『日本残酷物語〈5〉 近代の暗黒』
『日本残酷物語〈5〉近代の暗黒』
宮本常一・山本周五郎ほか監修

日本の民衆や労働者がたどってきた悲惨な歴史をつづった書。というよりか、なまなましい日本人の父祖の生活や実態が間近に感じられる名著である。
むかし宮本常一の『生業の歴史』(未来社)にも歴史の教科書にすべきだと書いたが、まさしくこの本も歴史の教科書にとりあげられるべき内容の本である。政治屋や国家の歴史なんていらない。民衆はどう生きてきたのかとリアルにわかる歴史書のほうがもっと私たちのためになるものである。
私たちはなぜか労働や世間の実態というものを知らない。学校に隔離されて世間の実態を知らない。そして社会に出て労働の世界に面喰い、それでも世間の実態やなりたちが理解できない。
私たちはこの世間の実態というものが空白のまま、社会につき落とされるのである。だから私はやみくもに世間や労働社会の実態を知りたいと労働界をうろうろしてみたのだが、おそらくはこの本のような知識を探していたのだろうと思う。
この本では明治や大正のころのスラム街や女工、タコ部屋、漁夫、炭坑夫、小作農などのなまなましい現実の労働やすがたが描き出されている。歴史や遠い昔の人の話ではない。私たちと同じ人間、同じ血の通った人たちが味わわなければならなかった現実の毎日や労働のことが描かれているのである。私たちの祖父や祖祖父などはこのような現実を生きていたのかもしれないのである。
そしてかれら労働者が味わった辛苦や悲惨はこのこんにちの日本社会の土台となり、あるいはこんにちでも連綿とつづくものをかたちづくっているはずである。私たちのこんにちの日本社会と無縁であるわけがない。スラム街や部落差別というものはこんにちでも隠然とのこっており、社会が表立って隠すのがうまくなっただけである。差別撤廃や禁止用語がぎゃくに社会の実態を隠蔽する。
現代とのつながりでいえば、派遣がなぜこんにちまで禁止されていて解除されたのか、女工やタコ部屋の歴史を読んでいればその一端が垣間見れる。地方や底辺で生きる人たちを甘い言葉で誘い、前借などでその職場から逃れられなくさせ、長時間労働や過酷な労働を課し、体罰や暴行を日常的に加え、結核や病に倒れ、死者のたえない労働環境が明治・大正のころにあったのである。私たちの社会はまたこんな時代に戻ろうとしているのだろうか。というより企業とは元来このような冷酷非道な存在として近代に立ち上がってきたのである。
女工は地方で窮乏する農村の女性に豪華な施設や待遇を見せつけ、十八時間もの過酷な労働をさせられたのである。寄宿舎に住まわせ、脱走防止の策が張られ、もし怠けるようなら暴行や折檻がおこなわれるのである。千人のうち13人は死亡するという過酷な環境であったのである。女工50万とすると五千人も死んでいることになる。近代の労働はこのような悲惨な条件からはじまったのである。
タコ部屋は北海道の開拓の際にあまりにも過酷な労働から逃げ出す労働者が続出したため、しだいに監禁の要素を強めていき、虐待やピンはねが日常的になった監獄部屋のことをいう。タコは自分のからだを自分で食いつめる習性があるから名づけられたそうだ。死者も続出し、北海道の鉄道は枕木より多くの人間が埋められているといわれるそうだ。そのような地獄に甘い言葉に騙し入れるのが斡旋屋で、派遣がながらく禁止されてきたのはこのような歴史があったからではないのか。
炭坑夫は昭和に入っても一千人単位の事故死者を毎年出している。坑夫は郷里で近親者からそのことを告げるなといわれ、子どもも学校で町名をいえばわかるから決して言わないようにしていたという。職業差別はれっきとしてあったのである。それでもそこで育った子どもたちは炭坑に強い憧れを持ち、すこしでも早くに中に入ろうとしたのである。そしてこのような炭坑の労働者も地方の窮迫した農漁村に募集人が甘い言葉で人々を集めて回ったのである。
小作農は地主におおくを搾取され、たとえ三百年にわたって耕作していようと自分たちの土地にはならず、小作農がちょっとでも盾突いたりしたら、田園がとりあげられたりした。先祖代々の土地がとりあげられるのである。それで地主が殺されたこともあった。
この本の冒頭には大阪、神戸、東京の最貧困地域、スラムの地名などが列記されてゆく。いまであればこのような表記は禁止されるか、表立って知られないようされるかだと思うのだが、私たちは地域や町名によって貧富の差を知るというカンがはたらかなくなって、ホンネのところで困ったこともあるのではないだろうか。
