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01 24
2007

書評 哲学・現代思想

『輸入学問の功罪』 鈴木 直


4480063420輸入学問の功罪―この翻訳わかりますか?
鈴木 直
筑摩書房 2007-01

by G-Tools

 題材は魅力的であったが、つまらなかった。むずかしいというか、わかりづらいというか、近代の思想史につきあわされたくないと思った。いっぱんの読者にもわかりやすい翻訳をという著者がこんなアカデミックな理解しにくい本を書くとは皮肉なことである。

 私も哲学や思想の難解さにはへきえきしてきた。理解できないもの、興味のないものは、自分自身にとっては読んでもムダというふうに切り捨てるようになった。ふつうの人は自分の無知さや勉強不足を嘆いたりするものだろうか。それが翻訳のせいだとしたら、だいぶ救われる話なのであるが。

 やはり哲学の翻訳本は訳者自身が自分で翻訳しておきながら意味がわからないことがあるみたいである。なおさら読者には難解であろうと言い放つ。学生によくあるように辞書の単語をつなげていって、日本語の体裁をなさない文章をつくって、自分でも意味が理解できない。アカデミズムは原文の構文がくずれないこと、一語一語対応、一文一文対応の原則を守るあまり、読者にわかるような日本語を二の次にするのである。

 この本は商業主義からはなれていって、アカデミズムに閉じこもる過程をドイツと日本の近代史に探るわけだが、私にはこの近代史がつまらなかった。どうでもいい話に長々とつきあわされる気がして、かなり倦んだ気持ちになった。

 翻訳本に泣かされてきた経験は多くの人がもったであろうから、魅力的な題材であるから残念なことである。近代史につっこむより、こんにちの翻訳の誤訳やトンデモ訳などをあげつらって、アカデミズムを笑ってくれれば、もっと楽しかったかもしれない。

 哲学書や思想書がわからないのは翻訳のせいだと悪者呼ばわりしてくれれば、だいぶ溜飲が下げられると思うのだが、思想が難解になるのはヨーロッパでもそうであり、たぶんに仏教の経典がいまだに外国語で読み上げられるように権威主義と専門主義のハクがつけられやすいからだろう。

 商業主義からアカデミズムを笑うこと、批判することは大切な視点だと思う。哲学や思想は多くの人にとっての人生の糧となるはずなのに、難解さの上にさらに意味のなさない翻訳を読まされるのはおおくの人にとっての損失である。学校という社会保障がさらに商業主義をはばむ。まともな日本語で、お金を払う人にたいする責任を果たしてもらいたいものである。読書のわれわれも翻訳書は国に守られ、まずいコーヒー、冷めたラーメンを食べさせられる国営食堂だったという自覚が必要であるということである。


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