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11 28
2018

幻想現実論再読

過去の悔恨――『還らぬ時と郷愁』 ヴラジミール・ジャンケレヴィッチ


還らぬ時と郷愁 (ポリロゴス叢書)
ヴラジミール・ジャンケレヴィッチ
国文社


 残念ながらほぼ読みとれなくて、さいごまで読み通すのが苦行でしかない本だった。難しい言葉は使ってないと思うのだが、詩学や美学というのか、あいまいな表現のためか、ほぼ読みとれない。

 タイトルがよいので、還らぬ時にたいする郷愁の気持ちを呼び覚ますような具体的な表現でも読めると思ったのだが、まったく違ったようだ。時間の不可逆性や逆行できないものといったものを主題にしているのだが、言葉が曖昧蒙古として霧のように消えてゆく。

 私は、時間が瞬間ごとにつぎつぎと奈落の底に呑みこまれてゆく実感を強化したいと思っている。時間の前後は、たえず無だ。底なし沼のような無を実感することにより、思い出や過去を実在化するような心の習慣を断ち切りたい。私たちはこのような瞬間に無になってゆくような存在や世界のあり方から遠ざかることにより、記憶や思考の苦悩の責め苦を背負うのではないのか。

 タイムリープ物語のように、過去をやり直すことや過去の後悔を塗りなおす物語を、私たちは好むのではないだろうか。失っては二度と戻らない過去を、なんとかやり直したい、書き替えたい。それが恋や失われた愛なら、なおさら心魅かれる。そういう物語を山のように浴びて、また日常の生活においても、過去の想起をなんどもくりかえすのが、われわれではないだろうか。

 私たちはこのような自然の傾向こそを、断ち切らなければならない。過去の反芻は、私たちを後悔や悔恨、憂鬱や懺悔の気持ちへと落とし込む。それが精神の安定を保てる軽度のものなら、支障はないかもしれない。だが、たいていは度を過ぎて、うつ病や憂鬱から離れられないといった病理におちこむのが関の山というものではないだろうか。そして、私たちはこういう習慣に歯止めをかける知恵をもたず、際限なく底なし沼におちいってゆく。

 過去が瞬間になくなってゆく世界観と、過去はいつまでも終わらず、実在のように立ち上がる世界観。私たちは後者の過去がいまも現実のように存在する世界観のなかで暮らしているのではないだろうか。そしてうつ病や憂鬱の感情の病から抜け出せない。

 マインドフルネスや瞑想のブームは、過去の想起や思考の反復をやめさせる習慣を、私たちにようやくもたらしてくれる。私たちは過去をシャットアウトする知恵を、まったくもたないできたのである。

 それは過去のおこないや言動を銘記しておかなければならない社会制度の必要や要請からではないだろうか。過去がまったく実在しない無という社会では、過去の犯罪も行為も裁かれない。責任も負えない。それで過去の銘記や想起は重要な習慣になった。だけど、うつ病におちいるようなら、はたしてその習慣は、私たちに平安をもたらすだろうか。

 ジャンケレヴィッチの本から離れたことを書いたが、私はこういうことを考えたいと思っていた。ジャンケレヴィッチは『死』という本が有名なのかな。ベルクソンに強い影響をうけたフランスの哲学者だ。ちょっとつかみがたい文章を書く。


死道は開ける 文庫版時間ループ物語論時は流れず生き生きした過去: 大森荘蔵の時間論、その批判的解読


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