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09 19
2017

幻想現実論再読

頭に入ってこなかった――『世界はなぜ「ある」のか?』 ジム・ホルト

4150504806世界はなぜ「ある」のか?
:「究極のなぜ?」を追う哲学の旅
(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

ジム・ ホルト
早川書房 2016-11-22

by G-Tools


 膜を張ったように頭に入ってこなかったのだが、宇宙論や物理学に傾いた探求だったからだろうか。したがって、この本の内容については言及できない。

 哲学者の議論もないわけではないが、問いたいことはそんなことじゃないのか、あるいは思考が働かないのか、頭に入ってこない。

 わたしは神秘主義的な探求の中でこの本を手にとり、どちらかというと言語や観念が実在しないことの実感を強めるために、読みたかった。そういう要請から読んだので、ひたらす外しつづけたのかもしれない。

 「この世界はなぜあるのか?」と疑問に思ったことはあるだろうか。わたしは、夕方に昼寝がめざめたりしたら、「この世界があるのが不思議だなあ」と思うことがある。昼か夜かわからない準拠枠が壊れたとき、そういった思いにとらわれやすい。

 「世界はなぜあるのか」という問いは、あるていど、自分の価値や存在意義が揺らぎ、それをたしかめたいときに問われるのではないだろうか。心理学的・価値論的な問いではないだろうか。

 「わたしの生きている価値はなんなのか」、「生きている証をのこしたい」といった自分の存在の価値を問うための疑問に思える。世界が存在する問いは、自分が存在することの価値への疑問である。そういった意味で、この問いは心理学的回答が求められるべきではないだろうか。

 宇宙がどのようにしてできあがったのか、宇宙はどのように存在しているのかを知りたいのではない。

 しかし宗教のような生きている意義が与えられるのも、また違うように思う。それはあまりにも人間的、人工的な回答に陥りがちだからである。生きている意義を問うと、人間の存在の意義の枠にはまってしまう。そして、またつっ返される。

 この問いは無とはなにかといった問いもふくんでおり、それは死ぬとはどういうことかという問いになるのだが、死を問えば、また違った問題をめぐることになる。

 人の頭ではこの世界が存在することの謎は理解できないのだろうか。まあ、この件に関してはわたしの頭が働かない。


▼wikipediaの説明がひじょうに詳細です。ライプニッツ、カント、ベルクソン。。
 「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか


この世はなぜあるのか - 哲学の科学? (MyISBN - デザインエッグ社)〈在る〉ことの不思議私の生きた証はどこにあるのか――大人のための人生論 (岩波現代文庫)どこでもないところからの眺め考えることを考える〈上〉

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