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08 05
2007

書評 心理学

『「デタラメ思考」で幸せになる!』 ひろ さちや

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478973126X「デタラメ思考」で幸せになる! (新書ヴィレッジブックス)
ひろ さちや
ヴィレッジブックス 2007-07

by G-Tools


 ひろさちやはいいことをいう。「「働きたくない」という欲望が、いちばん人間らしい欲望です」。「道徳なんて、馬鹿にしたほうがいいのです」。「欲望を充足させると幸福になれるというのは、悪魔の思想です」。

 とくに働きたくない気持ちを正当化するメッセージにはおおいに共感する。私も仕事で遅くなると「いったいなんのために生きているのか?」と怒りに煮えたぎってくるし、仕事をしているたびに人生を奪われている気がする。しかし会社におもねるしか生きる道がないし、年収が低かったり非正規雇用であると「下流」だといって脅される。

 なんで日本はこんなに働くことに価値をおいた社会になったのだろう。なぜ日本は働きたくないというごく人間らしい欲望を認められない社会になったのかと思う。私には正気の沙汰に思えない。マジメに勤勉に働いて、立派な家や豪華な車に乗ることがステータスになってしまって、自分のための人生がない。私はこの価値基準がまったくさかさまだと思う。

 ひろさちやは世間の価値観や欲望の奴隷となった日本社会のありようをすべて批判する。過激で、痛烈なことをいっているはずなのだが、ふしぎなことにひろさちやの筆は危険なことをいっているという感じがない。たぶんやさしい文章で噛み砕いているから、過激さが中和されているのだろう。

 まったくいい社会批判である。そもそも仏教は社会のおおくのことを批判して世間や家族を捨てる思想をもっていたものである。日本の仏教僧は国家公務員であったから、世間や国家の服従を説くようになった。ひろさちやは仏教の原点を社会批判というかたちでくりひろげる。仏教はこのような反社会なものであり、人間の過ちや愚かさを痛烈に批判するものであったはずだ。そういうキバが抜かれた仏教は世間の奴隷や過ちを正す役割をなにひとつもてないのである。

 ひろさちやのお顔の写真をながめていると、この人は破天荒な坊さんという感じはしない。どちらかというと世間に従順に生きるタイプのほうに見えるし、サラリーマンっぽく見える。この人は思想と行動が乖離しているのかな、あるいは世間の力をちゃんと配慮できる人なのかなと思う。

 ひろさちやはこのような社会批判の同じような本を何冊か出していて、私も一、二冊読んだ。同じことだと思っても、好きな主張だから私は確認する意味でもう一度読むのである。ひろさちやは世間の価値観の足元を蹴飛ばす。仏教とはほんらいこのようなものでなければならないと思うし、人々の世間に拘束されたり、欲望のワナにはまる愚かさを指摘する思想であったはずである。この大切な役割をいまの仏教が果たしているとはとても思えない。

 この言葉は好きである。

「立って半畳、寝て一畳、天下取っても二合半」



 いくらお金や権力をもてたとしても、人間の必要なスペースと食べられる量は限られているのである。人間はどうも世間の他人にむけて権力や豪勢さの威嚇をしないとコワくてしょうがないみたいである。

「日本語の愛は、本質的に「執着」を意味します。
仏教的には自分を中心にして相手への自分の執着を貫こうとする心持ちをいう。仏教では「愛」を必ずしもよいこととは見ていない。また、概して優位にあるものが弱小のものをいとおしみ、もてあそぶ意の使い方が多かったので、キリスト教が伝来したとき、キリシタンはキリストの愛を「愛」と訳さず、多く「ご大切」といった。
二つのものを比較して、どちらかいいほうを選ぶのが「愛」です。だから仏教は、「愛」を嫌います。「愛するな」と教えます」



 現代日本の至上のものとされる「愛」だが、やっぱりウソっぽさや欺瞞もたくさん感じられるし、利己主義や功利主義ではないか、たんなる経済の要請に過ぎないのではないかと疑問が噴出するのだが、こういう至上のものを足蹴にしてくれる思想は私の強迫観念を吹き飛ばしてくれて、たいへんありがたいのである。


