ファッションはだれに見せるためか


 しょぼい考察しかできないかもしれませんが、見切り発車でGOします。

 もしある女性が男性と結婚したとする。彼女のファッションはその男性に向けてだけ着飾ればいいはずなのだが、そうではないだろう。女性は特定の男性に向けてだけ着飾るのではない。不特定多数の世間や社会に向けて着飾る。

 街ゆく見知らぬ人の視線や賞賛を感じたとしても、彼らから直接利益がもたらされることはない。世間のたいていの人は彼女に金銭やサービスなどの利益をもたらさない。それなのになぜ女性は不特定多数の見知らぬ人に対して着飾るのだろう。なぜ見返りのない投資を際限なく飽きもせずおこなうのか。

 ファッションというのは他人からの見た目を飾ることである。他人のためにおこなわれるものであり、他人のまなざしに捧げられるものである。評価や賞賛、見ることは他人の領域に属するものである。女性は、あるいは男性は、他人への捧げものとして服を着飾り、スタイルとを気にし、見た目の印象にこだわる。

 他人は見ないかもしれない。他人はまったく関心がないかもしれない。他人は一瞥もしないかもしれない。それでも女性は、男性はカッコいい、おしゃれといわれるファッションを競うように着ようとする。

 服にこだわる人はそれを「自己満足」のためだとよくいう。他人は評価したり、称賛したり、見たりしてくれるとは限らないのに、際限なくファッションに投資せざるをえないのである。見返りのない努力のことを納得するためにこれは「自己満足」だというのだろう。はっきりいって自分でもなぜこうもファッションに駆り立てられるのかよくわからないのである。

 それを他者の評価や賞賛が内面化されたものと考えてみる。他者の評価や賞賛の声が自分の中に想定されるのである。彼女はそこから評価や賞賛を得てくる。キマったファッションやおしゃれと思ったスタイルが叶ったときに、その他者の声は自身を称賛するのである。他人の評価や賞賛を内面化したものが、私の満足や充実をもたらすのである。したがって私は評価や賞賛をたえず自身で充足しなければならない存在ということになる。

 われわれはなぜこうも他者の賞賛や評価を必要とする存在なのだろう。社会や世間の評価や賞賛をなぜそんなに必要とするのだろう。世間や社会というのはちっとも見返りを与えてくれない。街行く見知らぬ人は私になんの利益も見返りも直接与えてくれない。それでも私は、彼女は、見知らぬ人たちの街中で着飾りつづけるのである。ファッションの満足が自己満足と嘆息されるゆえんだろう。

 私たちは自己満足がほしい存在である。賞賛や評価はなおさら与えてほしい。もしだれも与えてくれないとしても、ファッション雑誌が称賛し評価する服やファッションで着飾れば、私も評価され称賛された存在になれる。私は賞賛や評価を、ファッションという代替物で補給するのである。

 私たちはなぜこうも社会や世間から賞賛され、評価されなければならないのだろう。いったいだれが仕組んだんだろう。いったいだれが仕掛け人なのか。

 逆にいえば、私たちは人から軽蔑されたり、貶められたり、見下げられたりすることをたいそう恐れる。この恐怖が、評価や賞賛の原動力になるのは間違いない。この不利益はなんなのか。やはり社会から見捨てられる怖れがあるのだろう。この人間集団から見捨てられると、私たちは生きてゆくことができない。生存の恐怖としての賞賛欲があるわけである。

 そしてもし賞賛や評価が得られないとしても、おカネがありさえすれば、私はファッションという代替物で自分の賞賛を補完することができる。ファッションは「鎧」である、社会に出るための「鎧」だとは聞いたことがあるし、私自身もブランドものを着たときの気持ちのはりや強さには気づいたことがある。落ちぶれ、見捨てられたものではないという目印であり、表示なのである。この表示をかぶることによって、私は見捨てられた存在ではないというメッセージを街に発信するのである。

 私は恐いかもしれない、見捨てられ、落ちぶれることを。しかしその虚構のオバケのような恐怖を見透かすことができたとき、私たちはファッションへの狂騒熱から解放されるのだろう。世間や社会というのは見返りや利益を与えてくれないものである。もっと直接的に利益をもたらすものに投資したほうが得ではないか。

 いじょう、ファッションの自己満足の構造について分析してみた。私たちは賞賛や評価への際限なき無限ループからのゆるやかな解放をめざすべきなのだろう。服なんて何着かありさえすれば、充分なのだから。

▼参考になりそうなモードとファッションの考察。
ファッションの文化社会学イタリアン・ファッションの現在―現代イタリア社会学が語るモード・消費文化・アイデンティティ岩波講座現代社会学 (21)
衣服は肉体になにを与えたか―現代モードの社会学 (朝日選書)流行と日本人―若者の購買行動とファッション・マーケティングモードの迷宮 (ちくま学芸文庫)
ちぐはぐな身体―ファッションって何? (ちくま文庫)恋愛と贅沢と資本主義 (講談社学術文庫)9784480084163.jpg

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コメント

初めまして。ネットサーフィンをしていて、「お気に入りのビデオクリップを・・」の記事から来ました。それからとても楽しくブログを読ませていただいております。
それにしても、最近のユーチューブは本当にいろいろなものが見れて便利ですよね。

ファッションのことについても楽しく読ませて頂きました。
今の日本の状況ではたしかにそういう部分がありますね。別の記事で売春と結婚の関係についても書いていらっしゃいましたが、ファッションもある意味そこに関係があるのではないかという気もします。

これからも楽しく読ませていただきます。
それでは!
挨拶代わりに。

はせいんさん、こんにちは。
うえしんです。

YouTubeで楽しんでもらえましたか。YouTubeはじゃぶじゃぶとビデオクリップが見れて、こんなに無料で見れていいのかなという気がします。とくに若くない私にはなつかしの音楽が聴けてとくにうれしいです。

でも私のサイトからリンクを貼っていたビデオは壮絶に見れなくなっています。それが残念ですね。

ファッションについては服にこだわっていた友だちもしょっちゅう、なんでこんなにファッションに凝るのかばかり気にしていました。私も十代のころはDCブランドなんかに凝ったわけですが、いったいなんでそんなにファッションに凝ったのかという積年の解答が得られた気がします。

私たちは「賞賛」という商品を補給しているのですね。評価や賞賛される服を買うことによって、私もそのような存在になったと思い込む。車であれ、家であれ、ベストセラーであれ、なにかのステータスであれ、そういう「賞賛商品」を買っているわけですね。

もしこのような無限に続く物質消費を地球環境を破壊するものと捉えるのなら、私たちはこの賞賛の欲求を、服や商品というもので代替する機構を変えてしまわなければならないのではと思います。

賞賛も評価もなくても楽しく、ゆたかに生きられる、そういう心性をわれわれはもつ必要があるのかなと思います。

それではまた。

Hey! Gorgous blog! I wish I had something like it.

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