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06 02
2007

CD評

ZARD 坂井泉水の栄光と苦しみ。

 【お詫びと謝罪

この記事にはファンの方や病気の方などが見られると、不快になる表現や内容が含まれているとの指摘が多数の方から寄せられました。

不快に感じられた人にはたいへん申し訳なく思っています。

記事は削除したほうがいいと思うのですが、貴重なコメントの反応の意味が通らなくなりますので、あえて叱責される記事は残さざるを得ないと思います。

この記事は新聞記事や事実に基づいたニュース報道ではありません。随想やエッセイ、評論のジャンルに属する書き物であって、著者の推察や洞察が独善的・短絡的と思われる推論によって書かれています。随想はその点が自由で抑制がないがために自由な推論をくりひろげたために読者のたいへんなご叱責を買ってしまい、申し訳なく思っています。新聞記事ではないとあらかじめご了解のうえ、この記事に接していただきたいと思います。

タイトルは「栄光と凋落」と当初なっていましたが、この箇所がたいへんにご批判をうけましたので、「凋落」を外しました。凋落という言葉のショッキングな響きに著者の配慮が足りなくて、みなさまにはたいへんなご心痛を与えてしまったことを申し訳なく思っています。


警告】もし記事を読まれるようでしたら、以上のご指摘をあらかじめご了解のうえ、責任をもって読んでください。

私の配慮のない記事のために多くの方に不快感や怒りを抱かせてしまったことにお詫びと陳謝を申し上げます。たいへん申し訳ありませんでした。






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 ZARDの坂井泉水さんが40歳で逝去された。若すぎる死。1967年生まれの私と同い年で、早生まれなので学年は人口減のひのえうまの学年だ。82年組と呼ばれる森尾由美、石川秀美、早見優が同学年で、斉藤由貴、国生さゆり、高井麻巳子といったアイドルも同学年だそうだ(犬にかぶらせろ)。遅咲きなので彼女はアイドルではなく、アーティストの時代を生きた。

 横顔やうつむき顔だけのイメージのようなジャケットやプロモーション・ビデオ。それがキマっていたし、かわいかったし、人々の憧れをかきたてたものである。そっぽを向いていたり、つれない素振りや、愛想のない横顔に私たちはクールさを感じたのである。まるで正面切った顔が暑苦しくて、媚びているように感じる都市の距離感をZARDはみごとについたのだろう。

 そもそも男性が女性に惚れる馴れ初めにはこのような角度からの女性の容姿がある。彼女はさいしょ私たちに正面切った顔で現われるのではない。横顔やうつむき顔、そして素知らぬ顔に男は魅かれるものである。女性の美しさはこのような横顔やうつむき顔に男たちは見い出してきたのではないのか。それなのに私たちはなぜ正面切ったタレント顔ばかり見つづけてきたのだろうか。彼女は街中で見られる視線を演出し、そして「無印良品」の広告のようなスタイルでカメラに収まったのである。

 ZARDは90年代アーティストトータルセールス3位(女性ボーカルアーティスト1位) にかがやき、シングルTOP10獲得数は40作にのぼる90年代を代表する女性アーティストである。(ウィキペディア ZARD 参照)

 91年にデビューし、最盛期は『負けないで』と『揺れる想い』がミリオンヒットとなった93年である。96年ころまでその勢いはつづき、97年ころからは売り上げは減少しシングルヒットはなくなってゆく。

 ZARDは甘くて前向きで明るいラヴソングを唄った。挿入曲のようなさらりとしたつくりで、恋愛の気持ちやムードを表現した。彼女のすこし鼻にかかった高音は透明で澄んでいた。声をのばさず、単語のように区切って唄っていた。シングルのすべてがドラマやCMとのタイアップで、何度も聴くフレーズは耳に残ったものである。

 思い出せば、90年代のJ-POPはサビやくりかえしのフレーズばかり聴かされていたように思う。サビの部分だけ気に入って、ほかの曲調がてんでよくないという曲が多くあって、閉口した。まるでくりかえし視聴者の耳と頭に刷り込んだフレーズさえが重要で、あとはどうでもいいと告げられている気がした。。内容や質より露骨にセールスが競われ、全体の曲の質の向上は目指されていないようだった。

 音楽業界は激しい競争の世界である。一曲や二曲のヒットを出したミュージシャンの多くは消えてゆくし、不動の地位を獲得したかに見えたミュージシャンもいずれ同じ運命をたどる。旬の頃合が短いか、長いかの違い程度で何十年も活躍しつづけるアーティストはほとんど奇蹟みたいな存在である。ほぼすべてのアーティストは落ち目を経験しないことはない。

 栄光が華々しければ華々しいほど凋落も目立ち、キツいものとなる。ぱっと栄光が一瞬に散ったのならあきらめも早めにつくだろうが、栄光が長くつづくとそれだけ凋落の見切りもつけにくくなるだろう。ZARDのシングル売り上げ数の推移をたどってみていただきたい。(つっちーのクリムゾンスマッシュさんからコピペさせてもらいました。)

<オリコン売上記録>
[single] (ユーチューブにリンクを貼っています。期間限定。)
発売日  最高 TOP100  初動   累積
1 91/02/10 **9位 15回 **8,920 *,209,460 Good-bye My Loneliness
2 91/06/25 *30位 *5回 **9,720 *,*31,090 不思議ね・・・
3 91/11/06 *39位 *9回 **9,320 *,*36,940 もう探さない
4 92/08/05 **8位 17回 *27,250 *,458,480 眠れない夜を抱いて
5 92/09/09 **9位 13回 *38,440 *,321,810 IN MY ARMS TONIGHT
6 93/01/27 **1位 18回 192,830 1,645,010 負けないで
7 93/04/21 **2位 15回 172,850 *,801,690 君がいない
8 93/05/19 **1位 20回 247,520 1,396,420 揺れる想い
9 93/09/04 **2位 12回 249,590 *,843,880 もう少し あと少し…
10 93/11/03 **1位 15回 291,420 *,872,130 きっと忘れない
11 94/02/02 **1位 15回 293,810 *,887,190 この愛に泳ぎ疲れても/Boy
12 94/08/08 **1位 12回 318,230 *,787,660 こんなにそばに居るのに
13 94/12/24 **2位 10回 303,610 *,737,910 あなたを感じていたい
14 95/02/01 **2位 11回 290,850 *,655,960 Just believe in love
15 95/06/05 **2位 11回 332,960 *,720,790 愛が見えない
16 95/08/28 **1位 *8回 308,190 *,551,260 サヨナラは今もこの胸に居ます
17 96/01/08 **1位 21回 363,240 1,000,620 マイ フレンド
18 96/05/06 **1位 15回 338,650 *,746,990 心を開いて
19 97/01/06 **1位 14回 231,570 *,602,760 Don't you see !
20 97/02/26 **2位 11回 300,950 *,635,840 君に逢いたくなったら…
21 97/07/02 **3位 *8回 138,380 *,281,130 風が通り抜ける街へ
22 97/08/20 **1位 13回 197,610 *,628,770 永遠
23 97/12/03 **3位 *9回 144,950 *,331,840 My Baby Grand ~ぬくもりが欲しくて~
24 98/03/04 **3位 10回 101,050 *,240,740 息もできない
25 98/09/17 **1位 *9回 122,000 *,247,560 運命のルーレット廻して
26 98/12/02 **3位 *8回 112,980 *,205,170 新しいドア~冬のひまわり~
27 98/12/02 **2位 *8回 114,120 *,223,950 GOOD DAY
28 99/04/07 **1位 *6回 *75,670 *,147,130 MIND GAMES
29 99/06/16 **2位 *9回 121,330 *,201,410 世界はきっと未来の中
30 99/09/15 *50位 *2回 **4,390 *,**6,700 CAN'T TAKE MY EYES OFF OF YOU
31 99/10/14 **5位 *6回 *68,120 *,124,730 痛いくらい君があふれているよ
32 99/12/01 **5位 *6回 *81,420 *,129,000 この涙 星になれ
33 00/09/06 **4位 *8回 122,620 *,241,220 Get U're Dream
34 00/11/15 **6位 *5回 *80,620 *,115,360 promised you
35 02/05/22 **4位 *5回 *43,660 *,*69,740 さわやかな君の気持ち
36 03/04/09 **4位 *6回 *36,019 *,*62,049 明日を夢見て
37 03/07/09 **4位 *4回 *29,102 *,*44,208 瞳閉じて
38 03/08/27 **3位 12回 *67,531 *,158,126 異邦人(TAK MATSUMOTO feat.ZARD)
39 03/11/12 **8位 *4回 *32,278 *,*50,489 もっと近くで君の横顔見ていたい
40 04/06/23 **4位 *5回 *27,836 *,*46,244 かけがえのないもの
41 04/11/24 **5位 *4回 *21,435 *,*33,384 今日はゆっくり話そう
42 05/04/20 **2位 *8回 *32,788 *,*79,816 星のかがやきよ
43 06/03/08 **6位 *1回 *19,905 *,*19,905 悲しいほど貴方が好き

 93年に100万枚をこえるセールスを二曲記録し、安定した売り上げは97年はじめころまでつづく。しかしそれ以降は30万枚を割り込み、99年には10万枚ていどになり、さいきん出すシングルは10万枚をこえていない。98年ころは宇多田ヒカルや浜崎あゆみらのメガヒットが記録されたころであり、さいきんはJ-POPの低迷がつづいている。

 ZARDは90年代に栄光と凋落を駆け抜けたのである。安定した人気もいつまでもつづくかに見えたが、翳りはしずかにやってきた。多くの曲をチャートの一位に送り込み、人気は揺るがないように見えた坂井泉水はどのような気持ちを味わったのだろうか。大スターの経験がない私たちはそれがどのような気持ちなのかまったくわからないものだが、安定した大地が流氷のように崩れ去るような感覚を味わうのだろうか。あるいは母親や恋人に見捨てられるような気持ちなのだろうか。

 カレン・カーペンターズも32歳の若さで早逝したが、やはり人気の凋落も関係していると思われる。人気やセールスは栄光をつかんだミュージシャンにとっては生死に関わるほどの重要事のようである。

 因果関係は立証されないだろうが、病気にかかるのは心の衰弱と関係があると思う。明るく前向きに生きているときにはそうかんたんに病気にならない。落ち込んだり、世をはかなんだりしたときに、人は身体の衰微を経験するのである。

 40歳でガンとの闘病を送らなければならなかった彼女はそうとうにキツい精神的プレッシャーを感じていたのだろうか。TVやマスコミに出ず、ライブもめったにおこなわず、人に横顔やうつむき顔ばかり見せていた彼女には、音楽のような人前に出る職業は無理の多い重圧のある日々であったのか。

 栄光や成功は人に苦悩にたいする免疫を弱める。なにもかもがうまくゆく時期を経験した者には苦悩にたいする抵抗力や順応力が育ちにくいのだろう。栄光や成功がふつうの状態であり、自分の属性であるように思われるのだろう。しかし音楽業界のような浮き沈みの激しい世界でそのような思い込みは危険である。あるいは人気からすへり落ちる恐怖とたえず闘わなければならなかったのか。音楽業界はいつも絶壁の淵を歩いているようなものである。彼女は成功したがゆえにその代償である凋落を軽く乗り越える強さを養えなかったのかもしれない。

 まさしく美人薄命である。劇的なスターの人生を走り抜けた。まるで華々しく輝いて、一瞬で燃え尽きる流れ星のような人生であった。まさしく「スター」である。もうすこし長く月のように満ち欠けや消滅を経験しながら、雨や風や雲に遮られながらも、しぶとく地上に居座りつづけてほしかったと思うのである。

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ZARD SINGLE COLLECTION~20th ANNIVERSARY~Golden Best ~15th Anniversary~ (通常盤)ZARD Request Best-beautiful memory-(DVD付)ZARD BEST~Request Memorial~


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Comment

お前さー、仮にも故人に対して「凋落」ってなんだよ・・・。

そもそも98年くらいから「CD」そのもののセールスが全体的に減ったわけじゃん。全てのアーティストのね。
むしろ、ZARDのシングル、最近のものも含めて全てTOP10入りしてるってことは奇跡なんじゃないの??
ランキングから考えれば、ZARDを昔のアーティストと考えるのはおかしな話だよ

凋落は明らかな事実だろ。

 みなさん、コメントありがとうございます。

 私のひっそりとしたブログに多くの方が訪れてくれて恐縮しています。。

 故人にたいして失礼な発言と思われて感情を害した方がいるのなら、謝りたいと思います。

 私の文脈としては、坂井泉水さんがセールスや売り上げの中でどのような痛みや苦しみを抱いていたんだろうという気持ちを推察する意味でこの文章を書いたつもりです。もうすこしがんばってほしかった。

 02年からのセールスはほぼ10万を割っていますが、TOP10に入っているのはご指摘されるとおりですね。J-POP全体が衰微したといえますね。彼女はJ-POP全体の衰微を憂えてしまったのでしょうか。

 文章に入れ忘れましたが、90年代はカラオケボックスブームがJ-POPの人気と必要性を押し上げましたね。人より人気のあるもの、流行っているものを、人よりうまく早く唄おうとして、J-POPの人気は過熱したのだと思います。坂井さんはその衰微を自分から切り離せなかったのでしょうか。

 浮き沈みの激しい音楽業界で、気持ちをもっと強くタフにもってほしかったと残念に思えてなりません。

>>落ち込んだり、世をはかなんだりしたときに、人は身体の衰微を経験するのである。

なんで断言できるの?
因果関係がないんでしょう?

>>明るく前向きに生きているときにはそうかんたんに病気にならない。

そんな人でも癌になるし、脳梗塞にもなるし、成人病にもかかるよ。
もちろん風邪ひくしね。


とりあえず自殺した前提で書くのはどうかと思うよ

んー、まあうつ病ならいつ自殺してもおかしくないですけどね。
推測記事として面白く読めるからぜんぜんいいと思うけどね。

それよりも自分が気になるのは「カレン・カーペンター」であって
「カーペンターズ」というのはあくまでもバンドの名前ですよ。

僕はそうは思いません。

1999~以降のZARDの曲はお聴きになったことはございますか?
むしろ売り上げやらその方面のしがらみからようやく開放されて伸び伸び活動していたようにも思えますが。あまりランキング等に執着するような人にも見えませんし。

ランキングの凋落は彼女の頑張りというよりも
プロデューサーの頑張りによるものかと思われますが。。
レコード会社の売り出し方や広告の打ち方などの
側面で見てみるとまた違った印象になるでしょうね。

お仲間であったWANDS等も事務所との意見の違いで
「凋落(ランキング上)」していったそうですし。

広告先行で作られた楽曲を歌わされているよりも
後半の活動の方が満足してやっていた
なんて想像をしてみると、
今回の事は間違いなく事故でしょうけど、
それはそれで大変残念ですね。

 よくあることですが、売り上げや人気が落ちたとき、ミュージシャンってどういう気持ちを味わって、どう乗り越えてゆくのかって消えてしまったアーティストを思い出すとふと思います。

 のびのびと自分のペースで仕事ができるようになったという人もいると思いますし、世界の終わりのように落ち込む人もいると思います。

 坂井さんは残念ながら結果的にはのほほんと生きてゆくことはできなかったみたいですね。数字と忍び寄った病魔がその片鱗をあらわしているように思います。

 ミュージシャンというのはほとんどの人が浮き沈みを経験するわけですから、沈むのを当たり前だと見なして、楽天的にこれからの人生を生きていってほしいと思うのですが。

 追記 カーペンターズはあきらかな間違いです。カーペンターが正解です。これからコメントを読まれる方のために記念に残しておきますね(笑)。

個人が何をどう思おうと自由。
でも、思ったことを他人の目にさらすってことは、さらす行為に責任持ってないといけない。
ここのブログ主さんはちゃんとコメント読んで、レスで自分の考えを言ってるし、いいと思う。
それに対してさらに「あれもダメこれもダメ」ってのも、それもそれで考えの押し付けでしかない。
見に来ておいて自分が勝手にいやな気分になるなら、「もう読まない」という選択肢を選べるんだし。
ま、個人的には、ガンって怖いなあと思った程度。健康診断はちゃんといかなきゃな~

心と免疫系は深く関係しているようです。
つまり、ストレスを受けると、(加齢によっても)免疫力が低下し、
感染症や癌にかかりやすくなるとのこと。
まだ研究が進められている途中ではあるのですが、、
「病は気から」は近年では多くの医師が認めるところです。

フォローありがとうございます。

コメントはキビシい洗礼を受けますね。
いつもはひっそりしたブログに多くの人がアクセスしてくると、なんだか2ちゃんねる的状況になるんですね(笑)。

でもさいしょだれかが反論して、それに対して反論するというパターンがコメントの流れなのかなと思います。身もふたもない冷たい物言いだけはカンベンしてほしいですけど。。(泣)。

心と免疫力の低下は医学でもいわれていますが、病気と精神の関係は医学の中でもそう多くない一派の主張ですね。現代医学というのは精神と身体を切り離したからこそ発達しましたし、精神と病気を結びつけることはタブーでもありますね。それは迷信や宗教の時代と変わらないと断罪されるんですね。

でも私たちは自分や身のまわりの人たちの精神状況と病気の関係をみて、経験的に知っていると思うのですが。それでも伝染病のような心とまったく関係のない病気もありますし、身体疾患だけの病気もあるところが、心と病気の因果関係をはっきりといえないところなんですね。精神だけが病気の原因だといってしまうと、精神主義のクラい時代の危険性がありますしね。

 いずれにせよ、坂井さんの心情はつたわってきませんから、推測するしかないのですが。

確かに売れなくなってたのは事実だよね
特にメディアに露出しない人だから
CDの売り上げイコール人気と考えるしかないし
でもほんとにどんなアーティストでもいいとき悪いときがあって
それは仕方のないことだね

ミュージシャンは売れなくなるときがいつか必ずくるものですね。J-popのTOP10なんか見ていたら、歴然としていますね。ミュージシャンは売れなくなったときの気持ちの整理のつけ方をしっかりともってほしいものですね。といってもむずかしいと思いますが。

たとえばサラリーマンでいえば営業成績がよかったのに、成績が落ちたとたん、まわりから冷たくされたり、非難の声が聞こえてくるようなると、たいそうつらいものですね。

 とくに坂井さんは愛の歌を唄っていたわけで、人に好かれることや気に入られることに人一倍関心が高かったのだと思われます。好きな人にそっぽを向かれたり、冷たくされたりしたらどのような気持ちを味わうでしょう。彼女はスタートしての失恋の壁をのりこえられなかったのかもしれませんね。

 カーネギーという自己啓発のベストセラー書には「悩みに対する戦略をもたない者は若死にする」と掲げられていましたが、人気稼業につく人にはとくにこの戦略がたいせつなんだと思います。

芸能人の売れなくなったとき、どのようにのりこえるかといった知識や本が芸能人に出回ってほしいものですね。悲劇をくりかえさないために。

<<とくに坂井さんは愛の歌を唄っていたわけで、人に好かれることや気に入られることに人一倍関心が高かったのだと思われます。好きな人にそっぽを向かれたり、冷たくされたりしたらどのような気持ちを味わうでしょう。彼女はスタートしての失恋の壁をのりこえられなかったのかもしれませんね


彼女の中期の作品の love is Gone という歌の歌詞をご存知でしょうか。
彼女の歌は必ずしも「愛の歌」とは呼べないと思いますが。孤独・・・苦しみ
・・裏切り・・随所にこのフレーズが多用されているのです。ときどき生々しいセックスの歌・・・意外にも不倫の歌が多いです。歌の中では他人との関わりを否定しています。明るく見えてとても孤独な歌が多いんです。
に好かれることや気に入られることに人一倍関心が高かったのだと思われます。というのは如何でしょうか?

 love is Goneという曲は聴いたことがないのですが、孤独や苦しみ、他人との関わりの否定の詞を唄うというのは、愛されたいと強く願う人ほどよく感じるのではないでしょうか。

 孤独というのは人に愛されたい気持ちのコインの表裏で、愛されたいと思わない人は孤独もあまり感じないかもしれません。否定はそれを強く望むことの裏返しではないでしょうか。