あるがままに生きよ 「狂い」のすすめ (集英社新書 377C) ほとけさまの「ひとりを生きる」智恵―人生の不安をとりのぞく22講 名言・ことわざにならう ひろさちやのゆうゆう人生論 (集英社文庫) 生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)
by G-Tools


ひろさちやの過去に読んだ著作

4569606032仏教に学ぶ「がんばらない思想」
ひろ さちや
PHP研究所 1999-05

by G-Tools


 仏教はまったくいいことをいっている。高度成長とかバブルの時代になにをやっていたのだろうか。この本は競争社会に走りつづける日本人のよい解毒剤になるのはまちがいないのだが、いったいどれだけの人が読み、かつじっさいの生き方に実践するというのだろうか。

 「なぜ日本人は奴隷になったのか」「生きがいなんて要らない」「過去のことをくよくよしない」「明日の心配はしない」「進歩がなくてもいい」といった魅惑的なタイトルが目白押しで、キレイ言ばかりいう仏教というイメージを一新してくれるかなり批判精神の効いた仏教の本である。

 こういう精神のかまえはできるだろうが、じっさいのビジネス社会にどれだけの実効力があるのかというと、やっぱりかなり悲観的にならざるを得ない。

433400718Xお釈迦さまの肩へ―ひろさちやの幸福論 (カッパ・ブックス)
ひろ さちや
光文社 2001-07

by G-Tools


 言っていることはものすごくいいことだと思う。「頑張ってはいけない」「競争の渦に巻き込まれるな」「自分と他人を比較するな」「会社や組織を突き放せ」「よけいなことは考えない」「ほどほど、いいかげんがいい」――涙がちょちょぎれるほど、慰められる言葉群だ。

 右肩下がりの下り坂の時代にはとてもぴったりした知恵だと思う。ただ、ひろさちやの文章はどうも感銘や驚きがなく、あっさりと読み終わってしまう。落とし処やねじりとか、突き放しがどうもない。森毅のような人に言わせたのなら、辛辣に常識の馬鹿が笑えたと思う。かなり惜しい文章である。


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Comment

世界の幻想

「現実世界は、幻想にしか過ぎない」
と思えば、確かにそうだろう。問題は、そこまで徹底できるか、どうかだ。
出世競争があったり、学歴社会があったり、結婚して一家を構える、というフツーの世界から、「降りる」のもいいだろう。
しかし、本当に、完全に、一生涯、悔悟をせず、人は「降りる」ことができるのか?
単に、その場しのぎの、敗者の弁解にすぎないのなら、それは、空しい負け犬の遠吠えである。
共同幻想は、それなりの根拠がある。相当に、カッコとした基盤を持っている。だからこそ、その時代の、共同幻想たりえたのだ。

世捨て人や、修行僧は、それらを拒否する。
ポーズとしてではなく、全人生を賭けてだ。
本を書くことは、共同幻想に組しているにすぎない。
だまされちゃ、いけないよ。

たしかに社会のヒエラルキーを降りるのはむずかしいですね。
後悔や劣等感にさいなまされない自信を一生もちつづけられるかというと、相当に困難だと思います。

世の中は寄ってたかって劣位のヒラエルキーを叩きます。けなします。ボロクソに非難します。

かといって、ヒエラルキーに踊らされるのも相当情けないですしね。

踊らされたり、走らされつづけていることを蓮っ葉にながめる視点をもてるのが、共同幻想論の強みだと私は考えます。

走りつづけている人にはふっと立ち止まる余裕を与えたり、劣等感にさいなまされる人には違う価値ヒエラルキーを打ち立てることもできるんだ、ということを示唆する役割が共同幻想論にあるのだと思います。

心の平穏はここにあります。もし仏教の目的が心の平穏にあるとしたのなら、じゅうぶんに役立つ考え方ではないかと私は捉えているのですが。

夢の塊りを抱きしめながら

今晩は。

ひろさちや氏の文章って本当にいいですよね。

本書は未読で恐縮ですが、『狂いのすすめ』には多大な影響を受けました。

僕はどの会社で働いても、集団の仲良し的雰囲気が苦手で(男女が絡むと頭が痛くなる)、徒労感や虚無感ばかり味わってきましたので、この本は読んで良かったと思っています。

