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06 07
2017

幻想現実論再読

宗教の原初の目的――『バガヴァッド・ギーターの世界』 上村 勝彦

4480090878バガヴァッド・ギーターの世界
―ヒンドゥー教の救済 (ちくま学芸文庫)

上村 勝彦
筑摩書房 2007-07-01

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 日本人は『バガヴァッド・ギーター』をどのようにイメージしているのだろうか。古代インドやヒンドゥー教のとてつもなく古くさい宗教叙事詩くらいに捉えているのだろうか。

 成立したのは紀元前後で、その前後四世紀のあいだにつくられたといわれており、原始仏教と同時くらいである。仏教だって古代インド宗教といえるのである。

 わたしが『バガヴァッド・ギーター』に注目するのは、世界に遍在するブラフマンと合一するのが目的と説かれる内容ゆえであって、仏教や禅ではそのような目的を表立って語られることはない。だが、宗教の核や神秘思想の大目的は、世界との合一であると思われるのである。『バガヴァッド・ギーター』にはそのような目的がはっきりといわれているから、注目したいのである。

 ブラフマンである神は、世界に遍在していて、生まれたこともなく、滅したこともなく、生じたこともなく、存在しなくなることもない。不生、常住、永遠であり、太古から存在しているという。

 そして個人の認識主体にもアートマンが宿っており、それは同時にブラフマンであるという。つまり人間は霊魂であり、神であり、あなたはそれであると説かれる。世界も神も、自己もわけへだてのないひとつのものであるといわれる。

 このような神の観念は、時代が下るにつれ、人格神の性格を強くしてゆき、また仏教においても原初的な目的がずいぶんと見えなくなってゆく。そういう原初的な目的は、神秘思想といったものに残ってゆくばかりになるのである。

 この古代インドのブラフマン概念は、老荘の「万物斉同」や「道」の思想とよく似ており、古代にはワンネスの世界がひろくいきわたっていたのだろう。分割や細分化の歴史が現代への道だったといえるかもしれない。

 この『バガヴァッド・ギーター』には仏教徒にたいする批判ものべられている。

「彼らはいう。――「世界は不真実であり、根底がなく、主宰神もない。相互関係によって生じないものが別にあるはずはない。だからそれは欲望カーマを原因とする」
彼らはこの見解に依存し、自己を失い、小知であり、非常に残酷な行為をし、有害であり、世界を滅ぼすために出生する」



 仏教は縁起だけが存在すると説き、神を認めない。『ギーター』では神に帰依し、神を思い、神に行為を捧げることによって神と一体になると説かれるので、無神論者に等しかったのだろう。無我説はアートマンとはまた別だと思うが。

 古代の宗教は、霊魂になったり、霊魂であることを悟ることが解脱だと思われていたのだろうか。宗教の目的は霊魂になることなのか。仏教は解脱や輪廻を説くが、霊魂については語らなかったと思う。そういうことで目的があいまいに見えなくなっていったように思う。

 霊魂観というものはこんにちかなりなくなっていったと思われるのだが、宗教の目的が霊魂にもどることだとしたら、ずいぶんと齟齬をきたした世界観の衝突になる。

 このような古代の世界観を見ていると、現代が宗教を知るのはかなり迂遠なう回路を通らなければならないものだと思われるのである。

 わたしには信仰や帰依はムリだが、認識論や人々が語ってきた世界観として確認してみたいという思いがあるのである。



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