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08 31
2016

主体性の剥奪

虐待で欠如した人としての基本――『誕生日を知らない女の子』 黒川 祥子

4087453820誕生日を知らない女の子
虐待――その後の子どもたち (集英社文庫)

黒川 祥子
集英社 2015-11-20

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 虐待されている子どもは親から引き離せばそれで助かると思われているが、虐待された子どもはそれから長きにわたって、「虐待の後遺症」をひきずることになり、その克服に悩まされることになる。

 養護施設や里親の代わりに、ファミリーホームという家族形態が、2009年から事業としてはじめられている。そのファミリーホームの少人数で家族のあたたかさを知った虐待された子供のその後を追ったのが、このルポである。

 虐待は、人が育つうえでの基本のどういう部分やなにが欠落するのかを教えてくれる。ぎゃくに人として育つには、根本的になにが必要なのかをうきぼりにする。

 虐待をやめられない母親は、自分も虐待された経験から、気づく。「私が娘にしてしまうこと、たぶん、私は誰かにされている。娘に思うことも、私が誰かに思われたこと」

 これは人間形成の基本法則のようなもので、人にこのような法則を読むことが、人間を理解することのように思える。ある人がおこしてしまった行為や犯罪はその人の責任にされがちなのだが、その人はだれかにやられて学んだことを人に返している。この基本形を理解することが、人の理解にはひじょうに大事だと思う。

 感情の形はドミノのように人に移植され、人はその感情パターンや行為のパターンに従って、行為される。殴られたものは、だれかをなぐる。だれかに罵られたものには、だれかを罵る。相手ではなくて、弱いだれか他人である。人格や行為というものは、こういう外形的なパターンが移植されて、できあがるものではないだろうか。

 たとえば犯罪者は独立した個人として裁かれるが、かれは自分の衝動や暴力性の源を知り、制御できるといえるのだろうか。多くの人も自分がなぜこのような人格で、なぜこのような行為をおこない、なぜこのような性格になったのか、わからないことも多いのではないだろうか。感情や行為のドミノ形成は、どうも独立した人格形成というものに疑問を突きつけるような気がする。とくに虐待の連鎖を見ると。

 この本では五人の印象的な虐待の後遺症を引きずった子どもたちが、一章ごとに描かれ、感情を消したり、固まったりする子ども、力で支配する関係をまなんだことなどが、ライフヒストリーとして追われてゆく。

 養護施設で育った子どもは、ベルトコンベアーのように育てられて、自分が呼ばれても自分が呼ばれていると思わず、自分で選択する、選ぶという経験をせずに、大人になってゆく。ただ、生きている状態として大人に育つ。ファミリーホームの個人的な親密なかかわりを受けて、はじめて、人が家族で育つことの経験をひとつひとつ重ねてゆく。

 養護施設では上下関係や支配と被支配の関係しか学ばず、力で生きてゆくしかない弱肉強食の世界で育つ子どもも、たくさんいるようだ。人との関係をそれだけしか知らず、恐さや強さだけで支配する関係を踏襲しようとする。まさしく、人はされたことを、人に返すのである。

 四章までは虐待された子供たちのその後が痛々しく描かれるが、第五章では成人し、子どもを虐待してしまうことになった母親が描かれる。被害者として悲惨な境遇を育ってきたその女性は、やはり子どもを虐待してしまう手を止められない。まるで別人や鬼、鬼畜のような顔になる。そしてそのような人でも一方的な被害者の悲惨な過去をいくえも背負っているのである。

 かわいそうな顔、鬼のような顔、ふつうの人である女性、いろんな顔が極端のように別人になる。子どもが瞬間瞬間を生きるように、虐待された感情を殺してきた子どもは、統合した自己を育てにくい。虐待された女の子はその瞬間に、夢の世界を夢想して自分を守るすべを身につけたことが、のちの人格の統合を困難にしてゆくのである。

 やさしく自分を守ってくれるはずの母親や父親に殴られたり、恐い思いをする存在でしかないとしたら、子どもは安心と信頼のベースを育めず、自分がなぜ生まれてきたのかもわからないし、生きてゆく価値も自信も育てられない。愛と恐怖、愛と憎悪はおなじひとつの対象である。

 人はそのような大切な記憶や基盤があるからこそ、生きてゆく自信やいきてゆく源のようなものを養える。それが欠落した子どもたちにとって、人生はいかに生きにくいものになるか。虐待の後遺症は、人が育つうえでの生存の基本的条件をうきぼりにするのである。

 この本は、開高健ノンフィクション賞受賞作である。虐待はなにを欠落させるか、そして人が育つ基本にはなにが必要か教えてくれる本である。


「生存者」と呼ばれる子どもたち  児童虐待を生き抜いてルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル (朝日新書)消えたい: 虐待された人の生き方から知る心の幸せ (単行本)ネグレクト―育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか (小学館文庫)虐待の家-「鬼母」と呼ばれた女たち(中公文庫)


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