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01 27
2019

映画評

選択の後悔の傑作――『ミスター・ノーバディ』

ミスター・ノーバディ [DVD]
角川書店 (2012-10-26)






 年をとると、人生の「あのとき、こうしていればよかった」とか、「あのとき、こういっていればよかった」という後悔の反芻が、はなはだ激しくなる。

 このジャコ・ヴァン・ドルマン監督の『ミスター・ノーバディ』はまさに、そのような過去の選択の後悔を、映像化したものであって、笑った。自分の果てしなくつづく、「もしあのとき、こう選択しておれば~」という頭の逡巡をみごとに見せられているようで、情けないにやにや笑いがしばらくは止まらなかった。

 難解でワケがわからないとかいわれる一方で、傑作だという評価が二分する映画のようで、私は人生で見た中で上位に食いこむ作品だと思った。ただし、二回目に見たときはちょっと冷めて見てしまって、ファースト・インプレッションが良好な映画な気がする。

 おそれることはない、映画の内容は恋愛映画である。「もしあの女性を選んでいたら、人生どうなっていただろう」という映画である。三人の女性のあいだを、老人の記憶の混濁によってゆれ動く、どれがほんとうで、どれがほんとうではないかわからなくなる映画である。

 以下は完全に鑑賞後の感想になりますので、まだ見てない人は読まないほうがいい考察になります。鑑賞後に出会いましょう。あるいはワケのわからない展開になるかもしれませんから、解釈を読んで備えて、見ることもよいかもしれませんね。

 Gyao!で無料で見られます。2019年の2月21日まで。https://gyao.yahoo.co.jp/player/00843/v10221/v1000000000000002051/


過去の選択の後悔

 人生は選択の連続である。ひとつの些細な選択が、その後の人生や世界を大きく変えてしまうかもしれない。少年だったら、その選択の重要性を判断したり、想像することもできなくて、とまどいつづける。老人になれば、過去の選択の後悔ばかりするようになり、果てしなく、ああでもない、こうでもない人生のもう選べなくなった後悔の壁に閉じこめられる。

 この映画では、老人になった主人公ニモの記憶は混濁しており、もうどの選択の人生がほんとうの人生だったのか、わからなくなっている。人生がどんづまりになれば、ほかの選択や人生に乗りかえて、もうほんとうにあった人生、現実におこった出来事がわからなくなるほど、混線している。

 老人の記憶の混濁という設定をつかって、見事に過去の選択の後悔を逡巡させ、映像化させている。ありえたかもしれない選択、もし違う人生を選んでいたならという後悔ややり直しを、見事に物語として成立させている。

 従来は、過去の選択の後悔というテーマは、タイムトラベル物語の過去に帰られるという設定をつかって、物語として成立してきた。この映画では、その後悔とやり直しを、老人の記憶の混濁という設定で、みごとにあらわしたわけである。

 だからタイムトラベルものでは、ひとつの選択がつくりだす世界は、ひとつの世界線として生み出され、それはパラレル・ワールド、並行世界として、もとあった世界から分岐していった。この映画の老人の記憶の混濁では、その世界線、パラレル・ワールドは、記憶の間違いとして、かんたんに行き来したり、乗りかえられたりする。私たちの頭にある過去の後悔に、よりいっそう近づけたことになる。

 この映画によって、タイムトラベルという道具立ては必要なくなった。頭の中ではありえた選択、おこなったかもしれない選択は、同時に並行して存在することができる。その世界を行き来したり、乗りかえたりすることもできる。つまり頭の中の選択の後悔に、つき返されたわけだ。

 「もしあのとき、こうしていれば~」という選択の後悔は、私たちの頭の出来事として、言い逃れのできない選択を迫られることになった。


未来への選択の難しさ

 この映画は、老人の選択の後悔の物語として語られるのだが、結末の種明かしでは、父と母の離婚の選択の狭間に苦悩した9歳の少年がつくりだした妄想の世界だったと、種明かしがされる。もっとも、老人の過去の後悔という読み方も開かれてよいものだと思うが。

 未来の選択に迷った少年が、選択の重みに悩み苦しんで、創り出した世界が、この映画の種明かしである。この映画のテーマはまさに「選択」である。

 ひとつの選択が、のちの人生や世界の出来事を大きく変えてしまうかもしれない。ものすごく不幸になる選択かも知れないし、悲劇にみちあふれる愚かな選択になってしまうかもしれないし、後悔にまみれる選択になってしまうかもしれない。

 要は、選択できない優柔不断な少年がつくりだした妄想の世界がこの映画だ。このいまの選択をどうするのか、この選択を選べば、その後の人生や世界はどう変わってしまうのか。選択の迷いの集大成、百科全書である。

