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12 26
2016

TV評

『逃げ恥』 無償家事労働が本題ではなかったのか?

逃げるは恥だが役に立つ【TBSオンデマンド】



 ■設定による本題から逃げ?

 『逃げるは恥だが役に立つ』は大ヒットだったわけであるが、わたしは本題からズレつづけた不満をずっともちつづけた。

 なかなか叶わない恋、結ばれない恋は恋愛物語の王道であって、禁じられた恋のもどかしさ=ムズキュンは最高度の熟達した物語であったと思うし、それが人気の理由であるのはもちろんわかるのだが、本題はそれじゃない感をずっとひきずった。

 最終回前にようやく「それは好きの搾取です」とみくりがプロポーズを拒否したのがこの『逃げ恥』の本題であって、本題からズレたところで人気を得ても、それはメッセージの構成上、成功したのか疑問がもやもや残った。

 このドラマは設定がすべてを語っているのであって、就職難民のみくりと恋愛難民の平匡が家事労働で雇用契約を結ぶことに端的にあらわれている。つまり「家事労働はなぜ無償なのか」ということのはずである。

 ふたりが世間の「ふつう」からこぼれ落ちた哀れさをちっともにおわせずに、ただひたすら雇用関係の設定からもたらされるあふれ出る恋心を主題にしてしまって、本題はいったいどこにいったのかと思わずにはいられなかった。

 だから最終回前のみくりの「好きの搾取」宣言はようやく主題に切り込んだわけであるが、これ以降『逃げ恥』は鬱展開になり、あんなにかわいくて従順だったみくりのイメージにギャップがあらわれ出て不満に思った男性諸氏もいると思うが、本題はこの「こざかしいみくり」がずっと問題をひこおこす物語であったはずである。

 最終回あたりに「縛られていたものから解き放たれる」が主題であるかのようなメッセージもあらわされたのであるが、設定はもっとラディカルな問いであったはずである。


 ■ふたりが自尊心をとり戻す物語

 あらためて全話見直してみると、これはすっかりと自尊心をなくした非モテで草食系男子の心をどうやって開くかという主題がメインに展開されていたことが見えた。

 イケメンの風見とみくりが家事労働でシェアされる回で、引け目を感じる平匡がどんどんと心を閉ざしてゆくエピソードが語られるのだが、みくりはそこで拗ねて平匡から離れることになったかもしれないが、ぎゃくに「恋人になってください」宣言で平匡に近づくことに成功する。自尊心をなくした草食系男子の乗り越え方を攻略したのである。

 みくりは就職難によってすっかり自尊心を失って、社会から必要とされることを渇望していたのであって、その金銭的に社会に必要とされていない感を、家事労働で給与をもらうことと、平匡にほめられることで、ようやく自尊心を補われる経験をしたからこそ、みくりは平匡の閉じる心のドアを開ける意志を継続できたのである。

 つまりこの物語の前半は、自尊心を失ったもの同士がどのように承認され、自尊心を回復するかということが描かれていたわけである。

 抑えられた恋心があふれ出すだけではなくて、あなたには価値があるというメッセージをおたがいに満たす関係になったからこそ、ふたりは関係を深めてゆくことができたのである。

 これはすっかりと自信を失い、自尊心を欠落させた者の自尊心の回復と承認の物語であって、ただふつうに恋の成就を語っていたわけではない。そういう意味ではこのドラマは、『イグアナの娘』や『自虐の詩』のような自尊心が破壊されたものの回復物語と同じ系譜に属するのである。


 ■家事労働はなぜ無償なのか、魔法の霧散

 この物語の主題は設定があらわすことは、「家事労働はなぜ無償なのか、タダ働きなのか」ということである。

 雇用関係から恋が成立したとたん、金銭労働はタダ働きになる。世の結婚した女性はなぜ金銭をもらえずに、夫や家庭に無償労働で奉仕するのだろうか。外部に委託すれば家事労働として金銭を要求されるものが、主婦がおこなえばたちまち金銭は魔法のように霧散してしまう。

 みくりが金銭で家事労働をおこなう契約を提起したのは、そういう無償家事労働の対比を浮き彫りにするためである。そして恋心が成就したとたんに金銭が霧消してしまう魔法の瞬間をとらえたのが、最終回前のみくりの「好きの搾取」宣言である。

