『雇用融解―これが新しい「日本型雇用」なのか』 風間 直樹
雇用融解―これが新しい「日本型雇用」なのか
風間 直樹

沈鬱になった。これを読んでしばらく重苦しい気分がはりついて離れなかった。
この本のサブタイトルは「これが新しい「日本型雇用」なのか」であるが、まさしくこれが日本の今日の、そして明日の労働のすがたなのだろう。学生や若者はこれから自分が働く現場はどのようなものか知っておく必要があるし、のん気なサラリーマンも日本の現状と行く末を知っておくべきだ。
この本には派遣ばかりの製造業や業務請負王手のクリスタル(現グッドゥル)、キャノンに代表される偽装請負や外国人研修生という奴隷、固定化された非正社員や個人請負という労働法番外地、ホワイトカラー・エグゼンプションや教師・医師の激務ぶりなどが告発されている。
このような雇用のメルトダウンの現実はなかなか世間に知られないし、知らされることもない。労働というものは人の見えないところにあるものだから、一般の人たちがこのような労働の現場というものを知ることも、またはイメージすることすらできず、その悲惨さや衝撃が打ち込まれることもない。
確実に日本の労働の現場はこのような流動的で、非正規的なものになりつつあるのである。会社にちゃんと雇われた画一的なサラリーマンといった像はもはや崩れつつある。日本の労働現場の現実というものが日本人の頭にちゃんとイメージを結べていないのではないかと思う。
私たちは業務請負や派遣、フリーターといった非正規雇用が大きく占めつつある、かつての画一的なサラリーマン社会というイメージと大きく異なった社会にこれから向かおうとしているのである。
私も90年代の業務請負の工場や派遣の現場を経験したけど、ひどいものだと思ったものである。フリーターはまだ直接雇用だからすこしはマシだった。工場の業務請負や派遣はとくにすべてをひっくるめて悲惨な状態だった。悲鳴が聞こえてきそうな状況であった。業務請負や派遣はなんでこんな状態なのか、なんでこんな状況がおこっているのかわからないながらも、この雇用にだけは近づくのはやめようと思った。
この流れは95年に日経連が出した「新時代の『日本的経営』」から打ち出されたものである。基幹職以外は昇給も年金も退職金もない非正規雇用におこかえようという雇用改革案である。つまりは財界は国家の社会保険から一部の国民を放り出したのである。このようなヴィジョンは確実に進行され、政府はこれまで国民のすべてに約束していた健保や年金とどう折り合いをつけるのだろうか。
一方ではこのような安定した職や社会保険なき流動的な労働者を生み、一方ではホワイトカラー・エグゼンプションのような残業手当なしの長時間労働を強いる働き方をおこなわせようとするような両極端の動きがひそかに進行している。
若者には究極の選択しかない。会社にますます拘束されて働きづめの過労死の人生か、安定した職も保険もないワーキング・プアかのどちらかの地獄道である。企業や政府は国民にこのような人生のオプションを選ばせて、私たちにどんな人生観や国家観をもたせようとしているのだろうか。二集団の内紛や紛争状態を導きたいとでもいうのだろうか。
労働政策審議会の委員である奥谷禮子氏は「過労死は自己管理の問題です」といって世間に波紋をまきおこしたが、ILO(国際労働機関)について「はっきり言っていらない。労働省はいらない。労基署もいらない。要するに国が働き方をどうしろ、こうしろなんていうこと自体、ナンセンス」といっている。もう笑うしかない。
個人請負という業態の労働法番外地や外国人研修生という奴隷の実態をみていると、この国の財界人たちは労働者を無法地帯にほうりこみたくて、うずうずしているようである。
ホワイトカラーには守ってやる代わりに死ぬまで働け、非正規雇用には明日の職や生活など知っちゃこっちゃないと突き放しているようなものである。この日本はそのような究極の二つのレールに国民をつき落とそうとしているのである。かなり悲惨な未来が待ちかまえているようである。国外逃亡か、山奥に隠遁するしかないか。
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コメント
十戒‐1984
この本をひと言で言えば、労働者がどんどん無法地帯に放り込まれているに尽きますね。
偽装請負や個人請負などは法律からもれた部分で労働者を使おうという経営者の魂胆で、それが極端になれば、外国人研修生という名の休みが年間15日くらいでで、5万くらいの給料でこきつかうような顛末になるわけですね。
日本人の労働者もホンネのところでつんなふうにこき使いたいんだという実感がひしひしと伝わってきます。政府が福祉国家から市場主義に舵を切ったわけですから、ますますこの流れは加速されてゆくことでしょう。
われわれは右肩上がりではなくて、右肩下がりの時代を不運にもすべり落ちなければならない時代に生きています。
年功賃金や雇用規制などのこれまでのサラリーマンに付与されていた権利は、この右肩下がりの時代から出発しなければならなかった若者たちにすべて非正規・昇給なし・社会保障なしといったしわ寄せによって押しつけられています。
こんな時代にどう生きるか。せいぜい貧乏や差別を喰らっても、楽しく生きる、世間の価値観とべつのところで自分の幸福を見つけるしかないでしょう。世間のヒエラルキーをまったくバカにして、笑っていられれば、どんな人生だって幸福に生きられるとしましょう。
経済にすがりつけない社会はあきらめてすっかり宗教にすがるというような記述を日下公人かなにかで読みましたが、経済での救済を放棄した国家はたぶん民衆にどんどん見放されて、宗教の勃興や内紛を許すような社会になってゆくのだと思います。
私は市場主義のロジックには納得させられてきましたが、国家に見捨てられた民衆が政治的にどうなるかはその予測は考えたことはあまりありませんでした。ヒドい世の中になるのか、おもしろい世の中になるのか(終わりなき日常の時代にくらべてという意味で)、わたしゃ知らない〜という感じですね。
ところで『楽天主義セラピー』は思考や言葉を捨てることの大切さを説いています。考えることも大切ですが、それ以上に適宜に思考を捨てることの大切さも知ってもらいたいと思います。この本の深さに気づかれればいいですね。
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未読ですが、なかなかショッキングな内容の本であることが、うえしんさんの書評から伝わってきました。
作家の江波戸哲夫さんも、日経新聞・夕刊のコラム 「さらりーまん生態学」(イヤ〜なタイトルですねぇ)で、本書について言及していました。
曰く、某一流メーカーの正社員が給料を取り過ぎだとすれば、一部を非正社員に分配することでバランスを取っていかなければならない。
これは確かに正論ですが・・・ ありえないジャン!(マーティー流で)という感じですね。
やはり、お金の絡む問題は民主的には解決できないでしょうから。
競馬の世界にもお金の絡んだ問題があるらしいですね(僕は競馬ファンではありませんが)。
3歳馬のクラシック・・・皐月賞、ダービー、菊花賞が外国馬に開放されていない理由は、競馬関係者がメシを食えなくなるからだそうで。
日本社会の特徴は、その末端まで(つまり小学校)、ロジックではなく、「義理人情」と「派閥」で動いているということかもしれませんね。
トラやライオンのような強い人には渡りやすい世の中かもしれません。
それでも、強くならなきゃいけない!
これだけは男として捨ててはいけないと、自覚しています。
オカマにはなりたくないですからね。
中森明菜の 「苛々するわ!」 という歌詞が時々心に響きます(笑)。
それでは、また。
追伸) 今、カールソンの 『楽天セラピー』 を読んでます。
とりあえず自分が変わっていくことを大切にしたいと思います。
いつかバイクにも挑戦したいですね。