 ZARDの曲の大半はラヴソングに思われますが、だからこそ愛するがゆえに強烈に否定したくなる側面があるのだと思います。強く好きな分だけ、否定的になったときには強く現われるものだと思います。

 坂井さんのプライベートはほとんど伝わってこないですが、あんな美人で40歳まで結婚していなかったというのが不思議ですね。意外なことに愛の詩をよく歌う人が結婚していないというのはドリカムの吉田美和でも思い浮かべますが、なんか理想や期待が大き過ぎたんでしょうかね。だれも放っておかない美人だと思いますが。あるいは音楽やファンのほうが大事すぎて、個人的で閉鎖的になる結婚を避けたのでしょうか。闇の中ですが。

彼女の書く詩は彼女の人生の軌跡を如実にあらわしてた
そこには希望と悲哀そして諦めが混在していたよ

彼女は2年ほど前から、死を予感してたようだね
詩にそれが現れている

アーティストだけじゃなく、人間的にも偉大な人だったと思う

ところでこのブログの管理人って誰よ?
わかんないんだけど・・

すいません。管理人のうえしんです。
コメントの先頭に名のるべきでしたね。

死を予感した詩ってどんなものだったんでしょうね。
願わくばわが人生に悔いはなしと思ってほしかったですね。

でも40歳の若さでそう思えるんでしょうか。
私もまだ39歳では人生もういいわとはまだ思えませんし。。

なぜ彼女の歌に死の予感が現れていたかというと、
それは彼女の歌を長く聞き続け、彼女の性格を把握していればわかることです

彼女の歌は、そのほとんどが彼女の実恋愛体験に基づいていると思われます
メディアに露出の少ないアーティストでしたが、彼女の適性も、ずっと見続けているファンにしてみればわかることです

一応、私の私見を言っておきますと
彼女はモデル時代から付き合っていた(おそらくサーファー、そしてZARDの歌の中ではしばしば『君』として登場)年下の恋人がいて
デビューして彼女がスターダムにのし上がるにつれ、その恋人と溝ができた。
そしてそこへ、別の業界の権力者登場、その男との不倫、あなたの言う凋落、そして権力者との別れ、
その後彼女の書く詞は、ここ3年ほど、昔の恋人への贖罪、懐古、郷愁へと変わり、しだいに、悲壮感があふれ陰鬱なものとなっていった
そして遺作となったハートに火をつけてでは、妄想の中、昔の恋人と式を挙げ、胸に戻り、(おそらくモデル時代に疎遠になった)秦野へ郷愁を寄せている。彼女はこの歌が最後の作品になるかも知れにことを予感していたようにも思えます。
最近の彼女が、何か死を身近に感じていたことは一部のファンは薄々察していたと思います

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のうえしんです。

この記事には一部の方に対して配慮のなさがあったことをお詫びしておかなければなりません。
病気の方や繊細な方に心を傷つける表現があったことは否めないと思います。

私にはもちろん悪意も敵意もあるわけなんかなく、衝撃的な出来事に対しての解釈を探ろうと試みただけですが、人の不幸や傷心を傷つけてしまうような表現にとられかねなれない箇所があったことをひじょうに残念に思います。

病気の原因を心の落ち込みだけに帰するつもりは毛頭ありません。器官性が原因のものも多くありますし、精神だけに原因を帰すことは病気の方にたいする配慮を欠くことにもなってしまいます。

病気になった上にさらに精神論で追い打ちをかけるようなそんな陰惨な表現だとはとられたくないと思いますが、病気を心因性のものと決めつけてしまうと、傷つけられたと感じる人がいるのは事実です。配慮が足りませんでした。

私は病気に対して無知すぎるのは事実です。ただ自分の病気になったときの経験から察すると心は最悪の気持ちばかりがいったりきたりします。この心がからだ中に毒を廻しているなと思ったりします。

「病は気から」という言葉は前からありますが、この言葉はときに責められたり、批判されているように思われることもあります。でもそれは励ましであり、戒めであると捉えてほしいと思います。精神のワナにはまるなということです。

 心はいつでも最悪のことを考えられます。最低のことも想像できます。自分の気分をいつでも最悪のものに保ちつづけることもできます。だからこそ、そんな心を捨ててほしい、そんな心なんか相手にするなといいたいです。

心は「絵空事」である。「存在しない」ものであると私は思っています。クリアに空っぽであるのが心の本来の理想のあり方だと思っています。外界がどんな状態であろうが、精神はそれによって強さや安らぎをもたらします。あるいは心にしがみつかない、世界のありのままの事実を受け入れる気持ちを養うものだと思います。

心は外界に負けない、事実に打ちのめされない強さを、人は、精神はもつことができるのだと私は思っています。思考は害悪です。

精神論は人を責めるのではなく、心のこのような力のことをいっているのだと捉えてほしいと思います。

うえしんさん、あんた泉水さんのことが全然わかってないね

彼女は数字上では、栄光とその後緩やかな下降線を歩んだのは確かだ
しかし、21世紀に入ってからも、彼女は常に前向きだった
それは熱心なファンならみんな知っている
彼女は社会の流れと常に、関わっていこうとしていた

拉致問題、ワールドカップ、ボブサップ、イチロー、小泉内閣・・・
常に、簡潔なコメントを残し、また、そのコメントは深入りせず
偏らず、読み手が自由にそれについて、想像を膨らますことができるものだった

彼女はZARDというコンテンツの大きさを十分認識していた
その上で新しい時代における、ZARDのあり方を常に模索していた
彼女は一時代を築いたアーティストとしての自覚を、十分持っていた
凋落による心の荒廃などありえない

2月のオフィシャルサイトのBBSでも、3000以上のレスが寄せられた
そのほとんどが、新曲待ってます、liveまたしてください・・等々
暖かいものばかりだった
彼女はBBSの最後で、「私が皆さんに愛されていることがよーくわかりました」と締めくくっている。これは彼女の本心だったと思う。このときすでに彼女は癌と闘っていたのだが・・

彼女は4月の再入院前に「ファンの前に出たい」といったそうだ。また、入院中知人に「大きな会場でなくてもいいから、ファンの熱気が感じられるコンサートがしたい」とも・・
5月の会報では、直筆メッセージで「皆さんお元気ですか?味わい深い日々を送ってください」とあったが、その筆跡は明らかに乱れていた。病の中、彼女が身を削って書いたものだろう。

彼女は病を公表することを望まなかった。多くの芸能人が初期癌を告白する中でも・・  ただ、4月の再入院時は何かを予感していたのかもしれない
ファンにきちんとした説明をしたいと思ったのだろう
このように彼女は、アーティストとしてだけではなく、人間的にも実に立派な人であった。栄光後の凋落による心身の衰弱など彼女にはまったく当てはまらない。
ただ病だけが彼女の心の深い部分に翳りを落とし、それが繊細な作詞活動にのみ現れたものと思われる。

管理人のうえしんです。

CEOさんのおっしゃられるとおりで、私は一般論からの推測でしかものを書いていません。売り上げのデータと病と心の相関関係からの推測でしかありません。それ以上の踏み込んだデータはなにももっていません。

 ファンの方のくわしい情報には耳を傾けるべきことが多いと思います。私は坂井泉水さんのプライベートや発言をまったく知りません。その意味でCEOさんの情報には貴重なものがふくまれていると思います。

病はとつぜん降りかかった交通事故のように彼女のふだんの心身状態とまったく関わりがなかったともいえると思います。私の推測記事からではそのような可能性を否定できるものではまったくありません。

 一般論では推測できない強さや豊かさを彼女をもっていたのだと私も思いたいです。

 私は音楽業界の変動の激しさや人気の変貌ぶりという非人間的なものに負けるなという応援のつもりで記事を書きました。そんなものに一喜一憂するなと一般論として書きました。人気稼業なんてバッタの大群のようなもので、そんなものは来ては去る、だからこだわるなという気持ちが込められています。

 これから人気稼業に関わる人で、そういう変動の激しい荒波に足元をすくわれないような心の構えをもってほしいという意味で、この記事は書かれました。

 ふつうの一般人でも同じです。逆境や人から嫌われたり、憎まれたりすることもあるでしょう。そういうことがあっても、へこたれずにがんはってほしい。私はそういっているつもりです。

はじめまして、たまたまこのページを見つけたものですが、
栄光と凋落って・・・・。
このブログを書いた人は自分はいかにも頭いいってところを見せたかったんじゃないですか。
売り上げ枚数のデータを持ってきて、何か理論整然と自論を展開したような気になっていらっしゃるようですが、
思うに事実から推察できることと、自身の妄想との区別がついていないように思われます。
いったいどういう根拠で最近の売り上げ枚数がかつてより減ったことが、坂井さんの死亡の原因に結び付けようとしているのでしょうか。
ZARDが人気絶頂だった90年台はJ-HOPのバブル時代でCDの売り上げが100万を越すなんというのこと自体が業界では異常なことだったんですよ。
かつて、山口百恵が人気絶頂だったころでもせいぜい60万枚ぐらいだったそうですから。
コメントの中にも、歌詞の中に死を予感するものがあったとか、失恋を意味するものがあったとか書いている人がいましたけど、
それを書いている人は何を知っていてそのようのことを書いているのでしょうか。
表現の自由、言論と自由といいますが単なる憶測に元づく妄想を不特定多数の人が閲覧できるネット上の掲載するのは止めていただきたいですね。
クレームもついたようですが、現在がんと闘病中の人や家族が見たら不快感を覚えるのも当然ことだ思われます。
確かにチャートで1位を取るようなことはなくなっていましたが、だとしたら彼女より売れてない人はどうなるんですか、
かつては人気があったものの今はそれほどでもなくなった人たち、安室奈美江や宇多田ひかるも死ななきゃいけないのですか。
チャートにあがってこないような人たちでも、すばらしいアーティストはたくさんいます。チャートの上の方だけを見ているのでそのようなことをおっしゃるのだと思われます。
彼女の死が、あまりにも突然だったし何を思ったのか出来心なかスロープの手すりに腰掛けて転落したなんて、あまりにも切ないと思われたので彼女の死に何か意味を見つけたいと思われたのしょうかね。
だとしても何の根拠も持たないようなことをおっしゃるのは彼女を冒涜することに他ならないのではないですか。交通事故などでいったい毎日どれだけの人が一瞬の不注意で亡くなっているんでしょうか、そういうことも考えてください。
ただ、坂井泉水さんはメディアでの露出が少なかったので、そのプライベートな面に興味が向くのは否定できません。ましてや癌で闘病中だったのでいろいろと憶測を呼ぶのでしょう。
これだけの人気がありながら、メディア露出を抑えていたのもただ戦略以外の理由がありそうだし、彼女は普段どういう生活をしていたのか、どういう人柄だったのか、そして闘病中のこと興味がないかといえばうそになります。
ただ、それらの「本当のこと」が語られるのは、本当に彼女と近かった仕事仲間や友人、親族から語られるときでしょう。そのときがくるのは、まだ何年か時間がかかると思います。「ほんとうのこと」が知りたい人はそれまで待つしかないのです。
今私たちにできることは、坂井泉水さんの死を静かに受け止めて冥福を祈るしかないのではないですか。ZARDのCDを聞きながら・・・。

マツじい さんへ
彼女の曲の歌詞が死を予感させたものがあったと書いたのは私です
失礼だが、あなた、ZARDの最近の活動は知っておられましたか?

alb・止まっていた時計や、君disは何回も聞きましたか?
彼女の会報でのコメント、ミュージックフリークマガジン、what's in、CD dataでのコメントは知っていましたか?

2003年の「明日を夢見て」発売に際してのインタビューの中で、この題名について、彼女は「希望、生きていればこそ・・」というコメントを残している
明日を夢見てのカップリングでは、歌詞の中に「死」という言葉がはいっている。サイコ系バンドならともかくZARDのようなアーティストでは歌詞に「死」を使うことなどタブーなのに・・

彼女は、最近の雑誌のインタビューでは次第にコメントが哲学的、観念的になってきていた

去年の会報では、「これが最後のレコーディングになるかもしれない、といつも思って臨んでます」とコメントしている
同じく去年の会報で、敬愛する斉藤茂太がなくなったことを悔やんでいる
斉藤は北杜夫の実兄で、精神医名誉会長、作家だが、死に向き合い死の恐怖を以下に克服するかの著書が多い

他にもこのようなコメントをあげればいっぱいある

最近の2作のアルバムでは、心に残るただ一人の恋人である「君」への回顧、郷愁が異様なほどに強くなり、それは悲壮感を増していた
君とのふれあい、君と今日のことを一生忘れない、セパレートウエイズ、月に願いを、  聞いていると可哀想になるほどだった

遺作のハートに火をつけてでは、薄らぎ始めた君への記憶と諦めを、もう一度奮い立たせて、君こそたった一人の人と心に決め、挙式を上げ、疎遠になった故郷秦野への郷愁をつづっている

明らかに彼女は、そんなに長く生きられないのではないかという漠然たる不安の中、アーティスト活動を続けていた

マツじい さん もう一度、彼女の曲ちゃんと聞きなおした方がいいよ

CEOさんへ

はい、あなたのおっしゃるとおり私は坂井泉水さんのこと何も知りません。彼女の作った曲をCD聴いているだけで、会った事も話したこともありません。そうひとのことをわかっているなんて思えるはずもありません。
あなたはZARDのコアなファンで曲をかなり聞き込んでいるようですね。彼女が書いた歌詞やわずかなコメントから想像を膨らまして、自らの死を予見していたなんて思うこと自体勝手な思い込みではないですか、
まあ、他にも歩同じようことを考えている人がたくさんいるようですが。
あなたが勝手な思い込みをするのな自由ですが、そのような意見を公表するとこによって今悲しみにくれている親族や関係者の方たちがどう思うかを考えたことはありますか、そのことが坂井さんの死を偲ぶことになりますか。
ひょっとしてあなたの言っていることは正しいのかもしれません。でも、それを確かめるすべは今はないのです。それに本当のことは彼女にしたわからないことかもしれません。また、そのようなことを詮索することに何か意味があるとも思いません。
人の死は突然やってきます。先日私の知人が亡くなりました。彼は筋肉が少しづつ衰えていくという難病にかかっていて一般的に二十歳までは生きられないという病気です。何の前触れも兆候もなく、朝泊まりのヘルパーが気がついたときには心肺停止状態だったそうです。
彼にとって死は常に身近なものであり、意識せざる得ないものだったでしょう。それでも彼は病院や施設に頼ることなく、授産施設で働きながら40歳を過ぎるまで自立生活を続けてきました。今思えば彼は自らの死が近いことを知っていたかもしれません。でも今となってはそれを考えること事態むなしいとこです。
坂井さんへの思い込みが強い人は、いろいろと考えたくなる気持ちもわかないでもないですが、もっと人の死を尊ぶ気持ちを持ってほしいですね。

管理人のうえしんです。

マツじいさんの言葉は重くうけとめます。

人の不幸に際して黙して語らないのが、死という人の力ではおよばないことに対する人がとるべき態度だと思います。

悲嘆にくれる人にせんさくを向ける態度は慎むべきです。

同時に人は出来事やことがらにたいして意味や理由をどようしもなく求めてしまうものだと思います。

とくにそれが不安や衝撃的なことであったりしたら、なおさらのことです。
原因や分析を求めて、私たちは心配や恐れを鎮めようとします。
解釈や意味がなければ、私たちは不安や怖れの中で、まるで落とし穴のまわりをうろついているような気分になります。
なにかの解釈や意味をわらをもつかみたい気持ちですがろうとするものです。

人の不幸の際にはこのような態度は慎むべきとされます。
しかし解釈を求めるという気持ちにふたをできない性質もわれわれにはどうしようもなくあります。
不幸を嘆く人にはこういう態度は許されないものと思われますが、これは悲しみの落ち着き場所を探す私たちのひとつの癒し方でもあると思います。
推測や洞察も、黙祷する態度と同じように私たちの悲しみを癒すひとつの方法ではないのでしょうかと私は思います。


ネットではニュースのように事実だけを記せという考え方は違うと思います。推察や洞察を記せない言論はおおよそわれわれの日常生活の思考に関してもそうですが、不可能です。われわれの思考のおおくは事実かそうでないかの区別もできずにおおくの思索をおこなっています。

 事実しか記してはならないというのは、それは科学者か新聞記者が守るべきルールであって、個人サイトが守らなければならない規範でもありませんし、推測や洞察を禁じることは人間の思考能力を禁止することだと思います。人の不幸に際してはとるべき規範であると思われますが、ネットでとるべき規範であるとは思われません。

私がまちがっていたとしたのなら、不幸に対しての感情に配慮が足りなかった点にあると思います。その点はたいへん反省しなければならないことだと思っています。悲しみの感情を荒げてしまったことに対してお詫びしなければなりません。どうぞお気持ちをお納めください。

どうやら、管理人さんに心労をおかけしているようなので、このレスを最後とします

私もそれほど若くないのでw、近しい人との別れは人並みに経験しているつもりですがねえ・・。すでに同居の親族も3人、極近い将来4人目を送り出すと思いますが・・

たとえどんな人であれ、その死の瞬間は人生において最も尊重されるべき瞬間であり、たとえ死後であっても、いたづらに名誉を傷つけるべきではないでしょう、当然です

私は彼女を冒涜したとはまったく思ってませんよ
むしろ彼女の死によって、彼女の人間的偉大さに改めて気づかされ、できることなら、今後の私の人生の糧にしたいと思っているくらいです

ただ、私も彼女の死後3日ほどは、ことあるごとに涙がこみ上げ、彼女の死への恐怖と、無念さを思うたび、胸が締め付けられるような感情を抑えることが出なかった。また、できることなら代わってあげたいと心底で思ったもんです

このことを付け加えて、このブログを去ります

はじめまして。たまたまたどり着き閲覧させて頂きましたのでコメントさせて頂きます。ここに限らず色々なブログで坂井泉水さんの死を悼むコメントそして、その他の事など色々書かれておりますが単刀直入に結論だけ書いてしまうと私はやはり悲しいです。それほどディープでコアなファンではなかったかもしれませんがZARDのファンですし私は同郷なので自分の故郷から出たスーパースターの訃報に衝撃を受けました。

世間的には、とてもミステリアスで謎につつまれたアーティストだというイメージですが私は同郷なので坂井泉水さんというよりは蒲池幸子さんとしてのエピソードも多数知っております。私の恩師・友人・知人・同僚には坂井さんの恩師・同窓生・親友の方もいるので、どういった人柄の方なのかも、ある程度存じ上げてます(公の坂井泉水さんではなく私の蒲池幸子さんとしてですが)様々なエピソードを聞く限りでは、やはり良い人ですね。もちろん、すべて良い話というわけではないですが私は坂井泉水さんの人間味が感じられるエピソードを多数知っているので世間一般のイメージのように謎の人だとは、あまり感じません。

CEOさんが近年の坂井さんの詩が、かつての恋人「君」や故郷について綴られている点を指摘されてますが、それは確かに一理あります。近年に限らず
彼女は、曲のちょっとしたフレーズに故郷への密かな想いと解釈できるニュアンスを含めていたと思います。たくさんありますが一つ例を挙げるとDon’t You Seeの1フレーズに「育った町の匂い」というくだりがありますが、その歌詞を聴き当事の私は「坂井さんは今でも秦野への想いは持っているのだな」と感じたものです。他の曲でも、そのように解釈できる表現は多数あります。

それに坂井さんと、ずっと親交のある方から聞いた話ですが「元気になったら一度みんなに、あっち(秦野)で会いたいね」とも病院で話をされていたそうです。

違う話ですが近年の坂井さんは確かに色々あった様子は否めません。真偽を確認できる術がないのでここではズバリは書きませんが世間で色々と噂されていた○戸氏との関係・仕事の悩み・健康の悩み・恋の悩み色々あったのだと思います。それが管理人さんのおっしゃるセールス上での全盛期と比較した場合の凋落なども関連があるのかは解かりませんが、ご本人が元気を出したくても出せないような状況になってしまっていたのは事実です。現に癌のみならず精神的に疲弊されていたという点も親しい友人の方は知っていたそうです。世間から見たら偉人と言えども、やはり一人の普通の女性でもありますから普通の人と同じように苦悩されていたのでしょう。

