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10 17
2018

幻想現実論再読

マインドフルネスの源流――『無常の教え』 アーチャン・チャー

無常の教え
無常の教え
posted with amazlet at 18.10.17
アーチャン・チャー
サンガ


 テーラワーダ仏教を読む第三弾――スマナサーラ、ティク・ナット・ハンと読みすすめてきて、アーチャン・チャーを読む。

 アーチャン・チャーはタイの仏僧で、アメリカでヴィパッサナー瞑想をひろめたジャック・コンフィールドが教えをうけたことで、その源流が開発されるようなかたちで、いま輸入されているのだろう。

 つまり、マインドフルネスの原点を輸入するかたちで、テーラワーダ仏教が注目され、いまテーラワーダ仏教の日本での興隆がおこっているのだろう。

 読了感としては、なにかいままでと違うことをいっているか、なにか目新しいことをいっているのかということのほうが疑問だったのだが、マインドフルネスとかの医学的な知見から仏教に入ってきた人には、新鮮に映るのかもしれない。

 わたしはトランスパーソナル心理学で神秘思想や仏教を知り、そのいぜんにはさらにアメリカの自己啓発だったから、日本におおむかしからある伝統仏教はぜんぜん相手にされず、舶来や外来としか吸収されなくなっているのだろう。

 ほんと、日本の伝統仏教はお説教くさい一般道徳を説いていて、アホくさくてとっつきにくいのだが、大乗仏教や重要な経典にさかのぼろうとしても、たいへん苦労する。わたしも系統だった仏教の勉強がぜんぜんできず、ほんと偏った仏教理解しかできていないだろう。神秘思想も大乗も上座部もごっちゃになっていて、いちいち違いもよく見分けられない。

 そういう目で見ても、このアーチャン・チャーは、べつになにか違ったことを語ったのかと疑問に思うほど、ふつうのことを語っている。「無常・苦・無我」という覚えやすい要点で、仏教を語ったことは、理解を近づけると思うが。

 無常というのは、日本ではなにか悲しげな情感をもって見られているが、この世界の時間論を語ったものとすれば、理解しやすいとわたしは考えている。この瞬間はあっという間に過去になり、過去はこの地球上のどこにも存在しなくなる。わたしたちは、もうつぎの瞬間には存在しないものになり、存在はこの瞬間だけをつぎつぎとわたってゆく。この瞬間だけに存在する法則に、感情や心を沿えてゆけば、苦悩を継続することはない。時間論からこの世界のありようを理解することは、とても大切だと思う。

 テーラワーダ仏教の三人を読んで、スマナサーラは日本の伝統仏教に近い俗っぽいお説教仏教に近づいており、ティク・ナット・ハンは内省的でわたしはまた読みたいと思わせたし、アーチャン・チャーはべつに特筆するものもないように思われた。

 マインドフルネスは1979年にジョン・カバット・ジンが提唱したとされるが、この流れが医学界を席巻し、その源流たるテーラワーダ仏教、上座部仏教が、この日本でも注目されるという流れになっているようだ。わたしは97年にリチャード・カールソンに出会って、仏教の価値を知ったのだけどね。


[増補版]手放す生き方【サンガ文庫】アチャン・チャー法話集 第二巻 マインドフルネスの原点ビーイング・ダルマ (上)― 自由に生きるためのブッダの教えマインドフルネスのはじめ方―今この瞬間とあなたの人生を取り戻すためにマインドフルネスストレス低減法


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