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01 21
2018

幻想現実論再読

「中論」と「霊操」の比較――『禅仏教とキリスト教神秘主義』 門脇 佳吉

4000287869禅仏教とキリスト教神秘主義
(岩波人文書セレクション)

門脇 佳吉
岩波書店 2014-10-16

by G-Tools


 わたしは禅が言語とその実在を否定した教えであるにたいし、キリスト教は言語とその実在を信じたうえでの言語上でのセラピーだと見なしている。

 言語の否定と肯定はほんらいは同居できないはずなのだが、言語の実在を肯定したキリスト教にしろ浄土宗にしろ、同じ宗教として括られるのはずいぶん疑問である。

 言語の実在を肯定したキリスト教では、言語否定をおこなう禅や神秘思想と、同じ地点にたどりつけるのだろうか。言語表象は、無や空をとなえた地点と、過程はあまりにも違うが、同じ神秘体験にたどりつけるのだろうか。

 著者はカトリック教の修行や学問をへて、禅の修行や学問もおこなった東西宗教の境界に立てる人であり、比較宗教をおこなっている。主観的で内的な体験もへたうえでの比較宗教であるから、かなり貴重な人だといえるのではないだろうか。

 エックハルトの研究もそうだし、ナーガルジュナの『中論』と、イグナチオ・デ・ロヨラの『霊操』の共通点と相違点を比較する視点はすごいと思う。

 最終章にこの著者がキリスト教と禅をへた自叙を書いているのだが、これはいったいだれの理解力に向けて書かれているのかと思うほど、言語に込めた意味のひとりよがり度もなかなかのものである。イグナチオ的霊的自己とか、アリストテレス的表層意識なんてだれが理解するのだろう。

 まあ、難解なこともあるが、ナーガルジュナとロヨラの修行の過程には興味あリ、もう一度熟読しないと理解に達せられないと思うのだが、まあ、いまのわたしにはこういう険しい山の向こうになにかを見つけたいわけではない。


 なお、同じような本として、鈴木大拙の『神秘主義 キリスト教と仏教』という本も読んだのだが、得るものがあまりにもなかったので、割愛させていただく。エックハルトや輪廻について語ったり、妙好人について詩を載せているのだが、感銘させられるものがほぼなかった。鈴木大拙のリスペクトがないというわけではないのだけど。

4000233904神秘主義 ーキリスト教と仏教ー
鈴木 大拙 坂東 性純 訳
岩波書店 2004-02-27

by G-Tools



中論「改訂版」霊操 (岩波文庫)ある巡礼者の物語 (岩波文庫)哲学コレクション〈4〉非神秘主義―禅とエックハルト (岩波現代文庫)自己認識への道―禅とキリスト教


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プロフィール

うえしん

Author:うえしん
世の中を分析し、知る楽しみを追究しています。興味あるものは人文書全般。神秘思想、仏教、労働論、社会学、現代思想、経済学、心理学、歴史学。。 そのときの興味にしたがって考えています。

初のKindleセルフ本、発売中。他人に感情を振り回されてばかりいる人、過去を後悔してばかりいる人、必読。長年の習慣から解放される心理セラピー。



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