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12 23
2006

書評 労働・フリーター・ニート

『労働ダンピング』 中野 麻美

労働ダンピング―雇用の多様化の果てに
中野 麻美

労働ダンピング―雇用の多様化の果てに

 まるで前近代にもどったかのような非正社員の労働条件の悪化がすすんでいる。凄惨「非正社員資本主義」とでもよびたくなる状況である。おおくの人に労働の真実のすがたとして読んでほしい本であるが、法律用語がおおいためにけっして読みやすい本ではないのが残念である。

 派遣やフリーターの値崩れや細切れ雇用がおこっている。正社員の賃金の三分の一でありながら、同じような仕事をしてなおかつフルタイム以上または安いからという理由で超過残業を強いられ、雇用契約が一ヶ月や三ヶ月という期間で区切られる派遣労働。ボーナスもなく、社会保険もない場合も多い。将来の展望もたてられない。

 客室乗務員の時間給制は94年から97年のわずか3年であっという間に全体の4割近くに達した。男性社員の所得を100とすると、男性パートタイムは50ポイント、女性のパートタイムは44ポイントである。このような社員と同じはらたきをして、なおかつ賃金が半分におさえられるとなったら、正社員のおきかえがこれからすすんでゆかないわけがない。

 労働ダンピンクがおこっており、そして労働の商品化や液状化、値崩れや細切れ現象がおこっているのである。派遣労働やパートタイムは近代の労働条件や基本的人権、または社会保障といったものがまったく守られない無法地帯のボートピープルみたいなものである。そんなものが深く世間に浸透しておりながら、大きな問題として社会で論じられることもない。テレビや新聞などの大マスコミはだから信用できない。

 もともと日本の労働条件が守られていたとはとても思われない。年功賃金や終身雇用、社会保険などのサラリーマンの保護項目とされるものは、それとひきかえの長時間労働を要求してきた。つまり人間らしい生き方を否定した上での非人間的な人生の丸売りがもとめられてきたのである。年功賃金のベースアップはたまたま成長経済がつづいたからにすぎない。人生をまるまる会社に売り渡さなければならない生涯が法律や基本的人権によって守られていたとはとても思えない。

 はやくからすすんだ女性のパートタイム化はこのような男性の長時間間勤務の対比として正当化されてきた。しかし現在おこっていることはフルタイムでありながら賃金を半分ほどにされる派遣やフリーター化である。なんの正当な理由もなく、賃金は半分ほどに叩き売りされるのである。しかも正社員と同じそれ以上に働かされるとなったら、常用代替のウマみを企業が味わってゆくのは時間の問題というところまできている。

 著者の中野麻美は労働関係の弁護士みたいだが、働き方を現在の男性モデルを基準にするのではなく、「女性モデル」にしなければならないという。なるほど、まったくそうである。女性はパートタイムのような低賃金、低待遇の差別を味わってきたが、男性も長時間労働の差別も味わってきたのである。これを異常や人権侵害と見なす認識が社会に欠けていた。男性も女性のパートタイムのような短時間労働で一定の給与水準や社会保障が与えられるような社会のなんとマトモなことか。日本の労働者は女性のパートタイム労働を社会の基準目標としてすえるのが理想だと思える。

 しかし日本の雇用条件が法律によって守られることは絶望的だと私は実感している。弁護士や法律は労働者は法律によって守られているというし、学校でも習った。しかし社会の中でそんな格言がすこしでも通用する現場なんてひとつも見たことがない。日本の労働者は犬であり、奴隷である。だれからも守られないし、強くなる拠り所もひとつもない。

 ひどい労働条件に出会っても、おおかたの人は争いや不和を恐れて裁判などの公の場にもちこめずに、じっと耐え忍ぶのがふつうだろう。弁護士や法律の言葉は現場で働く人間にとっては絵に描いた餅のたわ言にしか思えないのである。このスパイラルで落ちてゆく労働ダンピングの中でだれが守られていると思えたことだろう。

 弁護士や法律は労働者は守られたり保護されるべきだという。しかし自分の取り分だけを強引に主張するだけなのはまちがっている。零細企業やつぶれそうな企業にそんなことをいってもムリなように、貧乏な親に高級品をねだってもムリなように、経営側のほうが火の車なのである。

 不況・低成長が15年もつづき、中国や後進国の安い生産力が入ってくる。あきらかに世界の状況が一変し、正社員が賃金上昇を喜べた右肩上がりの昭和という時代は終わったのである。100円ショップで日用品のおおくの品物がとりそろえられる時代になった現在、労働力も値崩れをおこなさないほうがおかしいというものだろう。

 いつまでも賃金上昇の正社員と高福祉国家の夢は描いていられるものではない。パラダイムがすっかり変わったことを認識しつつ、守られるべき新しいものはなにか探ってゆかなければならないのだろう。過去の終わってしまった夢にしがみついてもそれは陸の孤島になるだけである。

 私たちはこの労働の値崩れ・細切れ化がどのようになってゆくのか、しずかに未来の予測をたてておくべきだろう。落ちてゆく大まかな状況を知っておくだけでも、心の余裕は保てるだろう。


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Author:うえしん
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