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04 04
2019

書評 心理学

被害者は絶対的な正義なのか――『「心の傷」は言ったもん勝ち』 中嶋 聡



 被害者や弱者の権利が回復されたり、主張が社会にうけいれられることはとても大切なことだと思うのだが、SNSでは被害者の権利を叫びつづけて、人の自由や勝手がどんどん奪われることも目に余ってきた。

 たとえば女性が性的表現の雑誌などをコンビニで見かけたら傷つくから撤去しなければならないとか、古くは禁煙運動だってはてしなく喫煙者を追いつめて、副流煙という被害をうけるから街角から一掃せよという流れにまでおよんでいる。被害を声高に叫びすぎて、他人の自由や勝手の権利が侵害され、まったく守られなくなることは、ぎゃくに権利の侵害ではないのか。

 これを「被害者正義」の暴走やいきすぎだと思っていたのだが、このような社会現象を2008年に「被害者帝国主義」という名前で指摘していた人をみつけた。この著者は精神科医で、『ブルマーはなぜ消えたのか』という本も書いており、その本は知っていたから、いまさらながら、そういう被害者正義について書かれた本なのかと気づいた。

 被害者の権利が回復されることはとてもいいことだ。だが人がこれまでふつうに享受していたものが、被害者の権利によって剥奪、絶滅させられることはいいことなのか。人の自由や権利は、なんら尊重されない現象も、同時におこっているのではないか。

 うつ病のような仮病とか怠けといわれかねないものが、社会に理解されるようになったのはいいことだが、この心理的弱者の権利がみとめられる流れは、この「被害者帝国主義」にも力を与えてきた一派ではないだろうか。

 日本女性の権利が低く、平等を求められることは必要なことだ。だが、だからといって男性の権利や自由も剥奪や強奪されてよいものか。このフェミニズムからの流れも、「被害者帝国主義」への奔流へとそそぎこんできたものではないのか。

 この本では朝青龍問題というもう忘れかけのゴシップから語られ、セクハラはそもそも犯罪なのかと問われている。もうこの本が書かれてから十年以上たっているのだが、被害者帝国主義の勢いはいまだとどまってはいない。善や正義と思われてきて、進歩だと捉えられてきたのだが、疑問点や問題点の大きさも、再考がうながされるべき問題ではないのだろうか。

 進歩や正義の印象も多かったのだが、いやけっきょくは別様の被害者を生んでいるだけではないのかという疑問も大きくなってきた。これはポリコレのいきすぎの問題とも重なってくるのだろうか。被害者が暴走すると、まるで「当たり屋」のように被害の大きさを叫びまわることになる。自分の被害の救済を訴えていたことが、「当たり屋」のようになってしまえば、羞恥と倫理観の痛みも感じざるをえないのではないだろうか。

 ニーチェは道徳にひそむ平等化や畜群化に罵倒をくわえて、超人や強人がもっと伸びてゆく社会を理想とした。日本におこっていることはまったく被害者や弱者の暴走や正義化ではないのか。平等がいきすぎる社会にも問題はないのか。

 平等は道徳的にはすばらしいし、道徳的に人の情けや思いやりはすばらしいことだと思う。だが、一方では社会を強いほう、優れたほうを叩きつぶす側面もある。ニーチェ以降のオルテガやリースマン、フロムといった大衆社会論の人たちは、その懸念を語ってきたのではないのか。

 この被害者帝国主義はどこにいきつこうとしているのだろうか。どこまでいけば、気が済むのだろう。またその流れはすばらしいことなのか、それとも一定の警戒や歯止めも求められるべきなのか。もう被害者の救済が、全面的な善や進歩と見ることはできない。



ブルマーはなぜ消えたのか―セクハラと心の傷の文化を問う被害者のふりをせずにはいられない人 (青春新書インテリジェンス)シャーデンフロイデ: 人の不幸を喜ぶ私たちの闇他人を引きずりおろすのに必死な人 (SB新書)道徳は復讐である―ニーチェのルサンチマンの哲学 (河出文庫)


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