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05 22
2005

手塚治虫ノスタルジア

『人間昆虫記』 手塚 治虫


kontyuki1.jpg人間昆虫記
手塚 治虫
大都社 1986-12

by G-Tools

 見事な作品であった。いぜんはグラフィックデザインで世界的になり、こんどは芥川賞を受賞した女性が、他人の才能を完璧に模倣する女性であることがわかってゆく。

 秘密を知ったものは殺されてゆくわ、利用できるなら自分の肉体はかんたんにさしだすわ、エリート商社マンと偽装結婚をおこなうわ、成功や頂点にのぼりつめるためなら手段を選ばない。模倣された者は破滅してゆく。『人間昆虫記』とは蝶々のようにさなぎから蝶に変態するさまをいっているのだろう。

 この作品でいっているのは、おそらく日本の経済的模倣や文明の模倣のことをいっているのだろう。文明というの模倣によってなしとげられ、そのお株を奪ってゆくものである。日本の経済的成功がアメリカの模倣であったように。日本もいずれ後進国に模倣され、追い越されるのだろう。模倣の怖ろしさと、利用できるものはすべて食い尽くす女の怖ろしさ(と魅力?)を感じさせる作品であった。

 しかし彼女は満たされない。死去した母親の蝋人形に裸で甘えてみたり、かつて才能を模倣して裏切った男が忘れられなかったり。せつなさやさみしさが彼女からは抜け切らないのである。成功や名声の空しさや病理面がそこには立ち現れているのだろうか。それらに魂を売った日本人の姿が透けて見えそうである。


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Comment

はじめまして

 本作とも通じる物がある『ばるぼら』を切っ掛けに、久しぶりに手塚熱が蘇っている者です。

 完読は一昨日でしたが、これもまた実に印象に残る作品。

 ちょっと自分的に鼻に付いたのが、十枝子以上に、むしろ彼女に関わる男どもの思い上がりぶり。

 いかにも主役的に出ながら『サイコ』みたいに冒頭であっさり殺される青草もですが、彼女の一番の理解者ぶる蜂須賀も最後に殺されてしまうのが印象的。

 まさに「あなたは何もわかっちゃいない」。

 だから自分としては当然の報いとしか思えないと。
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