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05 30
2005

手塚治虫ノスタルジア

手塚治虫の育った宝塚を歩く


 手塚治虫は5才から24才の昭和10年代を宝塚で育ちました。私には一度マンガの天才の生まれ育った地を見てみたいという気持ちがありました。手塚の旧家はわかりませんでしたが、現在の様変わりした宝塚を見ることができました。

 宝塚歌劇があり、いぜんは宝塚ファミリーランドがあり、阪急の小林一三がつくったエンターティメントの街という感じがしました。ただ大阪平野の北限にあり、山を削り、山の上にへばりつくように高層マンションがたちならぶ現在の様は、神戸の町並み同様、なにかおぞましいものがありました。

 ちかごろはこの路線の大阪寄りで列車脱線事故があり、手塚の母校である池田小では殺傷事件があり、十年前には阪神大震災がありました。手塚の育った地域が崩れてゆくという感じがします。

CIMG0008.jpg 駅を南に下るとぴかぴかな高層マンションやホテルがたちならびます。この街は一戸建ての街というよりか、マンション礼賛の街という感じがします。さらに南は六甲山系です。
CIMG00092.jpg 宝塚大劇場です。男の私にはまったくわからない世界です。手前の武庫川はすぐに山奥の景観を誇る武庫川渓谷に入ります。
CIMG00171.jpg 手塚治虫記念館です。手塚ファンの巡礼の地みたいになっています。私は『ブラック・ジャック』の生原稿のホワイトで修正したあとや、セリフの切り貼りが見れてよかったです。
CIMG00232.jpg 手塚の旧家がある御殿山方向は、裏宝塚とよべるほどさびれている感じがしました。閑静な住宅地ではありますが。いきなり坂道がえんえんとつづきます。
CIMG00331.jpg 御殿山をのぼったあたりから宝塚市全体が見渡せます。むこうの六甲山系のすそ野を削りとるように新興住宅地がならびます。
CIMG00404.jpg さらに上にのぼれば、巨大なマンション群がたちならびます。エスカレーターがなければ昇れないほど急勾配です。バスや車がなければ、ここまでこれないくらいです。
CIMG00472.jpg こちらは豪華な阪急宝塚駅です。もちろんデパートがあったり、宝塚歌劇寄りです。
CIMG00464.jpg その北側にはどこにあるかわからないほどのJR宝塚駅があります。このへんに脱線事故をおこすほどの焦りが見えるようです。JRは長距離にはいいのですけどね。もうほんとに輸送機関だけですね。

 ▼参考リンク
 手塚治虫の大阪を歩く 東京紅團

 mfweb7.gif 宝塚市御殿山付近の地図。

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なんといっても鉄腕アトム

僕らの世代は、なんといってもアトムです。初版本で読みました(歳がバレル、笑)。そこに展開する底抜けの正義と理想・・・今では赤面のストーリーも当時の子供たちには素直に受け入れられたし、手塚さんの真骨頂もここにある。晩年の作品は好きではないものが多いが、「陽だまりの木」はバランスもよいし、手塚さんの苦手なテーマだった静かな悲しみというものもよく出ている。舞台が幕末というのもよい。この頃にかかれた大作として「アドルフに告ぐ」というのがあるが、あまりに恣意的に過ぎてクサイ芝居が目につく。テーマどりは面白かったのだが、残念。

アトムの初版本というのがすごいですね(笑)。
私が読んだのはそれから2、30年後のことですね。
ちょうど手塚治虫漫画全集が刊行されていたころでして、むさぼるように手塚の作品を読んだものです。

そんな手塚治虫の育った宝塚を見にいきたいという気持ちがこの記事に結実しました。大きくなって変わりましたが、宝塚は少年の私のメッカだったわけです。

『陽だまりの木』も『アドルフに告ぐ』もちらっとしか読んだ記憶しかないのですが、テーマが完全に大人向けになっていましたね。

手塚治虫という人は多くの世代に愛された経験をもつ人なんだなとあらためて思いますね。私も手塚の作品を読むと至福の手塚ワールドの感覚を思い出してなんともいえない気持ちになります。また折に触れて読み返したいものです。

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