求人の年齢制限が禁止されても。


 2007年10月1日から求人の年齢制限が禁止されるそうである。求人や就職情報誌から原則的に年齢の記載がなくなる。

 厚生労働省(PDFファイル)
 http://www.mhlw.go.jp/topics/2007/08/dl/tp0831-1a.pdf


 求人の年齢制限が30歳や35歳の壁に何度も嘆息してきた私としてはたいへんにありがたいニュースである。この年までに人生を決めなければならないのかと絶望してきたが、まあ希望をもてるようになったといえるのだろうか。

 かつて私は「年齢差別について考える」(99/7)というエッセイを書いた。中高年のリストラが世間を騒がせているのに求人は30歳までばかりだ。こんな世の中では年をとったときに仕事がないではないかと将来を憂えた。

 いろいろな人の努力が実ってと思うが、原則として年齢制限が禁止されることになった。だが政府が禁止したからといって、実情が変わるとは思えない。政府のやることはだいたい裏目に出る。だからこそげんざい政府のやることなんか信用できるか、という市場原理主義に戻ろうとしているのだ。

 玄関だけは年齢制限がなくなるだけで、中身は年齢制限だらけになるというのが実情になるだろう。企業の内にまで政府の規制なんかかけられるわけなどないのだ。能力や実力といったものはどうせ測れないから、年齢に頼るのだ。

 そもそも求人の年齢制限はなぜ30歳までだったのだろう。30歳までしか仕事を覚えたり、会社になじめないと考えられていたのだろうか。終身雇用や年功序列がよく働いてた企業環境にあったからだと思うが、この制度のもとにある、人は一つの会社を勤め上げるのが偉い、みだりに転職するのは転落の人生だ、といった就業観はなぜ生まれたのだろうか。

 戦前は日本もアメリカなみに転職が多かったそうだ。熟練工をつなぎとめておくために企業はいろいろうまい話をつけてくる。もちろん優秀な、会社に残ってほしい人のためだけにだが。たとえば退職金であったり、勤続奨励金であったり。そして戦時中の国家総動員体制のもとに転職の禁止や全体主義的な職業規制が設けられていったのだろう。

 しまいには年金や健康保険の企業の折半や、高度成長期におけるベースアップ賃金によって、ひとつの会社から離れることがマイナスになる企業環境を完成させていったのだろう。企業ものぞむし、労働者もともに会社を転職することは損だとなって、終身雇用や30歳までの年齢制限が編み出されていったのだろう。

 すべては高度成長の人手不足感が、労働者を囲い込む政策をつくらせてきたのだ。しかし平成不況からの右肩下がりの経済において、たちまちその脂肪太りの体質を切り落とす必要が出てきた。中高年のリストラや若者の非正規雇用によって当座をしのごうとしたわけだが、仕組みが高度成長のままであったから、これらの企業福祉から捨てた人たちはまったく戦後の護送船団から放り出されて途方に暮れるしかなかったのである。求人の年齢制限など高度成長期の慣行のままである。

 そもそも求人の年齢制限はひとつの会社にながく勤めるほうが得である、という経済環境にもとに成立したものである。労働者にとって年功賃金や退職金が上るし、年金や健康保険も安心である。企業もながく自社に尽くしてくれる人材を大切にしたい。このような環境にヒビが入ったのは、右肩下がりの時代になってからで、企業は生涯丸抱えの人材を放り出す必要が出てきた。中高年を放り出せば社会的非難が大きい。よってなにも知らないし、損得計算もまだない若者にワリを食わせて、賃金アップも社会保障もない非正規で働かせようということになった。

 問題は高度成長のしくみと、低成長時代のしくみが並立していることである。リストラ中高年や若者フリーターには低成長時代の環境をたっぷり味わわせて、残った中高年サラリーマンや企業は高度成長の甘い蜜をたっぷり味わおうというわけである。年齢制限もこの高度成長時代のしくみが残存したもので、低成長時代に対応せずに、自社にながく貢献する年齢の者だけを企業は採用したいわけである。いちど脱落した人たちはこの「高度成長クラブ(社会主義クラブ?)」に入れない、存在しないとしてきたわけである。

