもっているものだと思われる。法律や人権が制定はされているのだが、力関係や実情は基本的には変わらないのだと思う。工場や企業の中に公権力が入ることはめったになく、原生的な力関係は明治のころと同じである。
仕事は朝の4時、5時から働かされるということはなくなっただろうが、夜の11時、12時まで働かされるということはこんにちでも多く残っており、多忙な業務では徹夜もまれではない。こんにちではそういう事実はポジティヴに解釈されていたり、仕事に精勤していたり、がんばっていると評価され、批判的・否定的に社会に認識されることは少なくなっただけ、始末が悪いともいえなくはない。
このような明治の労働条件は子どもの就業の禁止や女性の深夜労働の禁止、労働時間の制限や週休二日の導入など数々の権利や法律が介入して、労働条件はだいぶマシにはなったのだろうが、根本的な放置条件は同じのは変わっていない。工場や企業の中に入ると、そのような権利や人権はたちまち消え失せてしまう。このことは絶対に忘れるべきではない。
この『職工事情』は明治の貴重な労働のありさまを伝える資料であるけれども、明治の労働はどんなに違うのかと思って読みはじめたが、落ち着いて見てみると、基本的なことはなにも変わっていないのではないかという思いがしてきた。現代このような過酷な労働条件は克服された、前近代的な労働状況は改善されたと思われているからこそ、暴力的な労働の本質は放置されたまま残っているのではないかと思う。労働の過酷な本質は制御されていない。われわれは幸福な労働や社会に生きているのだろうかと深く疑問に付さざるを得ないのは変わっていない。
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コメント
自由からの逃走
世を騒がせているもの
相撲のしごき死にしろ食品偽装問題にしろ、世間を騒がせていることは、いままでずっとあったことですよね。食品偽装問題なんて、むかしは犬の肉が入れられているとか(笑)、もっとびとい話を冗談半分で聞いたことがありますが、終戦後とかもっとひどかったと思います。
なんでいまさらこ当たり前的なことが問題になるのかと思います。私だって20年前の高校のときスーパーのバイトで賞味期限偽装をやるのが朝一番の仕事でした(笑)。
マスコミがバッシング・ネタが切れて、しょうがなく、ありきたりの食品偽装とかひっぱりだしてきたのかな〜と思います。建築偽装問題なんて、あれは基準が高くなりすぎじゃないのかなと思っています。終戦後にバラックとかそんな基準の高い建築物なんか建てられたでしょうか。
ありきたりなものはネタがいくらでもあるから、バッシングの材料に好適合ということなんでしょうか。しかし逆にいうと、よくこれまで放置されてきた当たり前のことによくメスを入れる気になったもんだと思います。なんでいまなんでしょうね。
大衆のガス抜きをしてやれ、ということでなにかほかのことの目を隠すためにバッシングはおこなわれていると読むのは、うがち過ぎでしょうか。
石油は値段が上っているみたいですね。なんでもアメリカのサブプライム問題から逃げ出した資金が、手堅い石油の投機に向かったという話を聞いたことがあります。カジノ経済が生活を破壊するのはたまったものじゃないですね。脱消費どころか、生活の底が抜けてしまいますね。不穏な時代にならなきゃいいですが。
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卑近な例で恐縮ですが、封建主義の残る角界は、良くも悪くも日本の職場そのものだと僕は感じています(ちなみに千代の富士の頃は相撲ファンでした)。
つまり、番付によって支配するか、されるかの世界ということですね。
戦後は、アメリカから “3S(スポーツ、スクリーン、セックス)” という文化が輸入され、徹底的に民主化が図られ、しかも属国にならなかった。
しかし、60年たった今も、先進国と言われながら、キリスト教と英語だけは根付いていない。
駅前留学も風前の灯火ですしね。
要はユーモア精神が欠如したツマラナイ社会だということでしょう。
遊びといえどもまずカネですから、そんなものに本当の価値は無いですね。
関係ないですが、石油が100ドルを突破する勢いらしいです(既に大台?)。
今までが安すぎたのがから、これを機に世界の情勢が脱消費に向かえばいいなぁと僕は夢みています。
では。