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01 14
2007

日常

原付の免停と法定速度について


 CIMG000616.jpg ねずみ捕りの現場にてぱちり。座席がずらりと。

 去年12月にスピード違反でつかまった。大阪から滋賀の近江八幡にいく遠出の途中で、国道一号線のねずみ捕りにほかの車がぼろぼろつかまるのといっしょに一網打尽にされた。27キロオーバーで、12000円の罰金。

 去年の三月くらいにも21キロオーバーで白バイにつかまって初心者講習をうけ、6点を超えたので「行政処分の出頭通知」がきた。はじめての免停です。こんかいは期間を短縮させる講習は受けないつもりだ。お金がアホらしいし、もう原付という免許には愛想が尽きた。

 原付なんか30キロの法定速度を守れないのは当たり前のことである。30キロで走るのは車の迷惑と邪魔になることであり、路注の車をよけれないし、右車線の車の流れにも乗れないから右折もとうぜんできない。交通事情を知るにつれ、このアホらしい法定速度を守る気なんかなくした。原付であれ、車といっしょの道路を走るのだから速度制限は同じ速度にするべきである。

 なぜこの法定速度は変えられないのだろうか。ネットで調べても不明だが、時間が止まっているとしかいいようがない。それとやはり警察の罰金収入のウマみが大きいのだろう。原付はヤクザさんのカツアゲの最大のカモである。現今の交通事情を無視した交通法規にはそういう利権があるのだろう。

 速度制限はほんらいは交通事故を防いだり、安全のためであろう。私も原付のゆっくりしたスピードの安全性は魅力的であると思うが、車のスピードというのは速度制限をほどこしても守られるというものではない。自生的秩序というものがある。

 それをつかまえて罰金や免停の罰則を課すことは、けっきょくは怨恨や憎悪を生み、果てしない対立関係といたちごっこを生むだけであり、中高生のような禁止と規則の破壊を快楽と大人の仲間入りと見なす認識をつくりだすだけである。

 つまりは速度制限なんて意味のないものであり、あくまでも努力目標にすべきであり、罰則なんてたんなる公権力の金銭強奪にしかならないのである。とりしまる警察が怨まれるばかりである。注意だけならどんなに気持ちが和らぐことか。車道の安全秩序はドライバー自身たちにゆだねるべきである。罰則はあきらかな危険行為や暴走行為にとどめるべきである。

 速度制限や罰則は安全や正義という美名のもとおこなわれるが、金銭強奪の集団をつくりだしているだけであり、法定速度が守られることはまずない。法律や罰則は効果がない。交通法規はたんなる公権力の暴走や迷宮入りを生み出しているだけに思う。

 ただ交通の安全を守ることはほんとうに大切なことだと私も思う。年間一万人も死者を出している交通事故はぜひ防がなければならない。しかし速度制限や罰則は向かう方向が違ってしまうし、見えないところでは違反が当たり前にはびこるのである。安全は罰則であるより、車の性能自体に速度制限が設けられるべきなのかもしれない。

 交通罰則は街中をふつうに歩いていて、いきなり職務質問されたり、あらぬ嫌疑をかけられりすることと同じ不快感がある。交通法規という不自然な設定値を設けることにより、ヤクザに言いがかりや上納金を納めているような気になる。このような権力を乱用した交通法規は、市民のためというよりか、市民の敵や怨恨をつくりだしているだけのように思う。

 もう私は原付の免許とかかわりたくない。自動二輪をとるべきだと思う。といっても仕事がある人間に容易に教習所や試験に通えるわけでもない。自転車の自由と気楽な乗り物にもどったほうがいいのかもしれない。交通法規と罰則は小市民の自由と安楽を奪いとるだけである。原付に乗ってはじめて警察という存在がいかに不快なものなのかよくわかった。