ただ私が聞く限りでは彼女は坂井泉水としてではなく蒲池幸子としても人前では弱気になったり暗くなったりせずに前向きな人だったという事です。
友達間ではゲラゲラ笑ったり冗談を言ったりする明るいキャラみたいです。

諸説様々ありますが経緯はどうあれ今回の結果は残念でなりません。ご冥福を心よりお祈りします。

余談ですが彼女が住んでいた昔の実家はもう更地になってしまって何もないのですが曲でも故郷を表現されていた坂井さんの事ですから今になって故郷に、ふと立ち寄られているのではないかと私は思ってます。

きっと生前も故郷や母校に坂井泉水として何かしたいと個人的には思われていたのでしょうが事務所の意向など大人の事情で実現せず、そのまま疎遠になってしまった事を悔いていたのではないでしょうか。90年代終わり頃から、そのような感情を持っていたのかな?と思える節は曲などからも推測はできます。
生前は社会的立場やスケジュールの事など色々な事情があって帰郷はできなかったでしょうが今はきっと魂となって懐かしき育った町を久しぶりに巡っているのだと想いたいです。

管理人のうえしんです。

翼さん、大人のコメントありがとうございます。

同郷の方として、坂井さんを身近に知っている方として、悲しみはよりいっそう身に沁みてこられると思います。彼女は安らかに召されたと思いたいですね。

ふるさとの想いはおおくの人が郷愁の気持ちを奥深くもっているものと思います。同じ町の匂いや町並みをを共有されている方には彼女の気持ちがより身近に感じられるのでしょうね。

世間で坂井さんはミステリアスで謎の多い人だったと思われているようですが、私はそんなに謎めいた人物には思えません。メディアにあまり出ないことによって、ぎゃくにふつうの人の要素が多く残っていたという感じがします。プライベートのじっさいのことはどんな芸能人もそう多くは知れないものですしね。

話は飛びますが、ロシアの作家のトルストイは世界的な大作家であり、偉大な人として思われていましたが、いちばん身近な存在として知る奥さんはトルストイのことをちっとも尊敬していなかったそうです。あんな偉大なトルストイは最期、「家出」で亡くなっていますしね。

40歳という年齢はまだまだ老いを感じる年齢ではほとんどありませんし、病気にかかりやすい年齢でもまだないと思います。働き盛りの年齢ですし、これからまだまだぴんぴんと生きられる年齢です。なにかの苦悩を感じないわけはいかないのです。

それがセールスの問題であったのか、恋の悩みであったのか、わかりません。人のいちばん深い苦悩の存在はたぶん身近な人との関係がいちばん濃いのではないかと思います。容易に消し去られない苦悩を抱えていたと推測せずにはいられません。そういう苦悩を軽々と乗り越えられなかった坂井さんの繊細さが残念でなりません。

ふるさとの安らかな地で憩われていることをお祈りします。

別件

まったく別件です。
ここには私のようなものがコメントできない域に達しています。
皆さんの優しさが感じられ、とてもうれしかったです。
ありがとうございます。

私は将来的にZARDのフリースペースやカフェ的なものを
オープンさせたいと思っています。

構想はファン同士が熱く集まり語り合うという普通の
アーティストカフェではなく、
一般の方にこそ充分に楽しめる、オーガニック系の食材や水にこだわった
雰囲気の良いお店。

その片隅にZARDのイメージのスパイスを
きかせてナチュラルに行きたいと思っています。

ゆったり流れる時間の中で、透明感ある青や白の空間で~。

一応そこそこな年齢なので、実現にはいくつかの課題や資金、人
やさまざまな問題があることもわかっております。

まずは本当に実現化できるよう、プロジェクトを立ち上げます。














Don’t You Seeの1フレーズ

※「育った町の匂い」→「生まれた街の匂い」です。



zardは、亡くなってから初めて聞きました。もう自分も50歳を超えて数年。
いい親父ですけど、恥ずかしながら、ライブDVDを見て思わず涙が出ました。
なんて完成された音楽だろう。また、とても綺麗な人だと思いました。本当に残念なことです。
若い時は、ジミヘンやドアーズをよく聞いていましたが、今度はzardを本格的に聞こうと思います。人間は死んでその生を他人にバトンタッチしていくものだと思います。自分も彼女の想いを真摯に受け止めて、彼女の分まで生きていこうと思いました。坂井さんは本当にすごいシンガーですね。ここのブログは最高ですね。彼女の音楽への理解が深まりました。

samさん。こんにちは。
管理人のうえしんです。

ジミヘンとかドアーズのころのロックは若くして死んで伝説になったロッカーたちが多いですね。破天荒な生き方というか、反体制だったり、無頼派だったり、命を削って生きた人たちが多かったですね。

ZARDも伝説のアーティストとして残っていってほしいですね。

このブログでZARDの音楽が聴けるのはユーチューブのおかげです。ネットの進化は動画や映像までもとりこみはじめましたね。かつてはTV局やラジオ局にしか音楽を紹介する特権がなかったわけですが、いまはネットのおかげで一般の私のような人間でも好きな音楽を紹介できるようになりました。すごいことですね。

亡くなった方の音楽を聴くということは、私たちの生はなにかと考えさせられますね。坂井さんは亡くなっても自分の曲や歌声を残せて、死後も人々に聴きつがれるという幸せを手に入れた幸福な人なんだと思います。私のような人間は死後になにも残せないかもしれませんが、この世界に生まれてきたというだけでも幸せだったと思いたいです。


追伸です。
坂井さんの詩ですけど、私が高校生の時、読み込んでいた三島由紀夫氏に
似ていると感じます。
三島氏も初恋の人との別れと心の傷が全ての作品の底辺に流れていましたが、その表現はとてもシンプルで日本的な美しさにあふれていました。一見、難しい漢字を使っていて難解に見えますけど、人間の素直な気持ちを透明感ある文章で表現していたと記憶しています。
坂井さんの詩も、人間(女性)の素直な気持ちを感性豊かな表現でシンプルに表現されており、それが彼女の透明感ある肉声で音楽表現され、三島氏同様、何か日本的な美しさを感させます。
三島氏の作品の中では、人間の尊厳や本性としての美が狂おしく求められ、はかなく輝いていました。最後の作品の豊饒の海はその頂点だったと思います。坂井さんの最後の2枚のアルバムからも同じものを感じます。
三島氏もそうですが、坂井さんも世俗のもさしでは決して語れないスゴミというか次元の違いを感じませんか。
坂井さんの詩に中には、女性がが求めるはかないほど繊細でピュアなものを感じます。坂井さんはそれを真剣に求め続けていたことも伝わってきます。そんな彼女が、病魔と戦い、不運な形でなくなられた。そのはかなさ、無念さにに、私は多分涙が出たと思います。三島氏の時もショックでしたが、彼女は女性であるだけに、余計つらさを感じたのかと思います。
私は、不肖にも、zardは坂井さんなくなるまで何も知らなかったのですが、多くのファンが15年も前からいて、今回の件で多くの人が涙した。
そんな事実を見て、私は改めて日本人が好きになったし、日本人てスゴイ人達だなとうれしくなりました。

坂井さんのモデル時代の写真も見ましたが、決して突出した美人とも思えない普通の女性ですよね。それが音楽を通じてどんどん綺麗になっていき、なくなる前のDVDの中で歌う彼女(特にprayを歌う場面)には、恐ろしくらいの美しさを感じました。坂井さんは何万分の一の幸運でスターとなり、そして何万分の一の非業な最後をとげた。運命の神様の残酷さを感じえません。悔しいですね


人間の死の問題ですけど、昔、イエスに従うパウロは、イエスが自ら自首して
刑務所に入った時、看守に、お前はイエスを知っているかと聞かれ、「知らない」と答えて難を逃れた逸話があります。その後イエス処刑されましたが・・。
パウロのようにいつもイエスの近くにいた人ですらこの有様です。
その後、パウロは苦しんで死んでいくイエスを見て、心打たれ、布教に努め
ローマで釜茹でにされてなくなりました。(確か釜茹でと記憶しています。)
イエスは、人の心を動かすの最後は自らの死と計算していたかも知れません。確かに死後、パウロの心の中で復活したわけですから。

坂井さんは、イエスでもなければ、宗教家でもありません。でも、この不幸な事件をあえて前向きに考えるとすれば、彼女の歌は、多くの人の心の中で
生き続けることでしょう。私も、今回の事件は、本当に心打たれました。
(俺、もう50台のいい親父なんだぜ。こんな気持ちになるなんて。止まっていた時計が今動き出した。・・・30年止まっていました。)

坂井のこと知る人、ぜひ書き込みください。きっと普通の人と思うけど、イエス
だって普通の人だったと思います。その普通さを知ることが大事なことと思います。人間の普通さこそ、人間そのものですもの。

でも、人間の力て本当に偉大ですね。坂井さんは本当にスゴイよ。またそれを評価した多くのファンの見る眼もスゴイですね。


発表当時に、君とのdistanceを聞いて、ZARDがさらに芸術家になった! と思ったものでした。月に願いをのワルツとか、中国音楽とか、初期とは色の違う名曲でした。
サビしかない 時間の翼 という2分ぐらいの曲は大好きでした。
心を開いて や 負けないで も好きです。
詩人はそれあ売上も気にするでしょうが、最後のアルバムを聞くと、音楽を楽しんでいたんだなと素直に思います。

管理人のうえしんです。

ZARDが三島由紀夫のような日本の文豪に匹敵するような長期の評価を得つづけるかというと、ロックやポップミュージックの歴史にどれだけの曲が現在にものこっているかと考えると、残念ながら懐疑的とならざるを得ないと思います。

夏目漱石や森鴎外など明治の文豪は100年たったこんにちでも広範な読者を獲得しています。小説や書籍というかたちは、文字のみのシンプルな媒体で、それだけ長く生命をたもちます。文字の媒体はギリシャの『イーリアス』や『オデュッセイア』のような二千年の命をたもつ芸術もありますし、中国の思想も二千年たった今日でも読むことができます。

ポップミュージックが、50年前のものがのこってるいかというと、われわれはほぼ聞くことはありません。プレスリーやシナトラがこんにちの若者に好んで聞かれるかというと、やはり難しいものがあります。50年代や40年代、さらには今世紀のレコードが生み出されてからのポップミュージックがこんにちにも残っているかというと、耳にすることはほとんどありません。

クラッシックはながく命脈をたもつものですね。この歴史は長いですね。ベートーヴェンやモーツァルトなどはほんとに長く聞かれつづけていますね。ポップミュージックはそこまで歴史性を獲得するでしょうか。

尾崎豊はシリアスな人間性や社会を歌って、死後も評価は高くのこりましたね。ZARDは人間性の深い洞察や高い芸術性を今後ながくもちつづけることができるでしょうか。

それは時の洗礼をうけてみないとわかりませんが、若いときに彼女の曲を聴いたわれわれはおそらくいつまでも心に彼女の曲を思い出しつづけるものだと思います。流行歌はいくらでも新しく出てきますが、人は若いときに聴いた音楽をいつまでも忘れませんし、流行歌以上に、心に沁みるものをもちつづけると思います。

ポップミュージックは若者だけがもてはやし、歴史や過去の曲をながくクラシックのように評価し続けるということはあまりありません。音楽市場は新品しか送り出しません。伝統としてのこしてゆくかは私たちの行動や態度にかかっているといえるのではないでしょうか。

やだねえ、評論家って。
哲学的な文章書くことに満足して、心が入ってねえんだよな。
しかも、実社会では何の役にも立ってない。
そんな奴が坂井泉水の事を語る権利があるのか?

>>もうすこし長く月のように満ち欠けや消滅を経験しながら、
>>雨や風や雲に遮られながらも、
>>しぶとく地上に居座りつづけてほしかったと思うのである。

>>浮き沈みの激しい音楽業界で、気持ちをもっと強くタフにもってほしかったと残念
>>に思えてなりません。

坂井さんは2000年から子宮の病にかかっていたが、坂井さんの意向で一切伏せられていたことが、この度出版されたオフィシャルブックで明らかになった。坂井さんは病気なのを秘密にして7年間も活動を続けていたわけだ。2004年には体調不良にも関わらず、全国ライブを9会場11公演行っている。
2000年以降にリリースされたアルバム「止まっていた時計が今動き出した」と「君とのDistance」を、それ以前のメガヒットを記録してしたころのアルバムとの違いに注目して聴いてみる事を、是非ここの管理人に勧めたいね。
病気で歌唱力は低下したかも知れないが、楽曲に対する坂井さんの強い気迫・信念というものがひしひしと感じられるよ。
そうすれば識者ぶって「もう少し地上に居座り続けて欲しかった」、「気持ちをもっと強くタフにもってほしかった」なんて恥ずかしくてコメント出来ないと思うよ。

坂井さんの事で喧嘩しあってもしょうがないじゃないですか…坂井さんが望んでないと思いますよ。

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彼女が 亡くなって辛い気持ちから離脱できていません
ライブの時体調が良くないのに声を振り絞っていた姿が哀れでいとしい
カーステレオでzardの曲を聴きながら仕事に行っていたいた自分がいました

 ごめんなさい…。この記事を、管理者の方がどんな気持ちで書いたのかは私には分かりませんが、ちょっと言わせてください。
 そよ風さんの言うとおり、争うなんて坂井さん自身が許さないと思います
が、坂井さんは、もともと2000年ぐらいから子宮の病気をお持ちだった。でも
「止まっていた時計が今動き出した」や「君とのDistance」などの作品をリリ
ースし続けたということは、坂井さんは本当に音楽がお好きだった。確かに、
声とかを聞いているとそれまでの坂井さんとは何か違っていた…。子宮の病
気だと知ったときに、坂井さんは「もう、今までのように歌えない」って覚悟し
ていたはずなんです。だけど、ライヴも行ったし…熱心に音楽活動に参加して
いたんです。ライヴのときも、なんか…今までのジャケットに写っていた坂井さ
んとはどこか違っていた…。言葉では言い表せないけれど…。
 これほど音楽活動に熱心だった坂井さんに対して「もう少し地上に居座り続
けて欲しかった」なんて…こんなこといっても良い事なのでしょうか?「言っては
いけない」とは言いませんよ。でも…常識的に、「いって良いこと」なのでしょう
か?その点、私にはあまり理解ができません。

 しかも何なんですか!!「栄光と凋落。」って!!
 まぁ…所詮、あなたみたいな評論家の方なんて「とりあえず書けばいい!」み
たいな感じなんですよね…。いくら評論家だからといっても…書いていい事と
悪いことがありますよね?これは書いてはいけなかったことではありません
か?いくら今現在、坂井さんがいないからって、こんなこと書いていいはずがあ
りませんよね?死んでいても、死んでいなくてもそれは同じです!!書いていいも
のはいい、書いていけないものは書いていけない!!これが常識ですよね?
 また、もう一つ発見したんですけど、「人気の凋落も関係していると思われ
る。」…これはどういうことですか?確かに、CDが売れないって事は、病気に
なりやすいかもしれない。でも、坂井さんは違った…。だって…坂井さんは、
CDが売れなくても、CDをリリースし続けたではありませんか。これも、上のと
同じで、書いてはいけないことですよね。

 ごめんなさい…。私も、ZARDの大ファンです。正直、この記事を見かけたと
きは、すっごく腹立たしい気持ちで一杯になりました。正直言って、「こんな人
に、坂井さんのことを語らせる権利はない!!」って思ったりもしました。あなた
は、別にZARDのファンでもないでしょうし…ZARDというアーティストはとりあ
えず知っているみたいな感じでしょう。でも、この記事を読んだZARDファンの
かたがたは絶対に腹立たしい気持ちで一杯になるはず…。
 もし、あなたの家族のことに対して、このような記事を書かれたら、あなたは
どんな気持ちになりますか?もちろんすっごく腹立たしいと思いますよ。それと
同じです。私達ZARDファンは、もう、生活の中に「音楽を聞く」という形で
ZARDが溶け込んでいるのです。

凋落と言う言葉の響きが良くないこういった世界では浮き沈みは当然のことだから 前の投稿者の方が書かれているように少し問題あると思う
zardの曲は私も生活の一部分となっています彼女のなんだか受け容れられてない状態です 彼女の曲を聴きながら前向きに生きていくことがファンの
一人としてできることだろう 

思い入れの強いファンの方にはたいへん申し訳なく思っています。
管理人のうえしんです。

ファンの方にはちょっと批評めいた言葉でも許せないのだと思います。

ただこの記事にZARDの批判も非難の気持ちはひとつも入れていないつもりなんですが。

この記事を書こうと思ったのはあんなに大ヒットを飛ばしていたZARDが、オリコン売り上げをみると信じられないくらいCDの売り上げが落ちている。とつぜんの坂井さんの病気と死になにかつながりがあるのではないかと思ったからでした。

非難の言葉などひと言も入れていません。非難したかったとするのなら、音楽業界の浮き沈みの激しさや、われわれ聴衆者の移り気の激しさだったかのかもしれません。坂井さんは、あるいは音楽業界に生きる人たちはこのようなファンの移り気の激しさに恐々としているのではないか。こんな人気稼業に生きるというのはたいへんだという気持ちがこめられています。こんな儚い人気稼業に負けないでほしいという気持ちが感じられなかったでしょうか。

 このブログは人文書の書評をおもにおこなっているサイトで、アクセスは一日せいぜい300、読む人は少ないはずなので、この文章が多くの人に読まれるとはまったく想像していませんでした。ファンの方にどんな気持ちを抱かせるのかにもまったく思いも及びませんでした。

しかし一個人のつぶやきとはこのようなものではないでしょうか。人は好きなように感じたり、思ったりするものです。それをとめることはできません。人の思ったこと、感じたこと、すべてを禁圧するのはちょっと行きすぎな感じがするのですが。世の中にはいろんな感じ方、捉え方をする人がいます。ブログはそのような気持ちを吐露するサイトであって、マスコミでもありません。いろんな人の感じ方があるのは仕方がないものではないでしょうか。そういうときには人の見解や感じ方は無視してスルーするのがいちばんだと思いますが。

重ねて言いますが、この記事には批判の気持ちはまったく込められていません。もし彼女の病気と人気との関係に因果関係があるのなら、ひじょうに残念なことであった、もうすこし強い気持ちをもてればよかったのにという悔恨の気持ちがこめられています。若くしてこの世を去らなければならなかった人に、だれが非難の言葉を浴びせたいというのですか。私のもっと強くあって欲しかったという気持ちを読みとってくださられなくて残念に思います。

管理人さんに気を使わせて申し訳ありません ここに書き込む人は彼女の事を 愛する方々ばかりと思います うえしん様も彼女の事を愛するファンの一人ではないかと存じます ライブの時の姿が目に浮かびます
 私が懇意にしていた女性も実は坂井さんと同じ病気で死にました坂井さんのことと重なりひどく切なく悲しい思いです

 批評の気持ちは、あなたの中では込められていないつもりでも、文章の中
に現れていると思います。純粋な気持ちで書いたのであれば、「栄光と凋落」
や「人気の凋落も関係していると思われる」などという言葉では、言い表せな
いと思うんです。本当に純粋な気持ちで書いているのであれば…。
 私も含めて、このZARDの記事に書き込んだかたがたは、純粋にZARDの
歌が好きなんだと思います。それを「傷つけた」といってはおかしいかもしれま
せんが、ただでさえも坂井さんのあの事故で、ショックを受けているのにさらに
この記事を読んだら…怒りとか悲しみとかが計り知れないものになるのでは
ないでしょうか?
 前回でも例を出しましたが、また書きます。ここの管理者の…うえしん様で
いいのでしょうか?例えば、うえしん様の好きな…歌手とか、俳優さんとか…
有名な人が亡くなったとしましょう。そうしたら、うえしん様はすっごく悲しまれ
ると思うんです。そして、とあるブログにこの…ZARDの坂井さんの様な文章
が書かれていた…。
 …となるとどうでしょうか?すっごく腹立たしい気持ちで一杯になるでしょう?
それと同じで、私達も生活の一部に溶け込んでいた坂井さんの事についてこ
のような記事が書かれていた…。悲しみと怒りが混ざっているような感じなの
です。


 ブログでもホームページでもそうなのですが、インターネットを利用したもの
はすごく怖く、恐ろしいものなのですよ。「多くの人に読まれるとは思わなかっ
た」っていうのでは、通用しない世界なのですよ。60億人以上の人間が住む
地球上で一瞬のうちにこの記事も、私の書いているコメントも世界中に発信し
ていることになるのですから…。うえしん様がおいくつなのかは存じ上げませ
んが、それぐらいの知識はあるのでは?もうちょっと言わせてもらうと、うえしん
様のブログへの思いは、そんなものなのですか?「気持ちを吐露するサイト」で
すか…?確かに、そういう目的でブログをやっている方もいるかもしれません
ね。


 それから…うえしん様のおっしゃるとおり、人には感情があります。人によっ
ては、些細なことで気持ちが変わったりします。人それぞれ、物事のとらえ方
も違いますし…。でも、絶対に共感できることもたくさんあると思うんです。国
民全員とか、世界の人々全員とか大勢の人で一個のことに共感できるって言
うのは無理ですが、全員じゃなくても50人ぐらいの人が一つのことに共感する
ってことは、可能なのではないでしょうか?