また、池田清彦氏の『他人と深く関わらずに生きるには』も傑作ですね。
特に「心を込めないで働く」の章は痛快でした。

それにしても、今年の首都圏の夏は例年になく暑いです。
セミも真夜中に鳴いていますし・・・。
奴らも狂ってしまったのかもしれません。

大阪のことは存じませんが、とにかく東京は忙し過ぎますね。
今日の「N響アワー」を見て、ますます琵琶湖の畔に住みたくなりました。
自分の手で竪穴式住居を建てて、のんびりと過ごしたいです。

それでは、また。

たいく~んさん、こんにちは。

ひろさちやはいいですね。既成の価値観を蹴飛ばしてくれて、心がふっと軽くなりますね。ただ、あと一歩、角がないような気が。。

集団の仲良し的雰囲気は私も嫌いですね。つっぱねたくなります。でもそういう気持ちをもつと、集団ともうまくいかなくなります。私はこのジレンマがつらいです。『狂いのすすめ』にいい解決策があればいいのですが。

池田清彦氏の『他人と深く関わらずに生きるには』は私はどうもそういう方向性をもとめているのではないと手にとらなかったのですが、いちどチェックしてみます。

ことしはさいわい、なぜか私は暑さを感じないほうで、幸運なのかもしれません。セミは夜でも鳴いていますね。よく力尽きたセミばかり見つけてしまいますが、そのはかなさになにかを感じざるを得ません。

琵琶湖のような自然なところで休息したいですね。私もバイクで遠出をしていると街中を走ることがつまらなくてたまらないです。早く山の中や自然の中にもぐりこみたくなります。かといって田舎暮らしの根性はないですし。心の中の自然をオアシスとして、抱きつづけるしかないですね。

高度の怠け者社会を夢見て...

こんにちは。

この本、やっと読みました。
心にしみる文章で溢れてましたね。

読んで良かったと思います。
自分の感性と向き合うことのできる本は意外と少ないですから。

のんびり過ごせばいいのだ、と改めて思いました。
「自分のルール」で生きればいいわけですね。

うえしんさんの文章にも勇気付けられます。

アーカイブにあるバイト遍歴の文章は「読み物」として凄く面白かった。
僕も見えない道を歩み続けたい。

「働きたくないと貨幣経済」というエッセイも、しっかりとした構成に味のある文体で、文句なく一級品だと思います。

そろそろ退職して、旅をしたくなってきました。
その前に経営者から御挨拶を受けそうですけどね(笑)。

中津川の宿場町に行ってみたいなぁ。

それでは、また。

たいく~んさん、こんばんわ。

ひろさちやの新刊が『無責任のすすめ』ですね。

ひろさちやは意図的に人々がもち、縛られる規範や責任をぶっとばす考え方を提示しているのだと思います。セラピーであり、うつ病にならないためのがんばりすぎたりしない予防策を教えているのだと思います。じっさいにそう行動しろといっているのかはわかりませんが。

基本的に世の中はそのように行動すると、お先真っ暗だとか老後が悲惨だとか孤独になると脅して、人々を従わせようとします。勤勉におとなしく責任や重圧を背負い、守りつづけることを人々に強迫から押しつけようとします。それで精神的に追いつめられる人が多いことから、ひろさちやはあえて無責任でデタラメで狂気なことを奨めているのだと思います。

行動にうつせるか。それはたとえば将来への強迫がどのくらい染み込んでいるかとか、リアルに感じてしまうとか、路頭に迷うことの恐れから、行動を慎もうとする分かれ目が生まれるんでしょう。がんじがらめの生涯が待っているということです。

どこまでその未来の恐怖をふりきって、今のために生きるかということなんでしょう。たいがいの人は未来の恐怖に縛られて、人生と今を失ってしまうわけですが。

妥協策としては、心の中にどれだけセラピーの要素をもてるか、恐怖や不安やつらさを、どれだけ心の中で中和したり、ぶっとばしたりする考え方をできるかにかかっているのでしょう。つまり論理療法、認知療法をできるかということですね。

