『カイン―自分の「弱さ」に悩むきみへ』 中島 義道


カイン―自分の「弱さ」に悩むきみへ (新潮文庫)
中島 義道

カイン―自分の「弱さ」に悩むきみへ (新潮文庫)


 生きにくさや弱さ、繊細さで苦しんでいる人にはとても救いになる本だろう。中島義道はそれは「いい子」や「善人」であることに原因をもとめ、その破壊策や脱出法を教えてくれる。中島義道自身は逆噴射しすぎだと思うが(笑)。

「「いい子」とは、大人たちが結託して作ってきた一つの犠牲者なんだ」



 このからくりがわからないと、「いい子」は一生親や世間の犠牲者になり、生きにくさやつらさを抱えて生きることになるだろう。つまりは「いい子」というのは他人の都合や利己主義に徹底的に迎合するように編み出された親や他人の合成物なのである。ぜんぶ他人の欲望の都合や親の世間体などの欲望でできあがっている。

「きみは自然にしていると、いたるところで他人と対立してしまうことを知っている。だが、きみは他人と対立することが怖い。だから、自分を押し殺してまでも他人に合わせようとする。自分が傷つかないように」

「善良な市民は「ひとに迷惑をかけるな」という言葉が大好きだ。〜だから、先の言葉は、おまえはみんなに迷惑をかけるなという意味であり、みんながおまえにかける迷惑は我慢せよ、いや迷惑ではないと思え、という意味なのだ」



 「いい子」というのは他人が不快になったり傷つかないようにするために、サンドバックのように自我を押しつぶされた人間のことである。だからこそ、「いい子」なのである。まあこの「いい子」というのは力の強い大人や他人に囲まれている場合には仕方がない生育方法なのだろう。力の強いものには迎合し、顔色をうかがい、かれに迷惑をかけないように生きるしかない。

 それを心理学では「アダルト・チルドレン」とよぶ。中島義道はこの克服法を徹底的に自分の自我や力を表出する方向にもとめる。つまり人に迷惑をかけ、怒りまくり、自己チューに徹するというかたちである。

 その方法がすさまじい(笑)。「親を捨てる」「なるべくひとの期待にそむく」「怒る技術を体得する」「ひとに「迷惑をかける」訓練をする」「自己中心主義を磨きあげる」「幸福を求めることを断念する」――などなど、いい子脱出法の必殺技噴出である。

 他人のエゴイズムの犠牲になっていた自分から、徹底的にエゴイスティックな人間の変貌をおこなうのである。自分の身体に縛りつけられていた鎖を、外側の他人に振り回そうというわけである。これはたしかにひとつの解であるが、ほんとうにそれを実践・体得してしまう中島義道の強さや強引さはすさまじい(笑)。あっぱれというか、思わず伏せて拝みたくなるのだが、身近には関わりたくないものである(笑)。

 アダルト・チルドレンの克服法で加藤諦三の本をよく読んだことがある。親の行動や言動をひとつひとつ憎みつづけるという方法で、たしかにアダルト・チルドレンに育ててしまったのは親であるけれども、大人になった者が何十年も前のことを恨みつづけるのは違うと私は思うようになった。これに比べれば、中島義道の方法のほうが正解だろう。

 「やられていたことをやり返す」というわけだが、行き過ぎも児童虐待の連鎖のように危うさも潜んでいないとは思えないのだけれど。まあ、私は自分を縛っていたものがなんなのか、迷惑をかけたりエゴイスティックになっていいと知るだけでも、だいぶ自分を解放するものだと思うのだが。

 中島義道の悩みつづける著作について疑問に思っていたことがひとつあるのだが、どうして禅や仏教のように悩みや思考を捨てる方法を獲ようとしなかったのかということがあった。師は仏教に接近したといえる大森荘蔵がいるし、哲学者でもマルクス・アウレーリウスやエピクテトス、アランなどは悩みや思考を捨てる方法を説いているのだ。なぜこの叡智を活用しようとしなかったのだろう。

「外形的にも、当時のぼくにとって四〇歳を過ぎた男たちの醜さは限りがなかった。それは、社会に順応してしまった醜さであった。悩まない者の醜さ、悩みをうまくコントロールしてしまった者の醜さであった」