 それから、あなたは「非難の言葉など一言も入れてはいない」といっていますが、この記事の一言一言が、私達ファンにとっての非難のように思えてしまうのです。その辺りを理解してもらえれば幸いです。

 最後に一つ言わせてもらいます。あなたのコメントを見ていますと、あまり
「反省」していないように思えます。「反省」という言葉が悪いのかもしれませ
んが、全然、「この失敗を次にいかそう」って思ってないような気がします。

 それから…わたしはひとつ、うえしんさんに謝らなければならないことがあり
ます。それは、「私のもっと強くあって欲しかった」という気持ちを読み取ること
ができなかったことです。本当に申し訳ありませんでした。

 でも!!上に書いてあることは、確かにうえしんさん自身が間違ってるlことで
す。その辺りは理解していただけると幸いです。

時代の終わり

管理人さんへの非難が集中していますが・・・多くのファンの方の純粋な気持ちは、痛いほど分かるし、それはとても大切に思います。これほどまでに愛されて、坂井泉水さんは幸せでした。

しかし、管理人さんの心の底に坂井泉水さんへの深い愛情を感じる。それはZARDファンとしての熱情というのではなく、彼女の死がきっかけになった普遍的な思念だと思います。

私の友人であるプロのミュージシャン(名前は広く知られている)は、ビーイングの長戸社長のマーケティング的なビジネス感覚に批判的です。確かにZARDの初期の作品群のヒットは企業とのタイアップやマーケティング戦略で成功したという側面もあります。しかし、それだけでここまで多くのファンを作り、また長らく人々に愛されてゆくことはできない。それはひとえに坂井泉水という歌姫の人柄が音楽に投影されていたからでしょう。

彼女は強い人だったと思います。ちょっと言葉が適切でないかも知れませんが、自分の信ずる音楽の世界に殉じていった人ではないでしょうか?
 
マジメで几帳面な人だとも思います。そして、その反面、やや天然(笑)の入った明るい人柄も感じられます。彼女のくったくのない笑顔ってホントに素敵ですよね。いつ見ても救われる。そして、そんな美しい彼女がもう居ないということが、どうにも信じられないし、やりきれない。神様がいるとしたら、随分と残酷なことをなさるではありませんか。

自分は、坂井泉水の熱烈なファンというには余りにも浅薄ではありますが、ZARDの素直な歌声に惹かれます。ひたすらに自分の歌の世界に生きた彼女、地味で人見知りで、人前に立つことが緊張の連続であった人・・・そういうことが次第に忘れられようとしている社会だから、ZARDが改めて輝いて見えているのでしょう。あの清楚な歌姫は、日本の失われた時代の残影なのです。彼女の死とともに、ひとつの時代が終わったのかもしれない。

うえしん様、私のこのコメントにどのような感想をもたれたか、
もし差し支えなければ、amadeus@mtf.biglobe.ne.jp までご返事頂けるとうれしいです。/FREEHANDS





強い気持ち強い気持ちと強調されてますけど
自殺って言う根拠があるんですか?
その、強調で泉水さんを痛烈に批判、侮辱してますよ。

ZARDへの想い

2007-09-02 | 的場誠 様

FREEHANDSです。泉水さんを痛烈に批判、侮辱など・・・とんでもない話ですよ。その反対です。強い気持ちという表現に過敏に反応されたあなたは、たぶんZARDの熱いファンの方だと思います。

私は自殺だなどと言っておりませんし、思ってもおりませんよ。
仮にそうだとしても、それがどうして批判・侮辱になるのか理解不可です。

自分の信ずる音楽の世界に殉じていった人・・・というのは素晴らしいじゃありませんか?「殉じる」という言葉の意味、まっすぐに理解して頂けたらと思います。。

多くの人々の心に与えた勇気や愛・・・それがZARDの音楽と坂井泉水さんの生きた尊さだったと思います。合掌。


心と体はつながってんだよ。

坂井泉水さんは、売れている時もそうでない時も本人の感情は変わってないですよ。周りが勝手に意識しているだけです。むしろ、売れて変わってしまうアーティストが落ちぶれた時に悲惨な運命になるのでは???坂井泉水さんは純粋に音楽を追求していただけです。

FREEHANDSさん、ありがとうございます。
管理人のうえしんです。

FREEHANDSさんの指摘されるとおり、この記事には坂井泉水さんはヒットチャートやセールス至上主義の犠牲になったのではないかという思いがこめられています。私たちは「売れた曲=いい曲」という刷り込みをあまりにも無邪気に信じさせられているのかではないかと思います。

ファンの方は売れた曲や人に知られていない曲でも、名曲やすばらしい曲がたくさんあることを知っていると思います。ファンの方はセールスと関係ないところで評価できると思いますし、思い入れのある曲というのは返って人に知られていない曲のほうが強いと思います。

でもファンの方は意外にセールスや一般の人たちの評価もかなり気にします。自分の評価の高さを、人にも知ってもらいたいという気持ちを、ファンゆえに強くもつのだと思います。その強い思いは客観性や外部の冷徹な評価というものをはねつけてしまうのかもしれません。

私は批判も非難もしたつもりはまったくないのですが、むしろあえて辛口な批評は外したのですが、セールスが落ちたということを指摘したことにファンの方は目の色を変えて反応されたみたいですね。これは残念ながら数字から容易に読みとれることでありますし、彼女の唐突であるとさえいえる死と関連づけることは、むずかしいことではありません。

この指摘をファンの方は非難や批判と捉えられるようですが、まったくそうではなくて、悲劇ではないか、売り上げが減ったことや人気に翳りが出たことの衝撃を彼女の繊細さは受け止められなかったのではないかと、私は悔しい思いと、残念に思う気持ちをたくしたつもりです。もし人気がなくなったとしても、ぴんびんと生きてほしい、それは音楽業界や人気稼業の常なんだからと思いをこめました。

凋落を差したのではなくて、業界では当たり前の浮き沈みにふりまわされないでほしかったという励ましと後悔を文章にこめました。どうも人はこの気持ちを読みとってくれないみたいですね。落ち目になったという指摘に反応して、その先の真意を読みとってくれない。

ファンの方は一般の人が知らない名曲をこれからも生涯強く想いつづけるでしょうし、一般の人たちも折に触れてZARDの曲を思い出したり、みずからの思い出と重ねたりするでしょう。セールスや人気とかかわりないところで、そういう思いは残ってゆくと思いますし、坂井さんにこのような気持ちが伝わらなかったのは残念です。

彼女はセールスや人気という儚いものに殉じていってしまったのかもしれません。もしそうだとするのなら、ファンの方がそういうところと違うところでZARDを愛しつづけているといったことに励ましや勇気が伝わらなかったことを残念に思います。

J-popや音楽業界はセールスや人気にあまりにも囚われすぎたのではないでしょうか。私たちは知っていると思います、音楽のよさはセールスや人気だけではないことを。坂井さんの悲劇はそのことを象徴しているのではないでしょうか。

彼女の死が投げかけたものは、音楽のよさはセールスや人気だけで測れるものかという反省を私たちに迫っているのではないでしょうか。

凋落撤回!

凋落に値しないと思いますよ。
凋落の文字を消せばよいのです。
初期の一部の曲を除いて、以後40曲がTOP10に這入りますか。毎年新人が山のように出ているのに、16年間、銭の稼げるプレイヤーで居たのですよ。
凋落というだけで悪意を感じます。本当に凋落したなら次から、新曲など出せません。簡単な市場経済も理解できない方に語る資格などありません。
素直になりなさい。

なんであなたはCDが売れない=病気=自殺にしたがるの?もっと色々な角度から物事を見た方が良いと思うなぁ。じゃあもし、あなたが言うように「彼女の繊細さは受け止められなかったのではないか」というのの「繊細」が間違っていたら、それだけで自殺はなくなっちゃいますよね!要はあなたは自殺だと思っている。ファンは自殺じゃないと思っている。所詮は考え方の違いなんですよ!それを決め付けちゃうのは良くないよ!警察が言うように事故と自殺両方の可能性があるんだから、ちなみに知らないと思うから書いとくけど、家族や入院患者の証言からあのスロープが憩いの場所だった事が判明して、今では調査関係者の間でも事故死の見方が大勢を占めている。とのことです。あなたがどう考えるか自由だけど、うえしんさんはZARDの事知らなすぎるね!もっと調べてから書いた方が良いと思うよ!まぁファンじゃないんだからしょうがないけどね!あと最後に、自分はZARDの熱狂的ファンじゃないし、CDも1枚しかもってないけど、この記事を見たときにはこんな事を書く人がいるのか?と我が目を疑いました。ファンじゃない自分ですらショックだったんだからファンの人は相当辛かったと思いますよ!あなたがどう考えて書いていようと関係ないんですよそんな事は!もう少し人の気持ちになって書いた方が良いと思いますよ。ついつい感情的になってしまってすいません長々と失礼しました。

あまりにも単純なことなのに

管理人のうえしんさん、すごく単純な事なので気づいてください。

長く病気で苦しみ亡くなった方に【凋落】(おちぶれること。おとろえること。)という言葉はいかがなものかと思いますよ。

最後の貴方のコメントを見ると、

”セールスが落ちたということを指摘したことにファンの方は目の色を変えて反応されたみたいですね”

とありますが、そんなんじゃなくて、馬鹿みたいに単純な言葉の使い方の問題が人を不快にさせたというだけのことです。

”これは残念ながら数字から容易に読みとれることでありますし、彼女の唐突であるとさえいえる死と関連づけることは、むずかしいことではありません。”

貴方に自由に想像するなとは誰もいう権利はありませんが、その可能性があるかもしれない程度にしておけば貴方のBLOGを見て、
いちいちコメント書く人など誰もいないと思います。これも言葉の使い方の問題です。

単純なことを膨らませないで、素直に謝って訂正したらいかがでしょうか。貴方の考えを再度聞かせてください。


たまたまこのブログを通りかかって、いろんな人がもめているようですが、
皆さんは誰か親族に病気になった人はいますか?
私は、祖父がガンになってそのまま亡くなってしまったのです。
誰かが病気になってそれがもう治らない所まで行ってしまって、その事が本人に伝えられていなかったら?
親族はもちろん悲しみます。
じゃあ伝えられていたらどうでしょう。
「亡くなってほしくない、死にたくない」って思いますよね?
それと同じです。
ファンの人たちは絶対に泉水さんが亡くなったときに悲しんだ。
それなのに泉水さんはもう故人です。
故人の事であーだこーだ言わないで下さい。
故人も悲しみますし、あなたたちも傷つくと思います。
言いたかったら、心の中で、いろいろ言ってください。
あと病気のことを言っていますが、あまり言わないほうが良いでしょう。
皆さんが男性ならば、子宮けいがんなんて一生味わえないとおもいます。
私が言いたいのはそれだけです。
(文章が長くなってすみません!)

mihoさん、確かに今、坂井泉水さんはこの世にはいません。しかし何も彼女が亡くなったからこの記事に対して意見を言っているんではないんですよ。たとえ彼女が亡くなっていなくても人が見て不快になるような(誤解も含めて)記事を書くのはどうか?と言いたいのです。自分も母親が心不全と腎不全の病気をしてかなり危ない状態でした。母親が入院していた2ヵ月間は何かをしていないといられない自分がいました。自分は悔しいのです!うえしんさんにも坂井さんが病気と闘っていた事を知ってもらいたいんです。うえしんさん、ぜひオフィシャルブック「きっと忘れない」を読んでみてください!私は坂井さんの親族でもないしましてや知人でもありません。ですが私にはこの本が嘘とは思えないんです。もしかしたら、うえしんさんの考えも少し変わるかもしれません。

もうそっとしておきましょうよ

私は一時は離れてしまいましたが、デビューの時からのZARDファンで、
泉水さんとは同世代です。
皆さんの色々なコメントを読んで考えさせられるのもがあります。
確かに中期・後期はCDの売り上げだけに焦点を当てれば、単純に凋落という言葉が当てはまるかもしれませんが、中期・後期ほど、泉水さんも大人の女性へとなり、その芸術も成熟して行っていると思いますので、やはり、
凋落という言葉は適切じゃないと思います。

 泉水さんの死が事故死か自殺かという議論がありますね。ファンは自殺のわけはないと思っているという意見が多くありますが、泉水さんも人間であることには変わりはないので、それはそれぞれ各々が思うことであって、私は事実がどちらであっても致し方ないことだと思っています。
「負けないで」という曲には、そんなに思い入れはないのですが...





みなさんに多大な不快感を与えしまったことを謝りたいと思います。
管理人のうえしんです。

他意はなかったのですが、みなさんに不快感を与えたのは事実です。
このような浅はかな記事を書いてしまった自分の稚拙さを反省したいと思います。

私もこれ以上非難の言葉は聞きたくありませんし、人々に不快感をもよわせるのは私の本位ではありません。

タイトルの「凋落」を削除して、「苦しみ」に変えようと思ったのですが、記事自体を削除したほうがいいでしょうか。あるいは注意書きの上クリックで記事が読めるようにしたほうがいいでしょうか。多くの方の貴重なコメントもありますので。

みなさんのご意見をお聞かせください。

私はこの記事や主張に固執する気はありませんし、多くの方に不快感を与えるのはもっと忍びないと思っています。たいへんなご迷惑をおかけてして、申し訳ありませんでした。

うえしんさん、大人の対応に感謝いたします。私もうえしんさんの気持ちも考えずに好きかって書いてしまって本当にすいませんでした。うえしんさんの大人の対応に自分のガキっぽさが露出してしまってお恥ずかしいです…。記事は削除せずに残しておいていただけたら嬉しいです。みなさん坂井さんについて真剣にコメントなさっていて、共感できる事が大変多く、読んでいて嬉しくなります。きっと私みたいな人は沢山いると思いますので残しておいていただけたら嬉しいです。この度は本当にすみませんでした。どうかお許し下さい。

うえしんさん、こんばんは。
丁重にあやまっていただきありがとうございます。

最近たまたまこちらのBLOGを見つけたのですが、うえしんさんが書かれた6月2日あたりに見ていたら金ずちで頭を割られたような気持ちだったでしょう。
私の意見ですがこのページはできれば削除していただきたいと思います。一般論で語るべきテーマではありませんし、うえしんさんがいくら訂正しても読む人の不快感は納まらないないでしょう。読む人が何を不快と感じるかおわかりでないようなので。

Web上のBLOGは何十年もそこに残る事を考えると、今後も新たに不快感を感じる方があらわれることと、さらに坂井さんの人生が誤解されかねないと思うからです。

坂井さんを公の場で語る事の重大さをもう一度よく考えていただき、ご自分がお書きになった文章とコメントをもう一度読み直して結論を出してください。

最後に坂井さんの「苦しみ」がうえしんさんにわかるんですか?これほど多くの人に愛されている坂井さんの・・・。

大変失礼な書き込みをお許しください。でも皆さんのコメントは貴重ですよね。

凋落という表現があまりよくなかったとおもうほかの表現に変えれば問題ないとおもう 坂井さんを追悼するような題名にすればいいのでは・・・・・・

こじつけは止めてくださいね!

CD売上枚数の減少→凋落→心の衰弱→重い病気

あまりにも短絡的な論理にあきれます。
風が吹けば桶屋が儲かる、に近いこじつけでは?

CD売上枚数の減少は事実ですが、凋落は、まったくの偏見か悪意ではないのですか。
ラストシングルとなった2006年5月の「ハートに火をつけて」のオリコンTOP10入りまで、合計40作TOP10入りは、確か歴代No.1のはずです。
消長の激しいこの業界で16年間オリコンTOP10入りの人気を維持してきたZARDに、凋落という言葉は似合いませんね。
2004年のライブのチケットは瞬時に売り切れる人気だったのに、凋落ですか?

まさかオリコンTOP10入りしているアーティストのことを凋落とは言わないでしょう。それとも1位じゃなければ凋落ですか?

こじつけは止めて下さいね。


追記

管理人のうえしんさんが、きょう謝っているのですね。失礼しました。

うえしんさん、記事の削除でなく、きょうのコメントを最初か最後に追記したら
いかがですか?

カズアさん、もういいじゃないですか!?うえしんさんはもう十分に反省しているし、この記事を今後どうしていったら良いのか真剣に考えているじゃないですか。上のうえしんさんの書き込みを読みましたか?申し訳ないって謝っているじゃないですか?もうこれ以上うえしんさんを責めるのはやめませんか?

