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03 13
2017

幻想現実論再読

思考を捨てる安らかさ――『自省録』 マルクス・アウレーリウス

4003361016自省録 (岩波文庫)
マルクス・アウレーリウス 神谷 美恵子
岩波書店 2007-02-16

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4061597493マルクス・アウレリウス「自省録」 (講談社学術文庫)
M. アウレリウス 鈴木 照雄
講談社 2006-02-11

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 マルクス・アウレーリウスは考えや思考が悩みをつくり、それを捨てればなんの悩みもないと自分に言い聞かせつづけたローマ2世紀の皇帝だった哲人。

 1800年前のむかしの人が思考の消去を説いていたのに、こんにちのわたしたちに届かず、ずっと思考によってもたらされる悩みや苦痛にとらわれているままなんて、どういうことなんだろうと思う。

 このストア哲学はインドの精神文化とどう関わりがあり、どう影響し合ったのかと思うが、日本にも同じような考えは仏教や禅として伝わり、日本人の心となったはずだが、こんにちではこのような考え方を聞くこともなくなった。

 『自省録』はほかに死後の名声への渇望を戒めたり、死をやすらかに受けいれるための心構えがなんども説かれていて、これも宇宙スケールで諭されていて、年をとればとるほど味わい深くなってゆく著作かもね。

「「自分は損害を受けた」という意見を取り除くがいい。そうすればそういう感じも取り除かれてしまう。「自分は損害を受けた」という感じを取り除くがいい。そうすればその損害も取り除かれてしまう」

「君の想念を抹殺してしまえ。「いま自分の考え一つでこの魂の中に悪意も色情も、心を乱すものは一切存在しないようにすることができるのだ」

「今日私はあらゆる煩労から抜け出した。というよりむしろあらゆる煩労を外へ放り出したのだ。なぜならそれは外部にはなく、内部に、私の主観の中にあったのである」

「すべては主観にすぎないことを思え。その主観は君の力でどうにでもなるのだ。したがって君の意のままに主観を除去するがよい。するとあたかも岬をまわった船のごとく眼前にあらわれるのは、見よ、凪と、まったく静けさと、波もなき入り江」



 みごとに思考を捨てることの安らかさと因果が説かれている。これを知らずに思考や感情にまみれ、苦痛にのたうちまわっている人はなかなか受け入れがたい考えかもしれない。わたしもこの考えを定着させるためにはずいぶん骨を折った。

 ストア哲学では心労を排斥するための思考の除去が説かれているのだが、仏教になると悟りやこの世界から解脱するための瞑想などとなって、とうしょの心理的安らかの目的があまりいわれなくなる。そのことによって、思考を捨てる知恵は一般人から縁遠くなるという因果もあったのだろうか。

 「思考=感情=苦痛」という図式が崩れ、感情や苦痛をなくすためには外部の人やモノを変えなければならないという時代に、われわれは生まれた。そのことによって、苦痛の原因・起源である思考という図式を知らないまま育つ人も多くなった。感情の原因や他人や外界になり、みずからの思考が自分を傷めつづけているという因果が見えなくなったのである。

 ハンドルの存在を知らないままクルマに乗っているようなもので、あちこちにぶつけて文句をいっている。われわれは外界を変えなければ幸せになれないという物質主義の時代の犠牲者なのである。


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