つらい、やりきれないと感じるのは、すべて自分の考えかた「ひとつ」にかかっているといえなくもありません。スルーしたり、無視したりする捉え方が私の心を平穏に不動なものにしてくれるかもしれません。現実なんか変えようがないと思うと、つらさややり切れなさは積もる一方ですからね。

私もいまの職場で35才の求人定年のために5年ほどガマンしていますが、いやなことやつらいことは溜まる一方な気がします。ぜんぜん現実の捉え方を変えて、平穏をたもつ発想転換法ができているとはいいがたいです。

まあ、たしかに長く職場にいれば、責任や信頼は増してくるし、人間関係のパターンやしくみはなんとか見えてくるように思うし、長くいるメリットも感じつつあります。同時に放り出したい気持ちは何度も噴出します。

そういうときにひろさちやのような発想法が気分の転換をもたらしてくれて、そのときの気持ちの乗り切り方を示唆してくれるのでしょうね。まあ、ある意味、そのような心の柔軟性や対応戦略をつくるための訓練の場を与えてもらっていると思うのがいいのかもしれませんね。

頭で考えた思考や思いは「自分ではない」という考えかたがトランスパーソナル心理学や神秘思想にありますが、自分の思考や思いに執着しないことが、私たちの心をより自由にするのかもしれませんね。

花粉地獄

今晩は。
くしゃみが止りません。Hachoo!

アメリカがくしゃみをすれば、日本は風邪をひくのですね。

さて、本日、『無責任のすすめ』を読み終えました。
魂を揺さぶられる素晴らしい本でした。

『狂いのすすめ』、『デタラメ思考-』と来て、この本で真実が得られた気がしますね(誇張ではありません)。
素晴らしい本だと思います。

NHKは「パートタイマーは正社員化を望んでいる」と報道します。
いい加減、洗脳するのはやめてもらいたいものです(笑)。

瞬間瞬間を心から楽しめるような社会にしていきたいですね。

では、また。

たいく~んさん、こんばんわ。

花粉症にかかる人は多くなりましたね。
ひと昔前はそんな病気すら聞いたこともなかったのにですね。
野生が足りなくなっているのだといいたいところですが(笑)、まあ、スギが多く植えられたことによる人工的な失敗なんでしょうね。

『無責任のすすめ』はそんなによかったですか。
ひろさちやの三部作は完成の域に達しましたか。
こりゃあ、読む甲斐がありそうですね。

狂って、デタラメに生きて、無責任に生きる、日本人はほんとにそんなふうに生きられたらいいのでしょうね。まじめに、几帳面に、責任感たっぷりに生きる日本人の重苦しさが過労死や自殺や不況を生み出しているのでしょうね。

マスコミは非正規は正社員になりたがっていると報道しますね。
マスコミは正義ヅラや庶民の味方をしているのかもしれませんが、過労死人生がほんとにすばらしい、もう一度もどるべきだとほんとにそんなアナクロなことを考えているんでしょうか。好景気が何年もつづいているという大本営発表とあまり変わらないのかもしれませんね。

私はいま芸術家の人生をさぐっていますが、芸術家のように金や世間体を無視した「狂った」生き方はできないものかという「希望」から読んでいます。芸術に邁進して、あとはどーでもいいといったような生き方はできないものか。そんなイカれた「根性」を手に入れたいものです。

私も「平均的な」生き方とか、「ふつうでまともな」生き方はいやなんですが、なかなかそこから脱落して生きられないので、「狂った」芸術家にぜひ学びたいと思っております。芸術家のようにスピンアウトして生きたいなあ。

やっぱなんだかんだ言ってもひろさちやは成功してしまって(売れて)いるからじゃない?
頭のいい人だとは思うけど。

さっきの文章取り消しでお願いします。
byそれ以下39男。

働きたくない一人

同感です。ひろさちや氏はいいことを言ってくれます
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プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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