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09 09
2016

主体性の剥奪

世間はどれだけ理解しているのか――『魂の殺人』 アリス・ミラー

478851320X魂の殺人 新装版
アリス・ミラー
新曜社 2013-01-17

by G-Tools


 約二十年ぶりの再読である。いぜんは神経症やアダルト・チルドレンの文脈で読んだが、こんかいは親が子どもをつくる、親から子へひきつがれる虐待や無意識的な教育の連関についての文脈である。

 この本が出たのは80年、日本で訳されたのは83年である。その後、虐待やアダルトチルドレンの問題はいっぱんの人にも知られるようになり、問題意識が共有されるようになったと思う。しかし残酷な闇教育についてや、殺人犯と幼少期のかかわりなど、いっぱんに深く浸透したとはいいがたい状況が広がっているのではないか。

 この本の衝撃は、教育学者がいかにも残酷で攻撃的な方法で、子どもの意志や自己主張を早いうちにつぶすことが最高の教育だと、高らかに歌っていることだろう。18、19世紀の教育者がいかに残酷に子どもの心や内的生活を奪ってきたか。日本ではこの残酷な教育について、おおくの著作で啓蒙されているとはいいがたい。アリス・ミラーがすすめたブラウンミュールといった反教育学者の著作は訳されていないわけだし。

 この本では60年代の終わりにいく人もの少年を殺害した猟奇的殺人犯の成育歴が披露されるのだが、幼少期にうけた親からの虐待や学校での残酷な体罰などが、その殺人において再現されているということが、明らかにされている。日本でも残酷な殺人事件がおこったとき、幼少期の虐待が原因であるという説が、いっぱんやマスコミで広く啓蒙されることはいまだにない。

 幼少期にうけた親からの虐待的な、意志や自己主張をつぶす厳しいしつけや教育が、その成長した子どものうちに迫害者や加害者としてふたたぶ社会に戻ってくるのだ、とこの因果関係がひろく世間に共有されているとはいいがたい。

 たんじゅんに、「やられたものは、やり返す」という人間の基本法則として覚えておいてほしいのだが、子どもや人は親から虐待や厳しいしつけをされると、親にたいしては従順でいうことを聞くすなおな相手になるが、弱いものや自分が親になったときは、かつての親がそうであったように、冷酷な支配者や加害者として返ってくる。この法則が、世間にひろまっていないという驚きが、こんにちの状況であると思う。

 残酷で冷酷な殺人や犯罪がおこったとき、日本では心の闇があいかわらず喧伝されるのだが、かれはおそらく幼少期にそのような目に会っており、親や教育者に復讐を返す代わりにほかの代替者や弱者に向けたのだという因果関係が、世間に理解されているとはいいがたい。

 アリス・ミラーの本は大部で、けっして安くない値段でひろく世間に広まっているとはいいがたく、また文学的な表現で単純化や簡素化して覚えられるような著作でないことが残念である。

 こんにちでは長谷川博一の『殺人者はいかに誕生したか』や『お母さんはしつけをしないで』、高橋和巳の『子は親を救うために心の病になる』などの文庫本に、アリス・ミラーの主張と同じ因果を見ることができるのだが、マスコミにはまだ届いていないようだ。

 こんにちでも子どもが問題を犯せば、甘かった、もっと厳しくしつけるべきだと合唱されるのだが、厳しい暴君や支配者として子どもに恐喝や暴力で立ちふさがる親は、その子どもに対しては従順さをひきだすかもしれないが、その子どもはきっと「やられたことを、やり返す」。親ではなくて、弱い子どもに向かったり、自分の子どもに向けて。どうして厳しい残酷な親の面を、子どもは模倣しないと思えるのだろう。暴君や支配者としての親の顔を、子どもは確実に学んでとりいれるのである。この因果がまったく見えていないのが恐ろしい。

 この社会自体が、徹底的に人の意志をつぶして服従を教え込む教育がどこまでも蔓延しており、そのために子どもの悲劇や被害はまったく目をふさがれているのだろうか。社会は、服従者を欲しているのである。

 親はある時期まで完全な服従者を手に入れらるかもしれない。しかし思春期に親に歯向かう子どもになったり、ほかの者に対して虐待者として立ちふさがることになるかもしれないと、どうして思えないのだろう。伝達されるのは従順な服従者だけではなく、気まぐれで残酷な暴君や虐待者が模倣されるのである。

 アリス・ミラーのこの本は虐待やアダルト・チルドレンの心理学書としてだけ理解されているかもしれない。だけど、この本は教育学においてもっとも読まれなければならない著作であり、教育が魂を殺し、その継承はえいえんとつづいてゆくということが、いちばんに理解されなければならないことのように思う。


新版 才能ある子のドラマ―真の自己を求めて子ども時代の扉をひらく―七つの物語殺人者はいかに誕生したか: 「十大凶悪事件」を獄中対話で読み解く (新潮文庫)文庫 お母さんはしつけをしないで (草思社文庫)子は親を救うために「心の病」になる (ちくま文庫)

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