 少年ニモの選択の迷いは、老人になって自分が死ぬまでの人生を総決算するほどとてつもなく大きなものになり、選択の重荷は無限大にひろがり、三人の女性の選択による人生の違いの吟味にまでひろがり、もうはちきれそうだ。

 少年ニモには全人生の選択の重荷がのしかかるが、いっぽうでは、バタフライ・エフェクトのような世界も提示される。蝶の羽ばたきが世界を変えるかもしれないし、風に吹き飛ばされた落ち葉の行方が、だれかの人生を大きく変えてしまうかもしれない。ニモの両親は、たった一枚の落ち葉の存在によって結ばれた関係である。

 人生は選択の連続ではなく、ただの偶然や小さな出来事のランダムな積み重ねだ。蝶や風が人生を変えてしまうかもしれないし、ほんのささいな偶然や出来事が世界を変えてしまうかもしれない。そういった世界もある。

 ラストにニモ少年が選ぶのは、父と母のどちらでもなく、ただ落ち葉を風に乗せるだけであり、偶然や出来事の積み重ねにゆだねた。選択や人生なんて、どう転ぶかわからない。

 人生の一大妄想をくりひろげて、選択の重荷に耐えかねたのだが、一枚の落ち葉に人生をたくすのである。人生は選択の集大成ではなく、蝶のはばたきのバタフライ・エフェクトだ。落ち葉の漂う先に人生をゆだねよう、ということだ。

 映画の冒頭では、鳥の実験で、鳥は選択をしたと思い込んでいるだけだとのべられる。この偶然とランダムが積み重なる世界で、私たちの選択は意味をなすのだろうか。


逆行世界

 私たちは不可逆の時間の世界に生きている。覆水盆に戻らず、流れる川はもとの水にあらず、である。過ぎ去ってしまった時間は、二度と帰ることができない。

 しかし人間の頭の後悔は数果てしなくくりかえされる。「あのときこうしていれば」、「あのときこういっていれば」という後悔が尽きることはない。そのためにせめて物語の上では、過去に帰れて後悔をやり直せるというタイムトラベル物語がつくられることになった。私たちは、果てしなく過去の選択を後悔する生き物である。

 ひとつの選択をおこなうことが、ひとつの後の世界をつくってしまう。たったひとつの選択が、その後の世界、人生を大きく変えてしまう。選択は、二度と変えられない世界を生み出してしまうということだ。選択は、時間でもある。

 選択は、分岐した時間世界をつくりだしてしまう。たったひとつの些細な選択が、大きな世界の変化を生み出してしまう。その時間は二度と戻らない。私たちはいくら後悔しても、二度と戻れない世界に閉じこめられている。

 この映画のラストで、ニモ老人が、「お前も私も存在していない」というのだが、時間の流れの中では、私たちは一瞬存在するが、次の瞬間には、もう過去の私たちは消え去っている。この連続のありようが、私たちのあり方であって、存在はあるようで、ないようなつかみがたいものである。少年の妄想の世界の中だからというセリフが後につづくのだが、老人のいくつもの選択した・選択しなかった人生も、存在していた・存在してなかったとはっきりと断言できるものだろうか。

 過去は過ぎてしまえば、もうどこにも存在しないし、未来もまだちっとも存在しない。この存在しているいまだって、あっという間に過去の奈落に消え去ってしまう。たとえ老人の回想であろうが、少年の妄想であろうが、存在しないものとしてはほぼ同等である。

 映画のラストは、宇宙の収縮による時間の逆行の理論が、現実におこる世界が描かれている。生き返ったニモ老人は、高らかに笑い飛ばす。時間の逆行とは、もう選択しないでよい世界、選択がなされた時間をたださかのぼるだけである。いっさい選択から手放されたニモ老人の解放感がわかるだろうか。老人には未来がどうなってしまうかわからない選択の迷いはいっさい不要になったのである。

 ただこの老人の逆行世界は、少年の妄想の中だけの世界だろうか。妄想から外れた現実の世界として、弾かれてしまう世界ではないだろうか。ニモ老人は実在したのだろうか。9才の少年の妄想だけでは回収できない世界の残余が残されているのではないだろうか。





 タイムトラベル物語やバタフライ・エフェクトのようなタイムSF物語には目を配っているつもりだったが、この『ミスター・ノーバティ』は不覚にも耳をはさんだことがなかった。不老世界の話と聞いてと、『トト・ザ・ヒーロ』の監督と聞いて見てみたが、とてつもない傑作だった。

 過去の後悔の果てしない自分には、人生の指折りなヒットである。まだ知らないこんな傑作にまた出会えるとは。


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