皆さんひどすぎます。
もう一回頭を冷やして考えたのですが、うえしんさんが書いている事は、
自分の意見だと思います。
書き方が、悪いと思いますか?
皆さんはZARDのファンだから、泉水さんが好きまたは憧れている!
そうだからうえしんさんに卑怯な言葉をかけたと思い込んでいるんだと思います。
コメントの上のほうを見ていたら、バカな事ばかり書いていますね。
もし、泉水さんがまだ生きていて、このサイトをたまたまみて、
こういう記事が書かれているのを見たら、どう思いますか?
絶対に悲しくなるはずです。
憧れの人にひどいと言われたら、どう思いますか?
それは自分で考えてください。
こういうヘンな事を書くときは、自分に言われたらどうだろうと考えてください。
(私はまだ10歳なのでこのコメントに何か言うときはなるべく難しい言葉は
避けてください。)

書き方が悪かったとうえしんさんご本人も認めているように思えるのですが…。たしかに上の方の記事は心ないコメントが多いいように思います。

こんなデータもありますよ

欧米の人気ミュージシャンは売れてから5年以内(人気の絶頂期?)の死亡率のほうが、売れてから3~25年後の平均値より倍近く高いようですね。
うえしんさんはこのデータをどうご覧になりますか?
次に記事を書くときの参考にでも。

ああ、それからカレンが売れなくなって死んだ、と書かれていますが、彼女の拒食症の症状が顕著になってきたのは75年の事で、この年カーペンターズは「プリーズ・ミスター・ポストマン」で全米ナンバーワンを獲得しているのですよ。
亡くなった時は体重を10数キロ戻した回復期であり、数時間後には離婚届にサインする予定だったのです。
もう少しよくお調べになってから記事を書かれたほうがよいのでは。

■ロックスター、やはり短命=売れて5年間の死亡率、一般人の3倍-欧米調査
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2007090400063
 今年、没後30年を迎えた米ロック歌手エルビス・プレスリーら、北米と欧州で1956~99年に有名になったロックやラップなどのミュージシャン100人の享年や死因を調べたところ、売れてから5年以内の死亡率が、同じ年齢、性別、人種の一般人の約3倍に上ることが分かった。英リバプール・ジョン・ムーアズ大の研究チームが4日、英医学誌の電子版に発表した。
 スターの平均死亡年齢は北米で42歳、欧州で35歳。売れてから3~25年後では、死亡率が1.7倍だった。ロックスターは短命との印象があるが、数字で裏付ける調査は珍しい。死因のトップはがんで20%を占め、心臓など循環器疾患も14%だったが、酒や麻薬類の過剰摂取が19%、事故死が16%、酒や麻薬類の常習による慢性疾患が8%、暴力の犠牲が6%もあった。
 背景には、60~70年代にロックのイメージがセックスやドラッグ、アルコールと結び付いていたり、一部のラップが暴力をあおる内容だったりするほか、常に強いストレスにさらされる環境がある。研究チームは、スターの行動はファンや将来のミュージシャンへの影響が大きく、悪循環に陥っていると指摘。音楽業界が改善に取り組むよう提言している。

音楽に殉じるといこと

うえしん様・FREEHANDSです。

【この記事には坂井泉水さんはヒットチャートやセールス至上主義の犠牲になったのではないかという思いがこめられています。私たちは「売れた曲=いい曲」という刷り込みをあまりにも無邪気に信じさせられているのかではないかと思います】

とありますね。僕はちょっと違う意見なんですよ。もともと、クリエイターなんてのは健康にひどく悪い仕事なんです。僕も映像の仕事をしているんで、よくスタジオで徹夜しますが(最近は、さすがに年齢を考えて止めるようにしているが)、あれは最悪ですよね。泉水さんは完全な夜昼逆転型だったと聞いておりますが(業界ではそれが普通ですが)、人によっては免疫回路にトラブルが起こるといわれています。それはまさに神のみぞ知るということで、誰にも分からないし防げないことなんです。運命・・・というものかもしれません。

運命といえば・・・もし、泉水さんが蒲池幸子として就職した企業の受付嬢を続けていたらどうだったでしょうか? それはキレイでカワイイ受付嬢だったに違いありませんから、社内結婚でもして、子供に恵まれたフツーの人生を生きたかもしれません。

私事で恐縮ですが、自分も一流と言われた企業を辞めて「クリエィター」になったので、彼女の気持ちは少しは分かっているつもりです。要するに、みんな自分の人生を生きたいのですよね。自分の手ごたえのある生き方を。彼女は極めて前向きに生きたと思うし、思いたい。たとえば過労死っていうのは、仕事に前向きな人ほど起こりやすいんです。ほどほどってことが難しいからです。

だから僕は前に書いたコメントで【泉水さんは、音楽に殉じた】と言ったんです。ですから、彼女が商業主義の犠牲になったといちがいには言えないような気がする。癌の告知があってから死の日まで、彼女の過ごした日々の苦しみは、我々には分からないけれど、大きな眼差しで見てあげるのならば、幸せに死んだとも言えるし、そう僕は思いたい。

もちろん、まだまだやりたいことはあったでしょう。40歳なんて、人生の入り口からちょいと入ったばかりのところですから。でも蒲池幸子はそこで人生を終えるように、運命の神様に決められてしまっていた。違う生き方だったら死を免れていた可能性もあったが、彼女がアーティストを選んだことも含めて、これは神という逃れがたい力の中に生きているということなんだと思います。

本当に美しい人でした。あの清楚な姿と立ち振る舞いは、古きよき時代の最後の姿だと思います。いまは何もかもすっかり変わってしまった。

仮にZARDが復活したとしても、コアなファンは支え続けるだろうが、目まぐるしく変化するヒットミュージックの世界は果たして彼女を受け入れただろうか。
新しい人々の間で、その音楽が自然に受け入れられただろうか? 
その時の彼女の苦悩は、いかばかりであろうか?
女性アーティストの大御所、松任谷由美のような豪快な生き方ができたとはとても思えないし、それが泉水さんの美しさであったのだから。

最後になりますが、僕の好きな彼女の曲はデビュー曲の「GOODBYE MY LONELINESS」(1990・02・10)。80年代に流行った音楽の名残りが感じられ、アレンジなども懐かしい。ヴォーカルがあえて無機的に録音されているのも80年代を吹き荒れたテクノの残影でしょう。泉水さんもそれを意識しているようです。

それから、「夏を待つセイルのように」(2005・04・20)。これは劇場用アニメのために録音されたということですが、彼女のたおやかさが感じられる美しい歌唱が心を穏やかにしてくれる良い作品だと思います。この歌を聴いた時、僕は彼女が、新しい世界の入り口に立ったのではないかと感じました。

いまはただ、若くして美しく死んだひとりの女性のために、彼女の作品を鎮魂の歌として聴くべきではないでしょうか。

---------------------------------------------

うえしんさんも、まだお若いので、言葉の選択に少し独善的なところがあったかも知れませんね。凋落・・・ま、なかなか日本語難しいですよね。あと、ZARDというテーマがこんなに波紋を広げるとは予測していなかったでしょう。想定外ってとこですかね(笑)。それにしても、反論のコメントにはいささか幼稚と思われるものが散見され、呆れました。せっかく知的なブログなのに、残念です。

管理人のうえしんです。

一部の方に多大な不快感や苦痛を与えてしまったことをたいへん申し訳なく思っています。私の配慮のない記事の軽率さに深い反省を重ねたいと思います。

冒頭に謝罪文と警告を入れました。タイトルの「凋落」も消しました。記事も「続きを読む」で隠したかったのですが、技術的に機能しないようなので、ブザマな様をさらしてしまって申し訳ありません。

記事は削除したほうがいちばんいいのかもしれません。私もこれ以上の非難は受けたくありませんし、人に不快感と苦痛を与えてしまう記事は消してしまいたいです。けれど残酷な指摘だとしても、それは人生のありようだと捉えることもできます。人生とはわれわれの願いをなぎ倒して、残酷さや冷酷さを人の人生のうえに投げかけるものではないでしょうか。

人に不快感や苦痛を与える配慮のない文章だからすべて削除しなければならないというのはキケンな世の中だと思います。オブラートにつつんだキレイごととウソっぽさだけの世の中になることは警戒するべきだと思います。無菌室の病室に入れられて、これで人生が守られたと思うような社会がいいとはけっして思えません。

記事を残すことにも不快感を感じられる方がおられるのなら、また配慮を重ねたいと思いますので、申し出てください。

たいへん申し訳ありませんでした。

管理人のうえしんです。

10歳のmihoさん、ありがとうございます。けれど人に不快感を与えてしまうような文章を書いてしまったのだから、それ相応の叱責は仕方がないでしょう。

ぼうずさん、ロックスターの死亡率のデータありがとうございます。これは書く前に読むべきでしたね。けれど資料はなかなか見つけられないですからね。

カレン・カーペンターが絶頂期から拒食症になっていたとは私は知りませんでした。たしかに自らの印象でしか書いていないのは事実というほかありません。

ロックスターは売れてから3倍もの死亡率とは、いったいその間になにがあるのでしょう。ふつうなら幸福の真っ最中にあると思われそうですが、違うんですね。アメリカのロックスターは代々破天荒さをウリにしてきましたけど、常人にはうかがいしれない有名人なりのプレッシャーがあるのでしょうね。有益なデータありがとうございます。

FREEHANDSさん、美しい追悼文ありがとうございます。追悼文とはこのような人にあたたかみを感じさせるものでなければなりませんね。とくにこの文章がぐっときました。

「運命といえば・・・もし、泉水さんが蒲池幸子として就職した企業の受付嬢を続けていたらどうだったでしょうか? それはキレイでカワイイ受付嬢だったに違いありませんから、社内結婚でもして、子供に恵まれたフツーの人生を生きたかもしれません。」

坂井さんは身を削って生きたのかもしれません。手ごたえのある幸せな人生だったのだと思います。好きなことに殉じれる人生ほどよいものはないと私も思っています。



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うえしんさん、記事の冒頭に謝罪文を追記いただき、ありがとうございます。
誠意のある対応を高く評価します。

記事の削除もお考えのようですが、コメントの中には、坂井さんとごく近いと思われる方の貴重なコメントや、温かい想いが感じられるコメントが多数ありますので、残こされることを希望します。


きょうのニュースに、今年1月~6月の音楽の売上は、CD1536億円、配信351億円、合計1887億円、8年連続で市場の縮小が続いている背景には違法な無料配信サイトの存在、との記事がありました。

まだダウンロード派より、CD派のほうが多いのですね。
でも最大派閥は無料コピー派?嫌な時代になりましたね。

 どんな事情があろうとも、ファンにとって不快感を与えてしまったことには変
わりはありません。確かに私も、うえしんさんにとって迷惑なこ
とを書き込んだことは事実ですが、うえしんさんにも責任はあると思います。

 これは変えようのない事実です。何故かうえしんさんのコメントを拝見させて
いただいても、「とりあえず謝っている」というふうに見え
るのは私だけでしょうか?

 それから…この記事は消さないほうがいいと思います。ZARDのファンのか
たがたが書き込まれたコメントを無駄にするおつもりですか?
 「非難されたくない」という理由からこの記事を消すので
あれば、私は反対です。そんなふうに個人的な理由でこの記事を消してしま
っていいのでしょうか?

 それから…ブログの使い方をしっかりと理解しているのかが私にはまだ分
かりません。その点で、もう少し説明をしていただけますか?

 P.S.うえしんさんのお気持ちを全く考えずにいろいろと記事を
書き込んでしまいスミマセンでした。些細なことですぐにイラついてしまうの
は、私自身の悪いところなので、なるべく直していきたいとは思っています。
でも…上にも書いたとおり、うえしんさんの個人的な理由でこの記事を消すの
は良くありませんよ。個人的な理由で記事自体を消してしまうのであれば、も
う、ブログ自体も消してしまったほうが良いのかもしれません。

時代の終わり(改めて)

うえしん様。

お疲れ様です。お元気ですか?
台風、来ましたね。今日は私も早めに打ち合わせを切り上げて、家に帰ってまいりました。

久々の首都圏直撃です。都心も人影がまばらでした。会社の徹夜組、きっと出ますよね。いつだったか、こんな晩にスタッフと一緒にスタジオにこもって映像の編集をやっていたことを思い出しました。そのチームはいまは解散してしまいましたが・・・

自分は音楽関係の仕事ではないんですが、たまに映像(番組)をやるので、スタジオという場所には馴染みが深いし案外落ち着けるんです。泉水さんはいつも六本木の地下スタジオで収録をされていたようですね。

「地下のスタジオでの歌入れは、どこかの山奥で修行でもしているような、そんな気持ちがします」(坂井)

そんなコメントをどこかで語っていたのを記憶しています。15年の長きに渡り、数々の名曲を世に送り出してきた彼女にとって、スタジオは緊張と同時に心やすらぐ場所だったのかも知れません。入院先でも、早くあのスタジオに帰りたいと言っていたそうです。

嵐の夜に、ZARDの音楽を聴きながら、これを書いています。
ZARDをめぐる論争が気になっていたんで、以前にコメントしたことを自分なりに再整理して、改めてリライトしてみました。
ちょっと長いコメントですが、お暇の折にお読みください。

また、これをお読みの厳しいファンの皆様(笑)からの
忌憚のないご感想もお待ちしています。

--------------------------------------------------

ZARDの初期の作品群のヒットは企業とのタイアップやマーケティング戦略で成功したという側面がある。ビーイングの長戸社長の手腕は、音楽ビジネスの新しい方向を切り開いたという点で、数々の批判はあれど確かに画期的であった。しかし、それだけでここまで多くのファンを作り、また長らく人々に愛されてゆくことはできない。それはひとえに坂井泉水という歌姫の人柄が音楽に投影されていたからだろう。

体調の不良が自覚され、検査で病気のことが分かってからも、全国ツアーをやったり、アルバムを出したりと精力的に活動をしていた。何か彼女をそうさせたのか? 

ミリオンセラー歌手であり、経済的には何不自由ない環境にあって(関係者談)、なお自分の身を削ってまでも何を追いかけていたのか? 

音楽業界のヒット偏重主義など今始まったことではない。いかなる仕事をするにせよ、売り上げというものを抜きにしてビジネスの世界は語れない。

ZARDは所属事務所のドル箱で、売り上げ至上主義に操られていたという恣意的な見解もあるようだが、百歩譲ってもしそうであったとしても、その役目をここまで見事に演じきった坂井泉水という女性を僕は深く尊敬する。

成功した人というのは、どの世界でも自分ひとりの勝手な行動は許されないものになってしまう。気ままに人生を生きるということが不可能になる。

その代償として、栄光や名誉や人気や収入といったものが用意されている訳なのだが、それ以上に自分を応援してくれる人々(制作スタッフ、レコード会社、そして多くのファンたち)への義務感が大きくのしかかってくる。

彼女は穏やかでマジメな性格だったようだし、音楽への愛も深かったと思われる。さればこそ病を押してまで活動を続けたし、病床にあっても未来を信じることができた。そして、自分の信ずる音楽の世界に殉じていくことができた。

所属事務所にしてみれば確かにイメージを作り上げてビジネスにしていった訳だが、坂井泉水はそのことに反発はしていなかっただろう。
 
自分は、坂井泉水の熱烈なファンというには余りにも浅薄ではあるけれど、その美しい容姿と素直で愛らしい歌声に強く惹かれる。

その優しい表情、清楚で美しい姿、秘められた情熱、そして意外に明るい個性・・・・面識もないので自分の勝手な理想を作り上げているだけなのかもしれないが。残された様々な資料と映像、そして彼女を知る人のコメントを信じるならば、そう的を外しているとも思わない。

ひたすらに自分の歌の世界に生きた彼女、地味で人見知りで、人前に立つことが緊張の連続であった人・・・

そういうことが次第に忘れられようとしている社会だから、ZARDが改めて輝いて見えるのではないか。あの清楚な歌姫は、日本の失われた残影なのだ。彼女の死とともに、ひとつの時代が終わったのかもしれない。

そんな美しい彼女がもう居ないということが、どうにも信じられないし、やりきれない。失ってはじめて知る存在の重さ、尊さ。そんなことをいま、自分はかみしめている。

管理人殿のコメントを拝見して

こんにちは、N.Kです。

9月5日に ”管理者のみ閲覧” としてお願いした事項に関して、ご理解いただけないようなので再度書き込みをします。

管理者殿のコメント

 「人に不快感や苦痛を与える配慮のない文章だからすべて削除しなければならないというのはキケンな世の中だと思います。オブラートにつつんだキレイごととウソっぽさだけの世の中になることは警戒するべきだと思います。無菌室の病室に入れられて、これで人生が守られたと思うような社会がいいとはけっして思えません。」

その通りですね。

でもここで貴方が述べるべき言葉でしょうか? これまでの議論が無駄であったのかとさえ思われる事が大変残念です。

お手数とは思いますが以下のコメントを冒頭に記載いただきたい。

1. BLOGの題名 ” ・・・栄光と凋落 ”  を  ”・・・栄光と苦しみ” 
  に変更した事。
2. 管理者の浅はかで独善的な推察に基づいて書かれた文章である事。
3. その文章に信憑性を持たせるために、事実でない事柄を自らの推察のみで事実であるように記載した部分がある事。(カレンカーペンターの件)

2項、3項において読者が不快感を感じる文章である。


お願いする理由は、読者が何を不快と捉えているか貴方が全く理解していない、よって、追加記載していただいた冒頭のコメントではやはり不快に感じるからです。

読者に申し訳なく思っておられるなら対応していただきたい。もし記載いただけないのであればその理由を説明いただきたい。

うえしんさんは十分誠意のある対応をしていると思います。これ以上うえしんさんになにかを強要するのはフェアじゃない、一個人のエゴの押しつけではないでしょうか。何に対して不快感を感じるかというのは人それぞれです。「記事を消せ」「残せ」と多数意見があるなかですべてをフォローする必要はないし、ここはうえしんさんのブログだから最後はうえしんさんが決めればいいことだと思います。不快感を感じさせたことについて、あなたは被害者面をして「訂正しろ」「謝れ」と追い立てますが、そういうコメントがうえしんさんや他の読者を不快にする可能性を忘れているようです。うえしんさんはその不快に耐えながら全ての意見に対して一生懸命にコミュニケーションを取ろうとしているのが伺えます。それに対して「全く理解していない」というのはいくら何でも酷いんじゃないでしょうか。
この記事についての皆さんの意見は意見として、最後はうえしんさんの裁量に任せるべきことだと思います。ただこれ以上コメントが付くようならうえしんさんのためにもこの記事を消してしまった方がよいかと思います。どんなに配慮を重ねても満足しない人はいるでしょう。

追記変更していただき深謝です

管理人様、

こんにちは。N.Kです。
冒頭文に追記変更していただきありがとうございました。心労おかけした事をお許しください。

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感情を共有

 うえしんさん、こんにちは。
8月に入った頃かZARDについて検索している中でコメントも含め読ませて頂き、その後も度々寄らせて頂いて捉え方の多様さを認識しました。ただ、長年のZARDファンと、うえしんさんの当初カキコミ趣旨とには埋められないものも致し方ないとも感じました。
7月7日のsamさんのコメントにドキッ!、私と同じ人がいる・・・、ZARDは知っていても酒井泉水さんの名すらも知らず楽曲だけが耳についていました。私も酒井さんより丁度一回り上の2月生まれのおじさんで、初めて見るライブ映像歌唱の酒井さんから感情のこみ上げるものがありました。これは個人的回顧ではなく、私の浅いZARD知識の範囲で酒井泉水さんの15年を感じたのだと思います。
今はCD等も購入し酒井泉水さんファンであり、ここに書込みの方々や長年のZARDファンと共通の感情を共有できているんだなあ、と思っています。
管理人さんと書込みされたすべての方々に感謝しています。

訂正、もうしわけない

酒井泉水さん→坂井泉水さん

言葉

管理人うえしん様、コメントを書かれている皆様

坂井泉水さんが一番大事にされていたこと、それは「言葉」ですよね。
皆様もご存知なはず。
私たちも坂井泉水さんのように「言葉」を大事にしませんか。

今後の書き込みは天国の坂井さんを優しくいたわるというような感じの物に
変えていきましょう うえしんさんは内容に問題があったことはあやまっておられるのですし 我々ファンの心が癒されるような美しいことでも書きましょう
こんなに荒れてしまうようでは天国の泉水さん悲しむと思う
彼女のことを胸にポジティブにいきましょう

mfさんに同感です。先日の追悼ライブに行ってきました。感動と同時に、もう一度生の坂井泉水さんを見たかったという思いでいっぱいでした。その思いを、絵(アクリル)にしています。生前の坂井さんも、油絵を描かれていたとのことで、どんな絵だったのか見てみたいですね。ご存じの方、教えて下さい。また、イタリアがお気に入りだったとのこと。僕も一度、絵の勉強のためヨーロッパに行こうと思っていますが、坂井さんが目に焼付けた景観を辿ってみたいな。そんな、海外でのエピソードなどもご存じの方がいらしたら、教えて下さい。

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私も同感です。
私も追悼ライブに参加させてもらい、感動と悲しみが同時に押し寄せてくる不思議な感覚が今でも頭の中に残っています。
私が参加したのは武道館だったのですが、1万4000人もの人が参加し、会場はほぼ満席状態でした。
坂井さんは本当に幸せな人ですね!きっと天国で喜んでいると思います。

zardの曲はいくら聴いても飽きない 仕事が苦しい時彼女の曲を聴いて
勇気を奮い起こしている 何故彼女があんなことになったのかと思うと
ただ悲しい 苦しみのない世界でゆっくりと休んでほしい
ここの題名を追悼の書き込み版すればもっとうまくいったかな
髪の長い女性が泉水さんに見えたりする 心の中でいつまでも美しいままで
生き続けてほしい

今日も仕事がおわった 泉水さんの曲を聴きながら寝ます もう5ヶ月経つけど彼女が死んだことが受け入れられない 天国で休んでいて欲しい一番の供養はCD DVDの購入でしょうか

この掲示板をファンサイトのような感じで規模を大きくすればいいのでは
混乱もあったようですが彼女を愛する人の書き込み版として永続を願います
うえしん様応援しています

ZARD

管理人さん、皆さん、はじめまして。
検索して此処に伺いました40年以上音楽を楽しんでいるおじさんです。
ZARD 坂井泉水さんの死去は永年音楽を聴き続けてきた私にとって大変ショックでした。
毎年 新譜を発表し続けて今度はどんな曲と楽しみにしていた時に・・・・
でも12月には新譜が発売になるので、じっくり聴きたいと思います。
      平凡なZARDファンのおじさんでした   かしこ