 玄関の門戸をひろげても意味はないだろう。企業の年齢制限を支えているものは、優秀な人材をながく企業にとどめて貢献させようという意図である。たくさんの福祉を積み重ねてかれを会社から離れさせなくさせる。国家の福祉もその企業の意図を後押ししてきたのである。おたがいの好条件のレールから外れる人たちを企業はのぞむものだろうか。

 年功賃金も退職金の割り増しもある。多くの企業はいぜん勤続年数の長い者に賃金アップを上乗せしてきていることだろう。年功序列では中高年はとうぜんにこの体系に組み入れにくい。また年齢による経験の蓄積があり、その序列で組織がなりたっているから、年齢の序列になじまない中途転職者は立場上も難しいものになるだろう。

 求人に年齢制限がなくなるといっても、それを必要としてきた企業の条件や序列にテコ入れでもしないかぎり、暗黙の求人年齢制限が残るのはとうぜんだろう。差別用語や禁止用語を増やしても、実態が見えなくなり、水面下に潜るだけである。企業の採用の実態というものが、企業というものがますます外側の人間からは見えなくなる可能性が高まっただけかもしれない。

 私としては終身雇用のひとつの会社しか知らない、それだけの人生というのは、心の底から恐ろしい人生に思えたものである。井の中の蛙の人生に終わる人生の不幸を心底恐ろしいと思った。もっと世間や会社や、いろいろな人々を見てみたいと思ってきた。だから転職が何歳になっても可能な明るい社会になってほしいと思ってきた。何歳になっても世間の新しい面、新しい職業や役割の人生を選べたら、人生楽しいだろうなと思ってきた。

 終身雇用や終身保障の人生は生涯をひとつの会社に拘束するから、これほどまでにつまらない人生はないと思ってきた。しかし世間はどうも違うらしい。一つの会社にながく勤め、安定していることが偉く、転職をくりかえす人は転落した人生だと思うらしい。私にはそんなせせこましい、社会主義国のような生き方ほどつまらないと思うのだが、すべての金銭的保障をそのような「正しい人生」を選択するように塗りたくってきたわけである。ほんとうにこのような人生が掛け値なしの幸福なのかはおおいに疑問なのであるが。

 年齢制限がなくなっても、現実には年齢の壁は強く残るかもしれないが、もしかして夢や希望があると勘違いできる余地もなきにしもあらずだ。採用側もりっぱに優等生のように年齢差別を禁止する企業も出てくるかもしれない。へたをして、そのようにこの政策が転がってくれれば棚からぼた餅なのであるが。


コメント

To do or not to do

こんばんは。

本日から求人の年齢制限が撤廃されたとは、寝耳に水でした。
また、過去のエッセイと連動した文章には深みが感じられました。

さて、戦後の日本では、男が家庭を築くという事が普遍的とされてきましたね。
60年以上も、お上に都合の良い論理が罷り通ってきたということでしょうか。

会社の給料が年齢と共に上がるなんてふざけている、と感じなくもありません。
話は180°変わりますが、阪神タイガースの亀山選手の背番号は00で、「フザケタ」なんて呼ばれていましたね(苦笑)。

失礼しました。
で、98年に、経済のビッグバンがありましたけど、少しは市場化が進んだのだと思いたいですね。
僕としては、サラリーマンがフリーランサーのように、自己責任、自助努力で仕事ができるようになればいいのですけど・・・。
自由でありながら、厳しくもある人生を送った方が納得がいくと思うんですよね。

満員電車で通勤する、夜12時まで仕事をしてネットカフェで寝る、真夏の都会でスーツを着て歩く・・・なんてことがクレイジーだったと気付くはずです。

ともあれ、35歳をボーダーラインとする傾向は当分残りそうですね。
貨幣経済ですから、正社員として月給が保障されている生活が最もリスクが少ないわけですから、まだ雇う側に主導権があるといえそうです。

正社員に派遣社員、そして契約社員、バイトなど、雇用形態は様々ですが、うえしんさんの言われるように、重要なのは人材市場の流動化でしょうね。

いい条件の仕事と出会えば、すぐに移れるような環境作りも大事ですが、合わない仕事だったり、嫌な上司がいる職場だったらすぐに辞められることも考慮していく必要があると思います。

