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12 20
2018

書評 心理学

思考の制御の失敗――『侵入思考』 デイビッド・A・クラーク編

侵入思考 ‐雑念はどのように病理へと発展するのか‐
デイビッド・A・クラーク編 David A.Clark
星和書店



 侵入思考といえば、どんなことを思い浮かべるだろうか。受け入れがたい考えがとつぜん浮かび、注意をそれに集中させ、否定的な気分に襲われ、制御が困難なものをさす。ふつうの人にもおとずれ、トラウマ的な過去の反復や非道徳的な思考といったものが思い浮かぶが、病的なものに移行する違いはどこにあるのか。

 へえ、こんな研究が進んでいるんだと手にとったが、この書はひじょうに実証実験的な段階の本で、一般的な読書に向けて書かれたものではないので、区別や理解がむずかしいものになっているので、あまりすすめられる本ではない。

 PTSD、うつ病、不眠症、心配、強迫性障害、精神病、性犯罪者における侵入思考がそれぞれの学者によって書かれた興味ある内容になっているが、まだまだ実証分析によって、ああでもないこうでもないという検討の段階の本なので、一般読者は理解に困難を極める本になるだろう。原著2005年、日本版は2006年に出ているので、一般向けのものも出ているころだろうか。

 こういう侵入思考というのは、認知療法とかマインドフルネスのような思考をながめる訓練をもって、はじめて自覚されるような区別だろう。そういう区別を知らない人には、なんだか自分にとって受け入れがたい不快な考えやイメージが頭に浮かび、その後その思考や感情との苦闘や闘いがおこるような心の状態を経験するだけだろう。

 ひじょうにややこしい本なのだが、とくに印象に残ったのが、どの論文も、思考制御は失敗に終わるといっていることだ。厭わしい思考を斥けようとして、ぎゃくにその思考にとり憑かれる皮肉な結果は、「皮肉過程理論」と名づけられており、だれしも大なり小なり経験はあるのではないだろうか。

 思考を抑えようとしたり、なくそうとすると、ぎゃくにその思考の力がもっと強くなる。さまざまな病理的精神状態はすべてこの失敗におこっているかのような様相を呈するのではないだろうか。たとえば、うつ病や強迫観念、不眠症のような精神の困難は、その状態に知らないうちに呑みこまれるというよりか、それをコントロールしようとして、ぎゃくにその増幅に呑みこまれているのではないだろうか。制御の意志がまさに病理状態にひきずりこむのである。

 瞑想やマインドフルネスでも、思考をなくし、頭を空っぽにする状態が望まれるが、意志でそれをしようとすると、ぎゃくに思考にとり憑かれる。緊張して、アガったときに、緊張を抑えようとしてますます緊張が高ぶってしまったという経験はだれでもすると思うが、まさにこの種の失敗が、多くの精神病理のとば口に構えているのではないだろうか。

 わたしはこれは、思考や感情の「実在視」の失敗やまちがいだと思っているが、人は心の状態を「物質」や「物体」のような形状で捉えるために、意志や力でむりやりどかしたり、なくしたりできると思っている。でもじつのところ、一度発動した緊張や感情は収まるまで放っておくしかなく、意志でどうにかできるものではない。それを実在しないものや存在しないものと、やり過ごすことができない。そして、監視や力を入れることによって、ますますその力を増幅させてしまう。

 「のれんに幕押し」という言葉があるが、まさに文字通りの柔らかいものに対して、強い力で押そうとして、失敗するのである。この失敗の根本にあるのは、心や感情の「実在視」、「実体視」なのである。この世界観の過ち自体を改めないと、ずっと対処をまちがえつづける。そして侵入思考のようなものはとくに強力な力でどうにかしようとしてしまうので、よけいにその抑えようとしたものの増強の皮肉な結果におちいるのである。

 恐怖症の根本にもこの過ちが控えていると思う。恐怖を抑えようとするのである。恐怖は自然な反応であって、それを抑えようとしてもムリだ。それが終わるまで放っておくしかない。だけど、われわれはその恐怖の状態を排斥にかかる。そして恐怖の増進という望んでないぎゃくの結果におちいるのである。

 われわれはコントロールの病、自家中毒におちいっている。発動したものはもう止めようがない。思考や言葉を変える段階では、感情を変えることはできる。だが感情は発生してしまえば、あとは放っておくしかない。私たちはこの段階の違いを捉えることはできていないのである。

 受けいれがたい侵入思考も、私たちのコントロールの失敗が控えている。統合失調症の幻聴などは、自分でない声を聞いたような気がして、その帰属をどこかほかの元に求める。制御しようとしても制御しようとしてもそれは襲って来て、気分はもっと悪くなってゆき、監視はもっと行われ、そのことによってその種の思考がもっと増幅することになる。まさに皮肉過程理論だ。

 侵入思考の一般的な解説書が出ることが待たれる。まあ、思考のコントロールは、仏教がずっとやってきたことなんだけどね。



はじめての認知療法 (講談社現代新書)マインドフルネス認知療法:うつを予防する新しいアプローチ悩み・不安・怒りを小さくするレッスン 「認知行動療法」入門 (光文社新書)自我の終焉―絶対自由への道神経質の本態と療法―森田療法を理解する必読の原典


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