PS:皆さんの素晴らしいコメント拝見できて嬉しく想います。

zard関係ではなかなかいいなと思うサイトがありますねご存知だと思いますがああいった形式悪くないとおもいます 

http://bbsee.info/straylove/18.html

「しぶとく地上に居座りつづけてほしかったと思うのである。 」
とはどう言う神経で書いたのかわかりません。
君は売り上げ枚数だけで評価しているようだが何もわかっていないようだ。
彼女が残した作品を全部聴いてみたことありますか?
zardを検索する度にこのサイトを見つけると強い不快感を覚えます。
いい加減に閉鎖して欲しい。
お願いだ。

坂井さんの美しさ

日本美の最後の残影という言葉は響きましたね。
でも、同時にすごくかわいいところがあるではないですか。
およそ、文学的表現の美しさに似合わないですけど。
ライブのときは37歳と思うのですが、信じられないですよね。
彼女はやはりPOPではかたずけられない人だったと思います。
武道館よりもクラシックホールが似合う人ですよね。
これからの活躍が期待できたのに残念ですね。
存在そのものが、日本の美しさ、日本の美徳ですもの。
最大のリスペクトを持っています。
慶応病院の事故現場には、いつも花が咲いています。
小さな花ですが誰かが植えていくのでしょう。
本当に小さな花ですが、何かほっとする安堵感を感じます。
梶井基次郎の檸檬は暗かったですけど、この花は何か生きている
ことの素晴らしさを感じさせます。人間のさりげない愛を感じます。
美しいことですね。



久しぶりに覗いてみたら、ヤドカリの巣になってるみたいで、笑ってしまいました
うえしんサンも大変ねw
しかしこれも、泉水さんの魅力のなせる業ってことなのかなw

僕も久しぶりに書き込みましたけど、でも、いいことではないですか。
なかなか、社会で連帯のない時代、自分が美しいと思った人を語り合う
というのはいいことですよ。
インターネットのありがたさですね。

追伸:彼女の歌を聞いたのは彼女が亡くなってからだし、追悼コンサートにも出ました。J-POPのコンサートは人生で初めてだったし、なんとなく恥ずかしかったかな。

でも、こんな私でも、彼女の歌を聴いて確かに少し捻じ曲がっていた心がまっすぐに戻りましたもの。彼女に本当に感謝している。

こうやっていろいろな人の意見を聞くのは楽しみですよね。このブログはまじめな意見多いですよ。
でも、彼女を知る人の意見を聞きたいですね。すごく楽しみにしているのですが。なかなか出てこない。

次に、彼女の音楽は永遠かというと
確かに若いときにしかPOPは聞かないのが普通。しかも世代が変わればその世代にあったスターが必ず出てくるけどね。

しかし、自分は、50歳ですが、かなりの影響を彼女には受けましたよ。確かに、今までのPOPスターと違うと思う。音楽は音を楽しむだけど、彼女は、存在を楽しむ(楽しむは適切な言葉ではないですが)というか、もう少し切実だけど・・・・何か違いますよね。

いずれにせよ不器用な人は、社会の片隅に追いやられる時代、謙譲の美徳
等皆無になった現代で(多分未来も)、彼女の存在は大きいですよ。よく頑張ったと思う。だから美しいのであって、容姿という意味なら普通の人だよ。

追悼コンサートで1万4千人、全国追悼ツアーを行う。こんなこと前代未聞でしょう。

もう、今の日本には、美しいものなんて消えてなくなったよ。
やれ、戦略だ。やれ市場だ、やれ切り口だ。やれ自己責任だ。・・・・
そんな話ばかりでしょう。
やはり、彼女が最後だと思うけどね。


美人は3日で飽きるって言うけど
泉水さんの場合、もう13年くらい見続けてるけど
全然飽きない・・・

こういうのも格差社会のひとつなのかな?

私も飽きませんね。それは多分、彼女の容姿でなく、その志の高さと心の清新さを
観ているからでしょうね。
私も、理不尽なリストラで苦境の中にあったこともあったし、
格差社会の中では、負け組みかもしれません。少なくとも精神的には
そうでしょう。
でも、彼女の音楽の中から学んだのは、たとえそうでも、高い志と矜持を保つ
ことの大切さと、そしてそれができるはずだということですね。
文学からも、もちろんほかの音楽からもこれは学ぶことはできなかった。
もちろん、理屈ではわかりますけどね。心の底からはね。
死の恐怖の中で、決して屈せず、頑張った彼女には本当に感銘を受けたよ。
最後まで、その歌は前向きだったものね。
「心の癒し」そんな安っぽい言葉では決してかたずけられないと思うよ。
素晴らしい女性だったと思う。

すんげ~美人だモンなww
美人度のレベルが違う、って感じだよねw
もちろん、内面的にも素晴らしい人だったみたいだけど・・

でも、結構世の中ってこういうモンなんだよなあ
気骨のある奴とか、ホントいい奴とかが先に逝っちまって
どうでもいい奴とか、厭な奴とかが結構長生きするんだよなww

こういう馬鹿にしたり顔でブログで語られる坂井もかわいそうだな。

            ↑
こういう「したり顔でぶってる云々・・」などと、もっとも簡便なかみつきで
茶茶を入れてる野郎は、人の心からの叫びなど理解できようはずもないわなww
てめーは何もわかっちゃいない・・・おれは心からそう断言する!!!!
そして、病床に在った坂井泉水の心情となると、なお更・・
てめーごときには、理解できようはずもないwww

グロリアスマインドについて

今回発売されたグロリアスマインドは、とても力作です。
3曲とも、ひとつの大きなテーマの中にあって、曲のつくりも相当に気合が
入ったものになっています。

テーマが非常に大きな世界に広がっており、無常の世界の中に生きる人間の切なる思いが語られているような感じが受けました。
「変わらぬココロを伝えたい」、「変わらぬ」と言う言葉が坂井さんらしいところで、彼女の一貫した意志を感じます。
そして、「もう一度」と言う言葉に何か覚悟を感じました。

ドアーズのジムモリソンも彼女と類似の世界観を持っていたけど、何か太宰
宰と似て自虐的であったり、破滅的であったけど、坂井さんは相変わらず、
前向きですね。男と女の違いかな?
ジョンレノンの世界にも少し近いかなって、一瞬感じましたけど、彼女の方が
やはり、もう少し重い感じがします。ジムモリソンにより近いと言うか。
彼女の歌はどんどんとレベルが上がってきて、本当にこれからが楽しみだったのに残念。

また、彼女の曲は、楽器がどたばたと入りすぎていて、何か、空中分解気味(やりすぎ)の曲が多いんですけど、今回はよくまとまっていると感じました。
でも、もう少し、抑えてもよかったかな。坂井さんも声をもっとストレートに活かすエンジニアリングもあったのではと思う。ドアーズの曲作りのシンプルさを取り入れて欲しいなと思いました。

彼女の曲をリエンジニアリングしていくと、意外と格調の高い名曲に生まれ変わるなと言うことを他の2曲で感じました。
彼女楽曲は普遍性があって相当レベル高いですよ。久しぶりに70年代ロッカーのココロを揺さぶりました。

病気と闘いながら
ファンに歌を届けた坂井さんに感謝の気持ちを伝えたい
売上が落ちたことが精神的に病気につながることは否定できないと思うが、
まるでそれが人間として弱いことのように書く神経が信じられない。
人の気分を悪くする文章を書くのに関してだけは一人前のようですね。
早く此処が閉鎖しますように祈っています。

正月向けじゃないことだけは確かだね、ここのブログはw
御屠蘇気分がさめてから、また書きましょう

http://bbsee.info/ ここに新しいサイトを開いたらどうでしょう

このサイトもいいのではないかと思います
http://www2.ezbbs.net/03/thomasandleo/

内容は悪くないのですが少し暗い感じがします写真も添付できるようなサイトがいいと思います

お書きになった文章、他の方へのレスを見る限りあなたは彼女の死について、はっきり言うと多くの方々と見解が違うわけだ。だから彼女を非難してる。心を強く持たなければならなかったと、乗り越えてほしかったと、同じ悲劇を繰り返してはいけないと。お前何様だって感じだが個人の考えだし別に何も言うつもりはないが。管理人のあなたは自分自身と家族も含めて多分、でかい病とか不幸を経験したことのない人間でしょう。精神的にネガティブを抱えててない人間でも突然病気になります。若くして重い病になったからには、なにかの苦悩を感じずにはいられないとか仰ってますが、40才は見かけほど若くなく、体は確実に衰えていると聞きますし、同年代女性に同じ病気の人が多くいるとも聞きます。何かの苦悩があったどうかは本人しか知らないことだが、活動面で苦悩していたとは思えない。最近では、生前の最後のアルバムは50万枚以上、シングルでもランキング入りしてたし、2004年には初めてのツアーも行われ、ツアーのDVDも10万枚超のセールスを記録し、多くの人が生ZARDに触れたことでメディアでも大きく取り上げていた。全盛期のセールスをずっと維持しているアーティストっているんですか?それに彼女は2000年にも体調を崩しているらしい。この時期は全盛期と呼べたはず。どんな持論を持とうが構わないが、セールス云々と心身の荒廃?の因果について持論を展開するなら、もっとZARDというアーティストについて知ってから公開すべきだね。ファンじゃないなら尚更だ。人気やセールスが90年代の全盛期と比較して緩やかな下降曲線を描いていたことは事実だが、ランキング等や、活動を見れば凋落なんてのはあまりにも的外れで、哲学書を読み漁って高尚な知識人を気取った人間が好みそうな陳腐な言葉だね。それとタイトルの栄光と苦しみって何?どうでもいいけどセンスの欠片も感じないタイトルだね。彼女は一時代を築いたアーティストとして自分の存在の大きさ、立場を自覚されていたと思うし、それは熱心なファンはみな知ってること、彼女の人間性も含めてね。ネットで個人がどんな考え持とうが、発信しようが勝手だが、おたくの場合よく知りもしないで単純なデータだけを持ってきて、憶測によって安易で浅はかな文章を書いてしまったといわざるえないね。

       ↑
ひつこいやっちゃの~w

私わ、98年以降も、ずっと坂井泉水さんの声が、大好きでした 
それに彼女は、闘病中でも常に前向きで、私たちに勇気をくれました。
確かにZARDの人気は、昔と比べたら、下降しているかもしれませんが、
こえは、かなりヒットを出していたころよりもずっと、
深みがありました。多くの人が、彼女の歌声を聞くという訳じゃなくなったかもしれませんが、今は、本当に、ZARDを心から愛する人達ばかりが、ZARDのファンだと思います。
だから彼女が、管理人さんが、おっしゃるような苦悩のようなことは
感じてなかったと思います。
 




bbseeのサイトに変えたいいのではないのですかあのサイトは写真の添付や
機能も多くいいのではないかと想います このサイト行きづまってますね
もっと楽しくしましょう 彼女の事を楽しく語るような方向にもって行けばいいと思います

つーか、もともとここはZARDのサイトじゃないでしょw
うえしんさんが立てた、たくさんのスレッドのひとつにすぎないっしょww
なんか、本末店頭・・

どうでも、いいことです。

私は、デビューからずっとファンです。
だから、誰から何を言われようと変わりません。
ここで、問題になっているCDは全部手元にあります。
何枚売り上げたなんて、問題にならないんです。
何位になったなんて関係ないんです。
ただただ、ZARD(坂井泉水)の歌声,いろんな世界が好きで聞いているだけで
幸せでした。
自殺?事故死?それとも???そんな事どうでもいいんです。
何を、言い合ったって彼女の死は変わる事のない、受け入れなければならないんです。
それに、彼女=ZARDの背景なんて、知ってどうするんですか?
解ったところで、どうするんですか?
私は、ZARDの音楽=曲が好きで、坂井さんが好きで、詩の世界観が好きです。
だから、CDの売り上げ?そんなもの、どうでもいいんです。
もちろん、ビジネスの世界ですからそうも言ってはいられなかったでしょうが。
でも、彼女も会社もリリースを続けた.......
なぜでしょう?それは、聞きたいという、ファンが居たからじゃないですか?
だから、ZARDは15年も存在を続けられた。
ひょっとして、時には気の進まない曲があったかもしれませんね?
でも、ミュージシャンとしてはどうなんでしょう?
自分の世界だけに、こもっていても再発見はありませんね。
でも、やはり基本は「坂井泉水ワールド」でしょうね?
デビュー15年も経てば、気持ちも変わって当然。
昔を、振り返っても当たり前。
みなさんは、昔を振り返りませんか?振り返る時もありますよね?
坂井さんも、そうでしょう。
だから、いちミュージシャンの早すぎた終幕にファンは嘆いてしまうのです。
でも、ファンには小さな事じゃない!
私も、生活の一部にしている者ですから、認められない,認めたくない。
人によっては、大きな傷に塩を塗り込まれた気分になるのではないのですか?
なんでも、データや過去の例に則って発言も反論も良くない。
話題の主は、「故 坂井泉水」なのですから、当人抜きの討論会はいけない!
もう、そっとしておいてあげましょう。
何を言った所で、答えは出ないんです。
それなら、彼女が「天国?」と言う場所で、皆が穏やかに過ごさせてあげるのが一番でしょう?
ファンであろうと,なかろうと.........違いますか?
それでも、みなさんは「口論」なさいますか?
坂井さんは、決して望まないと思いますが。
もちろん、私もです。

泉水さんは幸せだね、そこまで思ってもらえるなんて・・

一言

ZARD追悼al「beautiful memory」より。
今「forever you(95)」tと「君とのふれあい(君とのdistance05)」を聞いて、長いようで短かったZARDー坂井泉水さんの15年の音楽活動と燃え尽きた流れ星のような彼女の人生について深く考えています!



涙より遠い星を数えて♪
「遠い星を数えて」(97 カップリング曲)

二言


>終わってしまえば花火のようね!♪
「I still remember」( by ,oh my love 94)

 これから私が空想したフィクションを、うえしんさんのサイトを利用させて頂いて公表したいと思います。このフィクションは、事故であってほしいのだけど不可解すぎて疑念を抱いてしまう私自身の心から、その疑念を払拭するために勝手に空想したものです。今ごろになって、と思われる人も大勢いると思いますが、今回だけはどうかご容赦してほしいと思います。
 
 坂井さんは、早朝に散歩をすることを毎日の日課としていたのです。誰もいない時間帯を選んだのは、人に出会うことによって自分のことが報道されるのを嫌ったためです。ただ、散歩だけが目的でなく、作詞することも目的であったのです。誰でも病室に閉じこもっていると、いいアイデアが浮かばないことがあります。坂井さんも、できるだけ外に出て気分を変えたいという気持ちがあったのです。詩を考える場所はいつも決まっていて、坂井さんにはお気に入りのベンチがあったのです。いつもそのベンチに座って、目を閉じて考え込んで、ついうとうとしてしまったり、時折、伸びをしながら背もたれにもたれかかったりして、詩について考えていたのです。そして、適当に時間が経つと病室に戻っていたのです。

 そして、あの日も、いつものベンチのところへ行ったのです。でも、座ることができなかったのです。ベンチがびしょびしょに濡れていて。坂井さんはこの日も外で詩を考えたかったのです。このまま、病室に戻るのは気が引けたのです。そこで、歩きながら座れそうな場所をいろいろ探しまわったのです。坂井さんは、土足で歩く床や階段には座りたくない性格の人ではないかと、なんとなく思います。また、坂井さんの病状から察すると、壁に寄りかかって詩を考えるのも辛いと思います。条件のいい場所を探していると、ふと目に付いたのです。そんなに濡れてなくて、清潔的で、坂井さんには理想的に思える場所が。

 その場所に坂井さんは簡単に座ることができたのです。ちょっと危ない場所だけど落ちない自信があったのです。それから、いつものように熱心に詩について考えたのです。そして、時間の経過とともに、忘れてしまっていたのです、座っている場所がいつものベンチでないことを。そして、坂井さんは、うとうとしてしまってバランスを崩してしまったのです、あるいは、存在するはずのない背もたれにもたれようとしてしまったのです。

 私は、土足で歩く床や階段に座るのが嫌で、あのような階段の手すりに座ったことがあります。また、背もたれがあるものと勘違いしてベンチから倒れ落ちてしまったこともあります。このフィクションは、このような私自身の体験をもとに空想したものです。

 このフィクションを読んで不快な気持ちになったり、腹立たしい気持ちになったりした人がいれば、どうかお許しください。決して、人の心を傷つけようとして公表したつもりは全くありません。ただ、このフィクションを読んだ人が、自殺したのでは、という疑念を払拭し、坂井さんのことを信じてあげるようになってくれれば、と期待しているだけなのです。そして、坂井さんの曲を聴いていると、なんとなく伝わってくるような気がします、「私は自殺なんてするような弱い人間ではありません、私の曲を聴けばわかるでしょ」と。

微風さんへ

ナンセンスW!

冷静にそして客観的に考えるとやはり自殺の可能性が高い

そして、自ら命を絶ったことがそんなに悪いことなのでしょうか?

むしろ手すりに座っていて誤って転落した方が

よっぽど惨めな最期だと想うが

想像でしかありませんが、末期がんによる抗がん剤治療や放射線治療はそれは苦しいものなのでしょう

それに力尽きた彼女を責めることなんて出来ないですよね

むしろ会報で懸命に書いた、ファンにあてたメッセージや、最期の姿が

Tシャツとジーンズ姿であったということに、彼女のプライドを見ることが出きます

いさぎよき彼女の散り際は桜の如く、比類なき美しき人の最期として讃えられるべきでしょう

最期まであなたは、侍であったと・・・

真実が、惨めな事故死より、自ら命を絶ったことを私は希望しますが

いかがでしょうか?

僕も手すりに腰掛けて、バランスを崩したことありますよ。低いところだから
すりむいただけだったけど。
慶応病院のあそこは確かに危ないよね。ちょうど腰掛けるにいい高さだし、
バランス崩して転落するとあの高さでは受け身ができない。
彼女は腰掛ける癖があったから、それが悲劇を生んだと思うけどね。
人間は最後まで希望を持って生きるべき。
美しい自殺なんてないし、また惨めな事故死もないと思う。
僕は神に祈るだけだ。

GOM PLAYER

シンプルで使いやすいユーザーインターフェース。

ZARDの死

久しぶりに覗いてみましたが・・・うえしんさんへの非難も最盛期を過ぎて、投稿者同士のコメント合戦になっているようですね。

2008-02-28 | ファン #4tXsH.Ek さんの「どうでもいいことです」が最終的な答えじゃないでしょうか。
ここに書いてあることがすべてだと思いますよ。
彼女の死を悼む気持ちが、素直な言葉で語られているような気がする。

彼女の死を自殺を思いたがる人は、自らの美意識に溺れているナルシスト。坂井泉水のことを語るには、いささか魂がねじれている。

十数年ファンを続けてきたが、今でも、ZARDファンであることに変わりは無い
彼女がなくなった直後、うえしんさんの「坂井泉水の栄光と苦しみ」というスレタイと、栄光後の凋落が彼女の肉体をも蝕んだという書き込みを見て私も「なんと無神経な・・」と無性に腹立たしく思ったものだ

しかし、1年たった今、冷静に思い起こしてみれば、なぜ彼女は40才という若さで死ななければならなかったのか?そして死後漏れ聞こえてくる、ここ数年鬱病を患い、女性系の病気に頻繁に蝕まれていた・・という噂を聞くにつれ、うえしんさんの客観的表層的目付けがやっぱり実は正しかったのかなあ・・とも思えてくる。

芸能人や、スポーツ選手というものは、人の一生分を数年で生きる世界かもしれない。そこには一般人の想像を超える至福があるのかもしれないが、その後の人生は非常に残酷であり、またある種、修業的ストイックさが求められるものなのかもしれない。

彼女は非常に芯の強い女性だったらしいがその置かれた立場はやはり過酷なもので、彼女の強靭な精神よりも先に彼女の肉体を打ち砕いたのかもしれない。死後氾濫する生前若い頃のPV等は本当に美しいが、その美しさが際立つほど悲しさが漂うのも事実である。

うえしんさんは、14ケ月ほど前、ずいぶん心労を重ねられたことでしょう。
今あなたには、申し訳ないと思っています。それとともに冷静に彼女の死を分析されたあなたの評論に敬意を表します

うつ病?