この本は圧倒的な本である。私はこのような世間知というものをずっと探したいと思っていた。しかし先代の労働や生活はなぜかすっぽりと欠落してしまうのである。。伝わらない。知らされない。そして労働や世間がどのようなものか知ることができない。
こんにち派遣業が解禁されて、非正規雇用が増え、企業福祉や国家福祉もどんどんと弱体化してゆく時代になろうとしている。いわば戦後は終わり、戦前の時代に逆戻りするかのような時代になったのである。まさしくこのような本に労働や生活の先行きを占うような時代になったのかもしれない。
さいごに北洋漁業の漁夫のことばを引きたいが、すべての労働とは本質的にはこのようなものと心得ておくべきなのだろう。
「戦争前だったら……作業員なんてそれこそ人間扱いじゃなかったな。係長や班長の命令には絶対服従で、返事が小さかったり、態度がわるかったら、棍棒でぶんなぐられても文句はいえなんだものだ。作業時間だって七月になれば徹夜徹夜で三十時間四十時間もあたりまえで、立ったまま居眠りでもしたらやっぱり棒でどやされたな。それで賃金の方はどうかといえば、ちょっとヘマをやるとすぐ罰金だ。班長あたりが勝手に賃金から差引いてしまうし、幾時間夜勤をやろうがどうしようが歩合は会社の方で好き勝手にきめて渡せばばよかったんだ」
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コメント
小さな幸せ
うえしんです。
けっこうこの本はリアルでしたよ。
女工とかタコ部屋とか炭坑夫とか、ひじょうに身近に感じられました。
というか、感情移入ができすぎて、遠い昔の話や自分と関係のないことだと思えませんでした。
われわれが就いている職業や企業というのもそうたいして代わり映えしないのではないかという思いを感じました。
現代の企業は社会主義や福祉国家の波をかぶっていますから、表面的には労働者にあたたかく、やさしく、終身保障が約束されているような幻想を抱きがちですが、一皮向けば、人間の脳にも爬虫類の脳がのこっているように、この戦前の労働状況は残存しているのだと思います。
私は現在の骨抜きにされた労働者が市場主義がすすむなかで、なんの声も上げられずに戦前の酷使や横暴の歴史にもどってしまわないか心配でなりません。この本は未来の予告かもしれない、いや、こんにちの労働状況かもしれないと読み進めました。
フランスのサルコジという人はギャグみたいにヒドいことをいう人ですね。そりゃあ、フランスの若者も石を投げたくなるというものです。フランスもとうとう市場主義の波に洗われようとしていますが、生活中心の矜持をもちつづけられるのか期待してみていたいと思います。
日本人はカネがなくなる、貧乏になると、落ちぶれることばかり心配しますが、生活や文化を豊かにするという発想が新聞やマスコミにはないのが、この国のつまらなさを露呈しているというものです。
組織や集団に居つづけることはたいそう苦痛なことですね。同調せずに恨まれたり、嫌われたり、私もだいぶ世渡りがヘタな頑固なところがあって、困ったものです。でも組織に身をおかないで、食べてゆく技術も根性もないところが私の情けないところだと思っています。
人間関係って戦争か闘争みたいなものかもしれないと、ささくれだった人間関係を招来してしまう私は思ってしまうわけです。まあ、穏便に生きたいものです(泣)。それとも転職しよ〜かな〜。
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いつもお返事をくださり、有難うございます。
拝金主義の蔓延る現代日本では、過去を振り返るのは、大損をコいた時だけのような気がしますね。
一方、悲惨な労働の実態というのはなかなか伝わってきません。
都合の悪いことは権力が歴史から消してしまうのでしょうか。
タコ部屋や飯場といった劣悪な環境で暮らすのは想像を絶します。
その時代に生まれなくて本当に良かったと思いますね。
現在は3Kでない仕事が一般的(?)かもしれませんが、僕は組織に身を置きたくない人間なので、あらゆる職場で苦痛を感じますね(苦笑)。
世の中とは関係なく、自分の人生を生きるには強さが必要ですね。
フランスのサルコジ政権は「全員が公務員」という状況を変えようとしているらしいですが、フランス国民は労働中心の生活になるくらいであれば、貧乏を選ぶでしょう。
日本にも組織に身を置かず、自由人の道を進む人が増えれば世の中は少しはマトモになるかもしれませんね。
『最強の言葉』『本物の言葉』など、麻雀で無敵を誇った(とされる)桜井章一氏の本は心に響く言葉で溢れていて、オススメです。
それでは、また。