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05 19
2005

国家と文明の優劣論

『オリエンタリズムの彼方へ』 姜 尚中


4006001193オリエンタリズムの彼方へ―近代文化批判
姜 尚中
岩波書店 2004-04

by G-Tools

 ちょっと言葉が難渋すぎて、オリエンタリズムの入門書のつもりで読んだのだけれど、もう一冊入門書を読まなければわからないと思った。フーコーの紹介はほかの人がいくらでもしているのだから、難解=高尚みたいな独りよがりの文体はもう読みたくなくなるのだけれど。

 オリエンタリズムというのはかんたんにいえば、西洋が東洋をおとしめる見方、先進国が後進国を蔑視することではないのか。こんな視点はだれだってわかるだろう。難解になるべきかは疑問である。

 植民地政策には学問が先行した。オリエンタルは「「後進的」「退行的」「非文明的」「停滞的」と結びつけられて、それは学問によって正統化されたのである。

 現代人の錯覚によると、知識というのは真理や自由の領域であり、権力とまったく関わりないと思われている。しかしフーコーによるとそれはまったく逆で、知識にはさまざまな権力が結びついており、自由の領域などないことになる。私はいまこの知識の政治性こそ暴きたいと思っているのである。

 日本帝国も朝鮮を植民地化するときに「日鮮同祖論」や「朝鮮停滞史観」などがとなえられた。進歩のない韓人は「有力優勢たる文明」である日本民族が教化しなければならないというわけである。

 オリエンタリズムや植民地主義の歴史にのなかには数々の学問や知識の権力による歪曲や捏造、正当化がおこなわれ、学問によるイデオロギーの宝庫のようになっている。われわれもアジアやアフリカ、イスラムが劣っているという知識を学問的に、あるいは心情的にもっていることだろう。われわれはいまも他国を劣等視する知識や学問をシャワーのように浴びており、その前提を疑うこともない。

 学問や権威だからといって単純にその言説を信じてはならない。その言説こそが自分たちは優れており、他者は劣っているという高慢男のたれ流しにもっとも近いのだから。そんな情けないオトナになりたくないと思うのだけど、学問はあたかも中立客観の顔をしながら、そういうことを平気でやりつづけてきたのである。学問の差別意識に警戒しろ。


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