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2016

主体性の剥奪

欠損を恐れる気もちに追いつめられて――『母親やめてもいいですか』 山口 かこ  にしかわ たく

4167906260娘が発達障害と診断されて…
母親やめてもいいですか (文春文庫)

山口 かこ にしかわ たく
文藝春秋 2016-05-10

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 娘の発達障害が見つかって、それによって母親がどんなに苦しんだかという物語として描かれているのだが、わたしには母親の「心のクセ」がひき起こした問題だという見え方がして仕方がなかった。

 こういえば、苦しんだ母親に向かってこれ以上責めるなという声も聞かれそうなんだが、本人自身もわからずに苦しむ「心のクセ」を本人自身が自覚することが、いちばん解放される道なんだと思う。

 母親の「心のクセ」というのは、その母との関係に垣間見えるのだが、母子家庭で育ったことの「ふつうの人」に対する負い目や恥ずかしさ、母が自分のことにかまけて、相手にしてくれなくてあきらめたこと、病気や障害にとり憑かれたように恐れて情報に憑依される状態、友だちがいないといけないと思う強迫観念、そういった「心のクセ」があるために、娘の発達障害を受容できなかったんだと思う。

 障害があっても、欠損があっても、受容して幸福に安寧に生きることもできる。でも悩んで、苦しんで、排斥する心のクセをもっているものは、その状態をゆるせず、不幸になり、その関係を壊してしまう。いわゆる「あるがまま」を許せない「心のクセ」である。

 つまりこの母親は母子家庭の欠損意識をとりのぞくことに必死になったように、子どもの発達障害をとりのぞくことに必死になる。そして受け入れられずに、不幸や自責観念にさいなまされ、家庭や娘との関係も壊してゆく。

 これは母自身の「ふつうであること」の負い目やプレッシャーに押しつぶされた話だと思うのである。

 「友だちがいなければ生きてゆけない」と思う母であることにこの問題は集約されていて、女性はとくに孤独や孤立への禁止観念が強く、友だちと遊べない娘をとくに恐れるようになるのだろう。「友だちがいない人間は失格だ、人格の欠損がある」という思い込みを学校集団は植えこんで、その絶対主義が、友だちをつくれない娘への強迫観念となって襲いかかる。母は、欠損を恐れる気持ちを娘に投影して、自爆していったのである。

 夫はひとりでいる時間がないと耐えられないという回避性の人格なのだが、依存気味の女性はなぜかこういう逃げてゆく男とはまってしまうのだな。娘も自閉気味の発達障害のように逃げてゆく、相手にしてくれないタイプだったので、この女性は相手にしてくれない相手を求めてしまうという関係にはまっているのである。母との関係の再現である。そこにプラスして欠損家族、欠損人格であってはならないという自分への恐れが、娘に投影されてゆく。

 母自身の欠損があってはならないという恐れ、責めが、娘に投影されて、その「心のクセ」が、娘や夫との関係も壊してゆくことになる。このライターさんは、娘の問題ではなくて、自分自身の問題ということに気づいたのだろうか。

 発達障害というのは、決められていたり、同じパターンだと安心するが、自由時間や放任されることにパニックをおこすというのは、定型的な知識に適応して、そこから外れる未知の状況を恐れることであり、現代の教育制度によるものかもしれないなと思う。定型的な知識や決まった答えがないと安心できないのである。未知数やわからない状況にワクワクできる、楽しめるという生育をできない人間が学校によってどんどん育てられて、子どもに発達障害や自閉症という現象として出てきているように思える。

 この話は、発達障害という概念によって、欠損を恐れる母親が、自身や娘を追いこんでゆき、家庭と娘との関係を壊してしまったという話に思える。ふつうにならなければならない、欠損を恐れるという気持ちをもった母親が、娘の発達障害という診断によって、ますますその病理を発展・深化させていった悲劇に思える。

 発達障害という概念、診断は、人を幸福にするのだろうか。それとも追いつめるだけなんだろうか。医学的知識は絶対ではないとか、社会や文化の姿によって線引きは変わってゆくあいまいなものであるという相対化ができていたら、追いつめられる人は減るのだろうか。現代社会がその都合によって排斥したいものが、医学的権威の衣を着て、強迫するものが、医学的観念ともいえるのだから。

 子どもの問題は親自身の問題であるという捉え方は、精神科医の高橋和巳の『子は親を救うために心の病になる』(ちくま文庫)のような本が参考になると思う。


子は親を救うために「心の病」になる (ちくま文庫)生きづらいと思ったら 親子で発達障害でした (メディアファクトリーのコミックエッセイ)もしかして、うちの子、発達障害かも!? (PHP文庫)まさか発達障害だったなんて (PHP新書)発達障害の子どもたち (講談社現代新書)

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