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09 07
2019

人生論

現代人にはもう信じられない――『東洋における死の思想』 吉原浩人編

東洋における死の思想
吉原浩人編
春秋社



 東洋のみならず、キリスト教、イスラム教もふくめた世界の死の思想を概括できる書である。

 第一部にはそのような宗教の死の思想の概括、第二部には日本人の死の思想にしぼって説明されている。

 読後感としては、茫漠としているな。世界の死の思想を概括的に見ても、「ふうん」くらいにしか思えないし、世界の思想をならべられても頭がごちゃごちゃしてきて、しまいに各思想の違いや区別もできなくなってくる。日本人が仏教や神道の死の思想で大半をいろどられているにしても、キリスト教の思想も混入してきて、あまり区別ができないような状態にもどるだけだ。

 現代人は、そのような宗教の死生観をもてずに儀礼だけを守り、中身は形骸化している状態にある。宗教の死後の世界を信じたり、現実にあると思えるようにはなっていない。

 私たちは死後の世界を捨てるのか、そうすれば、私たちの生きている意味や価値も変わってくるし、人生の目標や目的も異なってくることだろう。死後から規定されていた人生観が、ごっそりと変わる際にわれわれは生きているのだが、そのへんをあいまいにしてまま、儀式だけを残し、われわれはこの生を生きる中途半端な状態にある。

 もうこのような宗教の死後の世界を信じられない観念の中で生きておりながら、かといって形式には頼ったままだし、思い切りをもってこの一度だけの人生を生きる覚悟も決心もつきかねる状態にある。どうするんですか状態のままである。

 ふだんはまったく宗教的世界を生きていないのに、だれかが死ねば宗教的儀礼をあいまいに利用する。死後の世界を信じているわけではないのに、墓や信仰の世界を間借りして、おざなりに死と向き合う。というよりか避けて通る。儀式は、われわれが明確に死と向き合わないための壁や障壁としてだけ利用されているのではないのか。

 この本に出てくる浄土や、天国や地獄なんて、もうわれわれはどれだけ信じることができるというのか。それだけむかしの人の死の思想・宗教は、われわれには縁が遠い状態になり果てている。死後の世界を失えば、葬送にしろ、人生観にしろ、大幅に改定しなければならないはずなのだが、われわれはあまりにもその問題から目をそむけている。

 死んだら終わりの人生観で、葬送や自己の人生の向き合い方をどうするんですか。個別にだれかの死をきっかけに、そのような問題に向き合わされ、ただ茫然と立ちつくすしかないのである。自分の番がきたときに、心構えを整えられているだろうか。



死を考える100冊の本日本人の死生観を読む 明治武士道から「おくりびと」へ (朝日選書)(116)死に逝く人は何を想うのか 遺される家族にできること (ポプラ新書)新版 死とどう向き合うか日本人の死生観 (ちくま学芸文庫)


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うえしん

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