《2008-08-01 | ん?》さんのコメントで、坂井泉水がうつ病だったとありましたが・・・本当ですか? 自分もいろいろ調べておりますが、うつ病という情報は聞こえてこないんで・・・その情報ソースが正しければ、自殺説も浮上してくるかもしれませんね。女性は我々男性に比べて生涯のうちに肉体変化の波が大きく押し寄せますから、精神状態が不安定になるのは仕方ない。

スポーツマンだった彼女の活発な一面からして、あの手すりに乗ってしまったんじゃないかと思うのですよね。まあ、そんなことをすること事態が些か常軌を逸しているようだけど、若い頃の彼女の映像などを見ているとやりかねないお転婆娘で、かつ天然系のキャラでもあるから・・・やっぱり事故じゃないですかね。それにしても、若い頃のちょっとHな映像は微笑ましいですなあ。しかし、自分はあれ見てもあまり性的なことを感じない。蒲池幸子って、そもそも性フェロモンを発散するタイプじゃないですよね。演出が色っぽくしていても、どこかさらりと覚めている。後年の坂井泉水につながる雰囲気がありますね。

不思議なのは、モデル時代の映像(動画)はバッチリとカメラ目線で、いささかもたじろぐ様子がない。ZARDデビュー後のあのおどおどしたシロウトくさいアガリようはなんだったんだろう・・・ビーイングの演出?にしては、あまりによく出来ているし、彼女の中には相対するふたつの性格が同居しているのでしょうか・・・ 

すで故人となったいまとなっては、どうでもいいと云われそうですが、真実を知りたいというのは人間の根源的な欲求ですよね。長戸大幸との関係も、やはり男女の仲だったという確かな話がその筋から聞こえてきます。だからどうだというんじゃないし、むしろそういうことは大いにあることだろうなと思う。いろいろなことを知った上でZARDの作品に接するといままで感じなかったことも感じられるようになりますからね。



坂井さんの死が自殺だったとしたらどうなんでしょうね?そうかもしれませんが真実はご本人のみが知る事かもしれませんし、坂井さん無き今それをこのような掲示板に書いて何の意味があるのか理解に苦しみます。

貴方は今日まで生きてきて、自分自身がこうと思い込んでいた事が誤りであったと気づいた経験がありませんか?私は数え切れないほどあります。私は開発エンジニアをしていますが、この仕事で最も愚かな思考は、こうに違いない、この方法しかないと思い込む事です。経験の少ない人ほどこの思い込みはが強い傾向にあります。

最終的にはこれしかないというところまで追い込むんですが、でも多分これ以上のアイデアは存在しているに違いないという領域は常に残しています。そしてそれがうまくいかなかった時のリスクヘッジも含めて事前に考えておきます。

要するに、坂井さんの生前の背景から想像するに自殺に違いない的な決め付けをするのは愚かな事だと思いますよ。決める必要も無いし勝手に決めた事を書く必要も無い。



Carrera さんへ
人には様々な意見があって当然だし、多角的に物事を見て、意見を交わすのは当然の権利です。彼女の自殺説がそれほど厭なら、そういう人ばかりが集まるサイトへ行けばよい。坂井泉水をことさら美化して、影の部分に目を向ける人を卑しい者だと決め付ける、あなたのような人こそ、自己中で傲慢だと思いますよ。

FREEHANDSさんへ
鬱病を患っていたというのは、死後発売された女性週刊誌に書いてあったと思います。どの雑誌かはチョット忘れました。あと、止まっていた時計のアルバムの写真や、WEZARDの表紙の写真等には、うつ病の病変が見られるような写真があると思いますが・・

彼女は恥ずかしがり屋でPVも隠し撮りしたなどといわれてますが、あれは違うと私は思っています。彼女はモデル出身なので、カメラを向けられるとカメラ目線で、かつカメラに対してポーズを取り、表情を作る習性が、染み付いていたのではないでしょうか。「もう少しあと少し・・」のPVを見ると、彼女がやけにカメラを意識して自然に振舞えてないのがわかります。

しかしそのモデルとしての習性は、アーティストのPVにおいてはプラスになりません。そこでスタッフが苦肉の策として、隠し撮り等を行い、自然の表情を獲ることに努めたのではないかと私は思います。(勝手に思っていますw)

>美化して、影の部分に目を向ける人を卑しい者だと決め付ける

美化してないしそんな事一言も書いてないと思うけど。

>女性週刊誌に書いてあった・・・、 表紙の写真等にはうつ病の病変が見られる・・・”

ですか・・・(笑) 頑張って情報収集して色々想像して下さい。

>習性が、染み付いていた・・・

習性って言葉は主に動物や昆虫等に対して使う言葉だよ。

貴方と議論する意味は無いのでこれで去るけど、一人で想像してればいいのに、今になって人のBLOGにいちいち書き込む気が知れない。

さようなら。

Cameraへ
習性という表現は、ある職業や特殊な環境にいる、またはいた人に一般人とは幾分違った特質が備わったことを表現する単語で、また、比ゆ的に使うことも間違いではないってことでおk?
別に辞書は引いてないが、多分それでいけると思う

まあ、そんなことはどうでもいい

坂井泉水は自殺か否か?いやそんなことはどうでもいい・・人にはそれぞれ意見がある。そしてそれを語るのは自由だ。
ただ、一般人にアンケートをとったらどうなるかな?おそらく自殺だと思うとか、自殺の可能性が捨てきれないと思ってる、って人が7~80%だと思うよ

そして、コアなファンほど自殺説を否定するだろう。その心理もわからなくは無いが、冷静に客観的に見つめると、自殺の可能性が高い。それが年齢に応じて経験をつんできた社会人なら、常識的な判断だろう。足を滑らせて転落死より、自ら命を絶つほうが潔い最期だと思うがネエ。事故死なんて惨めだろ。俺が親族ならそう思うね。

確か通院の目的は最初はうつ病の治療だったが、あまりに痩せ方がひどいので不信に思った医師が精密検査を進めて癌が発覚・・みたいな記事があったと思う。

自殺か否かについて議論をする必要もないし、書く必要もないという決め付けた言い方のほうがよっぽど偏執的で、頭が硬直してると思うよ。開発エンジニアってそれじゃあ、ろくなモンができないよ。
何を開発してるのか知らないけど、そういやメカニック系の職人って、頭カチカチの人が多いわなw。特に歳をとるほど始末に終えなくなるのが多い。

そんなふうにならないようになw

坂井泉水さんの件ご冥福お祈り致します。

予め身分は、控えさせて頂きます。今もありえない話だから…皆さんは、出会い系知ってるよね?彼女から指名された相手です。
最初は、まさかだったから一般的な出会い系だからと無視してたんだけど…辛そうなメールだったので返事してから死ぬ前日まで助けてのメールだったし大阪と東京だから…本当の原因かい?俺との新たな恋愛と病気との闘い…悔しがってた精神的に不安定だったのが、彼女からの最後の返事…仕事やプレッシャーは、ありませんよゴメンね

作り話はやめてください

きっと忘れないについて

彼女が自殺か否かで議論がかまびすしいが、ボクにとってはホントはどうでもいいが~
でもはプロダクションが出版んした本に書いてあった、死の前日の長戸大幸さん~ビーイング会長と泉水さんの会話の内容がちょっと気になりませんか?皆さん。

繰り返し云々ら辺を読む限り、B-ingメロディの本質をてんで理解してないことはわかったけど、無個性やらこのブログで言われてることのように常に斜めに構えて本質を見極めようとしない人が多いですよね。
まあ、今B-ingやら小室avexやらを理解したところで、だから何?状態だから仕方ないけれど、無知って怖いですよね

これだけ情報が溢れ返っている世の中で
いまだに「Being」を「B-ing」と間違えて覚え続けていられるほどの情弱が
「無知って怖いですよね 」とか言うのは、高レベルなギャグですか?

なんかごちゃごちゃ言ってるねー
でも誰か言ってたようにどうでもいいよ。
もうすぐ三回忌だよね。純粋にzardの音楽を楽しもうよ。あれだけ人を感動させたり、気持ちを変えさせる人はいないよ。
どんな世界にも日向があり影もできる。ただ言えることはこれだけ多くの人を感動させた人はそう多くいるものでない。だから素晴らしい人なんだよ。純粋にそれでいいじゃない。大阪公演に行きたいなー

追伸 うえしんさんのお宅へ上がり、「やれ凋落は止めろ」だとか「謝罪をしろ」だとかよく言うよ。彼の何がいけないの?自分が感じたままを言ってるだけなのに・・・
意見があるなら、「そういう意見もありますね、でも私はこのように感じています」ではないの?
それが大人の意見じゃない。そして凋落でも何でもいいんだよ。万物全てそうだから。
でもね、一度でもこれほどの頂には立てないよ。力と運と努力が偶然重なって出来たことじゃないかな。
彼女の才能といえばおしまいだけど、やはりいろいろな物が味方をしたからこんな優れたアーチストに成長したんだね。そう思う。
うえしんさん、自分の意見はしっかりと言ってくださいね。あなたのおうちですよ。遠慮はいりません。

相手を真っ向から罵り倒す輩が散見されますが、他人様のこういった場でのその様なモラルの無い言動は如何なものでしょうか。
場を弁えて発言すべきです。
明言は避けますが、某所と同じ様な感覚で投稿されるのは非常に思慮の足りない行動だと思います。

全体を見通して目に付いたので一言。お邪魔しました

土曜日の独り言

↑ うん、実に素晴らしい人だよ。 本当はこんな人が多いと思うよ。相手の気持ちも考えない、あるいは考えられない人が同じザードのファンだと思うとちょっと情けないしね。
泉水さんの詩は「輝く」とか「優しさ」が随所に出てくるよね。これは自分にも相手にも・・・願っているから出てくるのだろうね。
そして、うえしんさんの提起された凋落、万物は歴史が示すとおり全て誕生から凋落を迎えるのだよ。
 今、問題になっているトヨタを始めとする車業界にもやがて凋落が来ないとは言えない。過去にひとつの産業の栄華が50年と続いたことがないからね。
 そういう意味から言うと、「ザードの凋落」もまた真かも知れない。

泉水さんの伝えたかったこと

人としての最善の感情は、
各々に宿る生命を尊重することではないでしょうか?

泉水さんは、
この生命の愛おしさと尊さを音楽で表現したのだと思う。

zardは自分にとって必要なアーティスト

ここに投稿している皆さんは坂井泉水さんに関心が高いから、時に感情的になって相手を傷つけるコメントを載せている。その事もよく分かりますが、泉水さんが残した言葉は、「私は、言葉を大事にしています。」です。これは相手を傷つけることをしたくない、ということではないでしょうか。そのことをいつも念頭において言葉を紡ぐことが泉水さんに対する最大の愛情ではないでしょうか。特にファン同士であれば尚更だと思いますが。私はこの一回のコメントで終わりにします。

ZARDの人気が下火になってきたのは織田哲郎が楽曲を提供しなくなったからと、思っている人が多いと思う。
晩年は事務所もいい曲は別のアーティストに与え、ZARDにはいい曲をあてがわなかったということもあるのかもしれない。
ただ全盛期の数々のヒット曲は、決して人気が衰えることはなかったと思うし、色あせずに長く愛され続けているエバーグリーンと言ってもいいと思う。
坂井泉水は繊細な人であると思うし、思いつめる人ではあると思う。
天才肌の人だから何を考えていたのか、常人の考えが及ぶ所ではないと思う。
精神的な病気があるのなら、何があっても本人のせいとは言えないと思う。
なので、死の真相は考えても仕方がないし、全然意味がないと思う。
坂井泉水の本当のファンは決して攻撃的な人ではなく、ただ黙々と彼女の残した曲のみを聴き続けている人達だと思う。

坂井さん 永遠に大好きよ。

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歌に詩に

歌に詩に、新しい、古い、はないと思う。

好きな曲、好きな詩はそのアーティストが、人気がある、ない、人気が落ちたに関係なく聴く人間を癒してくれる。

ZARD、坂井泉水さんは永遠です。

情緒不安定

坂井泉水さんの病気は子宮けい癌ですよね。女性の場合は生理の関係とかでホルモンのバランスが崩れるとうつ病になったり更年期になったり精神的に不安定になっていたのは事実だと思いますよ。健常者でもかなりしんどいのに癌を患ってらした事芸能人という特殊な世界にいたこと私達には想像出来ないような心労があったのではないでしょうか!?

はじめまして。
一年ほどまえからこのブログ興味深く読ませていただいていました。

私は坂井さんとは同じ昭和42年うまれです。
従来大の芸能人嫌いでしたが彼女の歌だけは不思議と聞くことができ人生の節目節目で彼女の歌には救われてきました。
しかし本当のファンとなったのは亡くなられてから、とくに昨年ふとしたきっかけで実弟の方が経営されていた横浜あざみ野のイタリアンレストランに行った(というより迷い込んだ)のがきっかけでした。

 このブログの議論には、坂井さんの色々なことを深くしるためにもの凄く役にたちました。

うえしんさんありがとうございます。


さて今日コメントさせていただこうと思ったのは
どなたかのコメントに坂井さんは亡くなる二年前からすでに死を予感されていた。
というコメントがありましたが、ここ一年坂井さんの曲を何百回ときいている内に、もっと前、すでに
永遠の頃には自分がそう長くは生きれないのではないかということを予感されていたような気がします。


あとこれは私自身が若い頃、長年、十数年間一人の女性だけを思い続けていたことがあるから分かることかも知れませんが、坂井さんの曲をきいていると
なにか絶対に相手には届くはずのないラブレターを永遠に書き続けているようにも感じます。

あの相手はだれか?
これはもう今となってい正確にしる由もないですが、噂になっている音楽プロデユーサー?長らく一緒に曲を作っていた作詞家?

私は違うように感じます。もっと普通の一般人ではないでしょうか?
それも坂井さん自身もそんなに長くは付き合いがなかったような。

No title

おじゃまします。

坂井さんが亡くなって随分時間が経ったね。
当時坂井さんの歌はCMでやってたのを聞いた程度しか知らなかった。ある日Yahooのニュースで坂井さんの訃報を知った。よく知らない人だったけど気になりネットで色々と検索してみた。なぜか判らないが仕事から帰って家族が寝ると僕は一人で部屋にこもりネットで色々見ながら毎晩2時か3時ぐらいまで泣いていた。これが3ヶ月間以上続いた。こんな事は始めてでなぜ自分がこんな状態になってしまったのか不思議だった。それまでほとんど知らなかったのに・・・。こんな事二度と無いだろうな。
その無き方が大人の泣き方じゃなくて子供が大声で泣くような泣き方なんだよね。もちろん声は出さなかったけどそんな泣き崩れるような泣き方だった。
自分の知らないところを見た瞬間だった。

カンリニンサンハマダイキテイマスカ‽
イズミサンハフツウノヒトトチガウデショウ。
ボクモマダキイテイル。
ナクナッテカラハジメテシッタヒトダケド
ホントウニスグレタオンガクヲソウサクシタ。
ケッシテイロアセルコトハナイヨ。
イズミサンヲシンカクカスルノハコマリモノダケド
マモルベキジョセイトボクモカクシンスル。
ダカライマデモオオクノヒトガシジヲスル。
2007ネンノカケハボクノカチノヨウデスネ。

ふむ

シャア大佐さん、いい感性してる。大体の所は合ってるみたい。ただ少し違うのは泉水さんは届かないとは思ってはいなかったという事だけ。

No title

シェアタイサトドウイケン。
シシュンキノハツコイヲダイザイニシタシヲカイテイルノトオモウ。ズットヒトリノヒトヲオモウコトハイイコトダ。ココロガスクワレルトコロアルヨネ。

シハトテモチセツデ、ボキャブラリーモスクナク、
コウコウセイノヨウナレベルダケド、フシギトコレガスゴインダナー。プロノカクシヲハルカニシノグ。
ビョウキヲワズラッテカラハ、テーマハオナジダケド、シノフンイキハカワッタ。
セツジツデキハクノコモッタモノニナッタヨネ。オトナノシニナリ、トテモフカイモノナッタ。
ジブンモナガクビョウキデクルシンダケイケンガ
アルノデ、サカイサンノトウジノキモチハテニトルヨウニワカル。ジョセイニトッテシキュウヲイタメルコトノツラサハ、トテモツライコトダッタトソウゾウガツク。ソレヲカクシテカツドウヲオツヅケタワケダカラナオサラダ。ソレガシニアラワレテイル。

サカイサンニハジョセイノイジラシサヲカンジテ、
トシガイモナク、イトオシサヲカンジテシマウ。
イマドキソンナヒトイナイモノネ。

デモ、Bキュウグラビアガールカラスタートシ、チョウテンヲキワメ、サイゴハオオキナシレンノナカデフリョノシヲトゲル。スゴイジンセイダヨネ。
サイゴノサカイサンハホントウニカガイテイタ。ソシテイカナルジョセイヨリモウツクシカッタトオモウ。

マタ、20シュウネンナノデ、ミナサンギロンシマショウ。











考察

私はもともと
うえしんさんに対して
あなたは間違っている!
というような意見を書くつもりでしたが
やめました。あまりにも多くのの人が
同じような趣旨のことをかいている。
多すぎる。また自分の意見を持たず
ただうえしんさんをなじる人すら
いる。ZARDが好きな人はある程度の
マナー、一般常識を必ずもちあわせているはず
このコメント欄を管理人の非難の場に
するのではなく討論の場にすべきだと
思いますしそう思っている方も
多いのではないのでしょうか
以上が私の意見です。

No title

色付きの文字v-217斜体の文太字の文

べっ、べつに

結構可愛い子いるね。なんでモテないんだろ?(ノ゚Д゚)ノシ〇 http://gffz.biz/

泉水さんの最期の夢は何だったんでしょう?

