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02 09
2005

書評 社会学

『マンガと「戦争」』 夏目 房之介


4061493841マンガと「戦争」
夏目 房之介
講談社 1997-12

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 マンガの一シーンをのせた解説本はかなり好きである。そのヒトコマが栄える。印象に刻まれる。またマンガの読み方もわかって、マンガを読まなくなった私にもメッセージを知ることができて、かなりおトクな気がする。

 私の好きなマンガ解説本は藤本由香里『私の居場所はどこにあるの?』や宮台真司ほかの『サブカルチャー神話解体』などである。でもなかなか良著にめぐりあわないのが残念である。

 手塚治虫や水木しげる、滝田ゆうなどまでは戦後体験は濃厚である。しかしそれ以降の『ゴルゴ13』や『デビルマン』、『アキラ』、『風の谷ナウシカ』などにはほぼその体験は払拭されている。もはや日本の戦争など語っていないのだ。

 『気分はもう戦争』のように「気分」で密航船にのりこみ、「あ…れ…?」と撃たれるくらいのリアリティでしかない。TVのニュース映像か、ゲームのリアリティとしか感じられない。そこまで戦争体験は遠くなっているのである。

 『僕らはみんな生きている』ではTVリポーターやキャスターの「正義」をまとった人たちが、悪者にされる日本の商社マンとなんら変わらないと風刺されていて、小気味よさを感じた。

 水木しげるの戦記マンガは戦争の死を劇的なものではなく、偶然なものとして描く。ふつうの人たちが病気や輸送船の撃沈などでふいに転んだように死ぬ。『総員』の主人公もだれにも見とられることなく、忘れられて死んでゆくのだなあとつぶやく。そこには英雄主義も犠牲行動の賛美もない。

 夏目房之介という人はふだんマンガは時代を映すという反映論を批判して表現論をおこなっているようたが、やっぱり反映論でないとおもしろくないんだな。たしかに作品と時代にはなんの関係もないといえる部分もあると思うが、生理的気分があらわれるマンガには時代の変化を読んでほしいんだな。


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