では。
長文、駄文、すみませんでした。

たいく〜んさん、こんばんわ。

へたに転がれば、日本人の生き方が変わるほどの大ニュースだと思うのですが、TVでニュースをちらっと見る程度ではほとんどニュースとしてとりあげられていませんね。

まだまだ新卒で一生勤め上げるのが日本人の人生コースだと思い込んでいる人たちがたくさんいるのでしょうか。がく〜、です。

求人誌をみて年齢制限が書かれていないのは驚くでしょうね。もう五割は年齢不問になっていたらしいですが。でもたぶん30歳定年のカベはそうとうに厚いと思いますが。

年齢制限がないと喜んで中高年が電話をかけると即断られるのがざらなんでしょうかね。めげずに挑んでゆく中高年が高年齢の転職市場を広げていってくれることを願いたいです。

私はべつにサラリーマンがフリーランサーのように、自己責任、自助努力で生きてゆくようなエリート的な転職市場ができあがるのを望むというよりか、どこでもいいから何歳になっても、もぐりこめる会社があればいいな〜と思っています(笑)。何十年も同じ会社と家の往復だけの人生ってあまりにも人生が狭すぎるように感じます。

しかし日本の会社ってだいたい年功序列でなりたっていますし、年下の上司につくことはなかなか気まずいものがありますね。そういうフツーの感覚が30歳までの年齢制限を支えてきたのかな〜とも思います。

この年齢不問の求人がうまく回ると日本人の人生は大きく変わる可能性はあると思うのですが、おそらく男女雇用機会均等法が施行されてもたいして男女格差が狭まらなかったように、期待薄の政策に終わる可能性はありますね。ニュースのとりあげ方にもそれが表わされていて、たいく〜んさんも知らなかったように、あまり多くの人には耳に入らないニュースで終わってしまうんでしょう。

私はこの時点が日本人の生き方を変えるターニング・ポイトンだったと回顧できるような時がきてほしいです。そりゃ、ムリか。。。

はじめまして。

面白いのでいくつかの記事を次々と読んでしまいました。

まったくもって注目度の低い法改正です。
けれども、これが蟻の一穴となるかもしれませんね。

しかし、現実は厳しいものです。
自分の人生は正しい(かった)と思いたいのが人間です。
自分が一つの会社を勤め上げたら、それが一番と思いたくなるものです。
そして、そういう人々が現在の多数派を形成しているのでしょう。

ただ、転職する人が増えるにつれ、世の中の空気も変わると思います。
そして、些細だけどこういう法改正も下支えになるのだと思います。

継続して勤め上げた人が賞賛される一方、
多様な経験をした人も賞賛されるようになればいいなぁと・・・。

はじめまして。derechoさん。

この改正雇用均等法はほんとに注目か少ないですね。それだけアテにされてない法改正なんでしょうか。

私は二十代のころ、作家に憧れていて、彼らの経歴をみると「職を転々とうんぬん」というプロフィールをよく見て、あ〜、そんな人生いいなあと思ってました。これは世間の、生涯同じ会社を勤め上げるのが正しい生き方という考え方とまったく逆さまですね(笑)。世間では転落の人生だ。

それでも私はひとつの会社に囚われつづける人生なんてつまらなさすぎると思っています。だからもっといくつになっても転職できる社会のほうがいいなと思ってきました。

この法改正が日本人にもっと多様で自由な生き方が私たちにも開かれているんだという思いに気づかされるきっかけになってくれればいいですね。

ひとつの会社にしがみついて、やめたいやめたいと思っていても、不利な面があるために我慢しつづける人生なんて悲壮すぎますよね。

経済学でも、フリードマンとかハイエクの自由主義者の言い分ですが、労働者が守られるのは解雇の禁止ではなくて、転職先がたくさんあることだといっています。その意味では会社に囲い込まれたこれまでの日本人の人生は守られていなかったといえますね。

つぎに変わらなければならないのは日本人の意識のほうですね。


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