 そして悩んでいる若者を美しく感動的だという。なるほど中島義道は悩みを克服することをやめ、思索や哲学することを徹底的につきつめ、至上におくことを誓ったんだなとわかった。これはイバラの道であると思うが。

 さいごにもう一度いい子についての言葉を引こう。

「「いい子」は生物体としての息の根を止められた犠牲者だ。
きみのまわりのみんなが一致団結してきみの体内からそうした動物としての本能を駆逐してきたからさ。
自分の中に潜む健全な闘争本能を呼び起こそう。場合によっては他人を傷つけてでも、自分を自分の大切なものを守るという動物としての本能だ。
きみは生きなければならない。とすると、闘争しなければならないんだよ」



ひとを“嫌う”ということ (角川文庫) 働くことがイヤな人のための本 (新潮文庫) 悪について (岩波新書) 孤独について―生きるのが困難な人々へ (文春新書) 人生を“半分”降りる―哲学的生き方のすすめ (新潮OH!文庫)
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コメント

こんにちは。
中島義道さんは最近知りました。カイン〜はまだ読んでないのですが、
「私の嫌いな10の言葉」とか、面白いです。

私も昔、AC関連で加藤諦三さんをよーく読みましたが、おっしゃる通り
親、世間、自分に対してなんか恨み節っぽいですよね。
恨むことも必要なんだけど、恨んだ後の、その先?が今ひとつわからない。

中島さんは、弱者や悩みつづける人を理解してくれつつも、徹底した感情の
エゴイストになれ、と自身の生き方を見せつける。
自分の「嫌い」にもこだわりまくる。客観的自己批判精神にもこだわる。
どんな人間がほんとの野暮かと語る。痛快です。

そっくり真似はできないけど、(たしかに実践したらイバラの道かも)
言葉がズンズン入ってくるので、読んでるだけでもストレス解消本です。
下手な心理カウンセラーよりもよっぽど救われる気がしました。
カインも読んでみようと思います。

こんにちは、石蕗さん。

『カイン』は中島義道の著作の真打ちだと思いますよ。
加藤諦三の本を読んだようなら、ぜひこの本も読まれることをおすすめしますよ。
痛快ですね。

加藤諦三は親の怒りの感情を徹底的に燃焼しなければならないといっていましたね。読んだ当時はなるほどな〜と思っていたのですが、たんに親を憎むだけでほんとうに当時の傷が癒えるのかな〜といまは疑問に思っています。もういまはPHP文庫で手に入りにくくなっているのでしたね。

過去に問題があった、だからそのときを生き直さなければならないという加藤
諦三やアリス・ミラーの『魂の殺人』とか、アダルト・チルドレンものって、いまはどうも違うのではないかと私は思っています。

うつ病などの認知療法はご存知ですか。考え方を書き替えるという療法ですが、この方法からすると、痛みや苦しみに手をつっこみつづけるその療法はミイトラ取りがミイラになるように、まったくドツボに落とされるようなものだと私は思っています。やっぱり心の問題は認知療法や仏教の瞑想、思考を空にすることがいちばん効くと私は思っています。

中島義道の徹底的にエゴイスト、自分勝手になるという方法はたしかに殺された自我を甦らせるために必要なひとつのステップであると思いますが、それは虐待の連鎖のようにあらたな犠牲者を生み出すだけだと思います。被害者を増やしてどうするんだということですね。

こういうエゴイストになる方法ってじつは思春期の反抗期にしぜんに身につけてゆくものだと思いますが、この時期も「いい子」で過ごしてしまうと、中島義道にご教授願わないといけなくなるのですね。いい子というのは学校教育や国家教育が徹底的に成功した例なんでしょうね。われわれの時代というのは家畜化が徹底的に成功しているんでしょうね。

まあ、われわれは企業や社会で「いい子」でなければ生きてゆきにくいという現況がありますから、あまりにも中島義道のエゴイスト戦略を身につけることは苦しい道かもしれません。アダルト・チルドレンのほうが成功した人生を歩めるかもしれませんね。安定や保障、成功というのはそうそう犠牲を売り払って、手に入れられるのが社会というものかもしれませんね。

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