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Comment

どうも、一読者です。原付は、スピードだけじゃなくて、二段階右折の必要な交差点なんかも、見通しが悪いとどう曲がったらいいかわからない時があるし、大変ですよね。警察は原付を付けねらってるところがありますよ。
管理人さんが大阪在住だと知って、思わず質問したくなったのですが、大阪の街は駐車監視員というのは沢山いますか?いま東京では(狭い範囲に駅が密集してせいももありますが)そこらじゅうに一日中監視員がいて気持ち悪い状況なんです。

車が増えすぎた世の中なんです。

はじめまして。管理人のうえしんです。

二段階右折は右車線にうつれないときだけに利用します(笑)。なんかなさけないです(笑)。右折のウィンカーをつけながら、左折するのも不気味でしょう(笑)。

駐車監視員はたくさんいると思うんですが、私は街中より山奥を好みますので(笑)、あまり見る機会もすくないですし、原付はこっそりちゃりんこ置き場にまぎれこませますので、あまり被害をうけたことはありません。

しかしこんなに車が増えた世の中で、車を道端にとめるなというのがムリな話だと思います。罰則を厳しくてうれしいのは罰金が膨大になる警察だけでしょう。実情を無視した、いいがかりをつけるヤクザとなんら変わりはありません。

車が増えすぎて渋滞ばかりになり、ユーザーの車離れがしぜんにおきてくるまで、たぶん警察とユーザーの因果なき応酬は終わらないのでしょうね。

車は上に伸びたビルの発想のように、バイクの上に屋根を二階三階とつけたような形にするのが、これからの道路事情に適しているんではないかと思います(笑)。バランスが危ないか。。。

レスありがとうございます。なんとなくですが、大阪はまだ二段階右折しなくてもそれほど目立たない道路事情なんですね。東京はそこそこの交差点だと隠れている白バイなんかが、かなりの確率でピュ-って出てきます。区によってはタバコポイ捨て禁止の監視員だのもいるし、こういう監視者の増殖がほんとウザいですよ~。

失礼ながらm(__)m

原付に関して
速度規制が厳しいのは妥当だと思われます。
簡単に免許が取れる という観点から みても妥当かと…

二輪教習をされた方ならご存知かと思われますが 後方確認、指示機のタイミング、左折右折時の車両の寄せ方タイミング結構シビアに採点されてます…

単純に速度に対する疑似体験や道路に対する危険性を自動二輪教習ではそれなりに時間をかけてまなびますよね

別談ですが…2輪車の違犯で 危険とされる違犯を軽々と破ってるのも原付きではないかと…
確かに速度違犯はきけんですが…それ以上に バイクとしてみれてない運転の数々
渋滞中歩道を走る、ノーヘルやヘルメットをぶら下げてるヤツ 、原付きのニケツ(車体構造上の安定性や俊敏性にかける)、信号を無視しコンビの駐車場などのスペースをショートカットする…しかも結構な速度で…。標識無視(一方通行を特に)、

原付きではよく見ますが…どうでしょう?
こんな状態で合法的に走れたら

私はこの記事を書いて一年半後に教習に通って普通二輪の免許をとりましたが、学科や技能で習ったことは原付の走行でほとんどわかっていることのくりかえし、おさらい程度にしか感じられませんでした。

ただ原付のペーパーテストより、二輪の教習を先に通っていたらわからないことだらけの公道での学習や走行はもっとかんたんなものになっていただろうとは思いますが。原付にも教習があったほうがよかったといまでは思えますが。

原付の無謀な運転はどちらかというと、低年齢層や高校生の無謀さがなすものであって、免許取得の年齢層を上げるとこのような無謀さはだいぶ減るのではないかと思います。この原因は高校生あたりの無軌道さとか反抗心みたいなものがなせるもので、低年齢特有の問題だと思います。

速度制限はこの非行少年取締りのために使われているように思われます。その他の交通秩序にしたがって原付に乗っている年齢層の方にはたいへん迷惑な規制だと私は思います。
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