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10 30
2019

幻想現実論再読

五本の指に入る神秘思想家――『覚醒の炎―プンジャジの教え』

覚醒の炎―プンジャジの教え

ナチュラルスピリット



 私が読んできた神秘思想家のなかで五本の指に入る評価をあたえたい人だと捉えたい。クリシュナムルティ、ラジニーシ、ケン・ウィルバー、ニサルガダッタ・マハラジにつづき。ラマナ・マハラシの弟子ではあるが、私的にはこの師匠にはあまり学べなかった。

 この人の言葉ではなく、フランス女性の手紙だが、悟りの状態をこのように記述している(文章の前後をかなり割愛するが)。

「…いたるところで、すべての物事の中に同じ存在の本質が、今、たった今、はじまりも終わりもなく、形も色もないものでありながら、単一で、真実の、考えうるすべてのものの基盤として存在しているのです。

…私は名前も、形も、色も、姿も、動きもない存在の本質でありながら、「私」という意識の中に現われるすべてに名前や形や、色や、姿を与えるのです。
突然、私は疑いの翳りもなく、私がバラを生長させ、鳥を歌わせ、森の水を流れさせる唯一の本質であり、それが自然に何千もの色彩を与えていることを感じ取ったのでした。

…私は存在の本質、原初から根源にある本質、「私」という本質以外の何ものでもありません。私はすべてに満ち、いたるところに存在しています。私はすべてであり、すべてが私なのです。そこにはそれ以外何も存在せず、距離さえもありません」



 禅では悟りの先の状態を語らないのだが、この文章では語られている。これは心霊=神自体というものなのか。禅とか仏教はほんとうにこういうものを目指しているのか。チャネリングのラムサやエマヌエルなどの本でも読んだことのある状態だ(「仏教、ニューエイジ思想の認識論、世界観」)。

 もうひとつ感銘して、ぜひとも理解したいと思ったのが、身体への誤った同一化である。

「「私は身体ではない。私は気づきだ」という正しい自己認識が確立されれば、それ以外のすべては消え去るだろう。それはただ崩壊するのだ。
この偽りの自己同一化は途方もない苦しみをもたらす。「私は身体だ」という概念があなたの想念と行為の基盤となるとともに世界は現れ、世界が存在する間は、それがあなたにとっての実在となる。そしてそこには地獄が、天国が、神々や宗教が存在するだろう。自分を身体と考えるかぎり、あなたにとってはこれらすべてが実在となるのだ。
…それはスクリーンの上に投影された画像との自己同一化であって、画像が映しだされているスクリーンとの自己同一化ではない」



 人間はとうぜんのごとく、私は身体だと思っている。「私はあれをした。私はこれをしている」――すべて身体の活動を意味している。これ以外のありようを、私たちは考えることができない。プンジャジや神秘思想家は、気づきや意識がすべてであって、心や思考、身体に同一化するのは誤った投影だと口々にのべる。この言説がどうにも納得しがたいのである。

 身体は画像である。その背後にあるスクリーンこそが、われわれの正体であるという。気づきや意識といわれるもの、「見ているもの」がそれであるという。私の見ている世界は、この身体にともなって世界を見せるし、感覚はこの身体にあるのみである。どうすれば、その背景や「見ているもの」に同一化し、その他すべてのものが同等に、「私だ」と捉えられるというのだろう?

 思考の脱同一の意味は、私にもだいぶわかるようになった。だが、身体の脱同一化はまだまだ納得しがたい。私は身体ではないという捉え方は、どうすれば自分に納得できるものになるのだろう?

 ほかに「あなたはすでにそれなのだ」ということはよくいわれるが、プンジャジでもなんどもいわれる。いわく「真我は呼吸より身近にある」。努力さえ必要ない。「すでにそれなのだから」。たいがいの人は、努力や理解でそれを手に入れようとする。

 それは「努力して、この存在から走り去りなさい、非存在になってみなさい」と、いわれているようなものだとプンジャジはいう。「拒否してみなさい、避けてみなさい。この存在から出てみなさい」とプンジャジはいう。あなたは常に存在の中にいる。逆説療法のような巧みな方法にも感嘆した。

 ただ、「あなたはすでにそれだ」といわれても、ふつうの人はなにもしないでいると無知のままから抜け出せない。努力や理解しようとすることが、悟りから遠ざける方法だとたしなめられるのだが、ジレンマである。

 理解しようとすることは、対象物と分離という作用をもたらすものなのである。即座に主体と客体が生み出される。しかもその対象物は過去に属するものである。知性や想念は、それ自体がこの世界からの分離と離脱をもたらすものなのである。われわれはだから、この世界から切り離され状態を生きることになるのである。

 このプンジャジによって、神秘思想の新たな知見が加えられたと思う。だけど迷いと混迷はよけいに深まった感じがするのもたしかである。記憶と銘記によって、この新たな知見をつみかさねればよいのか。しかしすべてを忘れなさい、努力や理解もめざしてはならないといわれるジレンマ。段階を踏めばいいのか、しかしそれも即座にわかることだといわれるし。

 私はまた愚かにも、外側にまた知見をさがしにいって、いつまでも「源」にたどりつけないようだ。いつも「源」の中にはいるといわれるのだけどね。なんなのでしょうね?、この間隙。



 ▼プンジャジはラマナ・マハラシの身体同一化の否定を継承しているのね。私にはあまりにも理解できないので、忘れていた。
 「肉体は私ではない」とはどういうことなのだろう?


ポケットの中のダイヤモンド―あなたの真の輝きを発見する不滅の意識 ― ラマナ・マハルシとの会話アイ・アム・ザット 私は在る―ニサルガダッタ・マハラジとの対話絶対なるものの息―ムージとの対話 見えるものと見えざるものは一つ(覚醒ブックス)意識は語る―ラメッシ・バルセカールとの対話


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お久しぶりですうえしんさん。スコット・キロビーの悟りを生きる素晴らしい本ですよね。うえしんさんが問題意識としている被害者意識についての考察、エックハルトトール のニューアース にとても詳しく詳細に洞察されているのでオススメです。エックハルトトール はエゴ=悪と言わんばかりにエゴを憎んでる側面もありますが、社会で生きていく上ではエゴは必要ですが、考察は鋭いです。ケンウィルバーのエゴの考察も健全です!
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プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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