 この物語がもうすこしラディカルに追究できたなら、セックスにもなぜ金銭は支払われないのかという問題にもふみこめたはずである。そこで金銭を払ってしまえば、売春婦となんら変わりはない。主婦はなぜ無償でセックスに応じ、売春婦は金銭をもらうのか。

 金銭というのは値づけることであり、外部の市場に売りに出すということである。金銭が発生すればそれは市場に開かれるということであり、比較市場が広がって、価格やサービスが良ければほかに交換可能な財として見られることになる。無償というのは、比較金銭市場からの撤退でもある。みくりは金銭で家事契約されている以上、風見の家事代行にシェアできるのである。

 恋が成立した最終回にみくりと平匡は共同経営者・CEOになるという処方箋がしめされていたが、これは労働基準法逃れのために企業がよくやる「名ばかり店長」とか「名ばかり管理職」と同じ戦略である。つまり管理職になってしまえば、労働基準法は適用されずに何時間働かせてもよいし、残業代も発生しない。さらに事業主契約をすれば、保険も払わずにすむ。この物語は、無償家事労働に答えを見出したわけではないんだなと思えた。


 ■無償家事労働論ははるかむかしの議論?

 この物語の主題「家事はなぜ無償なのか」という問題設定を見てすぐにイリイチの『シャドウワーク』を思い出したのだが、未読で、古本屋でもう手に入れることもできなかった。

 フェミニズムはこのドラマはどう評するかと興味をもったのだが、田嶋陽子はやはり「いつまでこんなことをやっているのか、三十年自分たちが努力してきたことがなにも伝わっていなかった」と嘆いていたが、無償家事労働論というのは、聞くところによると、70年代に論争されていたあまりにも古い問題である。

 アマゾンでググれば、『家事労働に賃金を』というそのものずばりのタイトルのマリアローザ・ダラ・コスタの本は、日本では86年に翻訳されている。イリイチの『シャドウワーク』は82年に日本で出されている。それほどむかしのテーマなのである。

 ちょっとこの無償家事労働論に興味をもったから本を読みたいと思うが、どこまで興味を維持できるだろうか。


 ■性的身体の不在

 この物語、男目線ならもっとみくりの着替えシーンや入浴シーンなどエッチなシーンが噴出したと思うのだが(『タッチ』みたいに)、あくまでも女性目線の物語でつくられている。視覚で性欲を駆り立てられる男性ではなく、関係性で親密性があふれだす女性の違いというステレオタイプの説明でよいでしょうか。

 というか、みくりはベッドのお誘いを拒否されて羞恥のあまり家出までして、物語は平匡の自尊心のなさや経験のなさに原因を求めるのだが、みくりはそれまでに性的身体のアピールをまったくしていない。男をそそるアピールがまったく欠如しているのである。TV的な物語の意図や抑制ではなくて、性的身体の誘惑の禁圧が無意識に浸透していると読むべきなのか。性を禁止して性に魅かれて、それでも性的身体の禁圧が横たわる。性的身体の誘惑の不在はなにを意味するのでしょう。


逃げ恥ロスの方はぜひ家事労働論に手を染めましょうw
シャドウ・ワーク―生活のあり方を問う (岩波現代文庫)家事労働に賃金を―フェミニズムの新たな展望家事労働と資本主義 (〈特装版〉岩波現代選書)家父長制と資本制―マルクス主義フェミニズムの地平 (岩波現代文庫)家事労働ハラスメント――生きづらさの根にあるもの (岩波新書)

 

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対価は、払われている!

妻子の衣食住・教育費など、対価は払われていますよ!
動物のオスは、教育費を渡しません。
それによって、専業主婦は3食昼寝付きですね。
結婚後に築いた財産は共有財産で、離婚時には半分が妻のものです(財産分与)。
加えて慰謝料・養育費をもらえますが、貧乏男はゼロ。
金持ちとの結婚はメリット大、だからモテるのです。
※金持ちニート・バイトだと死なないとダメ(相続)です、だからモテません。


働く女性にとっては、割が悪いというのが実感ですね。
※海外は安い外国人メイドがいて、利用にも理解があります。
家計を助けるためパート掛け持ち、本当にタダ働きです。
非正規・ギャンブル依存・女遊びする夫だと、悲惨ですね。
残酷ですが(女性の)魅力・(男を)見る目がなく、「さげまん」なのが現実です。
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