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10 21
2016

主体性の剥奪

意志を叩きつぶして服従を教えろ――『冷血の教育学』 カール‐ハインツ マレ

4788505444冷血の教育学―だれが子供の魂を殺したか
カール‐ハインツ マレ Carl‐Heinz Mallet
新曜社 1995-12

by G-Tools


 アリス・ミラーの『魂の殺人』を読んだなら、もっと「闇教育」とよばれるものを読みたくなるだろう。子どもの意志を残酷に、徹底的につぶす教育の考え方。そのような子どもたちが後年、神経症や心の病にかかる。

 闇教育を詳細にしらべた本がないと思っていたら、まさしくその教育学を精査したものがこの本である。『魂の殺人』と同じ新曜社から出ており、同じ問題群の本であるといえる。

 教育の悪影響を批判的にとりあげたり、どのような悲惨な後遺症をのこすことになるのかというテーマを大々的にとりあげた本は、あまりにも目につくことが少ない。現代思想も監獄や刑罰を批判的にとらえることはあるのだが、教育の後遺症については、現代思想はとりあげていない。

 教育学は教師や学校の専門的知識になりすぎていて、医学もそうであるように、一般の人が立ち入りにくい聖域をなしているように思える。わたしは教育学の偉人といわれる人をほとんど知らないのだが、意図的に避けてきたような部分もある。教育学は教育の職務につく者のものだという思い込みがあるのだろうか。

 この本ではそのような教育学の偉人といわれる人も、徹底的に批判される。ペスタロッチも教育学の偉人にかぞえられるのだろうが、この本では失敗つづきの生徒に不人気だった人物像ばかりがとりあげられる。隷属した人間を解放したルソーだって、その巧妙な罰則の方法を暴かれる。すべての偉大な教育学者はこてんぱんに批判されるまなざしだけが、注がれる。

 批判の俎上はマルティン・ルターからはじまるのだが、ルターは肉体的な愛でかわいがってはならないといい、「温和で従順な人間」になるためには子どもたちの我意はへし折ってやらなければならないと考えていた。

 フランケは近代教育の最初の人物といわれているのだろうが、子どもたちの個人を認めないばかりか、あらゆる個性的なものは、挫かれるべき我意、排除されるべき気まぐれと見なした。

 フランケは個性的な発達を極力阻止しようと考え、自由時間や自由行動を全面的に制限する。「自分自身の好みや判断によって」何かするということが、ほとんどできなくなる。意志の剥奪、つまり画一的な服従こそが、教育の目的と考えていた。

 フランケ教育学の影響をうけて育てられた子どもにフリードリヒ大王がいて、この子どもは父親の国王から残酷な体罰や暴言をあびせかけられて育った。『アンチマキアベリ』という本まで書いて、軍国主義を批判し、ヒューマニズムをとなえるのだが、国王になったとたん、父と同じような攻撃的な軍国主義に走った。180度いっていること、やっていることが変わったこっけいな人物である。

 フィヒテもいう。「新しい教育は…意志の自由を完全に破壊することでなければならない」

 フレーベルもいう。「人間が…本当の自由を得ようと思ったら、まず第一に奴隷になることだ」

 ズルツァーもこんにちでも偉大な教育学者として影響を残しているのだろうか。

「親たちが幸運にも、自分たちの子どものわがままをごく初期のうちに、叱責や笞によって矯正することができるならば、この親たちは、従順で、柔軟で、その上に善良な子供を持つことになるだろう。

幼児期の子どもたちには、とりわけしぶといところがあるから、大人たちが手荒な矯正手段を用いても支障はない。子供たちは、幼児期に遭遇したことをすべて、年が経つにつれて忘れるものだ。もしも大人たちが、子供たちから意志を取り上げることができれば、以後それらの子供たちは、自分たちに意志があったことを二度と思い出さないだろうし、また大人たちが思わず口にするような辛辣な言葉のために、悪い結果を招くようなことも決してないだろう」



 近代の教育学者は、支配や服従の方法を教育によって手に入れたいだけであったのであり、個人の意志や嗜好、主体性といったものは、まったく尊重されなかった。これは、個人が人生を十全に生きようとする幸福を、生徒にもたらすことはけっしてないだろう。ただ奴隷や服従がほしいだけの道具的機械をそだてたいだけなのである。

 教育学の史上、最高にこっけいな姿をあらわしたのが、高名とされる教育学者のシュレーバーだろう。虐待的な教育のために長男は自殺、次男はフロイトの症例で有名な統合失調症の痕跡をのこすことになった。

「幼児が泣いている最中、もしくは手に負えない状態にある時は、絶対に、欲求をかなえてやってはいけない。

わけもなく不機嫌になったり、ふさいだり、ふてくされたりすることが、ひじょうに悪いことだということを、子供に気づかせることは、きわめて重要であり、このことに気づいた子供は、一生、情緒の安定を保つことができるだろう。

このようなものは、見つけ次第、直ちに気分転換、もしくは直接的な抑圧手段によって、抹殺されなければならないし…」



 意志や我意を徹底的に抹殺したかったシュレーバーは、子供に絶対的服従を教え、子どもたちの精神や自由を抹殺したかったのだろうか。拷問や恐怖政治をうけつづけた子どもたちははたして発狂した。

 この患者を見たフロイトでさえ、シュレーバーの教育学者としての名声をほめたたえたし、息子の症例を父の教育結果によるものだという因果を見なかった。家父長制度というのは、時代が疑うこともない絶対的なものであったのである。

 シュレーバーの「目標は、子供が親たちの望む行為をすることであり、しかも子供が、その行為を自分の意志でやっていると、思い込むことである」。笑うしかない。

 教育学者にことごとく批判的なハインツ・マレであるが、放任主義を容認するわけでもない。反権威主義的教育からは平和を愛する子どもは生まれなかったし、親たちを大切にせず、敬おうともせず、しかし尊敬できる親を求めていたという。

 この本を読み終えると教育はなにをやってきたのか、ただ親や権威に服従する意志のない人間をつくりたかったのかと暗澹たる気持ちになる。それ以上に教育思想というものがどのように正統的なものとされ、いまも尊重されているのか、ということも知りたくなる。なるほど、いまも学校や部活で殴られる子どもの数が後を絶たないということである。


魂の殺人 新装版魂の殺害者―教育における愛という名の迫害ある神経病者の回想録 (講談社学術文庫)教育思想の50人西洋現代幼児教育思想史―デューイからコルチャック


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