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04 14
2017

幻想現実論再読

過去の蓄積の全否定――『自我の終焉』 クリシュナムルティ

4784101306自我の終焉―絶対自由への道
J.クリシュナムーティ  根木 宏訳
篠崎書林 1980

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4864511713最初で最後の自由(覚醒ブックス)
J・クリシュナムルティ  飯尾順生訳
ナチュラルスピリット 2015-07-22

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 クリシュナムルティをはじめて読んだ人は、いままで聞いたこともないような言葉のつながりに面喰うと思うが、一、二度読んだだけで理解できるようなシロモノではないと思う。

 明晰さを極めているのだが、最後の最後には人に教えられたこと、知識として本で読んだこと、自分の体験したこと、考え、過去や思考といったもの、クリシュナムルティのいったこともすべて否定した地点に、自分の足でたどりつけというのだから、言葉や観念に道しるべを求めてきた人には、そうとう混乱する。

 言葉や観念によって導かれるものは、過去や思考の投影したものでしかなく、「未知なもの」、「新しいもの」、「真の実在」といったものには出会えないのはとうぜんだというのである。

 透徹した明晰な心理学者につれられて、最終的にたどりつく地点は、禅僧の公案のような次元である。

 だから瞑想のような訓練や鍛錬でみちびかれるものも否定するのであって、意志の力でなされたものは、自我の拡張でしかないと喝破される。

 精神の働きを凝視して、自己認識をへた先にようやく「真の実在」はむこうからやってくるのだという。

 われわれがおこなう意志や思考、観念のよる努力はすべて逃避や回避でしかなく、自我の拡張でしかないのである。たえまない精神の凝視と理解の先にしか、あるがままに出会えないというのが、クリシュナムルティの核である。

 けっきょく、それは自我の安心や満足を求める行為でしかなく、そこに未知なものや真の実在には出会えないのである。

 過去の蓄積や持続、過去や思考からの投影では出会えない世界こそが、クリシュナムルティの導こうとしている先である。

 言葉や観念によってわれわれは導かれようとするから、未知なものに出会えない。これがむづかしすぎて、わたしなんか意志と観念による無思考の状態に安寧を求めてしまう。すくなくとも表面上には波風たたない安寧の状態がひろがっているように見えるが、クリシュナムルティによれば、それは死んだ状態にすぎないといわれる。

 クリシュナムルティの次元はたいそうむづかしく、わたしにしてきたことは、意志と観念による操作にすぎないということになる。

 意志や観念による操作もある地点まではいけると思う。クリシュナムルティの明晰さ、思考の論理性も、言葉による誘導であって、それがすべて反証の材料となって、過去の蓄積のない絶え間ない精神の凝視となって結実してゆくのだろう。

 クリシュナムルティの方法は、理知的な考察の果ての断罪やあきらめの地点につれてゆくことなのだろうか。このアプローチが合わない、むずかしすぎてたどりつけないという人もおおぜいいるだろう。

 わたしは自己啓発のウェイン・ダイアーの「思考は現実ではない」という言葉に目覚め、リチャード・カールソンの「思考は悲観に導く」、ジャンポルスキーの「他者や外界はわたしである」という道筋に理解をもとめてきた。ハリー・ベンジャミンの「自我は自画自賛のキャンペーン」であるということに、自我の情けなさも感じてきた。

 基本的に自己啓発系統は、言葉や観念による操作や誘導をおもとするものである。思考のリアリティーやヴァーチャルの世界を、言葉によって理解したり、消し去ろうとする意志をもつアプローチ法である。

 この方法にはたしかに心理セラピーの強力な面をもつのである。しかしクリシュナムルティは最終的にはこの方法も否定して、過去の蓄積なしの凝視に求めるわけだから、この地点でつい戸惑ってしまう。わたしはたんに心理的な安寧や満足を求めているにすぎないのか。それこそが、回避や逃避だと、クリシュナムルティの鋭利な眼は洞察するのである。

 意志や観念による操作によって得てきた心理的安寧をクリシュナムルティにとりあげられて、その心理的充足も手放せないなあ、とクリシュナムルティのまえで立ちすくむのである。

 わたしはまだ「想像力が存在しない」という理解を求めているのだが、それでは未知なものには出会えないのだろうなあ。

 なおこの本はイギリスで1954年に出されたクリシュナムルティのいちばん古い本で、その後は講演をあつめたものが多く、まとまった内容の本としては、この本がいちばんなのかな。さいきんは異なったタイトルで再訳されている。

 クリシュナムルティはほかに何冊か読み、『生と覚醒のコメンタリー』全四集は三冊まで読み、あと一冊はもっと理解が増してから読もうと中断したままだが、クリシュナムルティの理解はそれほどむづかしいということである。


スタンフォードの人生観が変わる特別講義 あなたのなかに、全世界がある既知からの自由思考の限界 ―知性のまやかし―静けさの発見―二元性の葛藤を越えて (クリシュナムルティ著述集)生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈1〉

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