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07 06
2019

書評 社会学

中公新書から出るとは――『悪意の心理学』 岡本 真一郎



 中公新書からこういう本が出るようになったのかの初見。

 だれでも人の悪口に悩まされると思うが、あるいは悪口とどうつきあえばいいのかとまどっているかもしれないが、本でその知見を深める機会はそうなかったのではないだろうか。悪口の本もぽつぽつと見かけるようになったが、自己啓発書のひとつのトピックくらいにしかあつかわれてこなかった問題ではなかったのか。

 この本はどちらかというと、社会心理学的な知見をならべたような雑感をもったので、具体的にはどうすればいいか、どう捉えればいいかといったハウトウや対処法にはすぐれていなかったと思う。人間の認知や偏見の知見をひろめられるくらいの本に思えた。

 副題にあるように差別的言動のヘイトスピーチという問題が出てきて、悪意や悪口の心理学はひとつの書籍としてまとめられる問題として浮上してきた感がある。

 人は悪口ばかりいう人間にはなりたくないと思ったりするのではないだろうか。でも具体的に嫌いな人や理解できない人に出会うと猛烈に批判的意識がもたげてきて、正義の正当化のもとに制裁欲が、悪口の訓戒をこえてゆく。悪口は当人にとっては、正義なのである。イジメも本人たちは正義だと思っているから、いつまでも終わることはないのだろう。

 「他者のよくない状況に思いが至らない」や「他者の不幸な立場に思いがいかない」といったトピックが本書にあるが、われわれは自分の狭い認知の枠の中に閉じこめられている。さらにそのうえに自分の立場や自尊心を守るといった防衛機能もはたらいて、他者の憎悪や制裁は燃えさかる。

 私がよく見てきたのは、状況や構造のせいにしないで、本人の性格や意志の問題に帰す責め方が多いと感じられてきた。非正規の問題でも、女性差別の問題でも、性格や個人に責任が帰せられて制度や慣習の責任にされない。私たちはそれに支配されているのに、それへの責任にされない。制度や状況の犠牲者やあやつられる者であっても、あたかも当人の意志や決定の力の大きさをあげつられたりする。社会学や経済学を学ぶ意義がここにあるというものである。

 悪意や悪口というのは、根源的に考えられる必要があるのではないかと、この本を読んで感じた。悪意というのは、自分の身を守る防衛機能でもあったりする。つつかないと、自分を守れない。こういう狭い枠から出るためには、鳥瞰的な目が必要なのである。


人はなぜ悪口を言うのか?悪口を言う人は、なぜ、悪口を言うのか (WAC BUNKO 216)〈悪口〉という文化偏見や差別はなぜ起こる?: 心理メカニズムの解明と現象の分析言語の社会心理学 - 伝えたいことは伝わるのか (中公新書)



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うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

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