泉水さんは、その最期の夢を叶える為に下準備をしてる真っ最中だった。

それ故に自殺は考えられないんだよ。

心のネーチャンの声、久しぶりに聴きました

30のおっさんが失礼します。
僕がZARDを聴き始めたのは、中学のときです。
それからずっと新曲が出る度に買う位、ハマってましたが、今、聞いても抜群に良いと思って、思わずカキコみました。

誰が何と言おうと僕にとって青春の曲であり、親が死別して子供が生まれた今でも、昔と違った感情で感動してしまいます!
歌詞の中でも特に、「もどかしさ」の表現が声との相乗効果で生き生きしていて抜群に良く、その反面居なくなった寂しさも込み上げてきて…残念な気持ちになります。
間違いなく、これだけ心に突き刺さる歌手は二度と出てこないと思います。

駄文で失礼しました。

なるほど。

書かれてから何度か拝読させてもらってます。

ひとつの憶測として読むぶんにはそんなに目くじらを立てる要素はないですよね…苦しみに変える必要も無いですよね

私はもう探さないの頃からずっとファンをやって来ました。
誰がどう言おうが好きなものは好きで、ゆるぎないものです。苦しい時代に心の支えになってくれたあの歌詞、歌声、成長した自分は変わらない。


自由度は高いといえ、仮にも彼女は会社に属するアーティストだったのだから、もちろん予算もあっただろうし、売上の落ち方にもショックを受けたでしょう。
苦しみ抜いたでしょう。まあ、病と直結させるのは変ですが。
でも、その変化があったからこそ、後期の独特な泉水ワールドが構築されたとも思います。大好きなんですよね。

そして根本的に彼女は、全盛期から、目に見えないファンの巨大な売り上げなんか信じてなかったんじゃないかな。

中期以降はファンクラブや、ライブで感じた温度を頼りに活動されていたように感じます。

今でも殆ど毎日聴いていますが、ふとした時に彼女はもう居ないんだな。とリアルな実感が押し寄せ、堪らなくなります。

ひとつ叶うなら、君ディスの頃の声でアンプラグドライブを聴きたかったです。

彼女の歌声は、正に楽器でしたよね。



良い記事だと思います

前置きをふまえてこの記事を読みましたが、
すごく良くまとめられていると思います。
どうしてこの記事が批判の的になるのか、
よくわかりません。

坂井泉水さんへの愛も感じましたし、
ただ批判的なことを書いているわけではなく、きちんとデータに基づいてお話されていると感じましたし、最後のまとめを見ても、坂井さんの早すぎる死を悼んでいらっしゃいますし。

あらためて坂井さんの素晴らしさを感じました。御冥福をお祈り致します。

それほど悪い記事ではありませんね。
ごもっともだと思います。しかし皆さんやはり親の欲目のようなものがあるのでしょう。

しかし、病気との因果関係は書いていただきたくなかった。事実、不実関わらずです。

泉水ちゃんの異変

こう言ってはなんですが、坂井泉水ちゃんの異変に気付いたのは、ハートに火をつけてのジャケット画像てすね。
顔色悪いなと感じました。特に眼の辺り。確か、そのプロモ撮影後の夜、体調崩され、子宮ケイ癌が見付かり緊急入院されてますよね。泉水ちゃんの歌には癒されてましたので、お亡くなりになられたのは、残念でなりません。
きっと忘れないと言う、生前の泉水ちゃんの事をスタッフがまとめた本がありますが、2000年以降から、体調は悪かった様なんです。透明感のある高音の伸びが悪いなとも思ってました。必死に歌われているなと感じました

なにもできない奴らなど気にするな

よく書けるブログだと思う。
これからも臆せず自分の思うように書けばいい。

CDの売り上げだけで考えるのはとても単純な思考だと思う。
特に震災以降はそういうデータ型な考え方をする人も減りましたよね。
とても浅い浅はかな内容の記事だと思いました。

無題

栄光と苦しみってなんか間抜けな感じがする。

凋落の方がしっくりくるよ。

実際、97年夏に企画アルバム『ザード ブレンド』を出した後から人気急降下しましたよね。
一応ベストアルバム的な売り方してたし、ここで卒業しちゃったファンが多数いたことは容易に想像できます。

なんか好きすぎて、死んだことが悔しくて色々推測しちゃった感じだね

早すぎましたね。。。

大ファンというほどではないが同じ67年生まれとして関心のあった人ですね。繊細且つパンチのある歌声。。。高校野球ファンの私にとっては94年センバツ入場行進曲『負けないで』がやはり印象深いです。決勝を戦った智弁和歌山と常総学院がこの夏も甲子園に出場していますが、両校のユニフォームから麗らかな春の日の想い出がぼんやりと甦ってきます。

個人的な意見です

多分、彼女はスターの座なんてどうでも良かったんじゃないかと思います。
上手く言えませんが、やはり歌が好きで、音楽を通して何か言葉だけでは簡単には言い表せないような想いを伝えたかったのではないかと…歌声を聴いているとそんな風に私は感じました。センチメンタルな魅力のある方です。

個人的な意見です

多分、彼女はスターの座なんてどうでも良かったんじゃないかと思います。
上手く言えませんが、やはり歌が好きで、音楽を通して何か言葉だけでは簡単には言い表せないような想いを伝えたかったのではないかと…歌声を聴いているとそんな風に私は感じました。センチメンタルな魅力のある方です。

うーん。ファンとしては微妙です。

そんなに売れることに喜びを感じる方だったのでしょうか。

一定数売れていれば、ある程度のファンと収入でずっと食べていけるし、彼女はそれが叶った数少ないアーティストの一人です。

声と曲調をきけばZARDってわかる。
これだけで、ブランディングとしては大成功です。
おちたとか、表現がやはりしっくりこないな…

こんにちは。
ぷらちなうさぎと言います。

今、あちこちのブログを見て勉強させてもらっているところです。
検索でこちらのブログにお邪魔させていただきました。

適当に回っているので
気にしないでください。

それでは。

私見として

うえしんさん、始めまして。偶然あなたのブログに辿りつきました。相当なご批判を頂戴しているようですね(苦笑)

私はZARD ならびに坂井泉水さんの大ファンと言うわけではありませんが、CD(シングル、アルバム両方)を何枚か持っていました。

私は坂井泉水さんがどのような方だったか知りませんし、ましてや「蒲池幸子」さんの人となりなど知る由もありません。全ては推測の域を出ません。もしかしたら自分の「凋落」に悩んでいたのかもしれませんし、純粋に歌う事が好きで、人気やCDの売り上げなど頓着しない方だったのかもしれません。

ただし、あくまでも推測ですが、彼女を「金づる」と考えている人たちも存在したでしょうし、2000年代以降の彼女を「凋落した歌手」と思っていた人たちもいたでしょう。音楽業界もビジネスなのですから、キレイごとでは済まされない現実があるはずです。ファンの立場からしてみたら不快なことでも、彼女のビジネスに関わっている人たちの立場からみたら、明らかに「凋落」でしょう。もしかしたら、彼女の好きな「歌うこと」さえそういった連中が取り上げてしまうとも限りません。坂井さんが「歌手」という立場以外の面で心を煩わされていたかもしれません。

精神面と病気の因果関係など証明されていませんし、現在の人類の学問では証明する事は不可能でしょう。坂井さんの人気が落ちたから病気にかかったなどというつもりは毛頭ないですし、事実でもないと思います。残された事実は、坂井さんが若くして逝くなった、と言う事です。

私たちは自分の意見を言う自由がありますし、他人の意見を批判する自由もあります。ただし自分にとって不快な事、不都合な事を抹殺しようとする行為がいかに危険かを知ってもらいたいのです。もちろんうえしんさんが事実とは明らかに反する事を書いていたとするなら、それに対する謝罪は必要でしょうが。

ご冥福を祈っています


 坂井泉水さんとご一緒されていた患者さん、お人さんの投稿です。ご冥福を祈っています。

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

(原文のまま)
生きる勇気を貰ったママ
2007/5/30 9:30
はじめまして。ZARDと検索したらこちらがあったのできてみました。
私は、慶應病院に今入院している33歳の女です。坂井さんとは、数回会話をし歌を唄ってもらいました…
検査の毎日で強い薬を飲む私に勇気をくれたんです。
私はバツイチ子持ちで小2の男の子が1人います。
私が死んだら、この子はどうなるのか…と入院してから考える日々でした。
ある日から、他にも数人いましたが私は日の出を見るのが日課で、そこへ坂井さんが日の出を見に来るようになりました。
でも、人数が多いため落ち着かなかったのか散歩後に非常階段で日の出を見ている話しをしてました。
最近、私の容態がよくないので散歩へも行けず、坂井さんと顔を会わせない日々が続いていると、私の元へ坂井さんが来てくださったのです。
私は数日、高熱が続いていて動けなくて心も身体も弱り切っていました。
そんな私に、負けないでを病室で唄ってくれたんです。
本当に気持ちの優しい大和撫子のような方でした。
正直、私はGLAYファンでZARDには興味がなかったんです。
でも、素敵な歌声と勇気の出る言葉に励まされ生きる勇気が湧いてZARDファンになった矢先に、こんな事故がおきてしまい本当にショックです。
ファンの皆様に、病院でも勇気を与えていた坂井さんの様子をお知らせしたくて書き込みさせてもらいました。
私の命は、そう長くないと思います。

天国へ行くのはコワイと思ってましたが、勇気を与えてくれる坂井さんが天国にいるなら私は安心して眠れます。
坂井さんのファンの皆様も本当に素敵なファンばかりなのでしょうね。
坂井さんの分まで頑張って生きていきましょう。
長々と乱文ですみませんでした。

【ここからが続きです。】

2007/8/27 10:53
皆さん、こんにちは。

少し体調が悪く治療に専念しています。
今日は久しぶりに車椅子に乗せてもらい少しだけですが外の空気を吸わせてもらっています。
皆さんからの励ましの書き込みを読ませていただきました。本当に涙が出ます。皆さんありがとうございます。
今、凄い辛くて辛くて色んな事を考えてしまって、気持ちが弱ってる自分の支えが坂井さんの優しい言葉と歌声です。
そして温かい坂井さんのファンの皆さんに、生きる勇気を貰いました。

この心も身体も弱り切った私の支えが皆さんの温かい愛情だったり、世界中で病と戦う人々だったり。。
早く良くなって皆さんに会いたいです。
皆さん、生きる勇気をありがとう!

【2007/10/01 00:45:30(この方のお兄さんが書いたそうです)】

私の妹の携帯より書き込みをさせていただいてます。
妹がこちらへ坂井さんと過ごした時間の事を書き込みをしていたのは話しに聞いておりました。そして皆様から温かい励ましをいただいてた事もサイトを開いて嬉しそうに話してくれました。
その妹から皆様へ一通の手紙です。
妹は、今天国から皆様の事を見守っている事でしょう。
『ファンの皆さん、この手紙が書き込みされてる事を想像しながら書いてます。不思議な感じですね。
見知らぬ同士が掲示板を通じて仲間になれる事を初めて経験して、ファンの皆さんの優しい温もりのある言葉に頑張ってきましたが、ちょっと頑張り過ぎたみたいで疲れて眠ってしまいました。
宝物の子供は私が居なくても大丈夫かな…きっと大丈夫だよね?
この手紙を兄が打つ時には、坂井さんに会えるかな…
皆さんの事を坂井さんへ教えてあげないと!
私から皆さんへ、この書き込みが最後です。
ずっと仲間だよ!みんな大好き!ありがとう!
天国から…
ZARDFamily 生きる勇気を貰ったママより』
皆様、妹は25日に永眠しました。
昨日は子供の運動会を予定してましたが雨で本日に、しかし本日も雨で運動会は中止、火曜日になりました。不思議と妹が意地悪をさせて降らせているような気がしてなりません。
10月の子供の誕生日を楽しみしておりましたが、静かに眠るようにして逝きました。
妹が書き込みをしたのがきっかけで励まして下さった皆様、本当にありがとうございました。


 先の投稿のタイトル部分は、
「坂井泉水さんとご一緒されていた患者さん、お兄さんの投稿です。ご冥福を祈っています。」の誤りです。
 妹さんが、お兄さんに坂井泉水さんから病院で励まされていたことをお話されていたようです。
 お兄さんが妹さんがお亡くなりになって、妹さんの携帯から投稿されたものを掲載させていただきました。

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坂井泉水さんの訃報を最初に聞いた時、ソファーでうとうとしながらワイドショーを見ていまいした。
画面を見てなかったのでさかいさんがなくなりましたと聞いたので堺正章さんが亡くなったと思ってたら、ZARDの坂井和泉だと分かって、思わず「えっ!」と声がでて、いっぺんに目が覚めた記憶があります。有名人の訃報で悲しんだのは彼女が最初で最後です。

太字の文私が5歳のころにはじめてザードの歌を聞いてすごいと思い、今も聞いています。

深夜に失礼

管理人に共感した上で、上岡龍太郎が、昔に次の言葉を言っていたのを
思い出しました。

日本のテレビにはヒューマニズムというのは無いんですよ。人間愛というのはね。
ヘンなセンチメンタリズムはあるんですよ。悲しがろう、悲惨さを喜ぼうという。

上記は阪神大震災時の発言で、坂井泉水さんの事件とは関連性は全く無いのですが
記事、コメ欄への一つのつっこみになるのではと思い書き込みます。

※日本のテレビにはという所は、日本人は・・・上記の思考に陥りやすい置き換えて考えてます。

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はじめまして

たまたまこちらのブログにたどり着いて拝見している者です。

皆さん、色々と良くも悪くもご意見があるようですが私は純粋に坂井さんの事を偲び、彼女がこの世で伝えたかった思いを感じ取って日々生活していきたいただそれだけの事です。
ファンの皆さんの熱い気持ちが沢山伝わってきて(全部に目を通すことは難しいけれど)かなり読み応えのある記事でした。

坂井さんがいなくなってもう8年になるんですね。 当時はまだ30代だった私も坂井さんの年を追い越して日々のほほんと生きています(笑)が彼女のような素敵な女性に少しでも近づければよいなぁと思っています。

何かトンチンカンなコメントでごめんなさい。
またブログに遊びに伺いますね。

昔からのZARDファンです。

久々にZARDを検索していたら、ここがヒットしました。
私は、ZARDのアルバムはだいたい持っていて、かなり昔からのファンです。

ブログ主は、猛烈に批判を浴びてしまったんですね。
私はわりと冷静に客観的に物事を見る方なので、こうした見方も一つの可能性としてあり得るよなあ、という感想ですね。

坂井さんは売上を気にする人ではない、といった風なコメントも見受けられますが、彼女は現実としてビーイングを支える屋台骨の一人でした。
売上が落ちれば、レコード会社や事務所のプロモーション活動の低下に直結するわけですし、スタジオミュージシャンに支払われる報酬にも影響するはずです。
また、腕の良いミュージシャンを呼ぶには、それなりの報酬を必要としますから、売上が落ちればそうしたオファーが制限されるでしょう。

何よりも、ZARDはチームなんです。坂井泉水一人の世界じゃないんです。
彼女は、だからチームを背負っていたんです。
メンバーを食わせているチーム代表が、売上を気にしないなんてあり得ません。趣味の世界じゃないんですから。

癌の原因が何なのかは、まったく謎というほかありませんが、少なくとも売上低下の精神的影響は皆無ではなかったでしょう。
いくらランキング上位に食い込んでいても、絶対的な売上が落ちてしまうと、これは大変な痛手です。

坂井さんの曲のなかに、「vintage」というカップリング曲があります。「息もできない」の中に収録されている曲です。
ここには、坂井さんの苦しみが正直に吐露されています。

この苦しみの原因が何なのかはハッキリ書かれいませんが、「もうちょっとで止まりそうなんです」「古いバイクのようにヴィンテージになれたらいいな」という文言から考えて、次のように言えるだろうと思います。

「頑張って走り続けている自分=仕事を頑張っている自分」が止まりそう。。息も絶え絶え。。頑張らなくても金銭価値がどんどんアップしていくヴィンテージもののようになりたい。。

やはり、仕事は相当にきついと感じることも多々あったのでしょう。
彼女は、メジャー歌手の一員でありヒット請負人という側面もあります。
ですから、常にヒット曲が求められます。
それは相当なプレッシャーであったろうことは容易に推察できます。

この歌詞だけで彼女の長いZARD人生全体を推し測ることは出来ませんが、少なくともこうした苦しい時期があったことだけは事実であろうと思います。

癌は食生活の乱れや遺伝的要因から来る場合も多いので、こうした仕事上の苦しみが原因であるとはかぎりません。

しかしながら、仕事上での重圧が、彼女の精神や体力をかなり追いつめていた可能性は否定できません。
「どんどん体力と一緒にすりへっていくよ」
(上記「vintage」より)

ただ、私は彼女の死因は事故死であって、自殺ではないと思っています。
詳しくは言いませんが、自殺とするには、種々の状況が不自然だからです。

事故死であり、その事故の大きな要因として癌があった、ということでしょう。癌になっていなければ、病院の裏手の階段に上ることなどなかったでしょうからね。

長々と綴りましたが、私にとっても彼女の死は衝撃的でした。
亡くなってから、私はZARDのCDを聴くことがほとんど出来なくなってしまいました。
たまに聴いてみても、切なく悲しくなるばかりで。。
昨日、ヤフーでZARDのニュースがアップされていたので、かなり久々に何曲か聴きましたが、やはり次第に切なくなって心に穴が開いたような気持ちになってしまいます。

もういい加減立ち直らないといけないんですが。。

彼女のライブに一度も行けなかったことが、私の一番の悔いですね。
もう、どうあがいても二度と会うことは出来ないんだ、って。。

でも、ZARDの曲は私の趣味に合うのか、好きな曲がいっぱいあるんです。
彼女のおかげで、私のささやかな人生にも豊かな彩りを与えてもらいました。
坂井泉水さんには、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
余談ですが、彼女のヒット曲の多くを作曲した織田哲郎さんもまた、私の大好きな人ですね。

坂井泉水さんが、天国で大好きなシャーデーの歌を聴きながら、楽しく創作活動されていることを心からお祈りしています。




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通りすがりの者ですが

はじめまして。
私は「もう探さない」の頃から「永遠」の頃までは毎日のようにZARD聞いていたのですが、それ以降遠のいてました。
遠のいた原因は、私の当時の精神年齢より彼女の詩がどんどん成長して理解できなかったのかなと今になって回想しておりますが、、、

なにせ今年になって急に改めてZARDの曲(特に後期のものが)がすごく落ち着くのでよく聴きながら足跡を追うという意味でネットで検索したりが日課になってしまいこちらにたどりついた次第であります。

病気の原因としては癌の直接の原因はそれまでの婦人科疾患を繰り返した結果も大きいのではないでしょうか。そういう意味でも体調に異変が起きる2000年以前...ちょうど前述の方が書かれている「vintage」の詩が生まれた頃の状況が背景ではないでしょうか....
といろいろ15年も前の状況をネットで見て回りながら想像しておりますが。。。

それよりも時々目にする
坂井さんに偶然遭遇した方のエピソードを発見する度に、改めて当時のジャケットイメージやトップアーティストにありがちでない素敵で素晴らしい人だったんだなあとほっとしています。

こちらもそんな投稿の共有にしたく一文転載させていただきます。

----------------------以下転載文
2007-06-29 21:42:08
はっきりいって、ZARDなんて大嫌いだった。直接すぎる詩とか、あのPVとか全部。


でも、今から5年以上前、私がまだ病院に勤めていた頃、突然坂井泉水さんがマネージャーらしき男性と二人でやってきた。その頃、もちろん彼女は既にZARDで、そうゆう芸能人は普通は病院に連絡をいれ、病院のSPと共に特別に診療を受けるのが常なのに、彼女はいたって普通にマネージャーと二人で病院にやって来た。

受付で、坂井さん自身が何か話しかけてきた。その瞬間、紛れもなくすぐ彼女だと気づいた。当たり前だけど、そのままだったから。
でも、ちょっとだけ違ったのは、よくPVで映ってるようなネルシャツに、髪をさりげなく結わいた姿ではなく、コンサバな服に身を包んだサラサラヘアのお嬢様風。なんてきれいな人だろうと思った。もちろん声もきれいで、そして、すごく控えめで礼儀正しい女性だった。私ともう一人受付をした友達はたちまち、彼女のファンになってしまった。

私が彼女と接したのは、その後ほんの2、3回だけれど、すごく印象に残っているのが、トイレに行って戻ってきた彼女。目の前の長椅子に座って暫く。

「あ、鞄忘れた・・」

慌てて、トイレに走り、戻ってきた彼女の手にはエルメスの黒いケリーバック。普通は置き忘れようのない大きさのバックだった。
恥ずかしそうに戻ってきた彼女の思わず微笑みたくなる天然性とか、何度ここじゃないと案内しても、次に来る時に必ず間違えて、同じ場所に現れ、同じ質問を繰り返すところとか、本当に愛らしい人だった。


だから、彼女が亡くなったと聞いて、本当にものすごいショックだった。
今、ミュージックステーションで流れた当時の映像の“負けないで”を見てたら妙に泣けてしまった。


ほんとにいい人だったから。心からのご冥福をお祈り致します。

追加で

上記ブログは
ある方が2007-06-29に投稿したものですが
微笑ましい反面、これだけだと人によっては
ただの「天然」ととられてはと思いまして
このブログに対して後ほど坂井さんと一緒に働かれていた方らしい人の書き込み
(いきなり2014-07-03とずいぶん後ですがそれだけ時がたっても忘れない存在なのでしょう)
をフォローに追加転載しておきます。

------------------以下転載文

ようやく、コメントできそうです。 (seege)
2014-07-03 05:27:57
ここに来たきっかけが、この記事を偶然に見つけた事です。
ZARDより卵かけご飯の方が好きだからとか別の記事では
コメントしましたが嘘をついてました。

本当は直ぐにこの記事にコメントしたかったのに、
できなかったのです。
それは、忘れるはずのない大きさの鞄を忘れてしまう位、
病状の事で頭がいっぱいになっていたのかもしれないと
考えると何をコメントすれば良いのかわからなくなったからです。

坂井さんは確かに普段から忘れっぽい人ですが、それは何か一つの事を
考えるとそればかりに集中してしまい他のことが疎かになるからです。

内心は不安だったと思います。
しかし、それを感じさせないように振る舞っていたのは、
周囲の方に心配させないようにという配慮もあったのだとは
思いますが、それ以上に、明るく振る舞う事で自分の気持ちを
奮い立たせる目的もあったのだと思います。

そんな坂井さんの気持ちが、今ようやく感じることができた、
この記事にはとても感謝しています。

ありがとうございました
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Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。ビジネス書、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、精神世界、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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