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01 27
2018

幻想現実論再読

認知システムに当てはまるかたちで――『神はなぜいるのか?』  パスカル・ボイヤー

4757101740神はなぜいるのか?
パスカル・ボイヤー Pascal Boyer
NTT出版 (叢書コムニス 6)
2008-03

by G-Tools


 言語が創作するフィクションとしての宗教にはわたしは信をおかないのだが、言語を否定した神秘思想や禅も宗教としてくくられるのだから、言語で創作された宗教にも手を伸ばさないわけにはいかない。

 そういうことで、人類学者が書いた認知科学と進化心理学を応用した2001年のこの本を読んでみた。人類学者だから、キリスト教のような世界宗教だけではなく、未開民族の悪霊や祖先信仰のような宗教も、ここではたくさんふくまれている。

 宗教は従来、説明を与える、安らぎを与える、社会に秩序を与える、認知的錯覚だとかいわれてきた。その通説にたいして反論や疑問を呈するのが本書である。

 宗教は安らぎを与えるだとかいわれてきたのだが、霊や神は恐れや不安をもよわせるばあいも多い。

 本文428ページで、二段組みの多い文量であるが、論証の手際の鮮やかにすらすらと読ませる書物であると思うが、わたしには議論が錯綜してきて、森の中のラビリンスにあちこち巡らされたうえに、元来た道がわからないといった、最後に結論はなんだったんだ?となる書である。

 まあ、人間には存在カテゴリや推論システムといった心の認知システムがあって、このシステムに適合するかたちに宗教的説明があてはまり、宗教はその形態に寄生するのだといった説明のようである。

 霊や神は、見えない恐れである捕食者に似ているのではないかという説が出てきているが、見えない捕食者を「過剰検出」する認知の構造が人間にあって、その形態に宗教はあてはまるのではないかと。

 また、神や霊との関係には道徳的応酬の関係があるが、ほかの推論システムと統合されておらず、そのスキマに一見荒唐無稽な宗教説明であったとしても、あてはまるとかいわれている。

 人類がこの世界で生き残るために発達させてきた推論システムや認知システム、道徳的関係、集団関係などの要因が重なって、宗教説明がその認知構造にあてはまってきた、ということではないかと思う。

 いや、前述のとおり、よく把握できていないので、興味をもたれた方は本書にあたるのがいいでしょう。

 わたしの関心興味は、言語の非実在性のほうにあるので、この本のテーマは現在のわたしには強い関心をひかれるテーマではなかった。

 宗教は、神秘思想や禅のように言語を否定し、その非実在性を剥がしてゆく行為も中核にあったわけで、言語で創出してゆく神や霊概念がどうしてひとつの宗教としてくくられてきたのか、そちらのほうにわたしには関心がある。

 なんで言語創出と言語否定の行為が、神や霊という概念で結びつけられたのでしょうね?



宗教を生みだす本能 ―進化論からみたヒトと信仰解明される宗教 進化論的アプローチヒトはなぜ神を信じるのか―信仰する本能神は妄想である―宗教との決別21世紀の宗教研究: 脳科学・進化生物学と宗教学の接点


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