FC2ブログ

HOME   >>  書評 哲学・現代思想  >>  ルソーとフランス革命は全体主義国家――『正統の哲学 異端の思想』 中川 八洋
03 30
2019

書評 哲学・現代思想

ルソーとフランス革命は全体主義国家――『正統の哲学 異端の思想』 中川 八洋



 衝撃をもって読んだ本の再読である。

 保守思想からの平等や進歩、民主制にたいする思想史的批判の書である。ソ連の社会主義の批判のみならず、ルソーやフランス革命の思想的批判におよんでいるから、かなり根本的な思想を問い直されることになる。

 いま読んでみてだいぶ納得したほうなのだが、やっぱり反論や批判は読みたいし、ほかの人はどう評価しているのかがひたすら気になる本である。

 だいいち高貴や道徳を説く保守の人であるはずが、「狂人」だと「狂信」だとか、「悪魔」とか汚い罵倒語をやたらつらねるので、それだけで信用をうしなってしまう。保守の人は谷沢永一もそうであったが、「狂っている」とか「悪魔」とかの罵倒語がやたら好きである。もうちょっと冷静に議論や批判すれば品があるのに、どうして品位を落として信用をうしなう語を吐くのか。

 こんにち民主制とか平等にたいする称賛や正義の感覚はひろくいきわたっているので、ルソーやフランス革命にたいする鋭い批判はあまり聞くこともなく、それにふれたことがなければないほど衝撃である。ルソーにそんな全体主義国家の萌芽というか、論理自体がひそんでいた、というのは目をむく。

 人によっては違うだろうが、進歩や平等、民主制が正義であるとか正しいという価値観をもつことが多いと思われるが、この価値観や思想自体がどんなに毒や劇物をふくんだ思想やロジックをもっているか、ということにこの本で出会うことができる。

 基本的にわれわれが善とみなす思想というのは、人間の知性や知能をかぎりなく信頼した思想をもとに組み立てられている。人間の知性をもってすれば、社会や国家、人間の生をこのうえなくよりよいものにできるという知能への信頼である。デカルト、ヴォルテール、ディドロ、コンドルセ、ヘーゲル、ベンサムやコントといった思想家の系譜はすべてその無限の知能の信頼にみちているという。それがソ連の社会主義革命に結実してゆくと。

 全知全能の知性をもって社会や国家を改革すれば、理想の世界をうちたてることができるのだという信頼が、ソ連のみならず、ルソーやフランス革命の思想に流れていたのだと。その知性の信頼のうえに理想が望まれるなら、悪い制度や過去、思想や人間は一掃しなければならないとなる。ここにこそ知能主義の最大の凶器、異常さがたちあがることになる。理想ですばらしい制度や国家のためにそれらを一掃、抹殺しなければならない。かくして人間の生命、血はなんらの価値も権利も認められずに、抹殺されることになる。

 進歩のためには過去のまちがった古い制度や人間は一掃しなければならないし、まちがった過去や歴史はなんの価値もないから抹殺しなければならないし、人々の理想である平等のためには、突出した、または逸脱した人間はすべて抹消しなければならない。民主政治のためには平等をさまたげる高貴さや崇高性、優秀さをもった者は許されないし、低すぎるものもまた同じである。これはソ連の社会主義国家によって花開いたのではなくて、すでにルソーやフランス革命の思想の中にあり、またこんにちの進歩思想・平等主義的な考えの中にすべてふくまれているのだと、保守思想は指摘するのである。

 私は現代思想を、とくにフランスなどを好んで読んできたので、進歩史観や知性万能主義というものを知らず知らずのうちに吸収している。知性の信頼があるからこそ、思想や知識を好む。その全能感や一刀両断できるという知性こそが、全体主義国家のような悪夢の歴史をうみだしてきた根源であるという指摘には、ずいぶんとうならされる。知性の信頼や崇拝こそがより危険なものをふくみ、育ててしまうのだ。この本は政治思想批判であるが、知性の万能感への深い懐疑がふくまれているわけである。

 現代思想などを読んでいると進歩思想や平等主義の本に出会うこともあるし、大衆批判のように保守思想に属するような思想に出会うこともあるし、進歩思想の欺瞞をあばいた本に出会うこともある。立場はいろんな地点に立ち、相矛盾する考えだって拮抗せずに同居していたりする。中川八洋はそれを図式的に保守やリベラルの図式を、はっきりと切り分けて見せる理論家なのだろう。

 世の中には左翼と右翼とわけて、その党派からものをいいたがる人が多いのだが、私はどちらの思想も混入しすぎていて、どちらからものをいっているのか、よくわからないところがある。こっちの言い分もわかるし、あっちの言い分もわかるし、このばあいはこう思うしといったふうに、左右どちらかの立場になんてかんたんに切り分けられない。いろんなものが混入しすぎていて、図式的に理解する知識がいちばん欠けていたりする。ぎゃくに党派からものをいえる人はどうしてそんなにかんたんに割り切れるのかと思う。

 私はオルテガやニーチェの大衆批判にえらくうなずいてきたし、ハイエクやフリードマンのロジックに納得するし、老荘の立場は知性の信頼をたしなめた保守の思想に近いと思ったりする。進歩史観や平等正義の価値観が強い中で、それらを批判する保守思想を吸収していって、保守的立場に近いようになってきたかもしれないというあたりである。

 この本での進歩思想、平等思想への批判はだいぶ納得するところがある。だが中川八洋が依拠するところの保守思想、あるいは伝統主義的な価値観はどのようなものかといった展開はほぼなしていない。批判だけの書であって、自分のよって立つ思想、主義の主張、啓蒙をしているわけではない。中川八洋のほかの本はとても読む気にはなれないし、興味もないので、よって立つところはだいぶ違うのだと思う。批判はわかるが、あちらの地点にはとても立てないところにいそうだ。

 この本はわれわれが理想や正義とする民主制や平等、進歩の思想が、どのように全体主義国家とつながっており、いかにそれに転嫁しやすいしやすい性質をもったものか、執拗に暴き出される書である。こういう正義感しかもってない人は、ぜひこの角度からの批判や指摘にも耳を傾けてみるべきだと思う。この類書を読みたくなるが、なかなかそのような本に出会わない。



▼98年にさいしょに読んだときの感想がホームページに残っています。
 「「理想社会」というパラドックス――中川八洋『正統の哲学 異端の思想』私感


フランス革命についての省察ほか〈1〉 (中公クラシックス)歴史の意味 (イデー選書)世界史的考察 (ちくま学芸文庫)思想の英雄たち―保守の源流をたずねて (角川春樹事務所 ハルキ文庫)保守主義の哲学―知の巨星たちは何を語ったか


関連記事
Comment
Trackback
title>
Trackback URL
Comment form









管理者にだけ表示を許可する






プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

Kindle本、2冊発売中です。

google adsense
全ての記事を表示する
ブックガイド特集
月別アーカイヴ
FC2カウンター

Page Top